雅なる隊士達   作:レーラ

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今回は輪廻の出番になります


妖しき風猫 生天目輪廻

 一夜で二件の鬼を退治した伊万里。夜が明けて、日差しが差し込んだ頃に雅屋敷に戻って来た。のんびりと地表を歩いて。

 

 屋根に止まっている雲雀が、まるで伊万里の帰りを待っていたかのように囀る。ガラガラと玄関の戸を開けた。

 

「うぃーっす。戻ったぞー」

 

 玄関の音と共に張りのない気怠げな声が響いた。だがまだ夜が明けたばかりで起きているものなどそういない。と、思われていたが足音と共に、男の姿が見えた。

 

 白髪混じりの黒い髪を後ろに流し、頬に切創と見るからに強面の男。黒い和服の上に灰色の羽織を着ていて、いかにも貫禄がありそうな雰囲気を醸し出している。

 

「お帰りなさい。お嬢」

 

 膝を曲げてゆっくりと深く頭を垂れて低い声を発した。

 

「良いって、顔上げてくれ。っていうかお嬢呼びやめろって言っただろ?」

 

 伊万里に促されて頭を上げる。

 

「申し訳ありません。ですが、俺にとっては……」

「真面目か……!まあいいや。っていうか、もう起きてたんか」

「ええ。お嬢の鴉が教えてくれたので」

「そっか。変わった事はあったか?」

「いえ。今日も変わらずの訓練を生天目嬢と、筆頭が指南役で回していました」

「そっか。ありがと。あたしが戻って来たから、どっちかが任務に行く事になるだろな。まあいいや、風呂入ってくる」

「分かりました、お嬢」

 

 風呂場へと向かっていく伊万里の背を見て一礼する。明らかに年上、それも一回り以上である大の男が娘程の歳であるはずの伊万里に対し、自分が下のように接している。

 

 だが龍馬はその事に不満など微塵も感じていない。寧ろその逆、誇らしげのようにも見える。

 

 

 風呂場に入った伊万里は日輪刀を外し、髪を留めていた簪を外すと、束ねていた髪が解けて背中を隠した。隊服を脱きで籠に放り投げ、下着も脱ぎ、最後に胸に巻いている晒を解いた。

 

 鍛え上げられた肉体には無駄な贅肉のなく、男にも劣らない筋肉が程よく浮かび上がっている。肩や腕、前の胴体には傷跡が幾つも刻まれている。

 

 浴室に入り、身体を清めて檜の浴槽の中に貯水された湯に身を委ねて入る。浴槽の縁に寄りかかってそこに両腕を乗せて天井を見上げた。

 

「ふぅ……」

 

 水滴が落ちる音だけが木霊する空間で一人、身体を暖める。それと同時に、今回の任務の記憶を思い返す。

 

「今日も収穫無かったな……。雑魚鬼ばかりで、ちっとも十二鬼月と出会さねえ……」

 

 いつもの快活で覇気を帯たものではなく、ただ漠然とした軽い声で呟いた。天高く手を伸ばした。

 

「一体……何処にいるんだよ……」

「何か探してるの?」

 

 不意に聞こえた声に振り返った伊万里。そこには手拭いで淡白い裸体を隠している輪廻が立っていた。

 

「珍しく早起きだな……ビックリした」

「むぅ……」

 

 いつも寝坊助みたいな言われ方をされて、少し頭に来たのか無表情で頬を膨らましつつも、同じ浴槽の湯に入った。

 

「さっき任務の連絡が来た」

「えっ?お前、何呑気に風呂入ってるんだよ?!」

「だって朝だもん。鬼は出てこない。それに、調査はもう向かわせてる」

 

 輪廻の言っている意味が分からない伊万里はただ首を傾げる事しか出来ない。輪廻の顔から焦っている様子は見られない。だが自信の現れなのかも分からない。表情を変えない輪廻からはどちらなのか、判断出来ない。

 

「意味分かんねえ……。もう、あたし出るわ」

 

 そう言うと立ち上がって浴槽を跨いで出ていく。その背中を見ながら輪廻が尋ねる。

 

「ねえ伊万里」

「ん?」

「その背中、どんな意味があるの?」

「ん?こいつにかい?」

 

 伊万里の身体には至る所に傷跡があるのだが、背中だけは別のものが刻まれていた。

 

 伊万里の艶かしい背中に三本足の八咫烏の刺青が大きく描かれている。

 

 正面を向いた一匹の八咫烏が大きく広げた翼の羽根は幾つも周りを舞い、その鋭い眼光で睨み、怒りにも似た雄叫びを堂々と挙げているようにも見える。

 

「そうだな。一言で表すなら……ケジメと覚悟、ってところだな」

 

 そう得意げに述べて浴場から出て行った。一人になった輪廻は面格子越しに空を眺めている。

 

「意味分かんない……」

 

 輪廻もまた、伊万里が言っていた事が理解出来なかった。

 

 

○○

 

 

 生天目 輪廻。またの名を風の白猫と言われているとかいないとか。

 

 雅の中で最も変わり者と評されており、その言動と行動は誰も予想がつかない。あの鬼巫女の緣ですら、その全てを制御する事は難しいとされている。

 

 いつもは感情を表に出さず、呆けているかと思いきや寄ってきた蝿を一瞬で叩いたり、野良猫と遊んだりとまるで緊張感がない。

 

 暇な時は常に寝ているか食べるか。

 

 だが任務になると、鬼を荒々しく葬る。その人の変わりようと、他の隊士に対して全く眼中に無い立ち振る舞い、そして傷を抉るような言動から一般隊士からも不気味がられ避けられている。

 

 もっとも、当の本人はそれを気にするような素振りも態度も一切ないが。

 

 そんな白猫はというと、今任務の為に街に出ている。

 

 なんでも、街の住人が立て続けに行方不明になり、鬼殺隊士も向かったのだが、その隊士達も姿を消したという。

 

 そこで雅を一人向かわせる事になったのだが……

 

「すぅ……すぅ……」

 

 なんと調査もせず陽の光に晒されている屋根の上でスヤスヤと丸まって寝ている。まるで猫のように。

 

 だがそんな事をしていては下の者に示しがつかない。彼女の鎹鴉である《旋毛》が傍に降り立つ。

 

「オハヨウ」

 

 たった一言告げた。その瞬間、輪廻の瞼が徐に開く。ムクリと起き上がっては欠伸をかく。

 

 屋根の下を見渡すと、何かを探している鬼殺隊員が一人いる。それを見つけて近くに飛び降りた。

 

 着地すると隊服のスカートに付着した砂埃を払う。隊士がこちらを見つけて駆け寄る。

 

「あっ。生天目様!」

「何か分かった?」

「いえ……怪しい所なんて特には……」

「あるよ」

 

 断じた輪廻は体を屈んで地面をじっと見つめはじめる。突然の奇行に隊士は戸惑っているが、そんな彼の事など気にする事なく上体を起こした。

 

「こっち」

 

 そう言うと隊士を置き去りにして、トコトコと走って行った。特に急ぐ様子はなく、そのまま街を出て田んぼ道をトコトコと走る。

 

「ま、待って生天目様!ど、どこまで走るんですか……?!」

 

 のつもりなのだが、実際は隊士を置き去りにしかけてしまう程、長く走っている。

 

 街から田んぼ道までかなりの距離を走っている。曲がりなりにも立派な鬼殺隊員であるはずの男であるのだが、自由奔放な輪廻に振り回されている。

 

 気がつくと日が暮れているのだが、この様子はまだ続いている。

 

 だが今度は突然、輪廻が立ち止まった。ようやく追いついたのだが、既に息は絶え絶え。対して輪廻は息一つ切らしていない。

 

「あ、あの……今度は……」

「静かに」

 

 人差し指を唇の前に立てる。静かにしろという表現だ。

 

「おいで、薫」

 

 すると輪廻が道端に向かって呼びかける。次第にトコトコと三毛猫がこちらに向かって歩いて、主の足元に擦り寄る。

 

「ね、猫?」

「薫、この辺なの?」

 

 薫と呼ばれた三毛猫に指示する。それに応えるように、ニヤァと鳴いて周囲を探索する。

 

「あの、あれは一体?」

「薫。私の友達」

「友達って……鬼殺隊に至急されるのって鴉のはずじゃ……」

「旋毛は伝達担当。周囲索敵は薫が得意」

 

 そう言っている間に、薫があるものをじっと見つめている。それは道端に安置されている小さな地蔵。

 

「あの、本当に役立ってるんですかね?」

 

 隊士も屈んで小さな地蔵を見つめる。

 

「あの、やっぱり時間の……」

 

 だがそれをいい終える前に、輪廻に蹴っ飛ばされ田んぼに落ちた。

 

「痛た……えっ?」

 

 隊士がいた地面には巨大な岩の手刀が振り下ろされていた。何でそうなっていたのか分からないが、こんな事が出来るのは鬼しかいない。

 

 だその鬼がどこにいるのか分からない。立て続けに振り下ろされる手刀は、輪廻にも向けられる。

 

風の呼吸 参ノ型

 

 すかさず回転しながら抜刀。深緑の刃から放った風の斬撃が自身を中心に、竜巻の如く放たれる。

 

晴嵐風樹

 

 暴風によって押し返された巨岩の掌だったが、今度は握り拳を作って突貫。再び晴嵐風樹にて拳の軌道を逸らして直撃は免れる。

 

「しつこい……!」

 

 一方的な攻撃がこうも続くと鬱陶しい。顔には出さないが、言葉に苛立ちが滲み出ている。だが薫が地蔵を見て毛を逆立たせて威嚇している。

 

 まさかと、次の攻撃が来る前に構えに入る。

 

風の呼吸 壱ノ型

 

 竜巻のような風が地面を抉りながら突貫。日輪刀を振り下ろす。

 

塵旋風・削ぎ

 

 刃が届く寸前、地蔵が独りでに動き出してそれを避けた。同時に地蔵の岩が鎧のように砕けると、隆々とした筋肉が露わになる。

 

 手を合わせていた手も座していた脚も大きくなり、慈悲深かった顔もどす黒い血管が浮かぶ醜悪な顔に変貌した。

 

「バレたか!せっかくこんなちっこい岩の塊に化けてたってんのに!」

「地蔵に化けて、通った人を食べてたんだ……」

「まさか神の塒に、鬼がいるなんて思わねえだろ?鬼殺隊の奴も呑気に通って、俺に気が付かなかったんだからなぁ!」

「……セコい」

「お前女か。女の肉は柔らかいが量が少ねぇからな。まあいい、腹の足しにくらいにはなるか」

 

 主に牙むく鬼に薫がニャァァ!と鳴くが、輪廻が制止してやると大人しくなり、何処かへと走って行った。

 

「バレたのはあの猫の所為かぁ……。まあいい。お前をぶっ殺した後で、あの猫も八つ裂きにしてやる」

 

 自身の正体を見破った直接的な原因を作った薫への殺意が凄まじいが、その宣言を耳にした輪廻の目が鋭くなる。

 

「猫を殺すなんて……許さない」

 

 怒り。感情の起伏が乏しい輪廻でも、それは確かに存在する。

 

「だったら手始めにテメェだぁ!」

 

 蝿を叩こうとするように、巨大な掌を振り下ろした。手刀とは違い、範囲が広く避けるのは難しい。が、指の隙間を縫うように飛んで避けた。

 

 地面を叩いた岩の手を見ると、先程まで輪廻がいた場所は陥没した。

 

 片手で終わるわけがなく、今度は左手を振り下ろされる。だが輪廻はそれを避けようとせず、姿勢を低くして構える。

 

風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐

 

 刀を振り上げたと同時に砂塵が斬撃の如く襲い掛かり、岩を切り刻んだ。

 

 まさか正面から迎え撃つとは思わず、狼狽する岩鬼。

 

「コイツ……!こんなヒョロいくせに……まさか柱か?!」

「ざんねーん。不正解」

「はあぁ?!柱じゃなかったら何なんだよ?!」

「じゃあ当ててみなよ。猫を虐めて威張るような単細胞の頭で」

 

 輪廻が放った煽り文句。岩鬼の額の血管が浮かび上がり、わなわなと震える。それも明らかに体格が下回る女相手に、無表情で、まるで雑魚を見るような冷たい目で。それが岩鬼の神経をより逆撫でしている。

 

「このクソ女がぁぁ!」

 

 憤る岩鬼の巨大な拳が四つ形成された。それが浮遊する。

 

血鬼術 岩拳破潰(がんきょはかい)

 

 輪廻を潰そうと巨大岩の拳が振り下ろされる。届く前に輪廻はすぐさま離脱して避ける。そうして拳が地面に届くと、先程輪廻がいた地点を中心に田んぼが陥没する。

 

 もしこれを直撃すれば肉塊になるのは明白。そんな拳が連続で振り下ろされる。だが振り下ろすだけで避けるのは容易い。

 

 軽々と避ける輪廻だが、岩鬼は笑っていた。これこそ岩鬼の思惑通りだ。

 

(あの雌がいくら強くとも、体力には必ず限りがある……!そうやって逃げ続けて、へばった所を一気に叩く!これで終わりだぁ!)

 

 怒涛の連続攻撃が輪廻を襲う……

 

 

 

 

 はずだった。

 

風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐

 

 掬い上げるように振り上げ、風を纏った斬撃が、襲い掛かる岩の手の包囲網を切り裂き、瓦解させた。さらに風の余波で吹き飛ばされた岩が、鬼の顔面に直撃し、鼻の骨を折った。

 

「ば、馬鹿な?!お、俺の血鬼術が……最強の血鬼術が……」

「私が疲れるのを待って、トドメの一撃を決める。分かりやすいから乗ってあげたのに……。岩も硬いように見えて、実は隙間から攻撃すれば結構簡単に崩せるし……何より単細胞」

 

 抑揚のない口調と無感情の目。その全てを向けられた岩鬼の全てを見透かしていた。

 

 先程岩鬼が繰り出す攻撃は、手刀や叩き、拳と一件多種に見えて全部相手を潰す事しか考えていない単調の攻撃。それも全部不意討ちというもの。

 

 それしかやってこないが故に、見切るのは容易かった。岩鬼の元々の性格もあるのだろうが、輪廻が揺さぶりを掛けた事でそれが顕著に表れてしまい、弱点まで掴まれてしまった。

 

「ざあぁっけんなあぁぁ!!この……」

 

 再び拳を振り下ろそうとしたが、瞬き一つの間に既に輪廻の虚ろの眼が眼前に迫り、再び瞬きした時にはそこにいなかった。それどころか、視界には月が浮かぶ夜空を映していた。

 

「……は?」

 

 何故空を見ているのか?頸周りが猛烈に痛い。輪廻が後ろにいる事を認識したが、何故上下反転している。そして何故か、自分の足が目の前に映っていた。

 

 それがドサリと崩れて倒れた時、自分の置かれた状況にようやく気が付いた。

 

(ま、まさか……!!この女に斬られた?!頸を斬られた?!)

「流石に頸が落ちた事には気が付いたんだ。だけど反応遅いし、何で落ちたのか……気付いてないみたいだけど」

 

 あの時、輪廻が岩鬼とのすれ違いざまに斬撃を放ったのだ。これぞ風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り

 

 だがその真相の種明かしをする気はない。転げ落ちた頸で横目に見る輪廻の姿。表情一つ変えないその目を見ると、余計に負けを認めたくなかった。

 

「こ、この俺様が……十二鬼月になる俺様が、こんな売女になんかに負けるかよおおぉぉ!!」

 

 斬られた断面から少しずつ塵になって消えていく運命であるというのに、まだ負け惜しみを吠えている。流石に耳障りになり、頸を蹴鞠のように蹴っ飛ばして田んぼの中へと落とした。

 

 それでも喚き散らしているが、水面に沈んではその声は地表に届く事はない。ぶくぶくと噴いている泡も、頸と共に消えていった。

 

「行くよ。薫」

「ニャアァ」

 

 主の呼び声に反応して、薫が茂みから出てきた。輪廻に擦り寄り、抱えられる。

 

 薫を拾って、もうここに用はないと踏んで去ろうとした。

 

「あ、あの!」

「……。あっ、まだいたんだ」

 

 一般隊士と一緒に戦い、守る為に蹴っ飛ばした事を忘れていたが、そもそも蹴っ飛ばした事すら覚えていない。そもそも離脱したものだと認識していた。

 

「い、いや……いたんですけど……」

「そっか。お疲れ様」

 

 そうやって二つ返事で労うと、そのまま薫と共に離れた。

 

「結局……何だったんだあの人……」

 

 最後の最後まで、輪廻に振り回された一般隊士。任務完了したとはいえ、何だか達成感を感じないまま放置された。

 




プロフィール

生天目輪廻(18)
階級:甲
誕生日:9月6日
身長:158cm
体重:55kg
趣味:魚釣り、猫の世話
好物:魚全般
流派:風の呼吸

白髪の短いおかっぱ(ショートボブに近い)。頭頂部に猫耳を思わせる二箇所の癖っ毛が目立つ。

隊服は隊服の上に白い無地の羽織を着ている。下はカナヲのようなキュロットパンツになっている。

表情変化が乏しいが、実際は感情は豊かであるものの顔に出にくい事から誤解を受けやすい。
自身の欲求に忠実であり、特に食欲と睡眠欲は群を抜いており、探究心旺盛。但し興味が無い事や相手には眼中にすらなく、そのまま通り過ぎて自身の欲求を優先してしまう悪癖がある。

日輪刀の鍔は猫を模している。日輪刀の色は深緑。
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