救いはないのですか?A.あるよ? 作:ヴィルヘルム星の大魔王
学園の体育館に設けられた特設ステージの幕が、静かに上がった。
客席には、異世界かるてっとの生徒たちがびっしりと腰を下ろしている。最前列には、緑色の精神安定エフェクトをピカピカと点滅させたアインズが、舞台袖の演出家席から身を乗り出すようにして舞台を見つめていた。その手には、グラントと共に夜を徹して練り上げた『舞台演出メモ』が握りしめられている。
「(頼む……! 無事に終わってくれ……! グラトニーさんが満足し、カズマ君が命を落とさず、セバスがナザリックの威信を守り抜けば、それでいいんだ……!)」
演出家アインズ・ウール・ゴウンの祈りにも似た胸中を余所に、スポットライトがステージ中央を照らし出した。
重厚なパイプオルガンのBGMが館内に響き渡る。
舞台袖のパイプ椅子に深々と腰掛け、マイクを握りしめた男――グラントが、低く渋い、完璧な声量と滑舌でナレーションを紡ぎ始めた。元・芸能関係者としてのプロの技術が、容赦なく遺憾なく発揮される。
『――人は何故、抗うのか。空を切り、群れを成し、圧倒的な暴威をもって収穫者を踏みにじる緑の悪魔……人はそれを、空飛ぶキャベツと呼ぶ。今、一人の料理人が、食の尊厳を賭けて立ち上がった』
観客席から「おお……!」と歓声が上がる。完璧な導入である。
そして、舞台中央にゆっくりと足を踏み入れたのは、本公演の主役――セバス・ティアンであった。
いつもの紳士的な執事服ではなく、雪のように白いコックコートと高々とそびえるコック帽に身を包んだセバスは、背筋をピンと伸ばし、巨大な包丁(演出用木札)を静かに構えた。その佇まいは、まさに料理の道を極めし孤高の巨匠そのものである。
「……立ち去りなさい、野菜ども。我が包丁捌きは、食材の命を無駄にはしません」
静かだが重厚なセバスの演技に、客席のエミリアやターニャが目を見張る。「格好いい……!」「完璧な舞台俳優の佇まいだな」と囁き声が漏れた。
『――だが、緑の脅威は容赦なく押し寄せる! 繰り出されるは、キャベツたちの怒りの突撃!!』
グラントの熱のこもったナレーションが合図となった。
舞台の袖から、全身にダンボールで作られた巨大なキャベツの着ぐるみを巻き付けた少年――佐藤カズマが、ヤケクソのような叫び声を上げながら飛び出してきた。
「うおおお! 俺はシャキシャキの最高級キャベツだぁぁぁ! 喰らえ、必殺のフライング・キャベツ・タックル!!」
カズマは両腕を振り回しながら、主役のセバスに向かって一直線に突進する。
演出家アインズの手元にある台本には、『ここで料理人セバスが華麗にキャベツを受け止め、調理の構えに入る』と書かれていた。
しかし、ここで予期せぬ事故(あるいはセバスの本能)が発動した。
目の前に突進してくる「攻撃者(カズマ)」に対し、ナザリック最強の武闘派モンクであるセバスの肉体が、完璧すぎるカウンター動作を無意識に再現してしまったのである。
「ハッ――!!」
セバスの鋭い気合いと共に、目にも留まらぬ速さの拳(掌打)が、風を切った。
直撃こそ避けたものの、レベル100モンクが繰り出した風圧と衝撃波は、ダンボール製キャベツを身にまとったカズマの身体を直撃した。
「ぶべらぁッ!!???」
惨叫を残し、カズマはまるで大砲から打ち出された弾丸のように、舞台の真横へと水平に吹き飛んだ。
そのまま舞台袖の幕(スリーブ)を豪快に突き破り、舞台裏へと消えていく。
ドガアァァン!!
凄まじい衝突音が館内に響き渡り、客席が一瞬で静まり返った。
アクアが「カ、カズマーー!?」と悲鳴を上げ、めぐみんが杖を落とす。演出家アインズは骨の顔を蒼白(精神的)に染め、緑色のエフェクトを爆発的なスピードで明滅させた。
「(カズマくーーーん!? やってしまった! セバスのやつ、手加減を忘れてカズマ君を消滅させてしまったのか!?)」
しかし、舞台裏から弱々しい、だが確かな声が聞こえてきた。
「……い、生きてる……。後ろに用意されてた巨大低反発クッションのおかげで、奇跡的に無傷だ……だが二度とやらねぇぞちくしょう……!」
アインズは胸を撫で下ろした。
事前にグラントが「万が一の演出トラブル用」として舞台袖の後ろに設置しておいた特大クッションが、見事にカズマの命を救ったのだ。
舞台上のセバスは一瞬ハッとした表情を浮かべたが、流石はナザリックの執事。すぐさま何事もなかったかのようにコック帽を整え、決めポーズをとった。
「ふぅ……甘いですね、キャベツ。私の包丁(衝撃波)の前では、どのような飛来物も一瞬で千切りです」
その完璧なフォローに対し、ナレーション席のグラントがすぐさま絶妙なタイミングで追撃のナレーションを入れた。
『――見事なり、巨匠セバス! 荒れ狂うキャベツの群れは、一瞬の閃光によって極上の千切りキャベツへと姿を変えた! 食の平和は護られたのだ!!』
パァァァァン!!と華やかな照明が舞台全体を照らし出し、幕がゆっくりと降り始める。
一瞬の間を置いて、客席から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「凄かったー! キャベツが本当に空を飛んで吹き飛んだよー!」「セバスさん格好いいー!」「演出がダイナミックすぎるだろ!」と、大絶賛の嵐である。
舞台裏でクッションに埋もれていたカズマは「俺の犠牲の上に成り立った大喝采じゃねぇか……」と愚痴をこぼしていたが、怪我一つなかった。
カーテンコールで舞台中央に立ったグラント、セバス、そして安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになっている演出家アインズ。
グラントはアインズの肩をポンと叩き、満足げに微笑んだ。
「いい演出だったぞ、モモンガ。舞台袖のクッション配置、実にプロらしいリスク管理だった。やはりお前との芝居(プロデュース)は楽しいな」
「あ、ああ……ありがとう、グラントさん……(本当は君がクッションを置けって言わなかったらカズマ君は壁のシミになっていたんだがな……!)」
緑色のエフェクトを明滅させながら、アインズは心の中で深く感謝した。
誰も食われず、誰も死なず、演劇は大成功を収めた。
捕食者グラントのプロデュースによる『飛来する緑の脅威』公演は、こうして学園の伝説的な大一番として、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。