転生したら竜だった件 作:暁悠
頑張りますっ!
プロローグ
何という事もない、ごく普通の人生。
そこそこの家庭に生まれ、そこそこの幼稚園を卒園し、そこそこの小学校を卒業し、そこそこの中学校に通う。
中学校では、そこそこの成績で、そこそこの友人関係を築いていたが、彼女はいない。
身長が低いわけではないし、顔が悪いわけでもない。でも、彼女はいない。恋人になりたいと思う女子はいたが、既に好きな人がいるようで、告白しようと思ったことは今の一度もない。尤も、色恋沙汰よりも自分の平穏や一人の時間を重視する俺にとって、作ったところで利はないし、あまり作ろうとも思えない。
……言い訳してるんじゃないんだからな?
「
「
この子は那須
ぶっちゃけ、たまに「一緒に帰らない?」と誘ってくれることが爆発しそうなほど嬉しい。だってそうだろ? 初恋の人から一緒に帰らないかと誘われるんだぞ? 誰だってテンション上がるだろ、普通。
ただ、その理由に色恋は関係ないのだ。ただ、家が近いし、彩花さんはたまに一人で帰っていたから、その時に話しかけ、たまに一緒に帰るようになり、今に至るってだけだ。
さっき言った通り、彼女にはもう好きな人がいる。俺は邪魔者──というか。
「
……恋愛の相談相手なのだ。
いや、まあ? 不安なのもわかる。俺だってその不安は経験したし、友達にそうやって相談したりもしたさ。
だが、俺の相手はよりにもよって俺の好きな人なのだ。複雑な感情を抱えるのも、仕方ないってものである。俺が彩花さんに「好き」だと伝えていないのもあるが、それにしても複雑だ。
「どうかなぁ。そういえば聞いてみたの? 一真に好きな人がいるかどうか」
「みんなに聞いてみたけど、今のところいる様子はないって」
「ふぅん…なら、ちょっと積極的にアタックしてみたら?」
それはそれ、これはこれ。そんな感情を抱えながらも、親身になって相談に乗ってしまう。これも俺の美点なのだが、同時に、自分で恨めしいところでもある。
もう俺の恋が実ることはないだろう──なんて、もう悟りを開けるレベルだ。
そんな、俺からしてみれば平和で何の変哲もない会話を繰り広げていた、その時だった。
「きゃあああああああああああああああああああ」
「んっ!?」
「ねえ、今の──」
悲鳴。混乱。
一体何が──
「どけ、どきやがれ! 殺すぞ!!」
怒号の方を見ると、手に包丁と、ひったくったであろう鞄を持った男が走ってくるのが見える。
悲鳴が聞こえた。男が走ってくる。手には包丁──包丁? その刃が向かう先は──
「彩花さん、危ない──ッ!!」
俺は考えるより先に、隣にいた彩花さんを突き飛ばした。次の瞬間、俺の腹に焼けるような痛みが走る。俺はその場に膝をついて、傷口を抑える。
ああ、ダメだ。血がドバドバ出てきてる……これ、死ぬんじゃないか……?
「邪魔すんじゃねぇぇーーーーーーー!」
通り魔──もとい、ひったくり犯は、俺の腹を刺した包丁を投げ捨てて、どこかに走り去ってしまった。その様子を眺めて、彩花さんの無事を確認する。
ああ、良かった。突き飛ばした時に膝を擦りむいたようだが、俺みたいに血がドバドバ出てるわけじゃない──って、この状況的に俺の状態は参考にならないか。
そんな呑気なことを考えているが……刺された腹が痛い。本当に痛い。痛いを通り越して、もう、熱い。本当に火で炙られているんじゃないかというぐらい、熱い。ほんと、勘弁してくれよ。
《確認しました。『対熱耐性』を獲得……成功しました》
これ、マジで死ぬな……。
通り魔に刺されて、それで死ぬって……。
《確認しました。『刺突耐性』を獲得……成功しました。続けて、『物理攻撃耐性』を獲得……成功しました》
「せ、茜莉くん……血、血が…血が…!」
ああ、こっちはいい経験だ。彩花さんが俺を心配してくれている──って、同級生が包丁で刺されたら、そりゃ心配するか。
血が? そりゃ、血は出るよ。俺だって立派な人間だもの。刺されたんだから血は出て当たり前だろっ!
なんて言おうとしたのだが、上手く口が動かせなかった。ま、言わない方がいいんだろうが……。
しかし、本当に痛い。そういえば、人間は死ぬ直前は脳が
痛いのは本当に嫌なんだ。
《確認しました。『痛覚無効』を獲得……成功しました》
えっと……やばいな。もうすぐ死ぬからか、俺の脳もアドレナリンを分泌してる場合じゃないらしい。それどころか、意識がめっちゃ混濁してきた。
「あ、やかさん……心配、しすぎだよ……これ、どうってこと、ない…でしょ…?」
「で、でも、茜莉くん…血が、血が、止まらないよ……」
一旦安心させようと、そう思って言ったのだが、彩花さんの目から涙が溢れ出した。
ああ、どうしたってこうなるか……。最期くらい好きな人の笑顔を見たかったのに、よりによって最期に見るのが好きな人の泣き顔とは……。俺にそういう特殊な趣味はないので、本当に残念でならない。
いつの間にか熱さと痛みはなくなったが、代わりに、刺された場所から猛烈な寒さが広がった。熱いのは嫌だったが、こっちはもっと嫌だな……凍え死ぬなんて御免だ。
《確認しました。『対寒耐性』を獲得……成功しました。『対寒耐性・対熱耐性』を獲得したことにより、『熱変動耐性』にスキルが進化しました》
刺された直後は、それはもう電流みたいに痛みが広がったんだよな。あれも、もう二度と経験したくないことだ。
《確認しました。『電流無効』を獲得……成功しました。付随して、『麻痺無効』を獲得しました。『熱変動耐性』と『電流無効』が統合され、『自然影響耐性』を獲得しました》
(は? ちょっと、さっきから何なんだ。鬱陶しい……)
死ぬといえば、俺の頭に浮かぶ言葉は一つだ。
──〝転生〟。死亡をトリガーに、異世界に別の存在として生まれ変わること。俺はそういう漫画や小説を、いくつも読んできた。
異世界に転生してチート能力を手にする。
異世界に
そういう展開は王道だった。
どうせ死ぬなら、異世界に転生したいな。漫画や小説で見た限りじゃ、異世界なんて楽園じゃないか! もし異世界があるなら、絶対に生まれ変わりたい。
《確認しました。ユニークスキル『
そうだろう、ユニークだろう。異世界に転生するなら……そう、強いドラゴンとかね! 異世界に転生してドラゴンとして無双する……甘美な響きだ。
《確認しました。〝竜種〟相当の肉体の作成……失敗しました。ユニークスキル『
てか、死ぬの、遅くね?
「……できるなら、彩花さんと付き合ってみたかったなぁ……」
そんな願望を口にするのも許されるだろう。
「え? ……もう、ばか」
彩花さん、やっと笑ってくれた。これで、心残りなくあの世に旅立てるよ。
◇◇◇
何という事もない、ごく普通の人生。
そこそこの家庭に生まれ、そこそこの幼稚園を卒園し、そこそこの小学校を卒業し、そこそこの中学校に通う。
そんな人生の最期は──好きな人を通り魔から守って死ぬ。しかし最期に見たのは、好きな人の笑顔だ。心残りなく、あの世に逝ける。
ただし……願いが叶うなら、来世の舞台は異世界で。というか、叶えてくれ。
《確認しました。ユニークスキル『
さっきから本当に何なんだよ!?
鬱陶しい通り越して、もう愉快だな。
そう思いながら、俺は眠りについた。
これが死ぬ瞬間、か。案外、寂しくないものだ。変な声も聞こえるし。この声、案外聞き心地がいい。もし異世界に行ったなら、この声に世界を案内してもらいたいほどだ。
《確認しました。使用済みのユニークスキル『
何より、傍に好きな人がいる。最期に、その人の笑顔を見ることができた。
それだけで十分だろう。
それが、俺の、この世界での最後の思考だった。
茜莉くんはこれからどんな物語を紡ぐのか。
乞うご期待です。作者の都合で更新に間が空いてしまうこともありますが、ご容赦ください。