要するに、まだ小説を書いているよっていう宣伝なのです。
私が人の死に触れたのは三十八歳の父を亡くした時だった。
悲しいという感情よりも虚無を覚えた。涙は外へあふれず、空いてしまった心の穴に沁みてすぐに乾いていくだけだった。
自分で動くことができないでいると思ったのか、母が父の安らかな死に顔へ向けようと私の顔に手をそえたことを覚えている。その時の言葉も。
「お父さんは大往生したよ」
人の寿命が三十八歳程度であることを知ったのも父が死んだ時だった。
当時三十四歳になる母との別れも近いと知り、私は長生きをするための方法を探した。
幸いにして、家には学問の本が多く取り揃えられていた。すでに私が継いでいる家業の、松木家の家庭教師を担うための本たちは母の寿命を二年伸ばしてくれた。
しかし……たった二年だった。
四十回目の誕生日を迎え、一月もしないうちに体が動かなくなった母をどうにかしようと足掻く私を嘲笑うように、母は衰弱していく。
寝る間を惜しむことは当然だった。
本に書かれていない知識がないかと足で探しては人に聞いた。
信憑性なんてかけらもない療法もよりよいと思うものにアレンジして試してもみた。
気づけば母と話す時間も�なくなって、視界が闇に覆われているかのように錯覚する。
そして、いつの間にか母は息を引き取っていた。
最愛の母との死別は父とのそれより、一段強く虚しさを覚えた。
どんなに寿命に抗おうとしても、時間は来てしまう。死を迎えてしまう。
生あるものに必ず死があるのなら、どうして生きなければいけないのか。
そんなことを考えながら、母の葬式を進めていき、ついにすべての進行が終わった。
参列者がほとんどがいなくなった頃に、何も言わずに寄り添ってくれていた少年、
「先生がいたからこそ、僕は多くを学ぶことができた。先生が教えてくれたことを胸に、これからも頑張るから、ミカも引き続き僕に多くを教えて欲しい」
彼の言葉はなぜか、心の底に届く。虚しさを払い、目には見えなくとも形あるものを感じさせてくれる。
心の穴は塞がれて、涙が浮かんで頬を伝った。ツヅリを抱きしめて顔を隠す。
何も言わないでくれるツヅリの手が頭に触れて、余計に泣けてくる。
「……ありがとう」
ちょうどよく満たされた心で見たツヅリはいつもよりも綺麗に見えた。虚しかった時の薄っぺらな世界が、初めて瑞々しさを伴った。
だからきっと、ツヅリがくれた言動は私にとっての救いで、この想いは初恋を通り越した愛慕だった。