グリフィンドールであることが、気に食わない。 作:an-ryuka
◆
夜が深くなるにつれて、広間の笑い声は甘さを増した。
星は近く、灯りは低く。
最後のダンスの前、ルーピンは広間を出て、城の横手にある回廊へ向かった。
そこは、風の通り道。
夜の匂いが、石の匂いを洗う細い廊下。
ベンチに――ヴェリティが座っていた。
誰かが席を立った直後のように、わずかな余熱が残っている。
「……ここにいると思ってた」
ルーピンは、彼女から一歩離れて腰を下ろす。
「観察者は、時々、舞台の裏に退避するから」
ヴェリティは、彼を横目に見て微笑む。
「あなたもそうでしょ」
「うん」
彼は頷く。
「君と同じくらい、人混みが得意じゃない」
しばらく二人は、黙って夜の色を見た。
遠くの方で、音楽がわずかにくぐもって聞こえる。
「――君に言われた言葉」
ルーピンが先に口を開いた。
「ずっと考えているんだ」
ヴェリティの目が、静かにこちらへ向く。
「僕が、皆から受け取っているものが大きいから、これ以上は奪えないと思っているのか、って。
君は、それは優しさではないって言った」
彼は、淡々と自分の心を掬い上げる作業を続ける。
「……君は、僕の、僕ですら気づいていない部分を見た人だった」
ヴェリティは、息を浅くする。
彼の言葉は、刃ではない。けれど、遠回しの優しさでもない。
自分の内側を、彼が初めて自分の言葉で照らし始めたのだと分かった。
「僕は、誰かに見られることに慣れてないんだよ」
ルーピンは目を閉じる。
「君が思ってるより、僕はずっと臆病で、弱くて、誰かを信じることが怖いんだ」
夜が、呼吸を止める。
「君が誰と話してても、
君が他の誰かに笑っていても、
僕はそこにいないことに、ほっとしてる自分と……
腹立たしく思ってる自分がいるんだ」
沈黙。
虫の音が遠くで一度だけ鳴り、また消えた。
ヴェリティは、口を開く。
自分の声が、いつもの冷静さと、少しの熱の間にあるのを自覚しながら。
「それで、私に何をして欲しいの?」
少しの緊張。
彼女にしては珍しい。
彼女は、正面から受け取るのは、得意ではない。
ルーピンは、目を閉じたまま、言葉を飲み込む。
けれど、一言だけ、こぼれるように。
「……君が好きだ」
風が、石の回廊を抜けていく。
ヴェリティは、それを追いかけるように静かに目を伏せる。
「……付き合いたいとは言わないのね」
ルーピンは、自嘲の笑みを一瞬だけ浮かべる。
言えるわけがない。
人狼”の自分が、告白していること自体がもう背伸びだ。
彼女にはシリウスみたいな、まっすぐで、燃える人間が似合う。
――そう思っていたし、今も思っている。
でも、言わずにはいられなかった。彼女は、どうせ気づいていたから。
言葉にしない沈黙を、ヴェリティは見た。
そして、少しだけ笑う。しょうがない人――と心の中で呟いて。
「……じゃあ、私はもう寝るわ」
立ち上がる。
ルーピンの横をすっと通り抜けながら、肩越しに言葉を落とす。
「あなたはそこで、私に『付き合いたい』って言えるまで起きてなさい?」
ルーピンの喉が、かすかに鳴った。
振り返らない。彼女の足音は回廊を折れ、闇にほどける。
◆
その夜、ヴェリティは眠れなかった。
天蓋を見上げ、横向きになり、仰向けに戻り。
頭の中では、「付き合うってなんだろう」「人の好意とは」みたいな言葉がぐるぐる回る。
彼女は機械ではない。
正しさだけで人を扱えるほど、器用でもない。
ルーピンの言葉が、思った以上に胸に残った。
臆病で、弱くて、誰かを信じることが怖いと言った彼に、彼女は「怖いわ。だから見たいの」と答えた自分を思い出す。
――その先にあるのは、一緒に歩くことなのか、距離を置くことなのか。
明け方、白い光がカーテンの隙間を細く切り取るころ、彼女はようやくうとうとと目を閉じた。
◆
翌朝。
鏡に映る顔は、少し青い。
同じく、ルーピンの顔も青かった。
シリウスは、理由を考えない。
考えるより先に、苛立ちが身体のどこかを走るタイプの人間だ。
「何だよ、その顔色」
朝食の席で、彼は言う。
「風邪か?」
「寝不足」
ヴェリティは短く答える。
「思考の方が騒がしかったの」
「……はあ?」
シリウスは意味が分からず眉をひそめ、ジェームズは「詩人だな」と笑い、ピーターはオロオロとナプキンをいじる。
リリーが、パンをちぎりながらヴェリティに目を向ける。
「あなたが元気ないの、珍しいわね。悩み事? 聞こうか?」
「耳を貸す準備があるなら」
ヴェリティは素直に聞く。
「恋って、楽しい?」
リリーは、驚いたように目を瞬かせ、すぐに微笑んだ。
「楽しいわよ。いつも、ってわけじゃないけど」
「統計的には?」
「良い時と悪い時が交互に来る。平均するとしてよかったに寄る」
リリーはウィンクする。
「私のサンプル数は少ないけどね」
ヴェリティは黙って頷き、カップを口に運んだ。
平均――その言葉を舐めるように反芻する。
その会話を遠くから見ているルーピンの顔は、ひどく複雑だった。
昨夜の告白が、彼女に影響を与えたことを今さら実感し、声をかけるべきか悩み、結局かけない。
シリウスは、二人の顔色の悪さの理由を最後まで考えなかった。
代わりに、トマスの席がヴェリティの斜め向かいにあることに気づいて、フォークを折りそうになった。