─1─
山の上に和式の豪邸がある。と町のある意味名物となっているのが、空条承太郎の家だ。石階段を何段も登って、ようやくその豪邸が見えてきた。一階建てなのだろうか。昔の江戸の長屋がそれに近いつくりなのだろうか。その噂の豪邸とやらを、俺は生の目で目撃することが出来たのだ。
「お、お邪魔します」
承太郎はただいまも言わず上がる。俺も続こうと足を掛けたそのとき、
「承太郎!足音で分かったわよ!今日学校はどうしたの?」
そこそこ離れた距離から聞こえていたその声は、あっという間に玄関までやってきた。妙齢と呼ぶにはギリギリかもしれないが若くは見えるアメリカンな女性が、承太郎を出迎える。女性は承太郎が抱える2人の男女を見て絶叫する。まあ、それが正常な反応だ。
「血…血が滴っているわ。ま、まさかあなたがやったの?」
「てめーには関係のないことだ。俺はじじいを探している。広い屋敷は探すのに苦労するぜ。茶室か?」
「え、ええ。アヴドゥルさんといると思うわ」
「おう。おい、大神。花京院は頼むぞ。じじいにこの件を話してくる」
そういって承太郎は俺に花京院を放る。俺は受け止めて花京院を背負う。気絶した青年の身体は細かろうとそれなりの重量を俺に押し付けてきた。
「顔色がよくねーぜ。元気か?」と承太郎は母親であろう人をいたわる。
「イエーイ♡ファイン!サンキュー!」
「フン……」
承太郎は鼻を鳴らして、脇に抱えた呪い師を手提げ鞄のように軽々しく提げて歩いていった。
俺は尋ねる。
「あの、承太郎さ…んの、お母様ですか?」
「やだこの子ったら、承太郎の愛する母上様だなんてェ~」
「言ってません」
「ウフフ。私はホリィ。承太郎のお母さんで~す。貴方は?承太郎のお友達?」
「……まあ、今日知り合いましたが、そうです」
「きゃあああ!!そうだと思ったわ!あ!その人を茶室に連れていくんだっけ?あおでおやつと救急箱持っていくわね♡」
「んもう初めてよ、高校生の承太郎が友達呼ぶなんて!」とホリィはスキップしながら右手へ消えていった。知りたいのは茶室の位置なんだがと思いながら、俺はしばらく屋敷の中を彷徨った。
開かれたふすまに、和風建築に似つかわしくない2人の大男を発見するまで。背筋がしっかりとした逆三角形のシルエットを持つ190センチくらいの老人と、厚めの唇と日に焼けた肌、奇妙な紋様のついたひと繋ぎのイヤリングに、3本の腕輪のついた太い腕の赤い法衣をまとったエジプシャンだ。老人は俺の気配に気付いたのか、俺の方におもむろに振り向いた。
「なんじゃ?お前」
「ハ、ハロー、ハワユ?」
「ファイン、サンキュー」
なんとそのいかにも外国人って感じの大男から、俺とおんなじくらいカタコトな英語が返ってきた。
「な~んて返事が返ってくると思ったか?堅いんだよ小僧!今日び、『ご機嫌いかがです?』と訊かれて、『はい、元気です』なんて模範的な英語が返ってくるわけないじゃろ!」
「まあまあジョースターさん落ち着いて」
「これだから日本人は嫌いじゃ」とそのゴツい老人は吐き捨てながら振りかざした拳骨を収め、飾り気というには飾りすぎな気もする黒い肌の男に向き直り、今度はこれ見よがしに流暢に日本語で会話している。
なにやら第一印象が最悪らしい。でも、なんでこんないかにも西洋と中東の人々が、この日本式の家にいるんだろう?
「見たところ、承太郎と同じ学校にいるティーンエイジャーかな?私はアヴドゥル。モハメド・アヴドゥルだ。初めまして」
赤い法衣の男は両腕を自身の胸に当て、敵意が無いことを示す。俺もその動作を真似て、自己紹介する。
「ジョースターさん、ホラ」とアヴドゥルは促す。やれやれ、とジョースターさんは帽子を触り、俺の背後を指差す。
「ソイツが件のスタンド使いじゃな。ワシらは待ちくたびれとるんじゃ。早くこっちへ来い」
─2─
「だめだな。こりゃあ手遅れじゃ。女の方はともかく、こいつは助からん。あと数日のうちに死ぬ」
「そんな……敵とはいえあまりにあっけない」
「……」
「承太郎…お前のせいではない。見ろ、この男がなぜDIOに忠誠を誓い、お前を殺しに来たのか?理由がここにあるッ!」
ジョースターさんは花京院の額に寝そべる赤銅色の髪の房をどける。するとそこにはヒクヒクと動く肉片があった!まるで「エイリ○ン」映画にでも出てきそうな黒ずんだ肉片がッ!
「女の方にはこれが付いていなかった。これが原因じゃ」
「なんだ?この動いている蜘蛛のような形をした肉片は?」
「い、生きているのか、それは?」
「それはDIOからなる『肉の芽』。その少年の脳にまで達している。このちっぽけな『肉の芽』は!少年の精神に影響を与えるよう脳に打ち込まれている!つまりこの肉片はある気持ちを呼び起こすためのコントローラーなのじゃ!それは”カリスマ”!独裁者にしたがう兵隊のような気持ち!邪教の教祖に憧れる信者のような気持ち!この少年はDIOに、あこがれ忠誠を誓ったのじゃ!」
「DIOはカリスマによって支配してこの花京院という少年に、我々を殺害するよう命令したのだ!」
ジョースターさんの説明に、アヴドゥルは追従する。承太郎はその説明に平然と指摘する。
「手術で摘出しろ」
「この肉の芽は死なない。そして脳はデリケートだ。取り出すときこいつが動いたら傷を付けてしまう」
「JOJO、いや、君にも聞いてもらいたい。私が4ヶ月前エジプトにいた時のことを……エジプトのカイロで、私はそいつに出会った」
占い師であるアヴドゥルは俺達に語り聞かせた。満月の夜、その満月に並ぶほどの白い、妖艶な肌を漏った妖しい、だが隆々とした邪悪な男とのエンカウントを。その男はアヴドゥルに、「友達になろう」と嘯き、注射器のような触手から溶液を滴らせながらアヴドゥルの前に立ち塞がっていたた、と。すでにジョースターさんと旧知だったアヴドゥルはすぐに分かった。大西洋からよみがえったDIOであると。
掛けてくる言葉に安らぎを感じるなどという、取り憑かれてるとしか思えないような錯覚に陥ったアヴドゥルは、即刻逃げ出したという。迷路のような町カイロを熟知してたからこそ逃げおおせたのだと、彼は述懐する。
「でなければ私も、この少年のようにヤツの仲間にされていただろう」
「そして、この少年のように数年で脳を食いつくされ、死んでいただろうな」
「死んでいた?ちょいと待ちな」
ジョースターさんの言葉に承太郎は突っ込む。
「この花京院はまだ死んじゃあいねーぜ!」
「承太郎!」
承太郎はスタンドを繰り出し、その太腕で肉の芽を摘まませた。肉の芽は侵入者に即座に反応し、承太郎の腕に先端を突き刺した。
「じじい!俺に触るなよ!こいつの脳に傷を付けず引っこ抜くからな!!俺のスタンドは弾丸を掴むほど正確な動きをする」
「手を放せJOJO!肉の芽が君の方へ向かっていくぞ!」
「こっこの触手、このスピードではあと数十秒で脳に到達するッ!」
肉の芽の意識がよそへ向いたからか、花京院が目を覚ました。
「き…さ…ま…」
「動くなよ花京院。しくじればテメーの脳は御陀仏だ」
「触手が顔まで這い上がって来たぞッ」
「待てアヴドゥル。わしの孫はなんて孫だ…体内に侵入されているというのに冷静そのもの…震えひとつ起こしておらん。スタンドも機械以上に正確に力強く動いていくッ!」
肉の芽は承太郎の徹底的な手つきで、花京院の額から抜き取られた。俺はワイルド・ハーツの爪でその肉の芽を両断するも、肉の芽はピクピク痙攣し、再び触手を伸ばそうとする。
「なにっ、死んでない!?」
「散らしちゃならん!【波紋疾走】ッ!!」
ジョースターさんは右手で手刀を肉の芽に叩きつけた!すると、肉の芽は酸をひっ被ったかのようにじゅわっと音を立てて蒸発してゆく。俺は見逃さなかった。ジョースターさんという男の手に、なにやら雷のような光が纏われていたことを。
「な…なぜお前は自分の命の危険を冒してまで、私を助けた…?」
「さあな…そこんところだが、俺にもようわからん」
花京院の言葉に、承太郎は縁側から背中を向けて答えた。こちらを向くことなく。
ーーーーー
「今日はもう遅い…うちに泊まって行きなさい。またDIOの手下に呼ばれるかもしれんしのう」
「助かります。すみません、夕御飯まで頂いちゃって」
「いいんじゃよ。自慢の愛娘ホリィの味付けはよく合ったじゃろう?広めてくれてもいいんだぞ?」
胸焼けするくらい巨大なステーキが夕食で出てくるとは思わなかった。てっきり来客用のごちそうなのかと思いきやこれを常食しているらしいのだから仰天した。俺の家だってフツーなりに母さんが旨い飯を拵えてくれてるが、こんなものと比較されれば殆どの主婦は白旗を上げるだろう。
「承太郎が高校生になってからデカくなったという噂、その真相が分かった気がしますよ」
「しかし、すまなかったのう。お前が承太郎を助けてくれた恩人だとは知らなくて」
「全くですよ。おたくらは戦争に勝ったんですから、初対面でそうカッカしなくたっていいでしょうに」
「ワシはイギリス人じゃ!アメリカ育ちの!それにそういうジョークはよせ。角が立つ。それに、戦争なんぞ関係ない。ワシはワシ個人のポリシーで日本人が嫌いなんじゃ」
「……案外まともなんですね、貴方は」
「そういう言葉は承太郎にこそ言ってほしいもんじゃがのう。ホリィの教育は間違っとらんはずじゃが……あいつ、多分礼も言っとらんじゃろう。ワシから代わりに礼を言っておくわい。ところで」
ジョースターさんは鼻をこすって、俺に訊く。
「君にもスタンドが発現してるというのは本当の話かね?おまけにそれが最近見た夢の中で、それもアヴドゥルと謎の声の主から授かったとは」
「はい。アヴドゥルさんは覚えてなさそうでしたが、彼、占い師なんでしょう?夢の中に入ったりするのも仕事のうちでは無いんですか?」
「そんなインチキはせんわい。しかしどうにも唐突で眉唾な話じゃ。かといってDIOの手下でも無さそうじゃし…心配はいらんと思うが最近どんどんスタンド使いが増えていくのう……」
ジョースターさんは遠い目をして廊下を見やる。角からスタンド使いが現れるのを待っているかのごとく。
「女の方は、承太郎曰くゲームセンターにたむろしていた町の不良を操っていたそうじゃな」
「その人をどうするんですか。町の人を操っていた証拠なんてありませんし、スタンドは警察には見えないのでしょう?」
「アテはある。心配するな」
その一言でジョースターさんはドンと構えている。
「どうせ連休じゃ。また明日にでも話を聞かせてくれ」
「わかりました」
俺はそのまま一夜を明かした。日本の屋敷の天井を眺めながらの入眠は、遠い田舎の祖父母の家を思い出させ、渾然とした今日を取り纏めてくれたかのように、少し安心して眠れた。
─3─
「ああ、よく寝た」
それが第一の感想だった。普段なら8時間半は寝るものだが、1時間早く起きられた。さて、さすがに朝食まで頂くのは申し訳が立たないから、早めに退散しよう。
俺は縁側から庭のデカい池で悠々と泳ぐ鯉に息を漏らしながら出口に向かうと、ジョセフが待ち構えていた。しかしまだ俺に気付いていない。多分俺よりも早起きして、スタンド使いが接近してないか探していたのだろう。その心意気には悪いが、逃げさせてもらうぜ。俺は縁側から家の内部へ隠れ、襖を開けながら台所裏口へと逃れるよう動いたが、何かが割れる音がして、駆けつけるとそこに倒れ伏したホリィさんを見つけた。
「ホリィさん!?」
台所入り口からアヴドゥルが駆け寄り、ホリィさんの額に手を当てる。
「す、すごい熱だ……病気か…?」
「あっ!!」
ホリィさんのエプロンの端から、半透明な緑色が見えた。まさか花京院、治ったと見せかけてスタンドでホリィさんを!?と考えたが、形状が違う。失礼とアヴドゥルが背中をはだけさせると、そこには茨が生えていた。造花や品種改良された生易しい刺のバラではない。その野生を居丈高に示すがごとく、痛ましい茨と血のように鮮やかな赤い薔薇が、ホリィさんの背中を覆っていたのだ。アヴドゥルが触れると透けた。やはり……
「スタンドだッ!!しかし、なんでホリィさんに!スタンド使いが仕掛けたのか!?」
「いいや、これは、彼女自身のスタンドだ」
「ホリィさんのスタンドだって?なら、なぜ彼女はそれに痛め付けられているのです?」
「スタンドが害になっているんだッ!JOJOとジョースターさんにだけDIOの肉体からの影響があり…ホリィさんには異常がないというので安心しきっていた…い…いや、”安心しようとしていた”のだ。ないはずはないのだ…ジョースター家の血が流れている限り、DIOからの影響は”あるはずだった”のだ!ただ、スタンドとは本人の強い精神力で操るもの!穏やかな性格のホリィさんにはDIOの呪縛に対する抵抗力がないのだ!スタンドを操る力はないのだ!非常にまずい……このままでは…『死ぬ』!」
騒ぎを聞き付けていた承太郎とジョースターさんは、台所の手前で呆然と立っていた。
「ホ…リ…ィ……わ、ワシの最も恐れていたことが起こりよった!つ…ついに娘にスタンドがっ」
ジョースターさんは特に青ざめて、ワナワナと震えていた。俺は昨夜さんざん聞かされたから分かる。ジョースターさんがいかに娘を溺愛しているかを。それが死ぬとあらば、悔しくないはずが無い。承太郎も、無言のまま唇を震わせていた。しかし承太郎は動揺からの回復が早かった
「言え!対策を!」
「うう…く…うう…ひとつ!DIOを見つけ出すことだ!DIOを殺してこの呪縛を解くのだ!それしかない!!」
ジョースターさんは右手から紫色の茨を出し、曰く、念写ではその怨敵の居場所は特定できない、と嘆く。
「私や大神、承太郎のスタンドでは遠距離への探索能力は無い!しかも、ヤツは日光を嫌うのか、いつも闇に潜んでいる」
「闇……DIOの姿は撮れてるんですか?」
「ああ、だがいつも真っ暗じゃ!ヒントなぞありゃしない!」
「待てジジイ。その念写とやら、実際の場所を写すんだな?」
苦悶に悶える2人に、承太郎は突っ込む。
「承太郎?」
「ジジイの念写は何かのビジョンを曖昧に写すんじゃなく、実際の場所を写しているのか?どうなんだ?」
「……そうじゃ。ワシのスタンド、【隠者の紫】は実際の場所を写し出しておる。じゃがどうやってDIOの居場所を特定する?」
「試してみなきゃあ分からねえぜ。速くやりな。その数万円のカメラで」
承太郎はジョースターさんの腰に提げられているカメラを指差し、さらに例のギリシャの英雄を背後から浮かび上がらせる。
アヴドゥルは懐から写真を取り出した。承太郎はそれを引ったくり、背後のスタンドに見せてやる。スタンドは前のめりの姿勢のまましばらく固まっていたが、突如紙と鉛筆を拾い、超高速かつ精密な動きで何かを描き始めた。その結果から導き出されたものは、ハエだ。ハエが写真の小さな数ピクセルの空間を飛んでいたのだ。スタンドはそれをスケッチしたのだ。
「こっこのハエは…知っているぞ!私の地元にいる──」
「アスワンウエウエバエ、ですね。エジプト・ナイル川流域にのみ生息するハエ。吸血性で某ダム建設の影響下、人畜に被害を及ぼしたことで有名なハエです」
一番最後に台所に到着した男が看破した。花京院典明。彼もこの一晩で十分回復したようだ。
「そう、エジプト!ヤツはエジプトにいるッ!それもアスワン付近とまで絞り込めた!」
「やはりエジプトか…。いつ出発する?私も同行しよう」
「花京院…」
「私が肉の芽を植えられたのは3ヶ月前!家族とエジプトナイルを旅行している時、DIOに出会った!ヤツはなぜかエジプトから動きたくないらしい」
「…同行するだと?なぜ?お前が?」
「フフ…そこのところだが、正直、僕にもわからんのだがね……」
承太郎の問いかけに、花京院は昨日の言葉で返した。
「……ケッ」
「お前のお陰で目が覚めた。ただそれだけさ」
「JOJO!占い師のこの俺が、お前のスタンドに名前を付けてやろう。この運命のカードから、一枚引くのだ」
アヴドゥルから差し出されたタロットの束、承太郎は一枚引いて、【星の白金】の名前を得た。
「さて、大神」
ジョースターさんは帽子を被り直して俺に問う。
「すぐにでも出発じゃ!……と言いたいところじゃが、君はどうする?ワシらはそれなりの因縁をそれぞれDIOに抱えておる。君を軽んじるわけじゃないがのう、ワシには強要をする権利も無いし、君にはこの件に関わる義務も必要ない。じゃが、今の我々にはスタンド使いが必要じゃ。それも強く、そして人を助ける勇気を持つそんなスタンド使いが!」
「大神、私からも頼む。君の力を貸してくれないか。私にはそれが運命のように思えるんだ。頼む」
また出たか。「運命」という言葉。俺は信じちゃいないんだ。そんなもの。だが、
「俺はスタンド使いとしては半人前だ、だが、人を助ける勇気ならある!承太郎に命を救われた恩人として、放ってはおけない!」
「ありがとう!君なそう言ってくれる気がしていたよ!」
「操られていたとはいえ、君にも悪いことをした。今後の旅で借りは返すよ、大神」
「…すまねーな。巻き込むつもりはなかったんだが。もしやベー事になったらお前だけでもサッサとトンズラこいてくれ」
「ああ。いつもの俺だったらそうしていたさ、承太郎」
「…フッ。これからどんな目に遭うのかもしれねーってのによ…よっぽどのお節介かそれとも馬鹿か」
ーーーーーー
黒服に身を包んだサングラス付きの人々が、空条家になだれ込んで来た。あまりに統一感のある見た目だったからスタンドかとも思ったが、どうやらジョースターさんが言っていた、『アテ』の人達のようだった。ホリィさんをつきっきりで手当てしている。スピードワゴン財団なる人達は、承太郎がぶちのめした女のスタンド使いを連れて、車で移送していった。
「今はまだ背中だけだが、そのうちあの薔薇のようなスタンドは、ゆっくりとホリィさんの身体を覆い包むだろう…高熱やさまざまな病気を呼び込み、昏睡状態になって、二度と覚めることなく死ぬ…!財団は確かに優れた医師も抱えているが、それでも、私にも、君にも、誰にもどうすることもできない」
アヴドゥル曰くその期限は、50日だそうだ。
「ごっ、50!?50日も!?飛行機で行けばすぐでしょう!」
「そう簡単にDIOが出てきてくれるワケが無いだろう。現に僕を洗脳して、転校に見せ掛けて君たちの学校に送り込んだんだから」
「それもそうか。今もスタンド使いが町中に潜んでいるし」
「あら、私ったら……」
ホリィさんが目を覚ました。起き上がろうとするが、承太郎は寝てろとピシャリ言い放つ。
「…いや、ね、熱が下がるまで何もするなってことだ。黙って早く治しゃあいいんだ」
汗ばんだ顔でも、ホリィは笑顔を絶やさなかった。承太郎から出た怒声じみた諫言を素直に聞いて、身体を横たえた。起き上がっただけでも、その距離から俺はホリィから発せられる熱を感じ取れた。どれほど苦しくても、笑顔を保ち続けている。きっと彼女は強い人だ。スタンドを繰る精神力は無くても、母親としての強さは揺らいでいない。この家を支える一員として、したたかに生きている人なのだと、俺は悟った。
「必ず元気にしてやる…心配することはなにもないからな」と、ジョセフは目に涙を浮かべてホリィの額を優しく撫でてやる。
「JOJOのお母さん、ホリィという女性は人の心を和ませる女の人ですね。そばにいるとホッとする気持ちになる。こんなことを言うのもなんだが、恋をするとしたらあんな気持ちの女性がいいと思います」
ホントにこんなことだし言うなよな花京院。親の目の前で。
「さて、大神。お前も色々と準備があるじゃろ?」
「ええと、ひとまず旅費は俺も出した方が」と俺は甲斐性を担保するために親から持たされた長財布を取り出し、ジョースターさんの目の前で学食の費用ですっからかんになる薄っぺらいそれのヒレをはためかせる。
「心配いらん。そうじゃなくて、ご家族に断ってきた方がいいんじゃあないのかね?」
「……それもそうですね。ただ冗談を抜きにしても、俺もDIOに命を狙われています。親が反対されちゃあ困るので、嘘を吐いてでも戻ってきますよ」
俺は空条家を出て、長い長い石階段を下りていく。下りる最中、ラジオの電源を入れた。
「スティール、やっぱり俺はこのままじゃあ、命が危ないんだよな?」
「そうだな。彼らが50日でDIOを倒してくれればことは君のそ知らぬところで終わるのだろう。だが君は一般人ではない。スタンドを持ってしまった以上、刺客から狙われ続ける。もし彼らが敗れれば、この世界は終わりだ。もちろん君も、君の家族も」
俺は頭をかきむしる。
「ああくそ……俺がどういうヤツなのか分かるだろ。不良なり、田舎の滝壺への飛び込みなり、事故なり、ありとあらゆる危険からなるべく逃げ続けてきたんだぞ、俺は。それがただ退屈だと考えただけで力を与えられて……今度は悪の帝王を倒すため旅に出ろだって……そんなの……」
ーーーーー
昼食時の俺は、揚々と食卓でおべんちゃらを並べ立てていた。
「そう、数日友達の家に泊まることになってさ、ホラあの、○○のところのさ」
「あらそう」
「俺は明日から出張だ」
「アタシは大学のゼミが慌ただしくなってきたときなのに、のんきなのねアンタ」
「まあ、仮の志望校の判定は文句無しで上位10%圏内だからね。○○に教えることでもっと頭が良くなる気がしてさ」
俺は家族に嘘を吐いた。嘘を吐いたこと自体は一度や二度じゃない。風呂から上がった後換気扇を付け忘れて怒鳴られた時以来、付けたかどうかも分からないまま付いてると嘘ついたりしたし。だが今回の嘘はそれどころじゃあない。俺は命を天秤に掛けられている。家族はそれを知らない。知らないからこそ遠ざけなくちゃあならない。たとえそれが軽薄にも家族の信用に悖る嘘によって、でも。
でも、俺は、恐怖に押し潰されそうになりながらも、この状況にワクワクしていた。服を数枚、パスポート、その他旅に必要になるだろうアイテムたちと、それに、スティールの魂が入ったラジオと、替えの電池をありったけを詰める。父が大学時代に使っていた古ぼけの大鞄を手に家を出たとき、俺は奇妙な高揚感に包まれた。
生まれてこのかた旅行なんてしたことねえんだ。ここに乗ぜずして何がオトコだ。トム・ソーヤーや十五少年漂流記みたいな大冒険、ピカレスクやコミックみたいな冒険潭、いっちょやってやろうじゃあねぇの。
空条家に再び向かう足取りは、重たくも軽かった。律儀に待っていたその4人に、俺は一礼し、見たこともないほどに胴長のリムジンに乗り込んだ。
「……アヴドゥルさん、俺のスタンドも、俺のことを知らないのは本当なんですね?」
「ああ。仕事柄観光客を占うこともあったし、そこに日本人が混じることはあったが、まず最初に知り合った日本人は承太郎だ。君とは初対面だ」
「そうですか。それなら」
俺はカチカチとメカニカルペンシルの尾っぽを数度ノックし、メモ帳を開いた。
「なるべく知っておきたいです。皆さんのスタンドの強みと弱みを。俺は今日スタンドが発現したばかりで、正直使いこなせてはいない。だからこそ、敵襲の時は力を合わせたい」
「いいだろう」
アヴドゥルは腕を組み、スタンドについて最もよく知る熟達者として、スタンドとはなんたるかを俺に語り聞かせた。そして、各自の持つスタンドの特徴を話し合った。
次なる場所、空港に向けて。