蝶屋敷での日常に、また新しい家族が加わった。きよ、すみ、なほの三人である。彼女達もまた、鬼によって家族を殺され、ゆく宛がなかったのをカナエが拾って来たのだ。彼女達三人には看護や負傷した隊士達の機能回復訓練の補助を任せる事になった。
「はい。これで大丈夫です」
「ありがとうございました」
負傷した一般隊士の縫合処置を終え、一段落する
「上達したじゃない」
薬を調合している辛口のしのぶから高評価を貰った。
「ありがとう」
「以前だったら全く考えられなかったわ。包帯巻くの下手くそだし」
「へ、変なこと思い出さないでよ……!」
医学的知識はしのぶから教わっていた。そのお陰である程度の処置が出来るようになり、特に縫合はしのぶに任されている。だが以前はその他の処置は壊滅的で、練習でしのぶの腕に巻くだけで済むはずが、何故か全身ぐるぐる巻きになっていたのだ。
あれから少しマシになったとはいえ、まだ包帯を巻くのが下手くそのままだった。
「縫合は完璧なのに、何で包帯になるとああなるのかしら?」
「私も分かんないよ……」
緣自身も聞きたいくらいのようだが、これは恐らく永遠に解けない疑問だろう。そんな雑談をしている最中に、
「巫女ヨ〜♪任務〜♪アッ任務〜♪」
「あっ……。じゃあ行ってくるね」
「ええ。気をつけて」
紅葉を伴って夕焼けに照らされた道を走り、指令された地点へと向かう緣だった。
○○
今夜もまた、林道で鬼を一体討滅した。だが今回の鬼は最後まで血肉を求めて
「大丈夫。これくらいは覚悟の上……。カナエなら、この程度で折れたりしない」
カナエが言っていた通り、鬼を救う事は想像を絶する修羅の道。だがまだ始まったばかり。カナエとの約束がある限り、緣も折れはしない。
夜明けも近くなる。新たな任務の指令もない。後は隠に任せて帰ろうとした時だった。
「紅葉、どうしたの?」
「花柱ノ鴉!救援要請!苦戦!苦戦!花柱苦戦!救援乞ウ!」
歌う所ではなかった紅葉が齎した伝令に緣は絶句する。カナエが苦戦するなど有り得ない。だがカナエが危ないと知って、見過ごす事は出来ない。
「何処なの?!教えて!すぐに!」
カナエの危機と聞いて狼狽えているせいか、声が震えている。紅葉がすぐに羽ばたいて主を導く。林を抜けて町の方に入る。
「まだなの?!」
「向カッテル!アレダ!」
まだ着かずに焦りと胸騒ぎが大きくなっている所に、もう一匹の鴉が周るように飛んでいた。
「あの鴉……カナエの!」
カナエの鎹鴉が緣と紅葉を導いてくれる。建物の間に入り、緣もその中に入る。これだけ走っているにも関わらず、背筋が、全身に悪寒が走る。悪い予感がする。当たってほしくない。
(カナエ……!カナエ……!お願い……カナエ……!)
必死に駆ける。いつもより早く。悪い予感が現実になってほしくない。
「コッチ!」
最後の曲がり角。そこにカナエがいる。角を曲がった。
「カナエ!カナ……っ!」
その光景を見た時、緣の赤い眼がふるえた。
蝶の髪飾りと、羽織りの女性。折れた桃色の刀身。そしてその女性の周りには、おびただしい量の血溜まり。カナエが倒れていた。
「カナ……エ……」
足元に倒れるカナエの先に立っている白髪の鬼。頭頂部はまるで血を被ったかのように赤い。両手に黄金の扇子。赤い服に身を包む鬼。虹色の両眼に『弐』『上弦』の文字が刻まれている。
「あれぇ?もう一人来たんだぁ。しかも女の子じゃないか!いやぁ今日は良い夜だなぁ」
緣の到着に、上弦ノ弐はニヤニヤして喜んでいた。
「けど残念。もうその娘は助からないみたい。俺を倒そうとしたんだけど、ダメみたいでさぁ」
鬼が紡ぐ言ノ葉はペラペラと出てくる。だが今の緣にそんなものが入ってくるわけがない。緣の胸中に、これ以上ない怒りと憎悪が込み上げている。
「ぁ…………ぁ………………ああああああああああぁぁぁっ!!」
怒りと共に振り下ろした日輪刀は鬼に届かず、避けられた。
「おっと。君、見た目に反して恐いね。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
ここまで強い殺意を向けられた理由が分からない上弦ノ弐が、困った顔になる。だが緣が間髪入れず、円状の斬撃が頸を掠めた。
「今のはとても速かったね。ちょっと意外だったかも」
「よくも……よくもカナエを!!」
これ程の殺意を抱いたのはいつ以来か。だがそんな事はどうでもいい。コイツだけは生かしておけない。救いなど関係ない。今ここで殺す。
「同じ花の呼吸でも、何か違うものがあるね。だけど……」
緣の脇腹を見て目を細める上弦ノ弐。先程の攻撃を避けただけでなく、一瞬の隙間から脇腹を斬った。だが驚異的な回転力のお陰で致命傷には至らなかった。
たが予想より出血が酷く、頬がより色白くなってしまっている。それでも緣が立っていられるのは、鬼への殺意が強るぎるが故のものだろう。
「それだけの力が出せるなんて凄いよ!さぞ美味しいお肉になるだろうね!だけど残念。もう夜明けが近いみたいだ」
闇夜が晴れていく。日はまだ昇っていないが、それも間もなくだ。残念そうに扇子を閉じる。だが逃げるなど緣が許さない。傷を負っても鈍る事のない斬撃を繰り出すが、斬ったのは虚空だけ。そこに上弦ノ弐はいなかった。
「待て!!逃げるなぁ!!」
「俺の名は
童磨と名乗った上弦ノ弐の声だけが聞こえるが、姿はどこにもない。だが姿が見えなくなった所で、緣の殺意は止まらない。
「ふざけるなぁ!!今この場で戦え!!お前だけは……!お前だけは……」
だがそれも限界が来た。視界が歪んで倒れそうになるも、背が壁にもたれかかった。これ以上戦えない。怒りから我に返った緣はすぐにカナエに駆け寄って抱き抱えた。
カナエの状態は童磨の言う通り、もう助からない段階まで来てしまっていた。止血しようにも傷が深く、呼吸も鼓動も弱くなっている。だがそんな事を認めたくなかった。
「しっかりしてカナエ!すぐに救援が来るから!絶対に死なせないから……」
だが自身も傷が深く、一人で歩く事でもやっとの状態で、瀕死の重傷のカナエを抱えて動くなど出来なかった。何でこんな時にこんな傷があるのか。何で一矢報いる事が出来たかったのか。何で間に合わなかったのか。悔しくて涙を浮かべる。
「もういいわ……緣……」
弱々しくも発したカナエの声。もう命の灯火が尽きようとしているというのに、微笑みかけている。だが口からも吐血をしてしまっていた。
「カナエ!もう喋っちゃダメ!これ以上は……」
カナエはゆっくりと首を横に振った。自分の最期が分かっている。せめて、緣に伝えようと力を振り絞る。
「ごめんね……緣……。また神楽……見たかった…………」
「やめてよ……こんな時に……!そんな事言わないでよ!お願いだから……置いていかないでよ……!」
涙が止まらない緣。その雫がカナエの頬に落ちた。
「やっぱり……緣は泣き虫さんね……」
「だって……まだ……カナエの夢は……叶ってないのに……」
「じゃあ……緣が叶えてほしいな……。私の代わりに……」
「カナエ…………私一人じゃ……」
「姉さん!!」
その時、必死の形相のしのぶが駆けつけた。だが緣の様子を見た事で、カナエの状態を理解してしまった事で、しのぶも涙を流した。
「何でこんな事に……姉さん!姉さん!」
「しのぶ……」
間に合ったのが嬉しかったのか、言ノ葉の中に安堵が混ざる。
「しのぶ……聞いて……。鬼殺隊を……やめなさい……」
姉から鬼殺隊を辞めるように言われ、目を見開くしのぶ。だが死に際にそんな事を言われても、しのぶは納得するわけがない。
「あなたは頑張ってる……頑張ってるけど……。多分……」
その先は言えなかった。それでも、しのぶに願いを綴る。
「普通の女の子に戻って……お婆さんになるまで生きて……。それだけで……」
「嫌だ!そんな事出来ない!言ってよ姉さん!どんな奴にやられたの?!お願いだから言ってよ!!」
しのぶが懇願しても、カナエは鬼について話さなかった。もう命の炎は燃え尽きる。息を深く吸い、最後の願いを出す。
「しのぶ……緣……。生き抜いて……きっと……」
弱々しかった声が消え、ゆっくりと瞼を閉じた。その隙間より流れた涙を見た緣は、その意味を理解した。
「カナ……エ……?カナエ………ねぇ………起きてよ………!カナエ………こんなの嫌だよ…………!」
何度呼びかけても、もう返事は返って来ない。名前も呼んでくれない。永遠の眠りについた胡蝶カナエに涙を流し続ける緣の慟哭だけが響くのみだった。
次回予告
花柱・胡蝶カナエが帰らぬ人となった。
唯一無二の親友を喪った姫巫女は、虚構を彷徨うように鬼を倒し続ける。
だが、緣の前に立ち塞がった鬼によって、炎の渦に巻き込まれるのであった。
次回、 憎しみの再来
幼き日の惨劇が蘇る……