転生したら竜だった件 作:暁悠
暗い。
暗い。
暗い。
暗い──
一人の少女が、思考ループに陥っていた。純白の長髪を、複雑な編み込みで纏め、枯れない青薔薇の髪飾りを付けている。その瞳は、美しく潤った
しかしその姿は、彼女の記憶の中から、生前の姿が投影されているだけに過ぎない。
そうして無限回の思考を繰り返した後、思考ループから抜け出した。
『……ここは……?』
あたり一面、真っ暗闇。体を動かしても、前に進んでいるのか後ろに下がっているのか、上に昇っているのか下に降りているのかわからなかった。
が、思考が明瞭さを増していく毎に、そういった感覚も目覚めていく。
『浮いている……私は、どこかを漂っている? だとするとここは──
自問しても答えは出ないのだが、不思議とそうなんだろうなと思える。
ここは、不可思議だ。澄み切った大空があたり一面に見える。先程までの真っ暗闇とは大違いだ。しかし、浮遊感があるのに、そこは宇宙空間でもなければ水中でもない。
『──そうだ。私は、ヴェルアーブ様を救うために……。ヴェルアーブ様、ヴェルアーブ様!! いるなら返事してくださいっ!! ……って、するわけないか』
自分で行動を起こしておいて、自分に呆れるナーガである。どうしてこんな無茶な事をしてしまったのか……。
だが、起こしてしまった事は仕方ない。
今も、どんどんとナーガの魂は摩耗していっている。この場に長期間滞在すると、やがては存在が消滅しかねなかった。
『それまでに、ヴェルアーブ様を見つけ出せばいいのね』
──しかし、ナーガはどこまでも
一度諦めないと決めた彼女は、どこまでもひたむきだ。本当に、絶対に諦めない。
それからナーガは、何度も、この空間のどこかにいるであろうヴェルアーブに呼びかけ続けた。幾千、幾万、幾億。何度呼びかけたか、ナーガ本人も忘れる程に。ナーガはただ盲目的に、ヴェルアーブへの想いを募らせる。
『私、信じています。ヴェルアーブ様、きっと戻ってきてくれるって』
見た目の年相応の少女のような口調──彼女の、偽りようのない本音で、語りかける。
そして──そんなナーガのそんな、盲目的なまでの
『あれ? これは……』
ナーガの足元には、七色の眩い光を放つ小さな石があった。
それは──希望そのものである、ユニークスキル『
『そう、そうなんですね。これは、ヴェルアーブ様の──』
そこまで呟くと、その石を拾い上げた。
『ヴェルアーブ様。どうか、どうか私達の所に帰ってきて……お願い……私の魂、私の身は、どうなってもいいから、お願いします。私は、心の底から──』
ナーガは、
『貴方様に逢いたいのです、ヴェルアーブ様』
その
もはや、風前の灯火のような魂。そんな状況にまで陥ったナーガの前に、光の渦が現れた。その渦から発せられた暖かな光──水鏡竜の加護が、消滅寸前だったナーガの魂を包み込み、保護する。
『あ、暖かい……この、この光は……!』
ナーガの双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
そして、遂に。
『──もう大丈夫だ。安心してくれ』
ツヤのある黒い長髪に、美しくも神々しい輝きを秘めた
レイヴン達の魂の生命力が、彼をここまで回復させたのだ。
彼の名は──
『おかえりなさい、ヴェルアーブ様っ!!』
〝水鏡竜〟ヴェルアーブ。この世に唯一人の
反撃開始の時は、もう間近に迫っている。
─────────
ここはどこなんだろうな?
復活して早々だが、目の前でナーガが泣いている。泣かれるとどうにも居心地悪くなるので、出来る限り控えて欲しいんだけどね。ま、この状況じゃ無理な相談だろうな。
『ヴェルアーブ様……』
『ナーガ。俺が消えてから、何があった?』
『みんな倒されました……。レイヴンも、ティターンも、ディゴルネも、幻獣達も……』
そこまで聞いて、俺はほぼ全ての状況を察した。
『……わかった、ありがとうな』
『……勝てる、んですか?』
ん? 何を言ってるんだろうな、ナーガは。
『当たり前だろ。あんなのサッサと倒して、すぐにお前らも解放してやる』
心の底からそう思うので、俺は自信を持って、そう言ってのけるのだ。だってそうだろ? 勝てる勝てないじゃなく、勝つ。そんぐらいの心持ちでいかなきゃ、アイツには勝てない。
『だから安心してくれよ、ナーガ。よくやってくれた。後は、俺に任せとけ!』
『……はい、ヴェルアーブ様……』
そう言い残して、ナーガの〝魂〟は眠りについてしまった。かなり摩耗しているし、疲弊しているようだったからな。こればっかりは、仕方ない。
しかしまあ……俺一人ってなると、不安だよな。
なあ、『案内者』?
……………………。
あれ、『案内者』さん?
返事がない……まさか、いなくなったとか言わないよな? これからも相棒として上手くやっていこうとしてた最中だろ!
なあ、『案内者』。早く目覚めろよ。俺だって、もう目覚めたんだぞ?
頼むから、戻ってきてくれ。また、一緒に戦おう。お前がいなくちゃ、俺はまた負けちまうかもしれない。だから、頼む。戻ってこい、ユニークスキル『
精一杯、そう呼びかけた。
そうして、聞こえてきた声は。
《──お久しぶりです、
久しく懐かしい、俺の相棒の声だった。
『馬鹿野郎、心配かけやがって! もう、いなくなったりすんなよ?』
《契。約束します、
『それならいいんだ。それじゃあ、目覚めの時だ。グリイドだか何だか知らねーが、ボッコボコにして、早く俺達の日常を取り戻すぞ!!』
《是。
そうして俺は、全神経を集中させる。
─────────
全てを飲み込もうとして、その一端を飲み込んだグリイドに、異変が起きる。
虚空存在から物質存在に近づいてしまった事で、グリイドの内部の処理能力が有限化してしまっていた。それもそのはずである。少し考えれば、当然の事だとわかる。グリイドという存在は、〝無限の虚無〟から、〝有限な存在〟へと変わってしまったのだから。
処理能力を超過した情報は、そのままグリイドの構成要素に組み込まれる。結果、『破局化』とは別の進化が起こった。
『ヒャッハッハッハッハッハッハ──ッ♪』
その姿は、今まで取り込んだモノ全てが身体組織に表れた、恐ろしく、悍ましい姿だ。その取り込んだモノ達は、ぐちゃぐちゃに混ざり合い、一種の芸術を作り出している。無限的存在から有限的存在になってしまったとはいえ、存在としての強力さは健在なのだった。
『ヒャッハッハ、ヒャハハハ』
グリイドは笑いながら、何度も
『ヒャ──ハ?』
そんな時だった。矮小な存在達が必死に守っていた剣に嵌っていたみすぼらしい石ころが、眩く輝き始めたのだ。その光は一つの輪となり、ねじれて、メビウスの輪を作り出す。
「──〝
『ヒャハッハッハッハ!?』
メビウスの輪の中心から、光と共に現れた存在。
その存在は、確かに自分の中で無に帰された存在のはずで……。
その存在は、グリイドの強化された
その『進化』に、グリイドは更なる愉悦を感じる。
ああ、このまま、このそんざいもくってしまおう──そう思った、次の瞬間だった。
その存在は、圧倒的な自信を持っている。グリイドを見つめるその目は、獲物を狩る
その目を見た瞬間から、グリイドの体が強張った。
わからない、わからない、わからない、わからない、わからない。なにがおこっているのか、わからない。どうしてわたしはふるえているの? どうしてじゆうにうごけないの? これが──
そこで、グリイドは理解した。
これが、〝きょうふ〟か──と。
何にも負けない、どんな存在にも負けない。感情すら持ち合わせず、ただあるのは『生命を無に帰す』衝動と、それを満たそうとする欲求と、『生命を無に帰す』事に対して感じる喜びと快感のみ。
そんなグリイドは、たった一本の剣を吸収したがために、そのせいで、肉体を得て、感情を得て、恐怖を覚えてしまった。
ずっと、自分という存在の奥底から無限に溢れ出てくる欲求の対象であった〝有〟という存在は、ずっと求めていたというのに、いざ手に入るとそれは自分にとって重すぎた。ずっと質量がなかったグリイドは、急に多大な質量を得ると、支えきれなくなってしまう。
それが、如実に現れてしまったわけだ。
ヴェルアーブは、それを鋭く察知する。そして、自分の勝ちを確信する。ただ、自分の力だけでは足りない。
だからこそ、ヴェルアーブにはユニークスキル『
こうなったヴェルアーブに、敗北などというものはもうない。
「さて。反撃開始だぜ!!」
だからこそ臆せず、ヴェルアーブはそう叫ぶのだった。
─────────
さて、俺は反撃開始するわけだが……なんか、変わってないか?
《解。
お、おう……。随分と詳しいな。
《しかし、まだ一歩足りません。もう一歩です。もう一歩だけ物質側に踏み出させる事が出来れば、勝率が上昇します》
もう一歩ったって……もっかい吸収されろってか?
《否。
あいよ。
だがまぁ……随分と悍ましい姿だな。夢で見たあの姿ほどじゃないが……。
《解。その場にいた幻獣に加え、群体名:ディゴルネ、個体名:ナーガ、レイヴン、ティターンを吸収した事により、
…………。
許せない。よくも、よくも俺の家族達を……!! グリイド、虚空だとか、無そのものだかなんだか知らねーが……嬲り殺しにしてやるぞ。楽に死ねると思うなよ。
俺は心の奥底に激しい赫怒を宿しながら、グリイドを睨みつける。
すると──グリイドが、少し怯んだ気がした。
あれぇ? ちょっとおかしいな。これも、『
《是。と、思われます》
そうか。感情を得た……って事でいいんだよな?
《その通りかと》
てか、随分と人間っぽく……
《否。気のせいです》
そうか、気のせいか──じゃないねん! やっぱり流暢になっとるやろがい!!
《否。そのようなデータは確認されません》
もういいよ、それで……。
問題は、グリイドだ。姿も展開も大きく変わっているので、夢での〝経験〟はアテにならなそうだな。
まぁ──なるようになるさ。
そう思って、俺はグリイドと一進一退の攻防を繰り広げる。
「はあっ!!」
俺は、
これは勝てるのでは!? ──と、早々にも調子に乗ろうとした、次の瞬間だ。
『アハハハハハ』
「──ッ!?」
聞こえたのは、ナーガの笑い声。聞こえるはずのない声。グリイドのような、狂気じみた笑い声。だが、はっきりとナーガの声で。
『ヒャッハッハッハ♪ アハハハハハ♪
なんとグリイドが、ナーガの〝
「うぐっ!?」
『アハハハハハ、アハハハハハ♪
「うっ──ぐはっ、がはっ!?」
ナーガの〝
「ぐはっ……」
精神を破壊する〝拳気〟の厄介さは、あの時──
『アハハハハハ』
「今度は……レイヴン……!?」
『アハハハハハ、アハハハハハ♪
それは俺が見たことのない技だった。
解析によると、レイヴンが纏う『夜闇』を展開し、それを収束させて、破壊的エネルギーを持った闇の柱を叩きつけるものだそうだ。
俺は咄嗟に、『
「くっ……うっ……」
『アハッ、アハハハハッ♪』
次はティターンか。俺の家族を、順番に使ってやがんだな……。
『アハハハハ……♪
ティターンの得意とする、威力と質量でのゴリ押し技。今やグリイドと俺との距離はゼロに等しいので、避けるのは不可能だ。半端な『空間断絶』の結界も破られる。もちろん俺はマトモに食らってしまった。
──いや、もう、ダメージなんてどうでもいい。
「オマエ……」
『アハハハ……ハ?』
俺は、怒りに任せてグリイドの顔面を鷲掴みにした。
「どんだけ……オレの家族を……コケにすりゃ……気が──」
「済むんだよォォォォ────ッ!!」
グリイドの核に、思いっきり突き立てた。本当に、心の底から怒っている。こんなに怒った事なんて、前世でもなかった。俺はどちらかと言うと優しい性格だったし、怒り慣れていなかったから。
しかし──今はそんな事も全て忘れて、ただただ怒り狂っていた。そこから来る行動だったのだが……予想外の事態を引き起こす。
『ヴェルアーブ様』
「ッ!?」
幻聴だと、わかってはいる。
アイツらが放り込まれた〝無〟に
《いいえ、これは……違います、
は? どういう事だよ?
《──確かに、
──え?
そう思った時、
しかし……起こった変化は、予想だにしないものだったのだ。
『ヒャハ──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
絶叫。そして、グリイドの核から虹色の光が勢いよく飛び出してきた。よく見るとその中には──ネズ!? キイラに、ファードヴェル、ナーガ達まで……。
全員が光に乗って、グリイドの内部から放出されたのだ。
《やはり応えていたのです! 貴方様の家族達が、皆、貴方様の声に!!》
光と共に放出されたみんなが、俺の肉体にその虹色の光と共に入り込んで、浸透していく……!!
俺の体には、天頂の鎧が纏われた。しかし、それだけではない。
左胸から左肩、左腕と左手の甲にかけて、紺色の──キイラの鎧が。
右胸から右肩、右腕と右手の甲にかけて、赤色の──ファードヴェルの鎧が。
左脇から左脚にかけて、紫色の──ネズの鎧が。
右脇から右脚にかけて、白色の──リルインの鎧が。
表層に現れたのはこの四人だけだったが──もちろん、それだけではない。ナーガ、レイヴン、ティターン、ヴェズフェル、ヘイルヒール、アルミラ、ノーヴェ、ジーナ、ルイン……その他、名もなき幻獣達。
「──
と、呼ぶ。