新たな任務へと駆り出された緣は東にある村へと駆けた。伊万里に申し送り(が、渡した後すぐに捨てられた)を書いていた為、出立は輪廻より少し遅れるが、目的地の距離はそれほど遠くない小さな村だった。
ここまでの道のりは、紅葉の案内を頼りにここまで駆けた。
情報によると、1週間前から村の娘が次々と行方不明になるというものであり、村に住む屈強な男達が救出へ向かったが、全員帰らぬ人となってしまったという。
だが最後にやられた男が命からがら持ち帰った情報によって、山にある神社に逃げ込む影があったという。村人にその情報を教えてもらった緣は神社まで向かった。
「ココダ巫女!」
「ありがとう、紅葉」
苔が生えた長い石階段を登り、目につくのは錆び付いた鳥居と、木材が腐食して朽ち果てた建物、枯れ果てた木々。神がこんな廃れた神社に住む光景など想像したくない。
(ここに神はいない……。いるのは、鬼……何とも皮肉だな)
月が浮かぶ闇夜は鬼が蠢く刻。ましてやここは神に見放された土地。神頼みをする気は端から無いが、巫女を名乗る身としては縁起の悪いものばかり。
それでも緣は境内に足を踏み入れる。神経の全てを研ぎ澄まし、周囲の僅かな変化を感知する。
「そこか!」
払うように水平に斬る。すると、枯れ果てた大木が切り倒されると、蝙蝠と呼ぶにはあまりにも身体が大きく、それを支えるように上下する巨大な羽を羽ばたかせている。
「貴様ぁ……何故分かった?!」
忌々しく睨みつけるが、緣は答える事なく高く飛び立って蝙蝠鬼の首を狙う。
「させるかよぉ!」
左羽で緣を地に叩き潰そうと振り下ろす。日輪刀の刃で受け流し、回転しながら振り上げるも、首には至らずに羽を斬り落とす。
「なっ!」
片羽をもがれた蝙蝠鬼は飛行を維持出来ずに墜落。真下の石床に叩き落とされた。対して緣は石造りの参道に華麗に着地した。
「鬼狩りがぁ……!」
残った片羽を羽ばたかせると、そこから小型の蝙蝠が数十匹が召喚される。そのまま群れをなして緣に襲い掛かる。
だが緣はそれに動じる事なく構える。
「花の呼吸 弐ノ型 御影梅」
呼吸と同時に無数の斬撃が。梅の花弁と共に全ての蝙蝠を斬り落とす。
下僕がやられ、蝙蝠鬼は唖然とする。
「なっ……こいつ、まさか柱?!だが、こいつの刀には……」
だが緣は真っ直ぐ、蝙蝠鬼に接近し、刀を振り上げている。
「この……クソアマァ!」
だが蝙蝠鬼の右羽が振り下ろすのが早かった。その羽は鉄のように固く、爪や牙の如く鋭い。いくら鬼殺隊の隊服が固く作られているとはいえ、それを切り裂くなど余りにも容易い。
勝ちを確信した蝙蝠鬼に下卑た笑いが浮かぶ。フウゥゥという呼吸がより強くなる。
「花の呼吸」
だが緣はふわりと身体を回転させながらその羽の攻撃を受け流した。そのまま生み出された回転を利用し、隙だらけとなった蝙蝠鬼の首に、刃が一瞬で迫る。
「漆ノ型
振り下ろされた刃によって、蝙蝠鬼の頭と胴が分かたれた。一体何が起きたのか、なぜこうなったのか、刎ねられた蝙蝠鬼の首が社の前に落ちるまで理解出来なかった。
(な、何が起こった……?何なんだあの女は……?!突然、女の周りに桜の花弁が舞ったと思ったら……燃えやがった……)
崩れゆく運命となった首と身体。残った眼に映ったのは、鬼面の隙間から僅かに覗き見える、自身へ向けられる憎悪に燃える紅い眼だった。
最後は緣によって眼は踏み潰された。まるで蝙蝠鬼を愚弄するように見下していた。
○○
今日も鬼を一匹滅した。十二鬼月に比べれば、取るに足らない小物。
だが小物だろうと、私は容赦なく誅殺する。
鬼は人を食らう。自分の飢餓と力を満たす為に、非力な人間を糧としてその命を奪う。
そんな傲慢が許せない。
社の中には、鬼によって惨たらしくも殺され、食い散らかされた人の遺体が残っていた。
助けられなくてごめんなさい。苦しかっただろう……。
鬼の一方的な主義主張の犠牲となり、どれだけ嘆いても、殺されてしまった命は帰って来ない。
ならば私は、私の道理を鬼達に押し付ける。自分達より弱い人間の命を奪おうとするのなら、私の主義主張を押し通す。
この世から鬼を全て皆殺す、それが私に残された……戦う理由。
鬼を殺す為に私は鬼の仮面を被り、己の弱さを押し殺す。もう笑みなどいらない。優しさも、人を魅了する舞も、鬼を殺す為に捨てる。
家族も……カナエを殺した鬼を私は許さない。それが私、花の鬼巫女の務め……。
後の処理は隠に任せる。直に夜が明けるだろう。ならば私は、ここを離れて己の役目を果たそう。
○○
夜明け頃。任務を終えた緣に次の指令は来ず、一旦雅の屋敷に戻る。
途中で鬼殺隊の休憩所でもある藤の屋敷に泊まって休む事も出来たが、雅の筆頭にはまだ休んでいる暇はない。
雅の屋敷に戻った緣は、まず他の雅の稽古の様子を記録、行った稽古の内容に稽古を受けた隊員の名簿の纏めを記載した手紙を書き、それを紅葉に届けさせる。
「頼んだぞ」
「任セロ」
それが終わると緣も稽古に加わり、道場で隊員への指導が始まる。
稽古は主に四肢・体幹の筋肉作りから始まり、それが終わると剣術動作の反復を行う。
だが緣は始まりから厳しく、少しのズレも許さない。何より、この動作練習はただの練習ではない。
一般隊士が木刀を振り上げた途端、緣がその脇腹に木刀を入れた。当たった隊士は呆気なくその場に倒れ込んだ。
同じ練習をしていた隊士達が心配して駆け寄った。
「お、おい大丈夫か?!」
「何て事を……」
「その程度で倒れるようでは、下弦の鬼どころか並の鬼ですら勝てん」
一般隊士達の抗議も、聞く前に一蹴。だがそれで納得するわけがない。
「ならば試してみろ。一度に複数打ち込んでも構わん」
そう言い放ち、木刀を捨てるように放って両腕を広げる。脇腹がガラ空きになっている。
急にそのような事をされて戸惑う隊士達。だが抗議しようとした隊士が木刀を握った。雄叫びを挙げながらその脇腹に打ち込んだ。
「えっ……」
隊士達は唖然とした。確かに全力で打ち込んだ。
だが結果はどうか?
倒れるどころか、身体は揺れすらしていない。
「どうした?その程度か?」
同じ体勢のまま、冷徹な声色に一部の変化をさせないまま投げかけている。ありえない事態に隊士達は戦慄している。
「身体は真っ直ぐ、例え鬼による攻撃で押されても決して崩してはならない」
「……はい」
倒された隊士が弱々しく返事をする。
「蝶屋敷に行け。文を送って事情を説明しておく。今日は休め。他は、一からやり直せ。また様子を見に来る」
そう言うと道場から出ていき、その足で自室に向かい蝶屋敷宛の手紙を書いて、紅葉に届けさせた。
と、このように緣の稽古は四人の中でも一番厳しい。
だがここまでは基礎中の基礎。雅全員が共通して行っている。ここから呼吸の使い手によって訓練内容が異なる。
水の呼吸の使い手は緣が指導する事になる防御の実戦形式。内容は緣の繰り出す容赦ない攻撃を的確に防ぐ訓練。
防御を的確に行い、衝撃を受け流す事で防御に掛かる負荷を減らすだけでなく、瞬時に攻撃へと反転させる事が出来る。
この訓練に到達出来る隊員は、凡そ二十人の内一人の割合であり、場合によってはそれよりも低い割合になる事はザラではない。寧ろ逃げ出す者も少なくない。
だが結局、一日中稽古をつけてその訓練を受けられる隊員はいなかった。夕日が差し込むと稽古の時間は終わりになる。隊士達を宿屋に帰してやると、また自室で書類を纏めている。
「やれやれ……」
生存率向上の為に二年前より新設された部隊であるが、果たして機能しているのかと憂う。
「何そんなに落ち込んじゃってるんだい?」
突然伊万里が後ろから呼び掛けてくる。
「お前こそ、訓練はどうした?」
「終わったよ。誰一人、個別訓練に通過出来なくてさ。全員帰した」
ため息をつきながら畳の上で大の字になって寝っ転がる。緣の部屋だというのに随分と図々しいが、咎める気が起きなかった。
「張合い無いなー。強い鬼と戦いてえなぁー」
「またそういう事を……。我々は……」
「はいはい。分かってるって。あ、さっき鴉から任務来たからさ、このまま飛んでっちまうわ」
勢い良く飛び上がる伊万里。同時に腹の虫が鳴った。
「何か口に入れて行け」
「んー。じゃあ握り飯でも持っていくわ」
身体を伸ばしながら別室を後にした。残された緣は手紙を書き終えると、それを纏めて紅葉の脚に結う。
「頼んだぞ」
紅葉が空に向かって羽ばたいて飛び立った。それを見届けた緣は、鬼面を外して少し仰向けになる。誰にも見せない素顔を出す時は、ほんの一時の休息が訪れたという証。腕で視界を覆いながら目を閉じる。
「参ったな……」
弱音を皆に晒す事は許されない。故にポツリと呟いた言の葉は誰にも届く事はない。
○○
「おーい。握り飯作ってくれー」
伊万里が台所に入るや否や、伸びた声で注文する。
「うっす!」
ハキハキとした男の声。ボサボサの黒髪に左目を眼帯を着けている男がすぐに握り飯を作り、包みに入れて用意をする。
「お嬢!握り飯出来……痛ぁっ!」
男の頭に伊万里の拳骨が決まった。殴られた所がたんこぶになる。
「お嬢呼びはやめろって言ってるよなあぁ?なあ虎次郎!」
「す、すんません!っていうかお嬢、任務っスか?」
「……まあね」
やめろと言われても呼び方を変えない。彼のこだわりがあるのだろうが、呼び方を訂正するように言ったのは、これが初めてでもなければ二、三回なんてものではない。
伊万里もそれには思う所があるが、無理やり通そうとはしない。
「また留守にするから、出払ってる龍馬と剛亀にも伝えろよー」
「分かりやした!」
おにぎりが入った包みを隊服の中にしまい、屋敷から飛び出すと、その足で地を蹴って飛翔、屋敷の柵の上に乗ってそのまま走る。
そこに左眼に傷がある鎹鴉が頭上を回って羽ばたいている。
「行くよ黒助!」
「オ供シマスゼオ嬢!」
「やっぱお前もかよ……。まあいいか。ついて来いよ!」
黒助と名付けられた隻眼の鎹鴉。主の速さに追いつく速度で並んで飛ぶ。
「コノママ進ンデクダセエオ嬢!」
「よっしゃぁ!気合い乗ってきたぜぇ!」
柵の上という不安定な足場であるというのに、地面と殆ど変わらぬ重心の安定感と速さを失う事なく走り、傾く日を背に次々と屋根に飛び移るその姿。
人でありながら本物の鳥のように羽ばたいていた。
プロフィール
疼木 緣(20)
階級:甲
誕生日:4月4日
身長:163cm
体重:61kg
趣味:能・歌舞伎舞の鑑賞
好物:梅干し
流派:花の呼吸
鬼殺隊 隊士育成部隊 『雅』の筆頭。
赤紫みがかった長い黒髪を後ろに一本結っている(ポニーテール)。
髪留めには白い紐を使用。
常に赤い鬼の鬼面を装着しており、その風貌を知る者はほんのひと握り。
隊服の上には桜模様の羽織を着ているが、裾の部分が焼け焦げている。
謹厳実直を表した真面目な性格であるが自他共に厳しく、堅物すぎて融通が利かない。
特に鬼殺の思想に対しては妥協も手を抜く事も一切許さない。その厳しさと徹底的に鬼を殺すという姿勢、装着している赤い鬼の能面から、鬼殺隊の中では「花の鬼巫女」と評され、その場にいるだけでも圧倒的な威圧感と緊張感を抱かせる。
装備している日輪刀の鍔は桜の花弁を模している。刃の色は赤紫色。
自身が扱う花の呼吸を、血の滲むような努力によって独自の型である漆ノ型を編み出した。さらに強固な体幹と柔軟な四肢によって鬼の攻撃による負荷を減らすようにして防ぎ、攻撃の瞬間に怒涛かつ強力な攻撃へと移り変えてみせる。