救いはないのですか?A.あるよ? 作:ヴィルヘルム星の大魔王
リ・エスティーゼ王国の南西に位置する半島国家、ローブル聖王国。 その国土は南北に分断され、東方には亜人種の抗争が絶えぬアベリオン丘陵が広がっていた。 侵攻を防ぐため、王国は丘陵地帯との境界に、総延長百キロを超える巨大な城壁を築き上げた。 まるで長城の如きその防壁は、王国の誇りであり、揺るぎなき防衛線と信じられていた。
しかし -その信仰は、突如として崩れ去る。
王都ローブルは、ある夜を境に地獄と化した。 原因は、城壁を越えた外敵ではない。 王都内部に突如出現した魔物の群れによる襲撃だった。聖王国の兵士たちは勇敢に応戦するも、圧倒的な数の暴力の前に次第に押し潰されていく。 混乱の渦中、王都に点在する冒険者ギルドもまた立ち上がる。 普段は互いに反目し合う彼らも、この未曾有の危機の前では、利害を超えて共闘を選んだ。
だが、彼らの奮闘も虚しく、すべては水泡に帰す。襲撃してきた魔物は、ダンジョンや森で遭遇する個体とは異なり、異常なまでの攻撃力を誇っていた。 さらに、三人の冒険者に対し十体の魔物を差し向けるという、集団戦術すら駆使していたのだ。魔物とは、理性も知性も持たぬ獣 -そう認識されてきた。 仮に知恵を持つ個体がいたとしても、それは人間に対して過激な敵意と差別意識を抱く、歪んだ存在に過ぎない。 卑劣と呼ぶには、あまりにも異質で、理解不能な悪意。魔物とは、言葉を話すだけの異形。その言葉に意味はなく、喋る塵芥なのだから。
「た、助けてくれー!ぎゃあ!」
「息子と妻に手を出すガハッ!?」
「アナタ!誰かー!誰かアッ!?」
「ママ―!パパ―!」
両親の亡骸を前に泣き喚く少年。少年の眼前に、一体の魔物が現れる。かぎ爪から滴る血が地面を赤く染め、鼻付く鉄臭さが少年の嗅覚を麻痺させる。魔物は、少年の両親の遺体に足を乗せ、ニタニタと嗤っていた。涎を垂らし、少年に一歩ずつ足を進める。それは、死へのカウントダウン。
「あ、ああ、うわあああ!」
燃え盛る炎によって生み出された影が映すのは、抵抗虚しく魔物に噛み殺される少年の最期だった。
城下町は火の海となり、平和に暮らしていた人々は為す術もなく蹂躙される。嬉々として住民を殺すアンデット、若い女を犯し貪るゴブリン、金品を盗み、食料を奪うなど、破壊の限りを尽くしていた。
一方、城内では、城内兵の抵抗も虚しく、多くの人間が深手を負い、屍へと変貌していた。
「グギャオ!」
「ぐわぁっ!?」
魔物の鋭利な爪による一撃は、兵士の肉が裂き、壁に鮮血が飛び散る。
また一人、また一人と絶命していく仲間を見て、恐怖で足が竦む兵士達。
しかし、己の使命を果たすべく、勇敢に魔物へと切り込む。
「ギャオオン!?」
「よ、よし!倒し――」
グサッと刺さる異音が兵士の耳に響く。兵士は、身体に違和感を感じ、自身の腹部を見る。腹から飛び出る爪の先端が腹部を穿ち、体中に迸る激痛と熱で視界が揺らぐ。兵士は最期の力を振り絞り、背後を見た。
そこには、もう一体の魔物が存在していた。兵士の油断を突いた魔物は、奇声を上げて、無造作に爪を引っこ抜く。重傷を負った兵士は、無様に地面へと倒れた。彼の瞳は、徐々に光を失い、体温が冷たくなっていく。唐突な死の恐怖に涙が流れる。魔物は、最後の一撃として腕を大きく振り上げる。
「小癪…な…」
彼の最期の呟きも虚しく、その腕は容赦なく振り下ろされた。
聖王国を統治する若き聖王女カルカは、護衛の騎士と共に魔物の襲撃を逃れていた。使用人や兵士たちの悲鳴に耳を押さえ、涙をぐっと堪える。逃げた先は、謁見の間。
彼女らを追い詰めた悪魔は、聖王国支配のために数か月前から国内に潜入し、襲撃の刻を窺っていた。襲撃当初の段階では、逃げ惑う人間たちを眺め、悦に浸っていた。魔族と違い、数が多く各地に出しゃばる人間族。自分たちよりも支配圏をもっていることが癪に障る。古今東西の戦において、国を手っ取り早く支配するには、国家基盤の脳部分。つまり、王族の殺害に限る。その魔物は、王城へ魔物を差し向け、自身も王城へと飛翔した。
「もう逃げられませんよ。聖王国カルカ王女」
「だ、誰!」
カルカは、目の前に現れた異物に目を向ける。その異物は、人間の様な姿と立ち振る舞い、ただ違うのは、蝙蝠のような黒い翼と仮面。
「私は、魔皇ヤルダバオト。僭越ながら、貴女方には死んでいただきたく存じます」
「貴様、王女に手出しはさせぬ!」
カルカ王女の護衛の女騎士レメディオスは、ヤルダバオトに斬りかかるも二本の指で防がれ、蹴り飛ばされる。戯れとして加減したのか。彼女の左腕は、脱臼症を起こし、痛みで悲鳴を上げる。
「レメディオス!」
カルカは、レメディオスが傷つく様子を目の当たりにして、悲鳴を上げた。
ヤルダバオトは、やはり人間は脆いと感じた。標的の周囲にいた人間が傷つくだけで、涙を流し、魔族に恐れを見せる。
(快感ッ!これこそ私が求めていたゲーム!嗚呼、何とも甘美!)
「この姿では、盛り上がりに欠けますね。ならば、見せてあげましょう!」
ヤルダバオトの周囲に、煉獄の炎が燃え上がる。炎に包まれたヤルダバオトの姿は、正に炎の怪物となった。
「さあ、惨たらしく
ヤルダバオトは、カルカを標的に足を踏み出した。しかし、一つのイレギュラーにより、彼の計画は破綻する。
襲撃の主犯格である魔皇ヤルダバオトは、危機的状況に陥っていた。騎士団への見せしめとして、自身の武器として、聖王女カルカの尊厳を破壊する算段を企てていた。ヤルダバオトは自身の作戦に怠りはないと慢心していた。しかし、蓋を開けてみれば、自身の片腕を喪失するという醜態を引き起こす。
「こんな、こんな筈では!?」
ヤルダバオトは、目の前にいる男を睨み付ける。女騎士を壁にまで蹴り飛ばし、カルカの命と尊厳を粉々に打ち砕くエンターテインメントショーが一人の男によって阻止されたのだ。少し罅割れた仮面の中にある眼が血走る。第二形態を解かれ、通常時の姿に戻される。ヤルダバオトの攻撃を阻止したのは、年若い青年だった。
その青年は、ヤルダバオトの片腕を食べていた。ヤルダバオトの目に映るのは、自身の左腕をいとも平気で喰べるという悍ましい光景。男が腕に牙を突き立てると、赤い布ごと肉の繊維がミチミチと千切れ、咀嚼音が空間を支配する。生涯で一度も感じた事のない屈辱感が、彼の心に湧き上がる。ヤルダバオトの心も露知らず、目の前の青年は、ペッと床に肉片を吐き捨てた。そして、不機嫌な表情を浮かべ、袖で血濡れた口を拭う。
「不味い、下賤な悪魔の肉はオーク肉にも到底及ばぬ不味さだ」
男は片手でヤルダバオトの腕を握ると腕が炭化した。それを見たヤルダバオトは激昂する。自分の尊厳を悉く踏みにじってくる言動の数々に、怒りで理性が崩壊しそうになる。ヤルダバオトは魔力を放出して、男に突撃する。
「私を舐めてもらっては困りますよ!死になさい!」
「如何にも下等な悪魔らしい蛮行」
男は、ヤルダバオトの顔面に右ストレートをお見舞いする。打突を受けたヤルダバオトは、痛みでたたらを踏む。腕を喰い千切られるだけにも飽き足らず、顔を殴られた。
ヤルダバオトの尊厳は、惨めに踏み荒らされたのだ。
「貴方も同じ魔に属する種族ならば!なぜ人間に味方するのか!ガッ!?」
「図が高い。誰に向かって口を聞いているのか。我は竜人族。貴様みたいな下等生物とは違う」
男は、ヤルダバオトの頭を掴み、地面に叩きつける。何度も何度も地面に叩きつけ、顔面を壊す。次に、両足を掴み、棍棒のように地面や壁に叩きつけ、石床で頬肉を削り落とし、摩擦で火傷を負わせる。次第に、片翼は千切れ、腕の骨が折れ曲がる。玩具に飽きた子供の様に、ヤルダバオトを投げ飛ばす。
ヤルダバオトが投げ飛ばされた痛みに悶えていると、男は千切った翼を一口齧った。
「鳥の手羽骨みたいな味だ。不味い」
「ガ、ガペッ!」
魔皇ヤルダバオトことデミウルゴスは、焦っていた。冷静沈着、残虐非道、慇懃無礼、傲慢不遜な彼は未知なる恐怖で冷静さを見失う。敬愛する主アインズ以外の命を何とも思わないデミウルゴスの脳裏にちらつくのは、生き延びたいという生存本能。デミウルゴスは、青年の内側に潜む殺気に竜の気配を感じ、無意識に怯えた。
「冥途の土産に教えてやろう。魔皇ヤルダバオト…。我の名はグラント。さすらいの竜人冒険者だ」
青年=グラントの名を聞いたデミウルゴスは、内心納得がいった。自身が忠誠を誓うアインズナザリックにも竜人種の同胞がいる。
「グラ…ント、覚えましたよ。私に屈辱を与えた忌々しい貴方の名を!今度相見えたときは、必ず!」
ヤルダバオトの言葉に、グラントは腹を抱えて笑う。まるで、子供の戯言を面白そうに笑う親のように。
「な、なにが可笑しい!」
「何を言っておる?貴様の命は我の掌。故に、その命を我の者。『影喰い』」
(アインズ様、申し訳ありませぬ。不忠な私をどうかお許しください)
彼の最期に見た景色は、己に喰らい付くそうとする影竜の姿だった。
(ナザリックに栄光あれ!!)
グチュリ!
影竜に上半身を食い千切られたヤルダバオトの肉体は、切断面から腸と臓器が丸見えとなり、黒い瘴気が漏れ出ながら消滅した。
魔物から一夜明けたローブル聖王国の王都は、惨状に包まれていた。
生き延びた者も少なく、王都内のギルドは大半が壊滅。重鎮を失い、国家基盤が崩れていった。この襲撃により、カルカ王女の政敵も絶命する事態となった。
残った王都住民は、戦死した兵士や死別した家族や共に暮らしていた者達の遺体を集め、せめてもの祈りを捧げる。
カルカ王女は、謁見台に立ち、焼け焦げた街並みを見下ろした。胸の奥に広がる痛みは、失った臣民たちの命の重さだった。彼女の指先は震え、涙が頬を伝いそうになるのを必死に堪えた。その様子を、女騎士レメディオスとケラルトは、傍で見つめていた。
彼女たちの後ろから、グラントが現れる。彼の姿を視認したレメディオスは、彼の胸倉を掴んだ。
「グラント!貴様!」
「やめてください!レメディオス姉様!」
ケラルトは、グラントに詰めかかる姉の体を押さえる。
レメディオス自身も理解している。これは、彼に対する八つ当たりだと。全ての命を守ると誓った己の正義も苛烈な現実の前では、無力に等しい事を理解した。
「グラント!貴様が!貴様がもっと早く駆けつけていれば!兵士も民も命を奪われることはなかった!」
グラントは、胸倉を掴まれながらも、冷静に言葉を返す。
「我は誇り高き竜の血を引く竜人種と云えど、天上の神のように全てを救えない。主犯の悪魔を討伐したが、引き換えに、王国中の人間を見殺しにした。同族が聞けば失笑の的だ」
グラントの後悔とも読み取れる言葉に、カルカは悲し気に目を伏せる。慈愛の心を持つ王女にして、マジックキャスターとして実力を持つカルカも、魔皇ヤルダバオトに手も足も出なかった。それどころか、彼が助けに来なければ、尊厳無き最期を迎えていた。
城下町は荒れ、生き残った民も少なく。兵士の殆どが戦死した。他国と比べ、小国ともいえるローブル聖王国は、今回の襲撃による影響で、崩壊の一途を辿っている。
グラントは、カルカ達の方に向き、己の為すべき事を話す。
「なればこそ、徹底的に諸悪の根源を絶やさねばならない。それこそが、亡き者たちへの弔いであり、俺の贖罪だ」
彼の瞳は、遠くの大地を睨んでいた。それを見たカルカは、彼を支えることを決めた。
それが、彼女に出来る償いだから。
グラントは、荒廃した王都を眺め、誰にも聞こえない声量で呟いた。
「なあ、アンタじゃないよな?ナザリックのモモンガ。もし、仮にもアンタだったら、俺が責任をもって骨すら残らず喰らい付くす」
グラントは、舌なめずりをする。その瞳に映るのは、森の奥深くに鎮座する建造物ナザリック大墳墓だった。
「なんだと!?デミウルゴスがッ!?」
「はっ!デミウルゴスの魂の消滅が確認されました。非常に由々しき事態です」
ナザリック地下大墳墓の玉座にて、アインズ・ウール・ゴウンは、配下のセバスチャンから告げられたデミウルゴスの討死を耳にし、怒りで拳を握り締める。
「報告ご苦労だ。下がれ」
「はっ!」
セバスチャンは、頭を下げ、玉座の間を退室する。退室を見届けたアインズは、椅子に背を預ける。
「はぁ、まさかデミウルゴスが敗れるとは、全くの誤算だった」
彼の独り言は、誰にも聞こえない。だからこそ、愚痴を曝け出せる。
「しかし、奴は階層守護者を務める程の実力者。俺以外に勝てる奴はいない」
(本当、どうしてこうなった)
アインズは、MMOプレイヤー時代の記憶を思い出す。
彼が所属していたギルド『ナザリック』は、殆どのメンバーが魔族やアンデットなどの種族で構成されていた。ナザリックのように、風変わりなギルドの存在は、他のギルドやプレイヤーにとって、格好の標的である。ギルドに対する荒らしや嫌がらせが横行していた。ゲーム内で孤立していく中でも、アインズを含むギルドメンバーたちは手と手を取り合い、肩を寄せ合って楽しんでいた。
その中で、とある竜人種のプレイヤーがアインズと交流を深めていた。そのプレイヤーは、ギルドに属さず、ソロプレイヤーとして活動している変わり者。ナザリック以外のプレイヤーから嫌われていたアインズにとって、気兼ねなくフレンド的存在であった。
サービス終了当日、ギルドの仲間が現実での都合により、ギルドを去っていく中、ゲームの終了時間ギリギリまで、そのプレイヤーとチャットを楽しんでいた。終了と同時に、ナザリックごとゲーム世界に転移され、現在の状況に至る。アインズもといモモンガは、そのプレーヤーの名を呟いた。
もしかしたら、自分と同じくこの世界に居るかもしれない。そして、今回のデミウルゴスの死亡も彼が関わっていると勘繰った。
「まさか、『グラトニー』さんか!?」
『グラトニー』というプレイヤーは、アインズがギルドメンバー以外と交流を深めていた例のソロプレイヤーだ。職業は、芸能関係者の大学生らしい。
「仮に、グラトニーさんだとすればかなり厄介だ。彼の種族は竜人種だからな」
数時間後、アインズはナザリック最高戦力の階層守護者を呼び寄せた。
「皆の衆、認知している者も多いだろうが言おう。デミウルゴスが討たれた」
アインズの言葉に、階層守護者間で緊張が走る。ただ一人、セバスチャンだけが黙祷していた。それを見たアインズは、ナザリック唯一の良心に心が洗われた。
「殿!某がブッ殺してやりますよ!」
「落ち着けハムスケ」
蛇の尻尾を持つ巨大なジャンガリアンハムスター型の魔獣ハムスケは、手を挙げて興奮するも、アインズによって宥められる。しょんぼりと落ち込む姿を見たアインズは、動物的可愛さに胸がキュンとする。
アインズは、咳払いを行い、守護者達に命令を下す。
「これより、命を下す。デミウルゴスの仇を討て。その首を玉座に持ってくるのだ」
『はっ!アインズ様!』
階層守護者達は、デミウルゴスの仇を討つべく、各自行動を始めた。玉座の間で一人になったアインズは、一難去ってまた一難の状況に手で顔を覆い隠す。
(本当にもうやだ〜!デミウルゴスは死んじゃうし、仲良かったグラトニーさんが敵になるし、計画がパーだよ!アインズお家に帰りたい!うぅ、胃がキューッとするよ)
アインズの命令により、同胞の仇を殺す事に意気揚々とする階層守護者らとは裏腹に、アインズの心は後退し、存在しない筈の胃を押さえた。
次は、コキュートスのグルメにしてみるか