クロメがまだ帝具・八房の『奥の手』を残している。 作:原作改編
ナイトレイドのアカメは、郊外の教会に訪れた。
深夜の草木が眠るころ、だれもいないはずの教会内には、イェ―ガ―ズのクロメがお菓子をほおばりながら待っていた。
そして、『クロメのお菓子』の中身をひとつ取り出す。
彼女はだれにもあげたことないお菓子をアカメに勧めるのだった。
―――これがどちらかにとって最後の晩餐。
このお菓子―――帝具使い同士の戦いには、そういう意味合いが込められていた。
「おねえちゃんを殺すにはこの場所しかないありえないよ」
妹のクロメはそうつぶやく。
黒を基調にしたセーラー服、黒髪セミロング、赤い篭手、腰に携えた日本刀の帝具・『八房』、なによりも、その名を体現した真っ黒な瞳をした少女だ。
「……」
姉のアカメは沈黙で答える。
妹と同系統のセーラー服、黒髪ロング、赤い篭手、手にするは日本刀の帝具・『村雨』 そして、その名の通り真っ赤な瞳をした少女だった。
この教会は、かつてふたりが離れ離れになって、再会した場所。
アカメが帝国を、そして妹を裏切った因縁の教会。
だからこそ、妹はこの場所を『決戦の地』に選んだのだから。
クロメは、無言の会話にもうれしそうに微笑んだ。
「なんで帝国を裏切ったの? わたしが嫌いになったから?」
「……帝国は腐りきっている。奴らの言いなりでは民を救えないと気づいたからだ」
「任務で死んでいった仲間の気持ちはどうなるの? あの世でなんて言い訳するつもり?」
「……腐った帝国を倒し、民を導くことができれば殉職していった仲間もわかってくれるはず」
クロメは歯ぎしりする。
なんて都合のいい言い分だろう。
だれよりも死者と付き合い続けたクロメだからこそ、アカメの言葉を素直に聞き流せなかった。
「自分勝手すぎるよ、おねえちゃんっ!」
「……それを背負う覚悟は出来ている」
クロメは長椅子から立ち上がる。
アカメも同じタイミングで腰を上げた。
「もういいよね、そろそろ始めようか」
妹が取り出したのは、注射器だった。
禍々しく黒光りする液体がたっぷりと詰まった、手のひらサイズの注射器。
クロメは、それを自分の首に刺した。
「――――っあぁぁ!」
注射器が押し込められるとともに、
彼女の目から、次第に正気がなくなっていくのがわかる。
液体が注射器から消えた時、代わりにクロメの瞳から光が消えていった。
「この新薬は、おねえちゃんが居なくなってから開発された劇薬でねぇ……。負担は増す一方だけど、心臓を潰すかしないと止まらない不死身になっちゃうんだよ」
酔ったような昂揚感と、底なしに黒い瞳。
そして、口から零れる微量の吐血。
生きながらにして不死身の肉体を手に入れた代償。
アカメの目は、少しだけ険しくなった。
「今夜は特別だからねぇ―――、とってもキツいやつ、使ったよ? おかげでほら、全然痛くないし、怖くないよ? いまなら空だって飛べそうだよ?」
「……クロメ、お前」
「いまのわたしは、前に会った時のわたしより、ずっとずっと強いよ? この間は、うっかりおねえちゃんを見失ったけど、でもね、今度はにがさないよ―――?」
「……」
アカメは既に気付いていた。
クロメの瞳、醸し出すオーラがかつて妹と呼んだ彼女とは程遠いことに。
これはもう、帝国に薬漬けにされた、イェ―ガ―ズのクロメだ。
「あぁ、やっとだよやっとやっとやっと、おねえちゃんを殺してっ! 骸人形にできるっ! そしたらずっと、ずぅ――――っと一緒に居られるっ! あはぁ! 幸せだねっ!」
クロメは勢いよく抜刀する。
対照的に、アカメはゆっくりと刀を抜いた。
ふたりとも、脇を開けた『突きの構え』
姉妹揃って、まったくおなじフォームだった。
「さぁ、帝具戦を始めようっ! はやくはやく、おねえちゃんを―――」
クロメは一呼吸のうちに間合いを詰める。
狙いはアカメの首筋。
左肩で隠れたわずかな隙間へと向かって刺突する。
「おねえちゃんを――――殺したい!」
姉妹決戦最初の一刀。
アカメの足刀が、妹の腹部に炸裂するところから始まった。
クロメの突進に対して、アカメは冷静だった。
帝具・村雨の必殺に慢心することなく、それどころか注意を引き付けることによって最高級の後ろ回し蹴りをお見舞いしたのだ。
突進の運動エネルギーを、そのままキックに乗せ返したのだ。
クロメは、ひとたまりもない。
まるで大砲の弾のような勢いで教会の中庭へと吹き飛ばされた。ある意味予言通りに空を飛んだクロメに更なる衝撃が襲いかかった。
一直線に教会の窓を突き破り、地面を転がる。それでも勢いがおさまらない身体から血を吹き出した。
突進距離の三倍は転がったあと、ようやく止まった。
クロメが気付いた時には中庭で寝転んでいた。
おびただしい出血の数。
クロメは現実を受け入れられない。
「……なに、いまの、うそ」
新薬で限界強化した彼女がまるで相手にならない。
かつて帝国にこの人有りと呼ばれた近接戦闘のスペシャリスト。戦い慣れているとしか言いようがない。
クロメの予想を上回る実力差がある。
アカメの強さを、身を以って再確認した。
クロメが突き破った窓から、アカメが急ぐでもなく歩み寄ってくる。
彼女の無表情は、すこしも崩れていなかった。
「わたしの受け持ちは『白兵戦』だ。ボロボロのくせに、勝てると思うな」
「……さすが、わたしのおねえちゃん」
「―――違う。ナイトレイドのアカメだ」
「……どっちでもいいよ」
クロメは、八房を支えにして立ち上がる。
彼女の目から、闘志、殺意は消えていなかった。
「おねえちゃんだけは、どうしてもこの手で斬りたかったんだけどなぁ」
クロメの後ろから、二体の骸人形が姿を現す。
「やっぱり―――このふたりにお願いしようかな」
薙刀使いのナタラ。
二丁拳銃のドーヤ。
ふたりの骸人形はクロメを守るようにして立ちふさがる。
骸人形に村雨の呪毒は通じない。
これは前回、クロメ暗殺の時にアカメは確認していた。
「さぁ、ナタラ、ドーヤ、遠慮はいらないから。お姉ちゃんを―――ゴホゴホ」
吐息に混じって、微量の吐血。
苦しそうに血が混じったせきをする。
「限界の近い身体での八房発動、さぞ苦しいだろう。一撃で楽にしてやる」
「心配いらないよ、おねえちゃんを殺すまで、死なないもん」
ナタラとドーヤは心配そうに目を配る。
死んで骸人形になった彼らには、彼女の限界がよくわかっているのだろう。
それを吹き飛ばすように、クロメが吠えた。
「おねえちゃんを刻んで、ナタラっ! ドーヤっ!」
ふたりの骸人形が、動き出す。
薙刀使いのナタラ。
かつて帝具・『インクルシオ』を着けたタツミと互角以上の戦いを演じてみせた。
二丁拳銃のドーヤ。
ナイトレイドの砲撃手・マインの帝具・『パンプキン』を相手に敗れはしたものの、決して引けを取らなかった。
ふたりは強い。
帝具を持っていないにも関わらずナイトレイドの帝具使い二人分の戦力に匹敵する。
そんなふたりが、アカメを攻めきれないでいた。
ナタラの薙刀をさばき、ドーヤの銃弾を避ける。
防戦一方に見えて、アカメは涼しい顔をしていた。
彼女の身のこなしは常人をはるかに上回る。
マシンガンの弾幕から逃げおおせるだけの脚力は健在だった。
来たるべき暗殺に備えて、アカメはチャンスを待った。
しかし、いくら彼女が強かろうが多勢に無勢。
ナタラとドーヤの連携は、次第に鋭さを増していく。
なにより、クロメには決して近づけない。
アカメのかすかな焦り。
戦闘の達人であるナタラは的確にスキを突いた。
彼女が躱せないポイントで、薙刀を振り下ろしたのだ。
受け止めざるをえない。
でなければ喰らってしまう一撃に、アカメは反射的に防御した。
轟音とともに、一瞬の硬直。
千載一遇のチャンスをドーヤは見逃さなかった。
二発の乾いた銃声。
アカメのブーツを貫通して、左足に二発の銃弾が撃ち込まれた。
「――――ッ!」
アカメはたまらず地面に倒れる。
それを見下すように、ふたりの骸人形は立ちはだかった。
そして、ふたりの背後からクロメがひょっこり顔を出す。
「はい、おしまい。ナタラが抑えてドーヤが刺す。うんうん、鉄板だよね」
「……クロメッ」
「おねえちゃん、痛い? ゴメンね、足撃っちゃったカラもう走れないよね?」
クロメは姉に近づかない。
手傷を負わせた今でも、アカメに対して警戒していた。
きっと間合いに入った瞬間に帝具・村雨で切り刻まれるだろう。
ひょっとしたら投げてくるかもしれない。
あらゆる反撃を考えて、ナタラとドーヤの後ろが一番安全だった。
地球上で一番安全なのだと理解していた。
「ホントはわたしの帝具で人形にしたいケド、もうワタシに時間がないからね。だからここで最期のお別れをしようカナ」
徐々に言葉がおかしくなるクロメ。
地にひざをつく姉は、覚悟を決めるのだった。
「それじゃあ、おねえちゃん。バイバイ」
振りかぶるナタラの薙刀。
上空に飛び、討ちもらしを埋めるドーヤの拳銃。
そして、クロメは知ることになる。
ナイトレイドのアカメが、本当に強いという現実を―――。
「――――葬る」
一瞬だった。
ナタラが薙刀を振り下ろした時。
ドーヤが二丁拳銃の引き金に力を込めた時。
すでに彼らの頭部は、宙を舞っていたのである。
村雨の毒が効かない骸人形にもかかわらず、どうしようもなく絶命していた。
圧倒的な斬撃の速さ。
制空権。
間合いの支配率。
あのナタラとドーヤのほんのちょっぴりの油断。
トドメを刺す時の一瞬、慢心というにはあまりにもかすかな緩みを切り刻む。
一斬必殺『村雨』を持つから必殺なのではない。
ナイトレイドのアカメが持つことによって、初めて一斬必殺の二つ名が輝くのだ。
アカメは実行してみせた。
葬る、と。
そして、それはふたりだけの話じゃない。
―ーードスッ、と鈍い音が脳を揺らす。
クロメのわき腹に、村雨が突き刺さる音だった。
とっさに心臓をガードした八房のおかげで胸の串刺しは免れたが、問題ではない。
一斬必殺『村雨』
解毒不能の『呪毒』を流し込む帝具に急所など関係ないのだ。
「……エ? アレ、なんデ……?」
クロメは、わき腹から生える村雨を見て、唖然としていた。
「わたしはもう、昔のアカメじゃない。止まってるお前たちと違って、生きてるからだ」
クロメは納得してしまう。
あぁ、勝てないわけだ。おねえちゃんはいまも進化しているから。生きてるから。
ナタラとドーヤも、そしてわたしも、死んでる人間だから。勝てない。
クロメはわき腹の異物感を味わうと同時に、呪毒の奔流を感じていた。
呪毒の紋様が、クロメの身体を侵食していく。
彼女は抵抗しない。
手にしている八房で反撃できそうなものだけど、脱力したままだ。
アカメはそれが、クロメの限界なのだと知る。
数多くの命を殺めてきた彼女にはよくわかっていた。
―――クロメは死ぬ。呪毒に侵されて死ぬ。
「お、ねえちゃ―――」
「こんどこそ、本当にさよならだ。クロメ」
村雨を引き抜き、鞘に収める。
同時に、クロメの身体が地面に崩れ落ちた。
アカメは、ゆっくりとその場を後にする。
こうして、熾烈を極めた姉妹決戦はついに幕を下ろした。
「――――おねえチャン……?」
しかし、まだ終わりではなかった。
アカメは振り返る。
たしかにクロメは死に体。呪毒の紋様が手や足にまで伸びきっている。
身体が完全に毒で犯されている。
それでも、上体を起こしてみせた。
まだ、クロメは生きていたのだ。
「すごぃね。ワタシの身体、アノ村雨の『呪毒』でも死なないらしいよ。あはは、おかしいよネ。必殺じゃなくなっちゃうネ。アは、アハハハ―――」
クロメの身体に『毒への耐性』が出来あがっていた。
アカメも知らない。呪毒で即死しない生物。
戦慄した。実の妹だったものが、まさか必殺を超えてくるだなんて。
しかし、アカメにはわかっていた。
クロメは長くは続かない。
じきに死に至る。
毒で死なないだろうが、首を落とせばいい。
頭だけになれば、さすがに生きてはいまい。
生きていようと、細切れになるまで殺しきる。
必殺の覚悟で、地面にへたれこんだクロメに歩みよった。
鬼をも殺せるアカメの顔を見上げたクロメは、
「―――うれしいなァ」
アカメの予想とは異なり、喜びを感じていた。
「おねえちゃん、さっきはワタシが苦しまないように、ちゃんと心臓を狙ってくれたンダよね。ワタシのために、ヨウシャなくコロシにきてくれるんだよね?」
「……」
「大好きなおねえチャン。でも、ザンネン。時間切れみたぃ」
クロメの薬が切れた。
これでようやく終わる。
楽に殺すことはできなかったけど、やっと殺してやれる。
これ以上、クロメが苦しむことはなくなった。
アカメはほんのすこし、安心していた。
その油断が、クロメに反撃を許してしまう。
「バイバイ、おねえちゃん。―――先に逝ってるね」
クロメは、八房を逆手に持って―――
――自分の心臓を、刺し貫いたのだった。
「―――ックロメ!」
呼びかけても、遅かった。
自らの心臓に八房を刺したクロメは、
持ち主を失った八房の、骸人形になったのである。