花柱・胡蝶カナエの殉職。その報せはすぐに鬼殺隊全体に知れ渡った。葬儀は主に蝶屋敷の住人で執り行われ、参列者の中には鬼殺隊当主である産屋敷耀哉、柱の面々もいた。
葬儀が終わり、カナエの遺骨は墓に安置された。墓前の前でしのぶや緣、蝶屋敷に住んでいた者達は泣いていた。ただ一人、カナヲだけは汗が滲み、ただ呆然としていた。
もうカナエはいない。それが
ずっと部屋で啜り泣く事が多くなり、任務以外で人前に出る事がなくなっていた。その剣技は鈍る事はなかったものの、人も鬼も魅了するような不思議な力は何処にも無かった。
今の緣の剣技は虚無という方が正しい。この先、自分は何の為に戦えばいいのか。どうやって救えばいいのか。答えは出てこないまま蝶屋敷に帰る緣はまた、涙を流す。蝶屋敷に帰っても、緣は部屋に引き篭もり、ずっと泣き続けている。
「ねえ
部屋の戸を叩いて呼び掛ける声。しのぶだと分かっているが、返答はない。それでもしのぶは聞かなくてはならない事がある。
「姉さんを殺した鬼について、教えて頂戴」
カナエを殺した鬼を倒す。その為にも、カナエを殺した鬼について情報を知らなくてはならなかった。カナエが亡くなった後、深手により目覚めるまで聞く事が出来ず、目覚めても緣の精神は大きく落ち込んで、とても聞けるような状態ではなかった。
だがいつまでも立ち止まるわけにはいかず、多少強引にでも聞くつもりで緣の部屋に訪れた。だがそれでも緣からの返事は無かった。いつまでも立ち直れず、泣いてばかりの緣に苛立ったしのぶ。
「いい加減にしてよ!いつまで泣いたって、姉さんは帰って来ないのよ?!」
我慢の限界を迎えて怒鳴ってしまった。そんな事をしても返答など来ないと分かっていたが、ここまで来ると失望してしまう。
「もう良いわ。そうやって泣き続けてなさい」
遂に緣を突き放して自分の事に専念した。だが今の緣としのぶの様子を知るアオイ達も不安を覚え始める。
唯一立ち直らせられるのは、恐らくしのぶしかいない。だがそのしのぶも、カナエが死んでから様子がおかしかった。緣のように立ち直っていないわけではないが、自室に篭っては研究を続けている。カナエの仇を取るために。そして、しのぶは常に笑顔を浮かべるようになっていた。カナエが大好きだと言っていた笑顔を、絶やさない為に。
緣にまた、任務の指令が下った。部屋から出て来た緣は、何も口にしないまま、任務地へと向かった。
「数名ノ隊士〜殉職〜♪負傷者続出〜♪」
「あ、あれが姫巫女だって?」
「生気がまるでないよな?」
「花柱様が死んでから、ああらしい……」
周りがヒソヒソと話をしているが、そんな事を気にしている余裕はない。今の緣はまるで死んでいるようだった。だがそれでも戦わなくてはならない。夢を叶える為にも。
「う、うわああああぁぁ!!」
だが突如、森の奥から悲鳴があがった。緣をはじめとする隊士達も驚いて見た瞬間、奥の木々が炎によって燃え広がる。突然の出来事に狼狽える隊士達の統率に乱れ始めた。
「一旦逃げろ!住民の避難を……」
一人の隊士が指示を出そうとしたその刹那、飛来した炎が伝染するかのように全身を燃やす。悲鳴をあげながら炎を消そうとするも消えず、やがて彼は動かなくなってしまった。
「に、逃げろおぉ!」
「燃やされるぞ!」
一人が焼死したのを皮切りに、恐怖に耐えきれなくなった隊士が逃げ出した。逃げずに戦おうとする者もいるが、同じように全身を生きたまま焼かれていった。
気が付けば残ったのは緣ただ一人。だが足がすくんで動けなかった。
「ぁ…………ぁ…………」
過去の記憶が脳裏に蘇る。あの日、両親が死んだ日も同じ事があった。神社だけでなく、無差別に燃やされた人。逃げ惑う客達。そして、燃えた鳥居に吊るされた、両親の残骸を。
「ヒャァーーッハッハッハッ!」
高笑いと共に姿を表した鬼。炎のようにうねっている赤い髪に、所々焦げている僧侶装束を身に纏い、金色の錫杖を肩に掛けている。だが鋭い牙と爪はいかにも鬼らしいものであり、右眼に『下肆』と刻まれている。
「十二鬼月……!」
「あぁん?」
燃ゆる木々の間にまだ立っている緣を見つけた下弦ノ肆。相手が女であると分かるとニヤリと笑う。
「キィッヒヒヒヒッ!いい顔してるじゃないか女ァ!」
鬼はよくこう言う。女の肉は柔らかくて美味い。故に女性だけを狙う鬼は珍しくない。この下弦ノ肆も、その一例だろう。
そんな事は慣れている。己を奮い立たせた緣は日輪刀を鞘から抜いて構える。
「あなたは……何故鬼になったの?」
「あ?」
「だから……何で鬼になったのか……」
「聞こえてるっての。んなもん覚えてるわけねえだろアマ」
あまりにも下品な返答に、緣の眉がピクリと動くがこれしきの事で動じはしない。相手が誰でも、鬼を救う。それがカナエと交わした約束なのだから。
「あなたは可哀想な人ですね……。鬼にされて、狂うしかなかった。今すぐ解放して差し上げます」
瞬く間に懐に入り、刃は正確に頸を捉えた。だがその先から動く事が出来なかった。刀身を片手で掴まれていた。押し込もうとしても動かせない。
「ヒャハハハハハ!軽い軽いぃ!軽すぎるんだよ!」
緣の鳩尾を強く蹴り、蹴鞠のように飛ばされると地面に転がり落ちた。上手く呼吸が出来ない。
「弱い弱い。前から思ってたけどなぁ……鬼殺隊って弱ぇなぁ!十二鬼月になってからもっと弱く感じるぜぇ……ヘハハハハハ!」
すぐに追撃出来た所を敢えてせずに余裕の態度。完全に緣を舐めている。だが皮肉にもそれが緣を立て直す時間が出来た。すぐに立ち上がってまた日輪刀を構える。
例え相手が十二鬼月でも、その悲しみの連鎖を断ち切る。そして鬼の苦しみから解放する為には、一撃で頸を斬らなくてはならない。地を蹴って走り出す。
「折角だから遊んでやるかぁ。そらぁ避けてみろよぉ!」
左手から生み出した炎の玉を投げつけてくるも、斬撃一つで弾く。だがただの一発で終わらなかった。弾いたはずの炎玉が軌道を変えて、再び緣に向かって来た。
「花の呼吸 肆ノ型 紅花衣」
向かい続ける炎玉を弾きながら接近、そのままの勢いで頸を狙う。だが今度は錫杖によって阻まれる。そして背後から追尾する炎んすぐさま回転斬りで弾いて消滅させ、その回転力を生かして再び斬撃を繰り出す。
パキイィン
(えっ……)
あってはならない事態に呆然とする。鬼殺隊の武器である日輪刀が無情にも折れてしまった。頸を確かに捉えたはず。いつものように力の入れ方も問題なかったはず。それでも折れてしまった。こんな事は初めてだった。
「ヒヒャハハハハハ!お前の刀、見事に折れやがったな!ハハハハハハ!初めて見たぜ刀を折った奴なんざハハハハハハ!」
戸惑う緣をとことん嘲笑う下弦ノ肆。折れた刀身を拾うと、その刃を見せてやる。
「こんな鈍で俺の頸を斬れると思ってんのかぁ?あぁん?ヒャハハハハハ!」
緣の日輪刀は刃溢れしていた。カナエが亡くなっても戦いに身を投じていたのだが、刃がボロボロになっても顧みる事はなかった。それを下弦ノ肆が見抜いていたのかは分からないが、少なくともその刀身は、緣が半ば虚ろだった事を写している証拠だった。
頸を斬れないと分かっていながら、防御などという行動をとったのも、ただ緣を見下し嘲笑う為だけで、しなくてもいい防御という動作をとったのだ。
「無駄だってのに頑張って俺の頸を斬ろうとしてたもんなぁ!まあ今頃気付いても手遅れだけどなぁ!面白かったぜヒャハハハハハ!!」
全て無駄だった。カナエがいなくても鬼を救おうと必死に戦い続けた結果がこれだった。戦う武器が無ければ鬼は倒せない。涙を浮かべて、使い物にならなくなった日輪刀を落としてしまう。
「じゃあ……今度は俺の番だな」
呆然としていた所に、懐まで近づかれていた。後頭部を掴まれて鳩尾に膝蹴りが入った。それで終わるわけがなく頭を地面に強く押し付けた。殴られる度に漏れる緣の呻き声に、愉悦を感じる下弦ノ肆。だがこれで満足しなかった。
束ねている髪を留めている髪飾りを見つけ、不快感を露わにしてそれを強引に取った。
「鬼殺隊のくせにおめかしか?こんなもの着けるなんてよ」
「返して!それは……」
カナエから貰った大切な髪飾り。それをゴミのように炎の中へと捨てられた。下弦ノ肆の拘束を振り払って髪飾りを拾いに走るが、その前に炎に阻まれて近づけない。
「残念だったなぁ!今頃燃えて屑になってるだろうよ!ハハハハハハ!」
「ぁ…………あぁ……………」
大切な髪飾りを失って泣き崩れた緣。カナエとの繋がりをまた一つ失くした緣を絶望のどん底に叩き落とすには十分だった。
下弦ノ肆は嘲笑った。こうやって人が絶望し、泣き叫ぶ姿を見るのがたまらない快感だった。ならば今度は死への恐怖を与えてやろうと、鋭い爪を立てながら緣の細い首をじわじわと締め始めた。
「ぁっ……!ぁぁ…………っ………!」
空気を求めてもそれを入る軌道が無ければ肺や脳に届かない。少しずつ、ゆっくりとその力を強めていく。女はそうやって殺してきた。
「あぁん?」
だがその力はすぐに緩んだ。緣が苦しんだ時の顔を見た時、何か懐かしいような感じがした。
「何かお前見覚えあるな?」
緣の目をじっと見つめた。その赤い瞳を見た時、その記憶がハッキリ蘇った。
「そうだそうだぁ!思い出したぜぇ!あん時のガキかぁ!」
「えっ……?」
下弦ノ肆は緣の事を知っていたようだが、当の本人は何の事か分からない。
「俺がまだ駆け出しだった頃なんだけどなぁ!神社で祭りやってたみたいでうじゃうじゃ人がいたからよぉ……そこに炎をぶっぱなしてやったのよ!案の定、人間はワラワラ逃げ惑ってたぜヒャハハハハハ!!」
緣は絶句した。緣の家である神社は当時、祭りをやっていた。その時に母は神楽を舞っていた。それが終わった直後だった。突然炎が燃え上がったのは。恐怖に陥った人々は我先にと神社から逃げ仰せ始める。その波に呑まれた緣は両親と離れ離れになった。
緣が神社に戻った時も、まだ火の手は上がっていた。だが大きな鳥居を前にして、緣は泣き叫んだ。そこには二つの遺体が縄に括られ吊るされていた。一つは焼け焦げていたが、隣に一糸纏わぬ姿で食い荒らされた遺体の顔が母のものだった。それで黒焦げになっていたのは父の遺体だとすぐに分かった。
「その時、神社に残ってた男と女がいたんだけどよぉ。男は普通に焼き殺してやった。その仇討ちと言わんばかりに掛かってきた女の瞳も赤かったなぁ。丁度お前みたいによぉ!」
緣の母も瞳が赤かった。とても綺麗で慈愛のある目。そんな女性は母をおいて他にない。
「けどまあ弱かったから、俺の好きにやらせてもらったぜぇ。まずは背骨を折ってなぁ、何度も何度も柔肌引き裂いてぇ……最後は心臓を少しずつ深く刺してやったぜヘハハハハハ!!」
愉快げに残酷な殺害方法を明かした。母の遺体は至る所にズタズタにされていた。これでハッキリした。両親を殺した鬼の正体を。
「じゃあ……お父さんとお母さんを殺したのは……」
「俺だよぉ!この
声が出なかった。十年以上の時を経て、両親を殺害した張本人が目の前に現れた。ではあの時自分を見つけたのならば、何故あの場で殺さなかったのか?
「ガキは肉が少ねえからよぉ……デカくなれば、さぞ美味い肉に仕上がるだろうって見逃してやったのさ!実際、お前は極上の肉になった。そんでもってその泣き叫んで歪んだ顔!母親にそっくりだったぜ!ヒャハハハハハ!!」
両親の仇が目の前に現れた。その残虐性は増して、人を痛ぶって至上の喜びを得る事を続けている。
だが真実を知った緣は茫然自失となってしまった。故郷と両親はこの鬼によって奪われ、カナエも鬼によって殺された。日輪刀は折れ戦えない。敵を前にして、戦意も失ってしまった。
「あぁん?おいおい、絶望しすぎて頭がどうにかなっちまったのか?ほら泣けや!」
動かなくなった緣を錫杖で殴った。側頭部を強く打ち、血が出ている。だが下弦ノ肆・灸煙にとってそんな事はどうでも良かった。まだ生きているというのに、声すらあげなくなった緣に苛立ってくる。
「だったら、テメェの母親と同じ死に方を選ばせてやるよぉ!」
何度も殴っても呻き声一つあげない。既に死に体同然の緣に興味を抱かなくなった?もう殺して食ってしまおう。大きく鋭い手を再び緣の細い首に伸ばした。
○○
何で…………?何でこうなってしまうの…………?
私はただ…………カナエの夢を叶えたくて…………ここまで戦ってきたのに…………
カナエはもういない…………
目の前には両親の仇…………それが十二鬼月になって、私の前に現れた……
どれだけ人を喰ったのか分からない…………だけど…………
そんな鬼を…………どうやって救えばいいの?
分からない…………もう分からないよ…………!
もう、戦う理由も…………生きる意味も分からない…………
このまま殺されたら…………両親やカナエの所に行けるかな…………?
もう疲れた………………
本当に…………?
本当にそうか…………?
キャラ情報
灸煙
十二鬼月 下弦ノ肆。粗暴且つ残虐な性格で、人が嬲られて泣き叫ぶ姿を見るのを趣味としている快楽主義者。
炎の血鬼術を操り、高熱の手で相手を焼いたり、炎を投げて相手を焼き殺すなどかなり猟奇的なやり方で人を殺している。
緣の実家である神社の縁日で執り行われる神楽舞が終わった直後に火を放ち、そこにいた客や巫女を次々と殺した。その中に緣の両親もおり、惨殺している。