グリフィンドールであることが、気に食わない。   作:an-ryuka

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9.

 ◆

 

 夜が深くなるにつれて、広間の笑い声は甘さを増した。

 星は近く、灯りは低く。

 最後のダンスの前、ルーピンは広間を出て、城の横手にある回廊へ向かった。

 

 そこは、風の通り道。

 夜の匂いが、石の匂いを洗う細い廊下。

 

 ベンチに――ヴェリティが座っていた。

 誰かが席を立った直後のように、わずかな余熱が残っている。

 

「……ここにいると思ってた」

 ルーピンは、彼女から一歩離れて腰を下ろす。

 

「観察者は、時々、舞台の裏に退避するから」

 ヴェリティは、彼を横目に見て微笑む。

「あなたもそうでしょ」

 

「うん」

 彼は頷く。

「君と同じくらい、人混みが得意じゃない」

 

 しばらく二人は、黙って夜の色を見た。

 遠くの方で、音楽がわずかにくぐもって聞こえる。

 

「――君に言われた言葉」

 ルーピンが先に口を開いた。

「ずっと考えているんだ」

 

 ヴェリティの目が、静かにこちらへ向く。

 

「僕が、皆から受け取っているものが大きいから、これ以上は奪えないと思っているのか、って。

 君は、それは優しさではないって言った」

 

 彼は、淡々と自分の心を掬い上げる作業を続ける。

 

「……君は、僕の、僕ですら気づいていない部分を見た人だった」

 

 ヴェリティは、息を浅くする。

 彼の言葉は、刃ではない。けれど、遠回しの優しさでもない。

 自分の内側を、彼が初めて自分の言葉で照らし始めたのだと分かった。

 

「僕は、誰かに見られることに慣れてないんだよ」

 ルーピンは目を閉じる。

「君が思ってるより、僕はずっと臆病で、弱くて、誰かを信じることが怖いんだ」

 

 夜が、呼吸を止める。

 

「君が誰と話してても、

 君が他の誰かに笑っていても、

 僕はそこにいないことに、ほっとしてる自分と……

 腹立たしく思ってる自分がいるんだ」

 

 沈黙。

 虫の音が遠くで一度だけ鳴り、また消えた。

 

 ヴェリティは、口を開く。

 自分の声が、いつもの冷静さと、少しの熱の間にあるのを自覚しながら。

 

「それで、私に何をして欲しいの?」

 

 少しの緊張。

 彼女にしては珍しい。

 彼女は、正面から受け取るのは、得意ではない。

 

 ルーピンは、目を閉じたまま、言葉を飲み込む。

 けれど、一言だけ、こぼれるように。

 

「……君が好きだ」

 

 風が、石の回廊を抜けていく。

 ヴェリティは、それを追いかけるように静かに目を伏せる。

 

「……付き合いたいとは言わないのね」

 

 ルーピンは、自嘲の笑みを一瞬だけ浮かべる。

 

 言えるわけがない。

 人狼”の自分が、告白していること自体がもう背伸びだ。

 彼女にはシリウスみたいな、まっすぐで、燃える人間が似合う。

 ――そう思っていたし、今も思っている。

 でも、言わずにはいられなかった。彼女は、どうせ気づいていたから。

 

 言葉にしない沈黙を、ヴェリティは見た。

 そして、少しだけ笑う。しょうがない人――と心の中で呟いて。

 

「……じゃあ、私はもう寝るわ」

 

 立ち上がる。

 ルーピンの横をすっと通り抜けながら、肩越しに言葉を落とす。

 

「あなたはそこで、私に『付き合いたい』って言えるまで起きてなさい?」

 

 ルーピンの喉が、かすかに鳴った。

 振り返らない。彼女の足音は回廊を折れ、闇にほどける。

 

 ◆

 

 その夜、ヴェリティは眠れなかった。

 

 天蓋を見上げ、横向きになり、仰向けに戻り。

 頭の中では、「付き合うってなんだろう」「人の好意とは」みたいな言葉がぐるぐる回る。

 

 彼女は機械ではない。

 正しさだけで人を扱えるほど、器用でもない。

 

 ルーピンの言葉が、思った以上に胸に残った。

 臆病で、弱くて、誰かを信じることが怖いと言った彼に、彼女は「怖いわ。だから見たいの」と答えた自分を思い出す。

 

 ――その先にあるのは、一緒に歩くことなのか、距離を置くことなのか。

 

 明け方、白い光がカーテンの隙間を細く切り取るころ、彼女はようやくうとうとと目を閉じた。

 

 ◆

 

 翌朝。

 鏡に映る顔は、少し青い。

 同じく、ルーピンの顔も青かった。

 

 シリウスは、理由を考えない。

 考えるより先に、苛立ちが身体のどこかを走るタイプの人間だ。

 

「何だよ、その顔色」

 朝食の席で、彼は言う。

「風邪か?」

 

「寝不足」

 ヴェリティは短く答える。

「思考の方が騒がしかったの」

 

「……はあ?」

 シリウスは意味が分からず眉をひそめ、ジェームズは「詩人だな」と笑い、ピーターはオロオロとナプキンをいじる。

 

 リリーが、パンをちぎりながらヴェリティに目を向ける。

 

「あなたが元気ないの、珍しいわね。悩み事? 聞こうか?」

「耳を貸す準備があるなら」

 

 ヴェリティは素直に聞く。

「恋って、楽しい?」

 

 リリーは、驚いたように目を瞬かせ、すぐに微笑んだ。

 

「楽しいわよ。いつも、ってわけじゃないけど」

「統計的には?」

「良い時と悪い時が交互に来る。平均するとしてよかったに寄る」

 リリーはウィンクする。

「私のサンプル数は少ないけどね」

 

 ヴェリティは黙って頷き、カップを口に運んだ。

 平均――その言葉を舐めるように反芻する。

 

 その会話を遠くから見ているルーピンの顔は、ひどく複雑だった。

 昨夜の告白が、彼女に影響を与えたことを今さら実感し、声をかけるべきか悩み、結局かけない。

 

 シリウスは、二人の顔色の悪さの理由を最後まで考えなかった。

 代わりに、トマスの席がヴェリティの斜め向かいにあることに気づいて、フォークを折りそうになった。

 

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