【救済、転生if】沈んだ日も、いつかまた昇るだろう 作:榊 時雨
「ダイスケくん」
「ミカゲさん、お疲れさまっす!!」
「そっちもお疲れさま」
今日の社内業務が終わり、インターン生のダイスケくんに声を掛けた
「このあと暇? 夜ご飯、食べに行かない?」
「暇…ですけど、今日あんまりお金持ってきてなくて」
「いいよ、奢るよ」
「えぇ!?
いやいや、確かにミカゲさんは
「気にするんだ、そういうこと」
「…意外っすか?」
「ううん、礼儀正しいなって思っただけ。まぁ気にしないでよ、インターン初仕事の前祝いくらいさせてよ」
彼は明後日、初の輸送に参加する。
アーニャさんが乗っているから私も行きたいと希望を出していたけれど、やはり通らなかった
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「そう来なくちゃ」
「定食屋ですか」
「私の行きつけなんだ、船に乗る前は日本の味を食べておきたくなるんだよね」
「そういうもんですか」
「いつが最期になるか分からないからね、いつも食べてるの」
「……」
「味の心配は大丈夫、店主も日本人だから」
店に入って案内された席に座り、私はいつものハンバーグ定食を注文するので、メニューをダイスケくんに渡した
「遠慮しないで、好きなモノ食べなね」
「ありがとうございます」
私はハンバーグ定食、彼は天丼を注文した。
この店は立地のせいもあって客で賑わう人気店…という訳ではない。頼んだモノはすぐに届いた
「それじゃダイスケくん、初の船出に乾杯!」
「ありがとうございまっす、乾杯!!」
チン、とコップの音が響いた。ここは飲み物が温かい緑茶か水しかないので、2人とも水だ。
2人で『いただきます』と手を合わせて、注文したモノを食べた
「──なんだか、煮え切らない顔だね」
「そうすかね」
「なにか不安なことでも?」
「いやいや、別にそんなっ……ただ…その」
ダイスケくんにしては、珍しく歯切れが悪い
「言いにくい…?」
「いやぁ、言いにくいというか…言ってもいいのかなっていうか…」
「急に怒ったりしないわよ、なにか気になることがあるなら今のうちに解消しないと」
私はポニー運送で輸送船に同乗する医者として勤務しているけれど、心理学にはあまり明るくない。
よっぽどだったらアーニャさんに言わないと…と思っていたが、彼の口からは全く予想していなかったことが飛び出した
「ミカゲさんも今回の輸送に参加したいって希望を出してたんすよね?」
「えっ、あぁ…うん。アーニャさんがいたからね、それがどうかしたの?」
予想外の質問に、思わず返事が吃ってしまった
「なのに、今回のメンバーにミカゲさんの名前がなかったから…なんでかなって」
「ああ」
そういうことか、と合点がいった。カーリーさん達ならともかく、ダイスケくんはインターン生だ。知らなくて当然だろう
「私の両親は2人とも、この会社の得意先の重役だから…不本意だけど贔屓されちゃうんだよね」
「へえぇ… ご両親がすごい人だと、そういう悩みもあるんすね」
「…ていうのは会社側の建前で」
「えっ?」
「本当は、私が女だからナメられてるだけなんだ」
「はい…? えっ、でもアーニャさんはっ」
「あの人も女性だけど、私よりは年上だし確実に経験はアーニャさんの方が積んでる」
「それはそうかもしれませんけどっ、ミカゲさんだって医学部にストレート入学してて技術はあるでしょ!!」
「ありがとう、そう言ってくれて…嬉しいよ」
ダイスケくんは納得していないようだったけど、こればかりはこの会社の古くさい方針の問題だ。
絵に描いたような年功序列、男尊女卑。いち社員にはどうにもできない
「私も組織の上層に立つ両親に愛されて育ってきた自覚はあるし、会社が私を箱入り娘だと思うのも仕方ないよ」
「っ…ミカゲさんはすごい人でしょ!!! ミカゲさんまで自分のことを軽く見ないでください!!
アーニャさんがいないとき、代わりに俺を診ていてくれたのはミカゲさんです。ホントに、マジで、感謝してるし尊敬してんですよ!!」
「……」
「あ…す、すいません、大声出して……」
泣きそうになるのを必死に堪えて、少し俯く。この子はやっぱりすごいな、とつくづく思った。
君のことを祝うつもりだったのに…私のために本気で怒ってくれて
「よし!! 決めましたよ、俺!!」
「?」
「今回の仕事で俺が頑張って結果残して!! この年齢でもしっかりできるんだぞって会社に見せつけてやります!!
ねっ、名案でしょ!?」
目をキラキラさせて日差しみたいに、にぱっと笑う彼に、思わず私も笑ってしまった。
私を…みんなを、照らしてくれる、日差しだ
「ふふ、あはは!! そうね、楽しみ」
「任しといてください」
「ありがとう、ダイスケくん…食べましょうか、せっかくのご飯が冷めちゃう」
「いっけね、そうだった!!」
クスクスと笑いながら、私も残りの定食を食べた。
ああ、好きだなぁ…
……こんな会社で、死なないで、ほしいなぁ
「今日はありがとうございました、ごちそうさまでした!!!」
「いえいえ、私こそありがとう」
会計を終えた俺たちは、店を出てすぐの所にある丁字路で話していた。
明後日になれば、俺は貨物船に乗って宇宙にいる。輸送に掛かるのは約1年。
その間、ミカゲさんにも輸送の仕事はある。次に会えるのが、いつになるかは分からない
「…ダイスケくん」
「はい?」
不意に名前を呼ばれて、慌てて振り向いた
「!!?」
と同時に、ミカゲさんに左手を握られた
「えっ!? ちょ…っ!?」
どくどくと心臓が早くなる
「帰ってきたら、またご飯行こうね」
「はい、そりゃもう…ぜひ……」
ミカゲさんはおれの左手を自分の頬に当てた。俯いている彼女の表情は、俺からは見えない
彼女の頬は、少し冷たかった
「帰って…きてね……」
「──は、い…」
返事に詰まった。俺を見上げた彼女の目が、少し潤んでいた気がしたから
「お願い……死なないでね、帰ってきて」
そう言ったミカゲさんは、俺の左手の手のひらに、軽く、口を、つけた。
彼女の手は、すごく震えていた
「大丈夫っすよ、何がどうなろうと生きて帰ってきますから!! 帰ったら、またミカゲさんとご飯行きたいし!!」
安心させるように、なるべく明るい声で言った
「うん…っ」
「
「…うん、ありがとう」
ミカゲさんは目元を拭って、俺の左手を握っていた手を離した
「じゃあ…俺、こっちなんで」
「またね」
「はいっ、また!!」
彼女と反対方向に歩き出し、背後からミカゲさんも帰路につく足音が聞こえた。
なんだか桜みたいな人だと思った。優しくて、それ故に儚い
「元から死ぬつもりなんてないけど、ますます死ねなくなっちゃったな…」
あそこまで人に想われるのが嬉しくて、思わず口元が弛んだ
手のひらへのキスの意味は「懇願」だそうですよ