転生したら竜だった件 作:暁悠
第二十話 ふじょうりなそんざい
いつもの日常。それはヴェルアーブにとって最も身近な当たり前で、壊れる事のない……いや、壊れて欲しくないものだ。
「ヴェルアーブ様、ヴェルアーブ様! 今日はどんな事するんですか? かくれんぼ? 鬼ごっこ?」
緑色の葉を頭に乗せた、絵に描いたようなお転婆少女がヴェルアーブに走り寄る。提案は全て、良くも悪くも幼稚なものだ。
「そうだな、何をしようか」
「こら、ジーナ。あまりヴェルアーブ様を困らせないように」
緋色の長髪を束ねて肩に流した美女が、その少女──ジーナを咎めた。
「まぁまぁ、いいじゃないか、ファードヴェル。な〜、ジーナ」
「うん! まったく、ファードヴェルってば真面目で堅苦しいね。ジーナ、嫌になっちゃうよ?」
それを聞いて、ファードヴェルと呼ばれた美女は翡翠の瞳を細める。
「あらまあ……。それは困りますわね……」
咎めはするが、それでも嫌われたくないのがファードヴェルという女性だ。その光景を、ヴェルアーブはただただ微笑ましく見守る。
と、そんなヴェルアーブに、紫色の髪に水色の瞳を持つ、おちゃらけた好青年が駆け寄ってきた。
「なぁ、ヴェルアーブ様! 助けてくれよ! キイラの奴がまた──」
「……オレが、何だ?」
そんな青年に近寄るのも、また
「……言ってみろネズ。一体何を仕出かした」
「げぇ!? ヴェルアーブ様まで俺の事を疑うのか!?」
「俺もって……疑うも何も、お前、日頃から結構やらかしてるだろ」
「うっ……言い返せない……」
「それで、何したんだ?」
「ええっと──」
「日々の鍛錬をサボっておったのです。はぁ、やれやれ」
するとヴェルアーブがネズと呼ばれた好青年を見る目が変わる。それは……一言で表せば同情だった。
「まぁまぁキイラ。コイツも多分疲れてるんだよ。少しは大目に見てやったらどうかな?」
「む? ヴェルアーブ様が言うのであれば……。命拾いしたな、ネズ」
その美丈夫──キイラは、ネズを睨みつけながら来た道を帰っていった。
「ふぅ……助かりましたぜ、ヴェルアーブ様。でも、どうして急に?」
「いやあ、わかるよ。キイラの鍛錬って、滅茶苦茶厳しいもんな……」
「わかってくださりますか! やっぱりヴェルアーブ様は俺の主様だぜ! そうなんですよね。アイツ、強いし格好いいんですけど……何かと、その強さに拘ってる面ありますし」
「そうそう。滅茶苦茶にストイックだから、鍛錬はとことんやるんだよな。週に数回ならまだしも、毎日はそりゃ疲れる……」
「ですよね……」
ヴェルアーブとネズが交わしているのは、愚痴の言い合いである。それも、先程去っていったキイラについて。
「ぶっちゃけ面倒だよな」
「そうですよね……」
キイラは真面目なのだが、何かと苦労している二人だった。そんな二人を労う者が一人。
「いつもお疲れ様なの!」
「ああ、アルミラか……。お前は俺達の癒やしだよ」
何故か、癒やす能力を持った幻獣を差し置いて〝癒やし〟認定されている、額に一本角を生やした幼女こそ、
「アルミラ、癒やしなの?」
「そうだよ、癒やしだよ」
「俺達がどんだけアルミラ嬢ちゃんに助けられてるか……」
「わかったの! 二人を癒やすの!」
そういう能力ってわけじゃないんだけどね──と、二人は内心で呟いた。しかし、頑張り屋な姿が可愛く思えるのか、それは深層意識に仕舞っておくようだ。
「そういえば、リルインとルインは?」
「アイツらならどうせ──」
「うん? 二人なら、今頃キイラと特訓してる筈なの!」
「やっぱりか……」
リルインとルインは、それぞれ
「じゃあ、ノーヴェは?」
「ここに」
「うわっ!?」
気づくと、九尾を持った傾国の美女がヴェルアーブの背後に佇んでいた。胸元が空いたドレスに見を包んでおり、一目見ただけで異性を虜にする魅力を持ち合わせているのだ。
「……相も変わらずお美しいね、ノーヴェさんよ」
「あら。お褒め頂き光栄ですわ、ネズさん」
ネズとノーヴェは敬称を付け合っているが、そこに因縁などはない。どちらかと言うと、互いに惹かれ合っているのだ。
(やっぱノーヴェさんは毎日美しいな。けどよ、俺の手には余る美人さんだよな……)
ネズはこんな様子だが。
(やっぱりネズさんは魅力的ですね。けれど、ネズさんは誰にでもフレンドリーだから、私だけを特別視するなんて事は無さそうよね)
こんなふうに。ヴェルアーブは二人から相談されているので、二人の心情を知ってはいるが、伝えてはいない。寧ろちょっとズレたアドバイスをして、二人がくっ付かないようにする──新手のイタズラのような事をしているのだ。救いようがない。
しかし、そんなヴェルアーブも。
「おはようございます、ヴェルアーブ様っ!」
「おっ!? な、ナーガか……ビックリさせるなよ、毎朝……」
純白の長髪を複雑に編み込んだ髪型に、枯れない青薔薇の髪飾りを付け、美しく潤った
彼女こそ、ヴェルアーブの恋人──ナーガだ。
「えへへ……」
「……まあ、可愛いから許すけど」
「えへへへへへ……」
これは毎朝の光景だ。この光景を、幻獣達含む彼の眷属は微笑ましく見守っている。
その中で、二人。
「変わりませんわね、毎朝」
「ああ。微笑ましい限りだ」
闇銀色の長くサラサラとした髪と、
彼女らの名は、それぞれレイヴンとティターン。
「それにしても……貴方も慣れたものね」
「ああ。昔のオレからは考えられぬが……」
ティターンの過去にはワケアリなようだった。
そして。緑色の細胞で構成された肉体を持つ、緑と黒の大型犬程度の大きさの、魔獣とも聖獣とも言えない何者か──ディゴルネが、佇んでいた。
それを、ディゴルネの眼前に広がる光景を、ディゴルネは名残惜しそうな思いを抱きながら眺めていた。
(この変化は……悪く転ぶのかのう? それとも……これが奇跡なのか……)
そして、ディゴルネは、伝えるべき物事を伝えるために、希望──ヴェルアーブに向けて、歩みを進めるのだった。
─────────
『おい、ヴェルアーブ』
うん?
「何だよ急に。どうした、ディゴルネ?」
『伝えるべき事がある。キイラやルイン達も集めるのじゃ』
「ええ? 何なんだよ、本当に……」
ディゴルネは急に何を言い出すのか。反抗する理由もないので素直に従うが……。
『キイラ、リルイン、ルイン。ディゴルネから集合かかったぞ』
『!? すみません、反応が遅れてしまい』
『遅れてしまうとまずいわ』
『そうだよ! 早く向かわなきゃ!』
キイラ、リルイン、ルインの三人が、身につけたばかりだという『空間転移』で、俺達の前に現れた。かなり苦労して身につけていたようだったが、もう完璧だな。
「それで、急にどうしたのですか?」
『そうじゃな、話す時が来てしまった』
ディゴルネは、何かを噛み締めているみたいだ。そんな感じの雰囲気を纏って、今、口を開こうとしている。
『ヴェルアーブ。お主は……あの〝夢〟で察しておろう?』
……。
「……ああ、その話か。何だ、また冷やかし──」
『そうではない。冗談を言っている場合ではないと知るがいい』
いつになくトゲトゲしてんな。
「はいはい。それで?」
『お主の夢には……夢の最後には、出てきたようじゃな。巨悪が』
っ……。
「……その事、かよ」
『うむ。覚悟はしておったじゃろう? 遂に、時が来たのじゃ。新事実も判明したしのう』
「──?」
ディゴルネが徐ろに話し始めた事は、本当に誇張なしで新事実だった。
『お主が夢を介して垣間見た巨悪じゃが、
「ふむん? それは、どこなんだよ?」
『わからぬか。永劫の灼熱地獄であり、何にも勝るエネルギーを持つ恒星天体──』
ああ、そうか。そういう事ね。確かに、うってつけなのはそこかもしれない。
「太陽、か」
『相変わらず聡い奴じゃな』
「それ程でも。で、続きは?」
『そうじゃったな。ソヤツ──巨悪には、名がない。言うなればヤツは虚無』
「虚無? つまり……?」
『実体のない無なんじゃ。エネルギーも持たず、生命体でもない。ヤツの目的は、生命を無に帰す事。その事そのものがヤツの喜びであり、欲求なのじゃ』
?? 結構難解だな。
『それがあの、お主が見た〝ナニカ〟の正体じゃ』
そう言われたってな……。
どうせ敵だからという事で、色々と教えてもらった。
纏めると。
ソレは、生命的存在ではないが、存在しないわけではない。
ソレは、物質ではなくエネルギーでもなく、無である。
ソレには、あらゆる攻撃が通用しない。ただし、理論や
ソレは、もはや自然現象に近い。『生命を無に帰す』という現象が具現化したもののようなものらしい。
無理ゲーじゃないか……? 話を聞いた限り、不条理の権化のような存在なのに、『生命を無に帰す』事を至上の欲求とし、至極の喜びとしているらしい。生物ではないらしいのに、そこが妙に生物らしいな。その『生命を無に帰す』行為も、生命体で言う〝代謝〟と似たようなものだと言われると納得出来た。
自分なりにコイツの特性を説明するなら、最も近いのは〝ドーナツの穴〟だろうか。
まず基本原理として、「ドーナツの穴」というものは存在しない。それは本来何も無い「虚無」であり、名称がつくことそのものが本来はありえないもの。ただし、周りに「ドーナツ」があるという条件が加わると、また違ってくる。
輪状物質である「ドーナツ」は、もちろんだが穴が空いている。ドーナツが輪状物質であるからこそ「穴」が出来るわけで、その穴に名前がつけられるわけだ。ドーナツの穴は、ドーナツの形を変えれば自然に形が変わる。だが、ドーナツの穴を『壊す』事は出来ない。無理だ。ただし、ドーナツが消滅すれば、同時にドーナツの穴も消滅する。
これに当てはめるなら、
『これが全容じゃ』
「いや無理ゲーだろ」
なので、俺は開口一番にそう言ってしまったのである。
『言ったじゃろう。理論や
「それも微細なもの、何だろ?」
『塵も積もれば山となる……という言葉があるのじゃろう?』
「嘘だろ。お前、まさかだけどさ」
『そのまさかじゃ。チマチマでもダメージを稼いで、いつか勝てばいいのじゃ。勝てなければ世界が滅ぶのだからな』
「どういう事だよ?」
『ヤツは、いわば「生命」という概念の対極存在なのじゃ。聖属性に対する魔属性のようにな。そして、ヤツが引き起こすのは「生命」の『破局』そのものなのじゃよ』
「つまり?」
『ヤツは、あらゆる生命を取り込んで無に帰す。その取り込む過程で、取り込んだものから「学習」して「自己進化」するのじゃ』
「……ほう」
『その進化の先にあるのは、大厄災などちっぽけに見える、破局点存在じゃよ。いずれ世界そのものすらも取り込み、シッカリとした「存在」に進化する事こそがヤツの喜びであり欲望なのじゃ』
「その『存在』に進化すると、どうなる?」
『簡単じゃ、世界が消え去る』
「は?」
『文字通りの意味じゃ。まるで最初から無かったものかのように宇宙も世界も何もかもが消え去り、全てを取り込み高次元存在と化した〝ソレ〟から、新たな〝ソレ〟に価する存在と……今の世界で言う〝ヴェルダナーヴァ〟に価する存在が生まれるのじゃ』
俺は思う。思ってしまう。
それは、防いでもいいことなのか? ──と。
その話が本当ならば、生命の輪廻のように、ソレが世界を『破局』させ、高次元存在に至り、新たな世界を創造する……そんなサイクルが出来ているのだから、それを防ぐのは良くない事なのでは?
『……お主の気持ちもわかる。その過程が全て、高次元存在によって仕組まれたものならば、それを防ぐのは良くない事なのでは──そう思っておるじゃろう。しかしな、防がねばならぬ。お主も、ナーガ殿と一緒にいたいじゃろう?〝次の世界〟でもナーガ殿と出会えるとは、限らぬしのう』
それを言われちゃあなあ……。
「……ま、そりゃそうだな。ナーガと……みんなと一緒にいられなくなるのは、寂しいし悲しい」
『そうじゃろう、そうじゃろう。幸せを掴みたいなら、ある程度は愚かになるしかないのじゃ』
そして、異変は起こる。
『ヒャッハッハッハ──ヒャハハハハハハッ──っ♪』
不可解な……子供の笑い声か、クジラの歌か。それとも聖歌のコーラスか。そんな感じの声が混じったような笑い声とも取れる『思念』が、
恐らくは──ディゴルネの半身が封じているという、太陽の内部から。
「……グリイド……」
そう呟いていた。
グリイド。
それは
俺の運命を決定づける最期の戦いが、静かに、緩やかにうごきはじめた。
◆◆◆
それはいみのないもので、りかいふのうなそんざいで、こうじげんてきそんざい。いのちのてんてきともよべるそんざいでありながら、せかいにはひつようふかけつなふじょうりそんざい。
それは、グリイド。グリイドは、わらう。
うれしい、たのしい、ほしい、ほしい、ほしい。
ただ、よっきゅうのままに、いのちをむにきす。
創造主である〝星王竜〟ヴェルダナーヴァの、〝ぜんなるいち〟のかたわれだった〝
それは、グリイド。グリイドは、わらう。
ほしのえいせいきどうじょうをいどうしている、つよいいのちをみて、どれだけおいしいのかと、おもいをはせて。
たのしいね、たのしいね。たのしみだね、おいしそうだね。
わたし──あるいは、おれ。あるいは、ぼく。あるいは、あたし。あるいは、わたくし。あるいは。──は、たべるとたくさんせがのびる。のびていくにつれて、いろんなものがみえてくる。
もっとたべよう、たべよう、たべよう。そしたらわたし──あるいは──は、わたしじしんになれるんだもん。
ひゃははハハハハ♪ たのしそうだなあ。