クロメがまだ帝具・八房の『奥の手』を残している。   作:原作改編

2 / 4
帝具・八房の『奥の手』

 アカメは思い出す。

 

 あれは首切りザンクを退治しに出かけたときのことだ。

 ナイトレイドに入りたてのタツミに帝具の危険性を教えるとき、私の帝具『村雨』を使って説明したんだ。

 

「……その刀、かすっただけで即死かよ!!」

 

 タツミは顔を真っ青にする。

 無理もないだろう。彼は一度、この村雨で私に胸を刺されている。

 偶然、懐に木像が入ってなければ死んでいたのだから。

 

「……こいつを手に入れてずいぶん経つが、一斬必殺の妖刀としてすっかり有名になってしまった」

「そりゃそうだろ。無敵じゃん」

「……いや、この刀にも弱点はある」

「どんな?」

「……手入れの時に気を使う」

「あー」

「……相手をじかに斬りつけないと毒を流し込めない」

「鎧相手にはつらいな」

「……」

 

 私はこの時、あることを思い当たる。

 ――村雨の天敵。クロメの持つ『帝具・八房』の存在。

 しかし、アカメは口を閉じた。

 いまこの場でタツミに言えば、近い将来かならず『死んだ仲間を生き返らせる帝具』を探すに決まっている。

 生き返りなんてあるわけがない。死んだらそれまでだ。

 だが、もし『八房』について話してたらどうだろうか。

 

 タツミは喜んで、帝具・八房を求めるだろうか。

 クロメに――親友のイエヤスとサヨを骸人形にしてほしいと願うのだろうか。

 どんな命令をも聞く、操り人形のような親友を、喜んだだろうか。

 アカメは考える。

 自分の妹が、骸人形にされた今だからこそ考える。

 

 

 

 

 

 

 

「八房を、自分に刺した……だと?」

 アカメは動けないでいた。

 一見すれば絶好のチャンス。

 彼女にとって首から心臓からとやりたい放題だ。

 しかし、アカメは動くことができなかった。

 これは暗殺を生業とする彼女特有の『金縛り』だった。

 

 ―――相手が未知数の内には手を出すな。

 かならず殺せると確信するまで機会を待て。

 

 でなければ―――〇ぬ。

 今日までアカメを活かし続けた直感が警鐘を鳴らす。

 

 いま攻めてはいけない。

 機会を待て。

 そして、沈黙を破ったのは血濡れの少女だった。

 

 クロメが起き上がる。

 おぼつかない手つきで胸に突き刺さった帝具・八房を引き抜いた。

 クロメの顔を見て、アカメは息を飲む。

 青白い顔は濃い『死相』が出ていた。

 もうクロメは死んでいる。

 村雨の呪毒が効かない骸人形になってしまった。

 

 アカメは疑問に思う。

 しかし、なぜ動く?

 なにがクロメの骸人形を操っている?

 その答えを私は知っている。

 おそらく『クロメの遺志』だ。

 

 以前、アカメはかつての仲間であるチェルシーに話したことがある。

 『骸人形は生前の強い想いに縛られている』

 『強い想いで自分から動き出すことがある』

 帝国時代、クロメの帝具を見て知っていた。

 

 それが、いまのクロメだった。

 アカメを殺したい、という強い怨念が、死後クロメの身体を突き動かす。

 

 ―――これが、八房の奥の手。

 骸人形を失った八房は、最後に持ち主を骸人形にする。

 そして、次の所有者が見つかるまで延々と生者を斬り殺し続けるのだ。

 前所有者の骸人形より強い実力者に倒されるまで、止まらない。

九体目の骸人形、クロメが死ぬまで。

 

「……許せないッ」

 アカメは骸人形ではなく、八房の存在に怒りを覚えた。

「……おまえは、この世にあってはならない帝具だッ!」

 クロメが持つ八房に向かって、吠えた。

 アカメの言葉に反応したのは、骸人形の方であった。

 ゆっくりと、壊れた人形は、姉の方を向く。

「――――オネエチャン」

 地から響くような低音だった。

 背筋が凍るような、重く引きずるような声。

 クロメだったものは、姉を呼んだ。

 

 見るだけで体温を奪っていく、氷のように冷たい肌。

 元気だったあの子の面影はどこにもない。

 クロメが死に、そしていま遺体が操られている。

 ここで八房を破壊しなければ、解放されることはない。

 なら、答えはひとつだった。

 

 アカメが突きの構えを取る。

 そして、瞑想した。

月明かりはあるものの、闇夜で視界は良くない。ならば、視覚を捨てて『直感』で動いたほうがいいと判断した。

その行動のうらに、いまのクロメを見ていたくないという気持ちがあるのは否定できないだろう。

アカメは、状況を整理する。

 標的は、はるか間合いの外にいるクロメの骸人形。

 まず、突進の勢いを殺さずに、八房をクロメの腕ごと切り離す。

 

 そして、次の太刀で八房を―――完全に葬る。

 それで決着、迷いはない。

 

 自分の中にある感覚のスイッチを切りかえる。

 脈を正常に保ち、任務を成功させるための機械と化す。

 必殺を誓った時にしか言わない。あの呪文。

 アカメは開眼すると、同時に放った。

「――――葬……え?」

 しかし、アカメの言葉は遮られた。

 必殺の言葉は、クロメの奇行によって阻止されたのだ。

 

「――――オネエチャン、オネエチャン」

 クロメは、すでに間合いの内側にいた。

 もはや密着、鼻と鼻がくっつくほどの距離まで近づいていたことに、アカメは気付くことができなかったのだ。

 

 アカメにとって初めての感覚だった。

 彼女にとって、視覚よりも絶対的な信頼を持つ『直感』を掻い潜ってきた。

 まるで瞬きした最中、懐にいきなり現れたかのようだった。

 

 絶対的硬直の一秒間。

 クロメはスッと、右手をアカメの黒髪に伸ばす。

 

 

「オネエチャン、オネエチャンオネエチャン」

 

 クロメは、アカメの髪を鷲づかみして、

 ブチブチと、髪の束を引き抜き始めたのだ。

 あまりの激痛、斬撃とはまた違う痛みに顔を歪ませる。、

 

「……クッ、放せ!」

 

 あまりに近すぎて、村雨での反撃ができない。

 なにより、クロメの握力が尋常じゃない。

 空いた左手で、押し返そうとするが、びくともしないのである。

 

「――――ッ!」

 アカメは、自らの髪を切り離した。

 クロメが掴んでいる部分だけ、決して自身の肉体に刃を通さないように細心の注意を払っての行動である。

 おかげで、クロメから離れることに成功した。

 アカメは急いで距離を開ける。

 さっきクロメと対峙したときより倍の間合いをとることは仕方ないことだった。

 

 クロメは、追ってこない。

 代わりに斬り落としたアカメの髪をかき集めていた。

 戦闘には関係ない、予測不可能な行動にアカメは困惑する。

 

 アカメを殺したい怨念。

 髪の毛一本さえ許さないということだろうか。

 

 アカメは、迎撃の体勢を取る。

 今度は一瞬たりとも目を離さない。淡々と間合いに踏み込んできたところを迎撃する。

 

「――――八房ッ、お前だけはなにがあっても破壊するッ!」

 アカメは、片膝をつく。

 先ほどナタラとドーヤ、二人の凄腕を屠り去ったあの一撃。

 絶対的な信頼を置く最高速の剣技。

 間合いに入った瞬間に、八房を両断するつもりだ。

 

 対してクロメは無警戒に近づいてくる。

 彼女の間合いに平然と侵入してこようとしていた。

 そして、制空権に入る直前、アカメがつぶやいた。

 

 

 

 

「――――――葬る」

 

 アカメの判断はおおむね正しい。

 現状、八房を攻略するにはベストな選択だったと言える。

 ただ、誤算があるとすれば、標的を八房に絞ったこと。

 そして、八房の真価は骸人形のスペックに大きく依存する点である。

 

 

 

 

 ―ーーポーン、と八房の刀身が宙を舞う。

 クロメの骸人形がはるか上空へと放り投げたのだ。

 

 理解不能、あまりの緊張感に頭がおかしくなったのか。

 それともクロメの骸人形が斬られているうちに、刀身がアカメを殺そうと言うのか。

 いずれにせよ、八房を見逃すほどアカメは甘くはない。

 

 アカメは体勢を対空迎撃用に変える。

 村雨を縦に構えて、振ってきた八房をもう二度と使用できないようにバラバラにする用意はできていた。

 放物線を描く帝具・八房。

 

 

 

 

 八房に集中しすぎたからであろう。

 アカメは何が起こったのか理解できなかった。

 自分の身体が地面に押し倒されるまでわからなかった。

 

 あの、クロメの呪文を聞くことで、ようやくなにをされたのか理解する。

 

「オネエチャン、オネエチャン」

 

 ―――クロメに馬乗りにされていた。

 油断というよりは認識の違いだった。

 八房から手が離れれば、骸人形は止まるのだと。

 勝手な先入観が、アカメの瞳を曇らせた。

 この体勢ではアカメは動けない。

 自慢の速さがまったくと言っていいほど役に立たかった。

 

 ヒュンヒュンと風を斬る八房が地面に刺さる。

 ちょうどアカメが倒れているすぐそばに落ちていた。

 反射的に、アカメは手を伸ばす。

 この八房を、破壊すればクロメは解放される。

 アカメは握力でへし折るつもりで、手を伸ばす。

 しかし、それを知っていたかのようにクロメは先に八房を取り上げた。

 

 そして、クロメは、八房でアカメの左手を串刺しにした。

「……! ぐ、あ、あああ……!」

 押さえの効かない悲鳴が、アカメの喉から絞り出される。

 地面に深々と突き刺さった八房に縫い付けられたのだ。

 

 押し殺せる痛みじゃない。

 姉の本能的な悲鳴を聞いて、クロメは満足そうにほほ笑んだような気がした。

 

「オネエチャン、オネエチャンオネエチャン」

 

 クロメが、姉のことを呼ぶ。

 気遣っての問いかけなのか、とアカメはぼんやりと考えていた。

 

 クロメの呼びかけに対して、アカメが反撃で応える。

 馬乗りにされた状態だが、右手には帝具・村雨がある。

 村雨を逆手に持ち、どこでもいいからクロメの身体を刺す。

 そして、無理やり馬乗りの状態から脱出して、八房を破壊する。

 

 アカメのプランは固まっていた。

 考えるのが先か、実行するのが先か。

 アカメは、村雨をギュッと逆手に握り直したのだ。

 

 しかし、クロメにとってアカメの行動はお見通しだった。

 クロメは、左手で村雨の鍔を掴む。

 村雨の刃に触れ、出血しながらも地面へと抑え込んだのだ。

 アカメは驚いた。

 いままで村雨と奪われたことはあったが、あろうことか刃を気にせず鷲づかみにしてくる相手など皆無だったからだ。

 

 村雨の毒が効かない。

 しかし、村雨を奪われるわけにはいかない。

 アカメは力比べでクロメから村雨の主導権を奪わなければならない。

 体勢による絶望的な腕力差。

 彼女には、埋めるだけの力がなかった。

 

 

 ついに、姉を追い詰めたクロメ。

 彼女は遠慮することなく、姉の胸に顔をうずめる。

 そして、アカメは知る。

 妹を突き動かす強い想いは、ただの殺意だけではない。

 

 

「オネエチャン、ズット、サミシカッタ」

 クロメの口から出たのは、悲壮感に満ちた言葉だった。

 

 

「ナンデ、ワタシヲ、オイテイッタノ?」

 

 アカメは答えない。

 かつて彼女はクロメも一緒に帝国を抜けようと誘った。

 その時、クロメは拒絶してきたのだ。

 ――任務で死んでいった仲間を裏切れない、とアカメの手を振り払った。

 ならば、置いていくしか、ないではないか。

 

 

 クロメは、血の涙を流す。

 そして搾りだすかのように、内に秘めた想いをこぼした。

 

「ホント、ハ、オネエチャン、ト、イッショニ、イキタカッタ、ヨ」

 

「デモ、ワタシ、『クスリ』、ナイ、ト、イキラレナイ、カラ、ヌケラレ、ナカッタ」

 

「イッタラ、オネエチャン、ヲ、コマラセル、カラ、イケナカッタ」

 

 

 

 アカメの右手から、力が抜ける。

 妹の想い。理性の奥底に押し殺した本心を聞いた。

 

 クロメは決して、望んで帝国に残ったわけじゃなかった。

 むしろだれよりも抜けたかった。

 最愛の姉、この世で唯一の家族と離れなければならないのだから。

 

「キヅイテ、ホシカッタ。ワタシ、ヲ、エランデ、ホシカッタ」

 

「タミ、ヨリモ、クロメ、ヲ、エランデ、ホシカッタ」

 

 アカメの胸に、内側から裂かれるような痛みが走った。

 八房に刺された左手よりも、ドーヤに撃たれた足よりも。

 クロメの言葉が、容赦なくアカメの心を抉る。

 

「ダイスキ、オネエチャン。ズット、ズット、クロメト、イッショ二、イテ」

 

「モウ、クロメ、ヲ、オイテイカナイ、デ」

 

 クロメはアカメの首筋に噛みつく。

 首筋から走る痛みと無視できない出血、そしてクロメから流れてくる想い。

頸動脈から、血が吹き出した。

 彼女を縛っている気持ちが傷口から注ぎ込まれた。

 アカメはほとんど抵抗できていなかった。

 いつしか村雨は完全にクロメの左手に抑え込まれ、首筋を噛まれていようと、逃げる素振りさえみられない。

 

 アカメは自分を責めていた。

 なぜ気付けなかった。

 クロメが帝国脱出を拒んだのは?

 ――『薬』がないと生きていけないから。

 裏切り者の私を、妹が無表情で見送ったのは?

 ――私を困らせたくないから。

 私の命を狙う理由は?

 ――私に置いてきぼりにされたから。

 

 私が気付いてあげられなかったからクロメはこうなった。

 ――ならばもう、殺されてもしかたないではないか。

 

 アカメは、考える。

 私の目的は、『クロメを救済(ころ)してやること』だ。

 この骸人形にクロメの魂はない。すでに課せられた使命は果たした。

 八房を破壊できなかったのは、心残りではあるけれど、イェ―ガ―ズの一員と相打ちしたと思えば、もう充分ではないか。

 

 もう、クロメの側へといってあげる方がいいのではないか。

 あぁ、ずいぶん寂しい思いをさせてしまった。

 せめて、最期くらい、あの子の願いを叶えてあげたい。

 もう絶対に、クロメの手は離さないから。

 

 クロメ

 

 クロメ

 

 私の、最愛の妹。

 

 こんどこそ、ずっと一緒に。

 

 

 

 

 アカメの視界に思い出たちが走馬灯のように流れる。

 

 彼女の脳裏に―――ある『約束』がよぎった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。