倒したのは雅の妖しき風、
日輪刀を鞘に納めた彼女は再び市松模様の羽織を着た少年の方に駆け寄って声を掛けた。
「もう一回聞く。君、名前は?」
「か……
「竈門……炭治郎……。禰豆子……」
少年の名前をオウム返しに呟いた。顎に手を当てて、禰豆子と炭治郎を交互に見て、再び問う。
「妹って言ってたよね。鬼になったのはいつ?」
「二年前です……。でも……」
「何でその子を連れてるの?殺さなかったの?」
「いや……その……」
「人を食う可能性も考えなかった?もしかして殺せなかった?」
「だから……」
「俺は、
「治す……?この二年間で、方法は見つかった?」
「い、いえ……。けど
「え……?」
だがこれを聞いた
「本当に……?食べてないの……?」
人を喰わない鬼など聞いた事もない。それも二年前からというのだ。
身内だから庇っているという可能性もあるが、
「にゃぁ……」
「
薫が禰豆子の傍に寄ってじっと見ている。
鬼を見ると毛先を逆立たせて威嚇をするのだが、
先程も近付いて触診までしたというのに、寝ているだけで襲い掛かろうともしなかった。
「けど、いつまでも隠し通せない。他の人が見たら……きっと殺しに来るよ?」
嘘偽りない、純然たる事実を無感情のまま述べた。
しかもこの状況、柱や他の雅、特に
「あっ……」
どうしたものか思案していた時、目の前に
「水柱さん……」
「倒したのか?」
「うん……」
「そうか……」
「うん……」
感情が乏しく、口数が少ない者同士では会話が続かず、静寂が訪れる。だが
「お前は……」
「知ってるの……?」
「あれは確か……二年前……」
「二年前……あっ」
二年前、その単語が出た事で
もし、
「その話、詳しく聞かせて」
女の子に目と鼻の先まで顔を近づけられるなど、緊張して上手く話せなくなるに決まっている。
「あれは二年前……」
前言撤回。
「おーい!やっと追いついたぜ!ったく……アンタ速すぎるよ……って、どういう状況?何で
「
話そうとした時に
この状況を理解しきれていない彼女は辺りを見回すと、最初に目に入ったのは地に伏せたままの
「おっ生存者二人目。あれ?鬼はどうした?」
「倒した」
「あ、ああ。そっかそうか」
「そんで三人目の生存者……こいつ……っ!」
だが寝ている
「駄目……!」
この新しい発見を失うわけにはいくまいと、
だが輪廻の両手で片腕を辛うじて抑えられている。単純な腕力ではそれ程、伊万里の方が強い。
「何で止めるんだい?!コイツは鬼だぞ?」
「この子、何か違う……!殺すのはまだ早い……!」
「おいおい。こっちは何人も殺られてんだぞ?鬼ならケジメつけてもらわねえと……」
「襲ったのはこの鬼じゃない……。もう倒したもん……!この鬼はただ寝てるだけ……水柱さんだって何か知ってるみたいだし……!」
「訳分かんねえ事抜かすなこの白猫は!んなもん信じられるわけねえだろ?!」
話だけでは埒が明かないのであれば、証明するしかない。
「分かった。じゃあこうする」
自分の訴えを証明する為に、日輪刀の刃を握った。掌から
「お、おい!何やって……」
伊万里が制止する前に、輪廻は禰豆子の傍まで近寄って、その手の甲に自分の血を落とした。
「や、やめてください!そんな事をしたら……」
突然の行動に驚愕した
その間、既に紅い雫が数滴零れ落ちている。鬼ならば本能的に血を欲する。だが
目の前で起きている事象を前に、信じられない
「本当……なんだよな……?」
目の前の事象に戸惑う伊万里。
「俄には信じらんねえ……けど……」
言葉に詰まり、もどかしさが大きくなっていく。
「あぁもう!やりにくいったらありゃしねえ!」
「まず
「炭治郎?炭治郎って……ああ、こいつの事……っ!」
背後からの襲撃の気配を察知した三人。
「あら?」
それはしのぶと
西に周っていた緣としのぶが合流して来た。だがそこに鬼がいると分かり攻撃体勢に入ったのだろう。
さらに最悪な事に、片方は隊律に厳しく、鬼に対して激しい憎悪を向ける鬼巫女。
「何故邪魔をする?そいつは……」
「鬼だろ?」
「分かっているならば、さっさと殺せ」
「そりゃあそうなんだけどさ……」
戸惑う
「まだ尋問の途中。だから殺すには早い」
「尋問だと?何故そんなのが必要になる?」
「こんな事初めて。この兄妹、もっと知りたい。だから殺しちゃ駄目……!」
「下らん……」
「
「さあ
最終通告と言わんばかりに日輪刀の切っ先を
しのぶの日輪刀は通常のものと特殊な構造になっている。反りが極めて浅く、物打も切っ先と鍔根元以外を残して削ぎ落としており、細剣のような形になっている。
これでは鬼の頸は斬る事が出来ないが、元々しのぶの体格は小さく鬼の硬い頸を斬るのに必要な筋肉量が足りない。
だがこの日輪刀は毒を注入出来るものになっており、鬼が嫌う藤の花から抽出されている。それをしのぶが調合する事で、鬼をも殺す毒となる。
しばしの間、沈黙が空間を支配するが、やがて
「俺は嫌われていない」
まさかの発言に、場の空気が凍りついた。
「気にすんのそこかよ?!つか今それ所じゃねえだろ?!」
「俺は嫌われて……」
「もういいわ!二度も言わんでいい!」
「やれやれ、理解に苦しみます。鬼を庇うとは」
さらにしのぶの背後から
「更に鬼ぶっころ派が増えちまったなぁ」
「坊や、君が庇っているのは鬼ですよ。危ないから下がっていてください」
雅の対立をよそに、いつの間にかしのぶが
「あ、いえ!違うんです!いや違わないけど、妹なんです!」
「まあそうですか。それは大変ですね。では……苦しまないよう、優しい毒で殺して差し上げますね」
弁明も虚しく、しのぶには届かない。絶望がさらに加速する。
「いえ、蟲柱様。あなたが手を下す必要はありません。私がその頸を刎ねます。」
日輪刀を構える
「ちょいちょいちょい。アンタらさあ、もう少し融通利かせてくれてもいいんじゃない?」
「あら、
「いや、極道関係ねえだろ?!つか今!さり気なくあたしの事貶したよな?!喧嘩売ってんのか?!」
笑顔で
だが今の伊万里の状態では強がりとも捉えられる。
「どいつもこいつも……。正直、あたしも何でこうなったのか分かんねえけどさぁ……」
もうこうなった以上、腹を決めたのか
「コイツは嘘ついちゃいねえ。あたしはコイツらを信じる!」
力強い宣言は森の中に響く。威風堂々としたその姿に小さな拍手をする
「
「えっ?」
気がつけば炭治郎と禰豆子の姿はなかった。さっきのやり取りの間に逃げられたのだろう。だが普通に逃げただけではすぐに気付かれる。
「まさか……」
○○
「何故鬼を庇うんです?」
「知りたいと思ったから……!」
だが問題は
速さならば
木々を足場にして駆け
「あいつ!」
右方の頭に髪を束ね、しのぶと同じく蝶の髪飾りをしている女の子隊士が炭治郎を倒した。
「逃げろ
禰豆子に叫んでいたが、いい終える前に蝶飾りの隊士踵落としが後頭部に直撃。一瞬で意識が刈り取られた。
頸を正確に捉えて日輪刀を振るう。その刹那、頸があったはずが無くなった。いや、そうではない。
(小さく……子供になった……)
幼き姿になった事で斬撃を回避したのだ。隊士が呆けている間に
再び追い掛けようとするが、眼前で再び禰豆子の姿が消えた。
いや、消えたのではない。一瞬だけ横から割って入られた。
「悪いな。こいつは生き証人でね。おいそれと殺させるわけにはいかねえのさ」
(あの蝶の髪飾り……間違いない。
合格者の殆どが息絶え絶えで、傷を負っている中、たった一人だけ無傷で突破した新人隊士。
その名を
(ったく……。あの目……
両者睨み合っている。だがその均衡はカナヲがすぐ後ろを見た時、圧倒的敗色の空気に染った。何と赤い鬼面を被った女隊士がまっすぐこっちに来る。
(
追いつかれたらマズい相手に追いつかれた。闇夜に加えて鬼面が迫り、間近で見ると迫力が増す。
「いや怖っ!おい鬼巫女!
そう訴えても鬼巫女がそんな事に聞く耳を持つはずもなく、日輪刀を構える。
鳥の呼吸は空中でこそ真価を発揮する。地上では機動力が失われ、強みの殆どが失われる。故に
(だがやるしかねえ……!)
だが極道の意地が退くという選択肢を許さない。
覚悟を決めて日輪刀を鞘から抜く。さてここからどう挽回しようか思案していた時だった。
「伝令!伝令!
本部の命令となれば、流石の
カナヲも伝令に従い剣を納めるが、去り行く
そこでポケットから銅貨を取り出した。それを親指で弾くと宙を舞いながら回り、それがカナヲの頭上まで飛んだ。
「何やってんだありゃあ?」
「裏……?」
銅貨は裏と表記されている。するとカナヲは
「あなた、
カナヲの問いに、禰豆子は頷いて答えた。
「何がしたかったんだありゃあ?」
結局カナヲの行為は一体何だったのか。何の意味があったのか、理解出来ないまま下山する事になった。
何とか無駄な戦いをせずに済んだ。とはいえ自分が隊律違反をやらかした事実は消えない。だがそれは分かっていてやった事だ。後悔はない。
さらに、雅でも
大正コソコソ噂話
伊万里の生家は極道組織 斑鳩組であり、彼女は長女。
雅の屋敷も斑鳩組が保有していた別荘の一つであり、拠点として提供している。
龍馬、虎次郎、剛亀とはその時からの馴染み。