グリフィンドールであることが、気に食わない。   作:an-ryuka

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 ◆

 

 ホグワーツに来てから6年。

 ジェームズ・ポッターが、リリーの恋人という肩書きを手に入れてからの数週間、グリフィンドール塔の空気は、あからさまに甘ったるくなった。

 

 朝の大広間。

 グリフィンドール卓のいつもの場所で、ジェームズはトーストを片手に、隣に座るリリー・エバンズを眺めては、三十秒に一回くらいの頻度でにやけていた。

 

「でさ、聞いてくれよリリー。昨日のクィディッチの練習で、俺、スニッチ捕る前にさ、空でお前の名前を――」

 

「空中に書こうとしたんでしょ」

 リリーは、あきれ半分、照れ半分で彼の言葉を奪う。

「スラグホーン先生の授業の後、みんな噂してたわよ。ポッターが空で『L・E』って書こうとして、スニッチにぶつかりかけたって」

 

「ぶつかってない。ギリギリ回避した」

 ジェームズは胸を張る。

「俺は恋もクィディッチも両立できる男なんだよ」

 

「はいはい」

 リリーはため息をつきながら、口元だけは緩める。

「そういうところが……まぁ、嫌いじゃないわ」

 

 そのひと言に、ジェームズは耳の先まで真っ赤になり、「聞いたかシリウス!」と隣の親友の肩をどついた。

 

「なぁ聞いたか!? 嫌いじゃないって! これ、ほとんど好きってことだよな!」

 

「毎朝それ聞かされるこっちの身にもなれ」

 シリウス・ブラックは、ばさばさの銀灰色の髪をかき上げながら、心底うんざりした声を出した。

 そのくせ、目の端にはちゃんと楽しそうな光がある。

 

「でもまぁ、おめでたいこったよ、ジェームズ」

 パンを齧りながら続ける。

「やーっとだもんな」

 

「やっととか言うなよ!」

 ジェームズは抗議しつつも、にやけ顔は止まらない。

 

 その一連のやりとりを、向かいの席からヴェリティ・エインズワースは眺めていた。

 マグカップを指先でくるりと回し、紅茶の表面が揺れるさまを見つめながら。

 

「……ノロケの密度、限界突破してるわね」

 ぼそっと呟く。

 

「幸せそうでいいじゃない」

 隣のリリーが、少し照れ気味に笑う。

 

「聞かされる側の健康にも気を使って欲しいものね」

「健康に悪い甘さって、砂糖より質が悪いのよ」

 ヴェリティは平然と返す。

「でも、あなたがそれで笑ってるなら、害悪とは言い切れないわね」

 

「はいはい、分析ありがと」

 リリーは肩をすくめ、その視線をちらりとシリウスへ滑らせた。

 

――最近のシリウスは、ヴェリティの半径二メートル以内に滞在する時間が、目に見えて増えていた。

 

「ヴェリティ、昨日の課題さ、あれどう思った?」

 突然横から話しかけてきたり。

 

「エインズワース、今外の風がいい感じだな!」

 どうでもいい報告をしてきたり。

 

 ヴェリティが廊下で立ち止まれば、ちょっと離れた柱にもたれて様子を窺う。

 少し足を速めれば、なぜか同じ速度で横に並んでくる。

 

 ――分かりやすいにもほどがある、という意味で誠実ではある。

 

「ねぇ」

 リリーが、カップを持ち上げながら小声で言う。

「最近のシリウス、ちゃんとヴェリティ狙いって感じになってきてるわよ」

 

「狙いって分類はどうかと思うけど」

 ヴェリティは肩をすくめる。

「前よりマシなのは確かね」

 

「親衛隊の子たちに、ちゃんと距離とってるしね」

 リリーは真面目な顔になる。

「ヴェリティ、曖昧に好かれてるのが一番迷惑って言ってたものね」

 

「……言ったかしら?」

「似たようなことは言ってたわ」

 リリーは悪びれず笑う。

「でも、本当に変わったと思う。あなたの言葉で」

 

「変えたなんて言うの、傲慢よ」

 ヴェリティは、紅茶を一口飲んでから言う。

「シリウスは自分で決めて、自分で動いてる」

 

 心のどこかで、その変化を見るのを楽しんでいたことは、彼女も認めていた。

 自分の言葉がきっかけで、誰かの世界が少し変わる。それはたしかに、癖になる感覚だった。

 

 そこへ、ジェームズが駆け寄ってきた。

 顔には「何か思いついた!」と大きく書いてある。

 

「おいリリー、ヴェリティ! 聞け、最高の作戦を思いついた!」

 

「作戦でロマンを語らないでくれる?」

 リリーが即座に牽制する。

「また変な賭け事とかは嫌よ?」

 

「違う違う」

 ジェームズは満面の笑みで立ち止まった。

「今度のホグズミードだよ!」

 

 その声に、シリウスがビクッと反応する。

 目線だけこちらに向いてくるのを、ヴェリティは横目で捉えた。

 

「ダブルデートしようぜ!」

 ジェームズが宣言した。

「僕とリリー、シリウスとヴェリティで!」

 

 大広間のグリフィンドール卓の一角だけ、時が止まる。

 

「あんたねぇ」

 リリーは額に手を当てた。

「言い方ってものがあるでしょ」

 

「だって、もう公式カップルがここにひと組いるわけだし?」

 ジェームズはリリーの肩を腕でくるりと抱き寄せる。

 リリーは反射的に肘で小突きながらも、完全には振り払わない。

 

「それで……」

 ジェームズは、あからさまに期待に満ちた目でヴェリティを見る。

「リリーと俺、シリウスとお前。四人で回ろうぜ。絶対楽しい」

 

 隣で、シリウスが椅子の上で姿勢を正した。

 いつでも飛び出せるような、落ち着きのない犬そのものの動き。

 

「お、おい、ジェームズ。そういうのは、ちゃんと――」

「シリウス、黙ってろって」

 ジェームズが珍しく親友を制す。

「これは俺の最高のアイデアだから」

 

 リリーは、ため息をひとつ吐いてから、ヴェリティを見る。

 視線に「どう?」と書いてある。

 

「ヴェリティが嫌なら、もちろんやめるわ」

 リリーは真剣な声になる。

「でも、もし少しでもいいかなって思えるなら……私、やってみたい」

 

 ヴェリティは、三人の顔を順番に見た。

 ジェームズのわくわく、リリーの慎重な期待、そして――シリウスの、露骨すぎるほどのソワソワ。

 

 断ってもいい。

 むしろ、面倒ごとを避けるならそうするべきだ。

 

 だが、ここで水を差したときの空気のしぼみ具合が、はっきりと想像できてしまった。

 それに――

 

(観察対象としては、悪くない条件か)

 

 ホグズミード。

 カップル二組。

 それぞれの動き、距離感、会話。

 見たくない、とは言えないかもしれない。

 

 ヴェリティは、カップをソーサーに静かに戻した。

 

「……いいわよ」

 

「本当か!?」

 最初に叫んだのはジェームズだった。

 次いで、シリウスが「マジか!?」と被せる。

 

「やったぁ!」

 ジェームズは立ち上がりそうな勢いでガッツポーズを取る。

 

 シリウスはと言えば――

 喜び方を誤爆した。

 

「ヴェリティ!」

 彼は立ち上がるなり、ノリでその肩に腕を回しかけ――

 

 ヴェリティの反応を想像して、慌てて手を引っ込めた。

 肩に触れる寸前のところで、腕が空中に固まる。

 

「……なに、その不可解な振り上げた腕」

 ヴェリティは、冷静に見ていた。

 

「いや、その、あれだ。えーと――」

 シリウスは、どうにもならないので腕を頭の後ろに回し、意味のないストレッチとしてごまかす。

「肩こっててさ」

 

「十代でそれは心配ね」

 

 笑われる横で、内心では――

 

(肩どころか心臓がぶっ壊れてんだよ!)

 

 シリウスは、何とか表情筋を制御していた。

 

 

 ダブルデート決定の知らせは、その日のうちに談話室に広まった。

 

「え、ジェームズとリリーは分かるけど……シリウスとエインズワース?」

「最近よく話してるじゃない」

「でもお似合いってタイプじゃなくない?」

「エインズワースって、ああ見えてけっこう鋭いし……」

 

 本人たちのいないところで、ひそひそと噂は膨らんでいく。

 

 当の本人たちは、暖炉前のテーブルで地図を広げていた。

 ホグズミード・非公式・美味しい店とついでにやばい場所マップ――ジェームズとシリウスが数年かけて作った代物だ。

 

「まずはホッグズ・ヘッドは無しな」

 ジェームズが言う。

「あそこ、デート向きじゃない。臭い」

 

「じゃあ三本の箒からスタート?」

 リリーが地図の端を押さえる。

「バタービールで喉を潤してから、お菓子屋さん?」

 

「賛成だ」

 シリウスが身を乗り出す。

「ハニーデュークスの新作、試したいのがあってさ。ヴェリティ、甘いのは?」

 

「嫌いじゃないわ」

 ヴェリティは淡々と答える。

 

「はーーい、シリウス、ここテストに出るぞ」

 ジェームズが横から茶々を入れる。

 

「うるせぇな」

 シリウスはジェームズの頭を軽くはたく。

「俺が覚えりゃいいんだろ」

 

 そのやり取りを、少し離れたソファからルーピン・リーマスは見ていた。

 本を開いているが、目はページを追っていない。

 

「……珍しいな」

 ピーターが小声で言う。

「シリウス、あんな真面目に予定立てるなんて」

 

「そうだね」

 ルーピンは、視線をあえて戻さずに答えた。

「誰かのためだと、ちゃんと考えるタイプなんだよ、あいつは」

 

「……ジェームズもシリウスも、最近俺らより」

「気のせいだよ」

被せるようにルーピンが言う。

 

 ヴェリティの笑い声が、暖炉のぱちぱちという音に混じる。

 彼女は、地図に書かれた小さな裏路地の書店に指を置き、「ここは?」と尋ねていた。

 

「そこはな、ちょっと変な本も置いてて――」

 シリウスが説明を始める。

「普通のカップルは行かない。けど、お前なら好きそうだと思ってた」

 

「買うかどうかは別として、変な本の分類は興味あるわ」

 

 リリーがくすりと笑う。

 

 ルーピンは、本のページを閉じた。

 紙がぱさりと音を立てる。

 

(これでいい)

 

 心の中で、何度目か分からない確認をする。

 

(ヴェリティが楽しそうにしてる。だから、これでいい。)

 

 それは、ルーピンが望んだ結末に、近い。

 少なくとも、彼が口に出してしまった、「好きだ」という言葉に対する、ひとつの答えだ。

 

 ――君は、僕に「付き合いたいって言えるようになるまで起きてなさい」と言った。

 

 あの夜から、ルーピンは何度も口の中で練習した。

 君が好きだの先に、だから一緒にいてほしいを繋げる練習を。

 

 だが、そのたびに月の影が脳裏をよぎる。

 狼の牙。爪。血。

 自分の姿を見た時のヴェリティの顔を、想像して怖くなる。

 

(言えない)

 

 だから、彼は一歩引いた。

 彼女の隣に立てそうな人間――シリウス・ブラックが、真剣に彼女を見ているなら、それを後押しする立場に回るべきだと。

 

(これは、正しい)

 

 そう決めてから、ルーピンは、ヴェリティと目が合いそうになるたびに視線を逸らすようになった。

 

 

 

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