雅なる隊士達   作:レーラ

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蝶屋敷へ

 これはある少女の話。

 

 神社の一人娘として生まれた少女は、とても泣き虫で、臆病で内向的な女の子でした。

 

 いつも両親の後ろに隠れては、その脚にしがみついて怯えるばかり。

 

 神社の外にも出れず、友達もいない。

 

 そんな少女ですが、ある夢を抱いていました。

 

 神社の巫女である母が、舞台に立って披露する神楽舞。

 

 神に捧げる神聖なる儀式ではありますが、母の舞はとても神秘的で、人の心を魅了するものだった。

 

 緣自身も母の舞に心を奪われ、いつしかそれは憧れに変わりました。

 

 いつかきっと、母の神楽舞を舞いたい。

 

 幼心に抱いた淡い願い。

 

 

 

 

 それは、不条理な業火によって全て焼き払われたのでした。

 

 

 

〇〇

 

 

 

 雅屋敷での会議が終わってすぐ、(ゆかり)は雅の屋敷を発ってその足でしのぶが待つ蝶屋敷へ向かう。蝶屋敷までの道程は分かっている為、迷う事なく行ける。時間もそれ程掛かりはしない。

 

 既に朝日は登っているが、まだ建物の射影がまだ大きい。だが(ゆかり)には、その影はまるで自身の心中を写しているかのようにも見えてしまっている。

 

「巫女!蝶屋敷ニ帰ルッテドンナ気分ダイ?」

「これも務めだ。私情などない」

 

 紅葉(くれは)の気休めにもならない問いですら、(ゆかり)は淡々と返す。鬼面に隠した本音を出す事をせず。

 

(出来る事なら蝶屋敷に行きたくない。いや、戻りたくなかった)

 

 蝶屋敷が嫌いというわけではない。そこで嫌な思い出があるわけでもない。寧ろ、あそこには大切な思い出が沢山詰まっている。言わば、鬼巫女の原点。

 

 だから戻りたくなかった。

 

 

 

 今日からここで、また一緒に住みましょう。

 

 

 

 そう言って自身を迎え入れてくれた親友。しのぶも快く迎え入れてくれて、ひとつ屋根の下で寝食を共にした。負傷した隊員の治療や世話。機能訓練の手伝い等、忙しない日々だったがそれでも充実していた。

 

 だが(ゆかり)はそんな日々を、夢共々捨て去った。自分の意思で。

 

 もう戻る事はないと思っていたが、こんな形で戻って来る事になるとは思いもしなかった。

 

(何故今になって……いや、今はそんな事はどうでもいい)

 

 感傷に浸っている暇などない。自分自身の役目を果たす為に蝶屋敷に行く。そう切り替える。

 

 それから間もなく、目的地である蝶屋敷の前に到着した。雅の屋敷と同等の立派な造りになっている。

 

(戻って来てしまったか……)

 

 口にせず心中に吐いた(ゆかり)の足はすぐに動かなかった。

 

 ここにいるのはしのぶだけではない。妹のように可愛がった子供達がいる。

 

 だが(ゆかり)は彼女達に何も告げずに去った。今更どの面を下げて帰って来たんだと、軽蔑されるかもしれない。

 

 だがあの日、出ていったのは紛れもなく自分の意思。自分が選んだ選択。ここで立ち止まる資格なんてない。緣は正面玄関の戸を開けようと、手を伸ばした。

 

(ゆかり)様?」

 

 後ろから名前を呼ぶ声によって、戸を開こうとした手が止まった。聞き覚えのある声に驚いたが、反応を見せずに背後を振り返った。

 

「アオイ……」

 

 蝶屋敷で看護師として働いている少女、神崎アオイがいた。

 

 彼女は隊服の上に割烹着を着ており、ここで看護師として働いている。籠に食材がある事から買い物帰りだったのだろう。

 

「お久しぶりです(ゆかり)様」

「ああ……」

 

 平静を保ちながらも、家族同然だったアオイを前にして言葉が思うように出なくなっている。

 

「しのぶ様から聞いております。本日(ゆかり)様が帰って来る(・・・・・)と」

「そうか……」

「しのぶ様は診療室にいらっしゃいます」

「分かった」

 

 アオイとの不意な再会には驚いたが、自分はあくまでも指令でここに来た。感傷に浸りに来たわけではない。

 

 鬼巫女として、改めて蝶屋敷に入ろうと正面玄関の戸に手を掛けて開いた。

 

「失礼します」

 

 ガラガラと戸を開き、中に入った。玄関で草鞋を脱いで上がり込む。

 

「しのぶ様の診療室は分かりますか?」

「ああ……覚えている。私の心配は不要だ。アオイは自分の仕事に戻るといい」

「……分かりました」

 

 アオイは一礼して先に仕事へと戻った。その背を見届けた(ゆかり)はしのぶの診療室へと向かう。

 

 分かれたアオイは変わり果てた緣の背を見て寂しそうな表情が出てくる。

 

(ゆかり)様……本当に変わられたのですか……?」

 

 それに答える者は誰もいない。緣にも届く事はなかった。

 

 

〇〇

 

 

 しのぶの部屋に向かう(ゆかり)。出ていった日と殆ど変わらない風景が緣の足を止めさせる。畳部屋に安置されている水槽の中に金魚が泳いでいる。蝶が舞う庭には布団や衣服などが竿に多く干されている。

 

(何を動揺しているんだ私は……)

 

 揺れ動き続ける赤い瞳。三回の瞬きで冷静さを取り戻そうとした時、追い討ちをかけるように廊下の角から水色の帯を巻いている少女が姿を現す。驚いているのかその場から動かない。

 

「すみ……」

 

 少女の名前を呼んだ時、すみの表情は満面の笑みを浮かべた。

 

「おかえりなさい(ゆかり)様!皆ー!緣様が帰って来たよー!」

 

 心身共に幼いすみが廊下の角に向かってそう言う。すると、すみと同じ位の年頃の少女が二人やった来た。一人は桃色の帯、もう一人は緑の帯を着用している。

 

「あっ!(ゆかり)様だ!」

「緣様が帰って来た!」

「きよ、なほ……」

 

 すみに続いて桃色帯のきよ、緑帯のなほが駆け寄って来た。三人とも緣が帰って来て嬉しそうにしている。

 

「久しいな。息災にしていたか?」

「「「はい!」」」

「これから蟲柱様に会いに行く。今はお前達の相手は出来ない」

「いえ、(ゆかり)様に一目お会いになれただけでも十分です!」

「しのぶ様はあちらのお部屋です!」

「いつでもお待ちしてます!」

 

 きよ、すみ、なほの三人はそう言って持ち場に戻っていく背を見届けた。

 

(嫌われているものだと思っていた……)

 

 彼女達は本当の妹のように可愛がっていた。家族を鬼に殺され、行く宛てもなかった所をカナエに拾われ、負傷した隊員の看護に従事している。

 

 そんな彼女達を、(ゆかり)は何も告げずに出て行った。軽蔑されても仕方がない。覚悟していたのだが、誰一人として自身に恨み言を口にしなかった。それどころか、帰りを待っていた。

 

 もう、皆が知る疼木 緣は何処にもいないというのに。

 

 

〇〇

 

 

 (ゆかり)が蝶屋敷にやって来る数時間前に遡る。蝶屋敷のある一室では、しのぶが大きな仏壇を前に手を合わせていた。一本の線香が少しずつ灰になって落ちていく。

 

 飾られている位牌の名に、胡蝶カナエという名前が刻まれている。

 

(姉さん……もうすぐ(ゆかり)が帰って来るわ)

 

 この時をどれ程待ち侘びたか。思えばあの日から、二人のすれ違いが始まったのかもしれない。しのぶにとっては唯一の肉親、(ゆかり)にとっては最愛の友を喪ったあの日。

 

 カナエが好きだと言ってくれた笑顔を絶やさない為に、本当の感情を押し殺し続けて来た。だが(ゆかり)は鬼への憎悪を抑える事をやめ、冷酷かつ苛烈になった。

 

 やがて二人の間の亀裂は大きくなり、遂に決別した。

 

 やがてしのぶは柱となり、(ゆかり)は雅の筆頭になった。だなその時には既に関係は破綻していた。互いに修復をしようなどと思う事はなかった。あの日、あれを受け取るまでは……。

 

 合わせていた手を崩してポケットから取り出した。自分の着用しているものと同じ形をした髪飾り。赤紫色の羽をした蝶だった。

 

(今度こそ、(ゆかり)の笑顔を取り戻してみせる。)

 

 髪飾りを握る力が強くなる。真剣な眼差しをするしのぶの決意を表している。

 

 仏壇の前から立ち上がって部屋から出る。強い意思をもった表情をすぐに笑みへと変える。カナエが好きだと言ってくれた笑顔を。

 

 ――

 

 しのぶが待つ診療室に辿り着いた緣。ここまで来て思う所があるのだが、今更どうこう出来るわけではないのは悟っている。

 

 戸をノックする。

 

疼木(ひいらぎ)です」

「はいどうぞ〜」

「失礼します」

 

 淡々と上司と部下の会話で緣が診療室に入室した。

 

 診療室には大きな本棚に様々な書物が敷き詰められており、壁に貼られている用紙にも医学に纏わる事が描写されている。木製の机も医学書はもちろん、救急箱や引き出し型の小物入れが置いてある。

 

 その机の席に、しのぶは座っていた。

 

「待っていましたよ疼木(ひいらぎ)さん。どうぞ掛けてください」

 

 しのぶに促され、患者が座る椅子に腰掛ける。二人きりであるが、今は務めの真っ最中。安易に名を呼んではまずい。

 

「今日はお忙しい中、ありがとうございます。手紙にも書きましたが、今回お呼びしたのは、新人さんの稽古の指導役を雅の皆様にお願いする為です」

「はい。竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助の三名の機能回復訓練並びに稽古をつけるようにと。御館様からもそう命じられていました」

疼木(ひいらぎ)さんが柱合会議から退出した後、私が進言しましたから」

 

 またしてもやられた。(ゆかり)は柱ではない為、最後まで参加する事は許されない立場。柱合会議で役目を終えれば、己の仕事に戻らなくてはならない。

 

 だがその様に自身のいない場で、勝手にその話を持ち出されては緣も反論のしようがない。

 

 やれやれと、(ゆかり)の目元からはしのぶに対して呆れと取れるような表情。

 

 だが稽古をつけるのは良いが一つ問題がある。

 

「その三名は相当な深傷を負っていたはず。いくらなんでも稽古は……」

「はい。なので私が経過観察を行い、問題ないと判断したら連絡いたします」

「承知しました」

 

 そう言って一礼する緣。

 

「これは機能回復訓練も兼ねているので、疼木(ひいらぎ)さんには住み込みで彼の指南役を務めていただきます。お部屋は用意しますので、好きに使ってください」

「……はい」

 

 用意しすぎている。そう思い、(ゆかり)の返事が重々しくなる。だがしのぶには狙いがあった。

 

「やり方はお任せしますが、くれぐれも脱走されないように気を付けてくださいね」

「心得ております」

 

 (ゆかり)の指導の厳しさは、雅の中でも群を抜いている。それを入隊から間もない新米に鬼巫女を指導役につけるなど、正気ではない。それはしのぶも百も承知である。

 

 だが以前、(ゆかり)の稽古を覗いた事がある。確かに緣は容赦なく隊士を追い込んだ。だが無意味な事ではなかった。

 

 ある隊士であるが、少し前から鬼殺隊に入っていた。だが階級は決して高くなく、並の鬼に苦戦してばかりで、成長が見られない。

 

 稽古でも情けない悲鳴をあげながら扱かれていた。そんな彼だが、最後まで投げ出さずに食らいついていた。(ゆかり)も彼の姿勢を見て、稽古を続けていた。

 

 その結果、一度だけ土壇場で発揮した馬鹿力で、(ゆかり)が仕掛けた鍔迫り合いに勝ったのだ。勿論、(ゆかり)は簡単に褒めなかったが、それでも最後まで諦めなかった彼を称えた。

 

 稽古は厳しくても、努力を続ける人間を最後まで見捨てる事はしない。何より(ゆかり)も相当の努力を積んで、その実力は柱の領域にまで到達している。

 

 そして、竈門炭治郎という存在。しのぶには彼に可能性を感じていた。

 

 柱合会議で見せてくれた彼の意志の強さは目を見張るものがある。もしかしたら、彼に夢を託せるのではないかと。

 

「では、よろしくお願いしますね」

「承知しました。では、私はこれで」

 

 説明を受け終えて診療室から出ていこうとした時……

 

「その髪留め、寂しくないですか?」

 

 突然尋ねられて戸を開こうとした手が止まった。紫みがかった長い黒髪を白紐で結んで束ねている。何故今それを聞くのか分からないが、(ゆかり)は答える。

 

「私にはこれが分相応です。失礼しました」

 

 そう答えて、部屋から出て行った。一人に戻ったしのぶはため息を吐く。

 

「強情なのは、相変わらずね……」

 

 (ゆかり)は一度決めた事を曲げたりしなかった。それは今も変わっていないのだが、こんな形で見せられても呆れるだけだった。

 

 

 ――

 

 診療室から出た(ゆかり)。しのぶの呼び出しは済み、三人の機能回復訓練はまだ先。最早蝶屋敷に留まる理由は無い。来た道を戻り、蝶屋敷を出た。

 

 だが門へ出た時、目の前に立っていた少女に気付いた(ゆかり)はその足を止めた。

 

「あっ……」

 

 そこには驚いた表情をしたカナヲがいた。どうやら任務から帰って来たようだった。

 

 カナヲは幼き頃、孤児だった所をカナエ達に拾われた経緯があり、(ゆかり)もカナヲを妹のように可愛がっていた。

 

 だが(ゆかり)が蝶屋敷を去って以降、一度も会う事は無かった。あの後、どう過ごしていたのかは知らなかったが、最終選別を突破し、鬼殺隊の隊服を着用して戦っている。

 

 そして、カナヲの黒髪を右側頭部に束ねて結んでいる髪飾り。かつてカナエがつけていたものだった。

 

「カナヲか。最終選別を突破したと聞いた」

「は、はい……お久しぶりです……」

 

 緊張しているのか、感情表出が乏しいカナヲにしては酷く狼狽えている。声にも震えが混じっている。

 

「またしばらく世話になる。だがこれも務めの為だ。だが、修羅を歩む覚悟があるのならば……相手をしてやる」

「はい……」

 

 まるで釘を刺すような物言い。優しさの片鱗など見せない。いや、見せてはならない。鬼面が唯一覆い隠さない赤い瞳がカナヲを冷たく見ている。

 

「あ……あ……あの……」

 

 用が済んだ(ゆかり)は語る事なく立ち去った。カナヲが何か言いたげであったがそれは去りゆく緣の背に届くことはなかった。

 

 カナヲはポケットから硬貨を投げてそれを左手の甲で着地させた。硬貨は裏を示していた。

 

 その途端に(ゆかり)とは反対の方へ歩いていった。

 

 




大正コソコソ噂話

緣は次期柱候補の一人として、柱合会議の参加が特別に許されているが、大体は雅屋敷での稽古内容や隊士の成長具合、殉職率の比較など、細々とした報告内容が多い。

それらが終われば緣は隠に運ばれて産屋敷邸から去る。
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