DIGIMON-Re:TRI WARGAME   作:ミツバチ

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第一話 開演 - prologue

 ふと――気が付けば、俺は映画館にいた。

 

 木造の、古めかしくも瀟酒な印象の建物。壁や床には傷も汚れもなく、色褪せず、豪奢な照明の光を浴びて艶やかに輝いている。

 まるで映画のセットだ。銀幕(スクリーン)の中から抜け出してきたかのような、ゴシックな雰囲気の洋館そのもの。

 その中に佇んでいると、異世界に迷い込んでしまったのかと不安な心地になる。別けても、電脳技術によって高度に文明化され、電子機器とコンクリート街の灰色に染まった現代日本に実在している場所とはとても思えなかった。

 

 あまりにも現実味に欠けている。

 

 一度も来たことのない、知らない場所だ。

 どうやってここまで来たのか、なんでここにいるのか。全く分からない。

 

 ……どうにも頭の中がぼんやりとしている。

 夢でも見ているのだろうか。意識が曖昧だ。

 

 背後には、出入り口である観音開きの大きな扉。

 広いロビーの左手側には受け付けのカウンターがあり、右手側には洒落た雰囲気のバーがある。床には幾何学模様が描かれた赤いカーペットが敷かれていて、その先の最奥には二階へと続く階段があった。

 二階にはただ一つ、シアターへと繋がる扉がある。

 

 辺りは、無人。

 

 人の気配というものが全くない。

 バーには客どころか店の主人すら存在せず、建物の中の広々とした空間は、耳に痛いほどの静寂で満たされている。今にも閑古鳥の鳴き声が聞こえてきそうな有り様だ。

 

 自分以外、ここには誰もいないのだろうか?

 

 ―――いや。

 受付に、誰かいる。

 

 俺と同じくらいの歳の、眼鏡を掛けた小柄な女の子。

 緩くウェーブの掛かった薄い紫色の長髪と、眼鏡を掛けた姿が印象的で、如何にも知的でミステリアスな雰囲気を纏っている。服装は黒のワンピースで、襟だけが白い。

 怜悧な眼差しをこちらへと投げて、女の子は俺に一礼した。

 

 ……受付の前へと、歩を進める。

 

 すると女の子が口を開く。

 大人びた、穏やかな響きの声が耳に流れて来た。

 

「ようこそ。ここは電脳世界と現実世界、時空と時空の狭間にある劇場です。―――チケットはお持ちですか?」

 

 チケット?

 

 そんなもの持っていただろうか。覚えがない。

 無意識に上着のポケットを探ると、カサリとした感触が指先に触れる。それを摘んで引っ張り出すと、果たして――ソレは、映画のチケットだった。

 

 しかし、印刷されている文字は読めない。

 何らかの記号の羅列だろうか。書体も荒いドットのようで酷く見辛い。

 おそらく、地球上に存在するどの言語とも一致しない代物だ。しかしチケットの隅に小さく書かれた単語だけは日本語の漢字で、どうにか読むことが出来た。

 

 深月(ミツキ)琢磨(タクマ)

 

 俺の名前だ。

 

 彼女の言うチケットとはこれのことだろうか――俺はおそるおそる、受け付けの女の子にチケットを差し出す。

 薄紫色の髪の女の子はチケットを受け取ると、事務的に確認し、頷いた。

 

「深月タクマ様ですね。ありがとうございます。それではこちらの半券をお返しします。それから、こちらの来場者特典をお受け取りください」

 

 女の子は丁寧にチケットを千切り、一方を受付テーブルの棚に仕舞い、もう一方の小さな紙片を机上に置いてこちらへ差し出した。

 そしてテーブルの下から何かの品物を抱えて、そちらもテーブルに置く。

 

 それは巨大な卵と、小さな端末機器だった。

 

 卵は世界最大と言われるダチョウのものよりも大きい。つるりとした白い表面には、赤色のギザギザ模様が入っている。まるでテレビゲームに登場するモンスターの卵のようだった。

 端末の方は見たことのない代物だ。

 回転式拳銃のグリップに近い形をしている。トリガーを模したボタンと、ハンマーの代わりにトラックボールが設えられているが、それ等はどうやら操作用のインターフェースであるらしい。

 

 端末を手に取ってみる。

 すると、真っ白だった外装が黒と灰色の二色に変化した。更に起動を告げる電子音と共にインジケーターランプが碧く点灯し、左側面を向いた端末の頭から光が投射される。

 拳銃型端末の欠けた弾倉と銃身を形造るように、メニューバーと思しきホログラムの球体が空中に表示され、その先に長方形のメッセージウィンドウが現れた。

 

 

 >>NAME:TAKUMA MITSUKI

 >>AGE:11 SEX:MALE

 >>PARTNER:UNKNOWN

 

 >>USER LOGIN CONFIRMED.WELCOME.

 

 

「―――無事に『デジヴァイス』の登録が完了したようですね。おめでとうございます」

 

 告げる声に反応して、メッセージウィンドウから視線を上げる。

 薄紫色の髪の女の子は、淡く微笑んでいた。

 彼女は左手で建物の奥を指して、事務的な口調で案内を続ける。

 

「もう間もなく上映時間となります。シアターの入り口はあちらです。お好きな席にかけてお待ちください」

 

 受け付けの女の子の言葉に従い、端末を上着のポケットに仕舞ってから、卵を両手で抱えて歩き出した。

 すごく重い。

 胸に重心が傾くように、しっかりと抱き締める。

 

 ロビーを進み、階段を登る。

 

 どうにか胸と片手で卵を支えて、空けた右手でシアターの扉を開ける。

 防音に優れた分厚い扉だ。

 開いた隙間に素早く身体を滑り込ませる。

 

 広い空間に座席がずらりと並んだシアター。まだ明かりは点いている。それでも薄暗いけれど。

 

 ―――確か、受け付けの女の子は、好きな席に座っていいと言っていたか。

 

 適当に真ん中辺りの席を選んで腰を下ろす。

 手持ち無沙汰なので、抱えた卵を撫でてみる。ほんのりと温かいような気がした。

 

 程なくして照明の灯りが落とされ、後方で映写機が起動する。

 銀幕(スクリーン)に映像が映し出された。

 

 ……どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 上映された映画は三つ。三部作で、とても分かり易い構造だった。

 

 悪役が世界を混乱に陥れ、それを主人公達が阻止するという王道のストーリー。これは三作に共通した内容で、しかし観る者を飽きさせない魅力があったように思う。

 

 主な舞台は現実世界と、ネットワーク上の電脳世界。

 一作目で卵から海月(クラゲ)の姿で産まれ、進化し、最後には悪魔(ディアボロ)となった悪役。

 いわゆる『お約束』である主人公達のパートナーの変身シーン中――作中では進化と呼ばれていた――に平然と攻撃を仕掛けるは、世界中のデータを食い荒らしてパニックを起こし、挙句に核弾頭ミサイルを発射するは。更に16000以上もの数に分身して、数の暴力で主人公達のパートナーをボコボコにするなど、現実世界と電脳世界の両方でとんでもなくやりたい放題だった。まさに悪魔の名に相応しい暴れっぷりだったと思う。

 しかし悪役は悪役。当然、最後は敗北した。

 核弾頭ミサイルの起爆を賭けた、時間制限のウォーゲーム。主人公達のパートナーは満身創痍。しかし不思議なことが起こって、橙色の竜戦士と紫の機械狼が合体。それぞれの頭部を腕として備えた白い聖騎士に進化して、悪魔の軍勢を滅ぼした。

 あと一秒でミサイルが落ちるというところで最後に残った悪魔が討たれ、世界は救われた。

 

 二作目は、悪魔の復活と逆襲、そして次世代の主人公達を描いた物語だった。

 一作目のラストから時間を掛けて復活した悪魔が、自身の幼体である海月(クラゲ)を大量発生させる事件を起こす。事態の収拾のために出撃する白い聖騎士。

 白い聖騎士は二体の天使の助力もあり、手早く悪魔を倒す。

 しかし悪魔は、自身が再敗北した場合に備えて保険を用意していた。白い聖騎士を隔離し、その上でより大量の幼体を解き放ったのだ。

 幼体の総数は億か、兆か、それとも京に指が届くほどか。とにかく数えるのが馬鹿らしいほどの大群だ。そして幼体達は合体して一つの卵となり――新たなる悪魔が誕生した。

 それは恐怖の大王だった。

 見た目は完全に怪獣そのもの。規格外の巨体を持ち、その外観に相応しい強大な戦闘力を有していた。

 颯爽と白い聖騎士が駆け付けるが、既に遅く。悪魔の時とは一転して、恐怖の大王は白い聖騎士を全く寄せ付けなかった。白い聖騎士に逆襲を遂げるため、悪魔が執念深く対策を練った結果だった。

 果たして、白い聖騎士は成す術なく打ち倒された。象徴でもあった両腕がもげて落ちるシーンが酷く印象的だったのを覚えている。

 それでも主人公達は諦めず、二作目主人公のパートナー達が挑む。

 青い竜と碧い虫が合体して竜戦士となり、それが更に進化して偉大なる竜の皇帝となる。

 恐怖の大王へと果敢に挑む竜の皇帝。しかし恐怖の大王を倒すには至らず、満身創痍の状態になってしまう。

 もう駄目かと思われたその時――主人公達の諦めない心に呼応して、倒された白い聖騎士がその身を剣へと変えた。

 聖剣を手にした竜の皇帝は白く生まれ変わり、恐怖の大王を遂に打ち倒したのだった。

 斯くして、二度目のウォーゲームは完結した。

 

 そして、()()()

 

 一作目や二作目とは完全に世界観を異にする作品だった。

 パートナーに選ばれたのは、前二作と同じく、俺と同じくらいの歳の二人の子供。性別はどちらも女の子。パートナーは一作目の主人公達と同じ姿と名前だったが、別の個体という設定なのが読み取れた。

 どうやら一作目のリブートがコンセプトであるらしい。

 けれどストーリーはかなり異なっていた。

 悪役である悪魔は、時空と世界を超えて、前作の主人公達との戦いを記憶していた。故に悪魔は独力で戦うことをやめ、強大な力を持った大天使と手を結ぶことにした。その結果として悪魔は絶大な力を手に入れ、一作目以上の軍勢と、二作目以上に強力な恐怖の大王を兵として生み出すに至り。自身は堕天した大天使と融合し、究極の姿となった。

 戦いは激しく、現実世界だけでなく、ダンテ・アリギエーリの『神曲』をモチーフにしたと思しい独自の電脳世界――天国界・煉獄界・地獄界の三界全土を巻き込んだものとなった。

 敗色濃厚な戦況に絶望する主人公とその仲間達。けれど諦めない心が、ほんの僅かな糸口となって、状況を少しずつ好転させていく。

 やがて奇跡のような閃きと友情と努力によって、主人公達は悪魔を封印・打倒する策を手にした。

 最終決戦。三度目のウォーゲーム。

 円卓の騎士をモチーフにとしたと思しい十一体の仲間。そして満を持して、三作目の主人公達もパートナーを白い聖騎士へと合体進化させるに至る。

 悪魔の軍勢に挑む二人の女の子と十ニ体の騎士。

 当然ながら甚大な被害を負った。特に白い聖騎士は左半身が原形を留めないほどにボロボロになった。……損傷が左半身に偏っているのは、強大になり過ぎた悪魔を封印するために必要な『秘策』を右腕に装填しており、それを護る必要があったからだった。

 多大な犠牲を払いつつも、それでも前へ進む白い聖騎士と主人公達。

 最後には作戦通りに悪魔の懐へ潜り込み、零距離で右腕に装填した『秘策』を撃ち込んだ。

 斯くして悪魔は地獄界の最下層に凍結封印され、二度と復活する機会を失った。三度目のウォーゲームにて悪魔との戦いに完全なる決着がつき、世界は救われた。

 

 ―――……と。

 

 それぞれの合間に五分の休憩を挟み、三本の映画を連続して観た訳だが。

 

 手に汗握る展開と重厚な世界観、そして多少の『お約束』な展開を交えつつも非の打ちどころのないハッピーエンド。個人的には三作とも傑作であったように思える。

 特に、悪役である悪魔が魅力的だった。

 産まれたばかりの子供。劇中での行動は完全に悪役だが、その性質は光でも闇でもない、無邪気で無垢なものだったように思う。少なくとも邪悪の一言で切り捨てていい存在ではないように思えてならなかった。

 何かが違っていれば―――

 そう――なにか――たとえば、主人公達とそのパートナー達のような。

 対等に付き合い、時に喧嘩してぶつかりあって、それでも最後には笑って仲直りして。もしもそんな存在が、あの悪魔にもいれば、あるいは。あの悪魔も、悪役にはならなかったのかもしれない……―――

 

 ―――ピシリ

 

 不意に、胸に抱えていた卵が揺れた。内側で何かが動き、それが殻に罅を入れている。罅はどんどん大きくなって、やがて殻が割れた。

 

 卵が孵った。

 

 中から出てきたのは、頭に一対の突起が生えた、薄い水色とも紫色ともつかない色の身体をしたクラゲのような生き物だった。顔にはオレンジ色の単眼が一つだけついていて、それが俺の顔を見上げている。

 

「―――――Hello!!」

 

 とても見覚えのあるモンスターが、にっこりと眼を細めて笑って、産声を上げた。

 

 瞬間、シアターの映写機が停止して。

 視界の全てが闇に塗り潰されて、何も見えなくなった。

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