グリフィンドールであることが、気に食わない。   作:an-ryuka

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6.

 

 ヴェリティはベッドのカーテンを閉めてから、天蓋の布をじっと見つめた。

 

 彼女の頭の中では、言葉がぐるぐると回っていた。

 

 ――あなた、私に惚れてるの?

 ――僕は、君が怖くないのか、って聞いたんだ。

 

 シリウスとルーピン。

 どちらの言葉も、どちらの沈黙も、同じくらい鮮明だった。

 

 シーツに頬を押しつけながら、ヴェリティは小さく息を吐く。

 

(ほんとに、面倒くさい男二人と関わってしまったわね)

 

 そう毒づいてから、眠りに落ちるまでに、いつもより少し時間がかかった。

 

 ◆

 

 その翌日から、シリウス・ブラックは、目に見えて機嫌が悪くなった。

 

「おいシリウス、昨日の練習、そんなに酷かったか?」

「別に」

「じゃあ先生に怒られた?」

「別に」

 

 ジェームズの問いかけはことごとく「別に」で切り捨てられ、ピーターは空気を読んで口を挟めず、ルーピンは「また始まったな」という顔で黙って見ていた。

 

 談話室。食堂。廊下。

 どこにいても、シリウスは落ち着きなく視線を泳がせ、そのくせ決してある一点――ヴェリティ・エインズワース――の方は見ないようにしていた。

 

 見ないようにしている、という意識だけが、かえって彼の視線をぎくしゃくさせる。

 

「ねぇ」

 リリーがささやく。

「シリウス、最近なんか変じゃない?」

 

「変の定義によるわね」

 ヴェリティは紅茶に砂糖をひと匙落としながら答える。

「もともと騒がしい上に、家の問題を背負い込んで、スリザリンへの憎悪を自分のアイデンティティみたいにしてる子よ。変じゃなかった時期、あったかしら」

 

「そうだけどさ」

 リリーは笑いながらも、視線をシリウスの方へ向ける。

「なんか、ヴェリティの近くになると、余計に変」

 

「……それは」

 

 ヴェリティは、紅茶を一口飲んで喉を潤し、短く言った。

 

「自覚が、半端な状態だからよ」

 

「自覚?」

 

「ええ。自分が何を感じてるのか、ギリギリ手前までは分かってるのに、認めるのはプライドが許さない状態」

 淡々と説明しながら、ヴェリティは砂糖を溶かしたスプーンを皿に置く。

「一番イライラする時期ね。本人にとって」

 

「……それ、あなたが原因?」

 隣の席で話を聞いていたメアリー・マクドナルドが、ポテトをつつきながら口を挟んだ。

「なんか、こないだの夜も、談話室で二人で話してたでしょ。火の前で」

 

「よく見てるわね」

 ヴェリティは軽く笑う。

「でも、原因って言うなら、たぶん私だけじゃないわ」

 

「え、それ、どういう――」

 

 メアリーの問いを遮るように、大広間の入り口から賑やかな声が響く。

 

「リリー! 今日こそトランプやろうぜ!」

 

 ジェームズがトランプの束をひらひらさせている。その後ろから、ルーピンとピーター、少し遅れて腕を組んだシリウスがついてくる。

 

 リリーが露骨に顔をしかめ、ヴェリティは「ほら来た」とばかりにナイフとフォークを揃えた。

 

「おいシリウス」

 ジェームズが彼の肩を小突く。

「ほら、あそこ」

 

 顎で示された先――ヴェリティとリリーの席。

 

 シリウスは一瞬だけ目を向け、それからすぐに視線を逸らす。

 

「別に、行く必要ねぇだろ」

 

「必要とかじゃなくて、楽しいから行くんだよ」

 ジェームズは笑う。

「なぁ、リーマス」

 

「僕に振るのはやめてくれ」

 ルーピンは苦笑して肩をすくめる。

「行きたいなら行けばいい。……僕は、遠くから見てるよ」

 

 シリウスは、その「遠くから見てる」という言葉に、妙な刺を感じた。

 

 ――お前も、あいつのこと見てるくせに。

 

 そう喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりにテーブルに着く。

 

「おはよう、リリー!」

 ジェームズは、いつもの笑顔で椅子を引いた。

「エインズワースも、おはよう」

 

「おはようございます、ミスター・ポッター」

 ヴェリティは丁寧に返事をする。

「授業前にトランプで時間を無駄にする会の開催告知かしら」

 

「ひでぇ言いようだな」

 ジェームズは笑い飛ばす。

「でも否定はしない」

 

 その横で、シリウスはパンにバターを塗りながら、視線を皿に固定していた。

 パンが、気の毒なくらい厚塗りになっていく。

 

 リリーがちらりとヴェリティを見た。

 「ね?」と言いたげな顔。

 

 ヴェリティは、パンをちぎりながら内心だけでため息をつく。

 

(本当に、面倒くさい)

 

 そう思っていることは、とりあえず誰にも言わないでおくことにした。

 

 ◆

 

 その日の午後。

 授業がすべて終わった後、男子寮四人部屋には妙な空気が漂っていた。

 

 ジェームズはベッドに仰向けになり、クィディッチの雑誌を頭の上に投げたり受け止めたりしている。

 ピーターは宿題の山を前にして、紙と視線の間を右往左往。

 ルーピンはベッドの端に座り、膝の上の本を半分も読んでいない。

 

 部屋の中央で、シリウスが柱を中心にしてうろうろと歩き回っていた。

 

「お前、落ち着けって」

 ジェームズが雑誌で顔を隠したまま言う。

「歩きすぎて床に穴が空く」

 

「空いたらお前が直せ」

「なんでだよ!」

 

 ルーピンが、苦笑しながら本を閉じた。

 

「シリウス」

「なんだよ」

 

「何があった?」

 ルーピンの声は静かだが、逃げ道を塞ぐような優しさがある。

 

「別に、何もねぇよ」

 シリウスはぶっきらぼうに答える。

「俺はいつも通りだろ」

 

「いつも通りなら、俺たちがこんなにうるさくなる前に、まずお前が騒いでるさ」

 ジェームズが雑誌をどけ、片目を細めた。

「昨日から様子おかしいって、みんな気づいてる」

 

「……うるせぇ」

 

 それだけ言って、シリウスは窓際に歩いて行く。

 外では湖が灰色に光り、何羽かのフクロウが遠くの塔をかすめて飛んでいた。

 

 しばらく沈黙が続いたあと、ピーターが恐る恐る口を開く。

 

「あの、その……ヴェリティになんか言われたのか?」

 

 その名前に、空気がぴたりと止まる。

 

 シリウスの肩が、わずかに跳ねた。

 

「べ、別に!」

 声が裏返る。

「な、なんであいつの名前が出てくるんだよ!」

 

「図星だからだろ」

 ジェームズがにやっと笑う。

「昨日の夜、お前ら二人、火の前で何話してたんだ。リリーが言ってたぞ。『なんか雰囲気が妙に重かった』って」

 

「リリーの観察力は侮れないね」

 ルーピンがぼそりと付け足す。

 

「うるせぇ!」

 シリウスは振り向きざまに叫んでから、ぐっと言葉を飲み込む。

 視線が、ほんの一瞬だけルーピンを掠める。

 その短い接触に、ルーピンは「ああ、これは俺の役目だ」という顔をした。

 

「ジェームズ、ピーター」

 ルーピンは、さりげなく立ち上がる。

「ちょっと図書室寄ってくる。今日の変身術の課題、参考書がいる」

 

「今?」

「今」

 

 彼は二人が「なんで今」と言う前に、扉の方へ歩いて行く。

 

「おい、リーマス、俺は――」

「シリウス」

 ルーピンは、ドアノブに手をかけたまま振り返った。

「……すぐ戻るよ」

 

 その一言に、なぜか「話そう」という意味が含まれているのを、シリウスは直感で理解した。

 

 ◆

 

 廊下のいちばん端。

 誰も通らない塔の踊り場で、ルーピンはシリウスを待っていた。

 

 ほどなくして、足音。

 乱暴に扉を開けて入ってくるのは、いつもの癖だ。

 

「……なんでわざわざこんなとこまで」

 シリウスは腕を組んで言った。

「部屋で話せばいいだろ」

 

「ジェームズとピーターがいる前だと、君は本当に大事な話をしない」

 ルーピンは壁に背中を預ける。

「それくらいは、もう分かってる」

 

 シリウスは舌打ちしたが、否定の言葉は出てこなかった。

 

「で?」

 ルーピンは穏やかに問う。

「ヴェリティと何があった?」

 

 名前が出た瞬間、シリウスの顔がかあっと熱くなる。

 

「べつ、に……」

「それはさっき聞いた」

 ルーピンは遮る。

「別にじゃない。君があそこまでイラつくのは、家族の話か、セブルスの話か――」

 

 彼は一拍置き、少しだけ目を細めた。

 

「――それから、ヴェリティが絡むとき」

 

 シリウスの喉から、変な音が出た。

 

「はぁ!? だ、誰が……!」

 

「違うなら、今の反応はしない」

 ルーピンは淡々と言う。

「俺、そんなに鈍くないよ」

 

 塔の窓から差し込む光が、シリウスの横顔を白く照らす。

 彼は拳を握ったまま、しばらく口を開かなかった。

 

 やがて、絞り出すように口を開く。

 

「……俺、あいつに惚れてんのか?」

 

 ルーピンは、その問いを予想していたはずなのに、胸のどこかがきゅっと縮む感覚を覚えた。

 

 ――やっぱり、そう来たか。

 

 でも、表情には出さない。

 彼は、いつもと同じ静かな顔でシリウスを見る。

 

「君が俺にそれを聞くってことは」

 ルーピンは言った。

「もう自分で答えを知ってるってことだと思う」

 

「……ずりぃ」

 シリウスは顔をしかめる。

「お前、いつもそうやって、答えを返さねぇ」

 

「じゃあ、ちゃんと言おうか」

 ルーピンは目を伏せて、ほんの少しだけ笑った。

「それは……恋、かもしれないね」

 

 その「恋」という言葉は、ルーピンの喉を通るとき、少しだけ棘を帯びていた。

 自分の胸を掠めた棘だと分かっていても、それを取り除く術はない。

 

「かもしれないってなんだよ」

「断定された方がよかった?」

「……どっちにしろムカつく」

 

 シリウスは踵で床を蹴る。

 塔の石床が、鈍く足音を返した。

 

「俺は、あいつにグチグチ言われるとムカつく。頭に来る。全部見透かされてるみたいで……」

 

「でも、黙られると更にムカつく。なんか、俺のこと見てねぇみたいで」

 

 ルーピンは黙って聞いている。

 

「あいつが俺に怒るのは分かる。スリザリンのこととか、セブルスのこととか。でも俺、あいつが誰か他のやつと真剣に話してると――」

 

 言葉が喉で止まる。

 

 思い出したのは、図書館の光景。

 テーブルを挟んで向かい合うヴェリティとリーマス。

 彼女の指先と、開きっぱなしの狼の挿絵。

 

「……イラつく」

 やっと絞り出した声音は、子どもみたいに拗ねていた。

「別に、あいつのもんでもないし、俺のもんでもねぇのに」

 

 ルーピンは、自分の心臓がひとつ脈打つたびに、胸が少しずつ軋むのを感じながら、それでも穏やかな声を保つ。

 

「うん。それは、かなり『惚れてる』症状に近いね」

 

「うわ、最悪」

 シリウスは頭を抱えた。

「なんでだよ。なんで、あんな、面倒くせぇ女を……」

 

 ――面倒くさいって言葉、俺も何回心の中で使ったか分からないけどね。

 

 ルーピンは心の中だけで苦笑する。

 

「でも」

 自分の胸を押さえながら、彼は続けた。

「君が彼女を好きになるのは、自然だと思うよ」

 

「は?」

「君は、いつも見られたい側にいるだろ」

 ルーピンは目を細める。

「でも、ヴェリティは『見る』側だ。君の中で誰も触れなかったところまで、迷いなく言葉を投げてくる」

 

 それは、まさにルーピン自身が彼女に惹かれた理由でもあった。

 

「それは、きっと君にとって……怖くて、気持ちよくて、むかついて、嬉しい」

 

「矛盾しすぎだろ、それ」

「恋って、だいたいそういうもんじゃないかな」

 ルーピンは冗談めかして言う。

 

 シリウスはしばらく黙っていたが、やがて壁に背中を預けると、ずるずる座り込んだ。

 

「俺、どうしたらいい?」

 

 その問いに、ルーピンの胸がまた強く締めつけられる。

 

 ――本当は、『諦めろ』って言いたい。

 ――俺が、先に好きだった、と叫びたい。

 

 でも、それはしないと決めている。

 

 ヴェリティが誰を選ぶかは、ヴェリティが決めること。

 自分の役目は、その結末を静かに見届けることだ。

 

「まずは」

 ルーピンは、ゆっくりと息を吸う。

「君がちゃんと『好きだ』って自分で認めることじゃないかな」

 

「それが一番嫌だ」

「でも、認めないと何も始まらない」

 彼は微笑む。

「認めてから悩めばいいさ。……それと」

 

「それと?」

 

「君はきっと、彼女に何を与えられるかなんて考えたこともないだろうけど」

 ルーピンの声は少しだけ真剣になる。

「ヴェリティは、そこを見ていると思う」

 

 シリウスが顔を上げた。

 

「与える?」

「うん」

 ルーピンは頷いた。

「彼女、自分が誰かに『何も与えられなかった』って思うと、ひどく落ち込むタイプに見えるから」

 

「だから」

 ルーピンは締めくくる。

「もし君が本気で彼女を好きだとしたら……君が何を与えられるのか、ちゃんと考えた方がいい」

 

「……分かんねぇ」

 シリウスは即答した。

「俺、そんなこと考えたこともねぇ」

 

「なら、今から考えればいい」

 ルーピンは、ひとつ笑って立ち上がる。

「時間はあるよ。ホグワーツは、まだ3年あるんだ」

 

 ――ヴェリティには、彼のような人がそばにいるべきだ。

 

 心の奥の言葉は飲み込んで、ルーピンはシリウスの肩をぽんと軽く叩いた。

 

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