煉獄家。古くより鬼殺隊の当主たる産屋敷家に使え、炎の呼吸を継承、代々炎柱を排出している名門。柱に名を連ねるだけあり、どの代においても名門の名に恥じない実力者揃い。雅にも煉獄の者を排出している。
彼の名は煉獄 御憑。刺々しい黒髪に、後ろに髪を纏めて結っている爽やかな好青年。
齢十六という雅の中では最年少であるが、体格は緣に勝るとも劣らないものであり、袖や裾からも僅かに鍛え上げた筋肉が垣間見える。
現在、御憑は雅の屋敷の屋内にある道場で、下の隊士達に稽古をつけている。
煉獄らしく、木刀による打ち込み稽古が主となる。だが煉獄の流派である炎の呼吸は強力な一撃を得意とする。そのような相手に一般隊士が鍔迫り合いに持ち込まれれば勝負にならず、御憑に力負けして倒されてしまう。
「まだ足りない!それでは好機と言えど、鬼の頸を斬れない!」
この日は六人が稽古を受けていたが、誰一人として御憑に一撃を入れられずにいる。
「やはり全員基礎体力が無い。まずは持久力!全員屋敷の周りを三十周だ!」
隊士揃って顔を青くして絶句するが、御憑の言う通りこれではまともな稽古にすらならない。
「龍馬さん。監督お願いします」
「え?煉獄さんが見てくれるんじゃないんですか?」
「まともに基礎も出来ねえ奴が、不満を垂れ流すのか?」
道場に入って来た屈強な男を目の当たりにし、隊士達は戦慄する。髪を後ろに逆立たせた白髪少し混じった黒髪、頬に切り傷の痕や、御憑よりも一回り巨体で筋肉隆々の体格も相まって、怖がられてしまう。
「い、いえ……お、お願いします……」
龍馬を目の当たりにした隊士達は素直に言う事を聞き、外周の走り込みを行う。
一人道場に残った御憑は、その間に淡々と自身の修練をにかかる。
木刀の打ち込み、筋力強化の反復練習、持久力の為の走り込み、全ての鍛練を欠かさずに取り組んでいる。
いくら自身が強いと言えど、己を律してその先の領域に臨む。彼の信念である。
「うぃーっす。帰ったぞー」
軽い声と共に戸を開けた伊万里が帰って来た。手拭いで汗を拭いて出迎える。
「あぁ。伊万里さんでしたか」
「正解。声だけでよく分かるな」
「そんな気怠げな声をするのはあなただけです」
「じゃあ私は?」
伊万里の後ろからひょっこりと顔を出す輪廻に、呆れる御憑。
「輪廻さん……相変わらずというか。それで、任務はどうしでした?」
「どうもこうもない。いつも通りって感じだね」
「私も。鬼を倒して来た」
いつもと変わらない報告に頷きつつも、もう少し詳細が欲しかったと内心思うも、普段いい加減な伊万里と自由奔放な輪廻では期待出来ない。
「おっ!お帰りなさいお嬢っ!」
そこに虎次郎までもが道場に入り、屈んでお辞儀するが伊万里の拳骨を貰うハメになった。
「それやめろって言ってるよな?」
「痛たた!ちょ、お嬢それホンマ痛いんですけど?!」
「まあまあ伊万里さん。もうその辺で。虎次郎さんのお陰で助かってるんですから」
御憑にそう宥められると、手が出しにくくなる。
龍馬と虎次郎は鬼殺隊を支援する立場ではあり、厳密に言えば鬼殺隊員ではない。元々伊万里が連れてきた三人の男の一人であり、伊万里の役に立ちたいとついてきてくれた経緯があり、屋敷の管理と稽古の補助を頼んでいる。
もう一人は剛亀という龍馬よりも図体が大きい男がいるが、現在は外出中のようだ。
「ただ、二人が戻って来たという事は……」
「御憑!任務!任務!」
「次は僕の番か」
御憑の鎹鴉『
「では行ってきます」
「おう。ちゃんと帰って来いよー」
適当な言葉であるが、伊万里なりに彼の武運を祈る。
「さて、下のヤツらはまだ走り込みしてるみたいだけど……」
「チンタラ走るな!一周でへばるんじゃねえ!」
外壁越しだというのに龍馬の叱責が聞こえて来た。これはまだ当分終わりそうにない。
「アイツもアイツでキツい鍛練させるよな……」
緣程ではないが、御憑の稽古も結構厳しいという評判がある。改めてそれを実感する伊万里だった。
そして当分出番がないのをいい事に、道場の端で雑魚寝する輪廻であった。
○○
日が沈み、月夜の時が巡り、鬼が蠢く世界へと変わる。
珠に下された指令によると、村一帯で、鬼の出没があったとの事。だがそこは数年前に、疫病により村人が死に絶え、それからもそこは不気味がって誰も近寄らなくなったという。
廃屋となった殆どの建物の木材は朽ちており、屋根が崩れて原型を留めていないものもあれば、草木が生い茂り、苔が蔓延っているものもある。
その草木に足を踏み入れ、恐れる事なく進んで村中を索敵する。一歩一歩進む度に刀の柄に着いている鈴が鳴り響く。
すると、急に向きを変えて進み、廃屋の前に立つ。そこはどの建物よりも立派な屋敷だった形跡がある。だが外壁の一部は崩れており、建物の一部も倒壊していて、煌びやかさなんてものは微塵も感じない。
崩壊している壁から侵入し、正面玄関から侵入しようとした時、僅かだが大地が揺れる程の地響きを察知して構える。
その途端、玄関のを蹴破る足が出てくる。破られた戸は御憑に向かうも、素早く抜刀し、灰赤の刀身から繰り出した斬撃で細切れにして回避する。
「随分と荒っぽい歓迎だな……!」
「俺の縄張りに踏み込むとは珍しい。貴様、鬼殺隊か」
暗闇の中から野太い声。少しずつその主と思われる赤い眼が光る。やがて月の光に照らされ、その姿を見せた。
漆で塗られた巨大な鎧に覆われており、肩に数珠を引っ提げている。風貌も一つ目で牙を生やしており、到底人とは思えぬものだ。兜に生えている角も鬼のものに変わっている。
「それで武者気取りか?今は戦国乱世ではないと言うのに」
「時代が違えど、我の心意気は武士よ。だが喰うだけでは勿体ない。故に、我と一騎討ちで勝敗を決め、我の頸を取れず敗れた者、戦う意思の無き弱者には死を。そして、その肉を我が喰らう」
「鬼に成り果てた貴様が、武士を名乗るなど……不愉快極まりない」
ふんっ、と鎧武者鬼が鼻で笑う。鬼にしては理性的に話しているが、根は鬼そのもの。噂を聞きつけやって来た人間を一騎討ちと称して殺し、その肉を喰らう。その被害者の中には鬼殺隊の人員もいる。到底許す事は出来ない。
その真剣勝負を始めようとして、背中に携えた巨大な刀身を誇る薙刀を出し、それを振り回して構える。
「我に敗れし時、それは貴様の死!そしてその血肉を喰らう!」
「己の武に余程自信があるようだが、貴様のような小物に喰われてやれる程、僕は甘くはない!」
駆け出して懐に入ろうとする。武者鬼の薙刀が勢い良く振り回され、思うように近づけずに一旦距離を取る。
だが武者鬼の薙刀が、今度は御憑を斬らんと振り下ろされる。避けて頸に迫ろうとしても今度は刀に阻まれ、そこに薙刀が迫って来る。面で制圧する防御と破壊力を組み合わせた武力を前に押されてしまう。
「これぞ何者をも寄せ付けぬ武!人間が我を破る事は不可能!潔く降伏し、我の糧と……」
「
地に刀身の切っ先が触れた途端、一瞬で間合いに入る。振り上げた斬撃は熱を帯びて揺らめくように繰り出され、篭手ごとその左腕を斬り落とす。
「
「なっ……?!」
目の前の事態に狼狽する武者鬼であるが、すぐさま冷静に薙刀で応戦。軽々と避けては捌いていなす。さらに強く踏み込んで、切っ先が地に接触すふと当時に、体幹を回旋させて、一気に回転して振るう。
「陰の呼吸 弍ノ型
弧を描いた斬撃は、間合いの外だったはずの武者鬼の右手を斬った。
「馬鹿な……確かに今、間合いの外だったはず……!」
「その頸……貰い受ける!」
斬り落とした腕を再生される前に決着つけようと強く踏み込んで振るった日輪刀が、武者鬼の頸を的確に狙った。
(取った!)
そう確信して刃が届く寸前だった所で、思いもしない事態を察知した。素早く身を翻すと眼前に何かが通り過ぎた。
御憑にとっては絶好の好機を逃し、武者鬼にとっては窮地から脱したこの今、切断された腕が新たに生え、落とした薙刀と刀を拾い上げる。
暗闇でハッキリと認識出来なかったが、通り過ぎた時の風圧と、刺さった音。それが矢であるとすくに分かった。
しかもその放たれた方から新たな気配が、鈴の音を介して把握出来た。新種か分からないが、足音が鎧具足のそれと同じだ。
「これぞ我が血鬼術 兵科召喚。その一つである 弓兵」
「一騎討ちを所望しながら横槍から狙い撃つとは……武士が聞いて呆れる!」
「たわけ。戦場に卑怯もあるか」
態々血鬼術の種明かしをしている割に、やっている事が武士らしくないそのやり方に、御憑は憤りを露わにする。
だが背後から馬の蹄が地を駆ける音が聞こえ、振り返る。下半身が馬となった鎧武者が槍を突く。日輪刀で捌いて避けるが、そこを狙うように矢も放たれる。
辛うじて刀身で矢を斬ると、今度は武者鬼の薙刀の標的にされる。あの巨体から振り下ろされる薙刀を正面から防ごうとせず、跳躍して避ける。騎馬の槍と弓矢の狙撃、薙刀の猛威を的確な合わせ技を繰り出され、防戦一方に追い込まれる。
三対一と数的不利になるのだが、それで絶望するようでは、雅は務まらない。
「貴様も鬼ならば、元の人間だった頃の名残があるのだろう。だが武士を名乗り、一騎討ちを挑んでおきながら、外道を重ね卑怯な手……。最早払う敬意すら無い!」
そう吐き捨てながら日輪刀を構えて間もなく、駆け出す。騎馬型の武者鬼が槍を振り回して突撃を仕掛け、標的である御憑に定めて槍を突いた。
頬に傷がつきながらも駆ける足は止まらない。
「陰の呼吸 壱ノ型 陽炎!」
水平に払うように振るった斬撃は、騎馬型武者鬼の四本の脚をまとめて切り落とした。機動力の要である脚を失った上半身は地に伏した。
飛んでくる矢も日輪刀で叩き折る。一本ずつしか放てない矢など脅威にはならない。御憑は構わず武者鬼に突っ込む。
「おのれ!」
薙刀を振るうも、たったそれだけの攻撃で御憑を止められるわけがなく、軽々と避ける。
元々この武者鬼だけではその強さは十二鬼月に匹敵しない。だが血鬼術によって兵科を呼び出して、まるで将棋の如く配置する事で、相手を追い込むという仕組みだった。
だが騎馬型は脚を失い、再生に手こずっている。弓兵も一度に放てるのは一本のみで、狙って来るのが分かっていれば頭数にも入らない。
残るはこの本体のみ。
「その頸貰い受ける!陰の呼吸 肆ノ型」
再び懐に入った御憑。だが鬼は自身よりも一回り大きく、地に足をつけていては頸には届かない。だが御憑は構えを解かない。それどころか連続で斬撃を振り上げるように繰り出し、右腕、左腕を斬り落とし、さらに胴体を駆け上がるように連続で断ち斬った。
「
やがて弧を描いた斬撃の一閃を正確に頸を水平に描き、武者鬼の頸は胴と離れて落ちた。
(ば……馬鹿な……何故また間合いの外から……っ?!)
頸を斬られた理由が分からなかった武者鬼だったが、御憑の日輪刀を持つ手を見て驚愕した。
柄を掴んでいる手の位置が、鍔から少し離れていた。
(そうか……刀を振る瞬間に、持ち手を変えたのか!だが失敗すれば、刀の重さで離してしまうというのに……!いや……待て!確かそのような技を使う剣客が……!)
かつて御憑と同じような剣技を使う剣豪が古い時代に存在した。その技の名前は……
「八寸の延金……」
「そうだ」
その答えに、御憑は頷いた。やがて武者鬼の頸は少しずつ塵となり、やがて完全に消える。滅びの運命だというのに、満足したかのように穏やかな目になっている。
「最後に一つ……。お主の名を聞きたい」
「煉獄御憑だ」
「煉獄御憑……お主の御業、見事なり」
そう称え、武者鬼は完全に消滅した。既に身体の方も消えており、呼び出した兵科も主と同様の末路を迎えた。
「僕は鬼殺隊。鬼の貴様を許すわけにはいかない。だが、死にたくないという思いは、武士にだってあるものだ。認めよう……」
既に消えた亡骸は風と共に散った。聞こえていないと思っていても対峙し、全力で戦った相手には敬意を評する。
「だが一つ、大きな誤解をしている。陰の呼吸は……炎の呼吸から派生した、裏の面だ」
力強く踏み込んで強力な一撃を与える面では炎の呼吸と同じ。だがそれでも大炎のように燃え盛る一撃とは程遠い。
「故に父は、最後まで僕の事をこう呼んだよ」
お前は、炎になりきれない出来損ないだ……と。
プロフィール
煉獄深憑(16)
階級:甲
誕生日:2月24日
身長:160cm
体重:57kg
趣味:兎の世話
好物:鯖の味噌煮
流派:陰の呼吸
漆黒の長髪に、後頭部に纏めて結っている。
一般の隊服の腰部分に深紅色のマントを愛用しており、これは大切な人からの贈り物である為。
まだ幼さが残る中性的な出で立ちであるが冷静で紳士的な態度を取る。一方で熱い情熱を秘めており、曲がった事が大嫌いな熱血漢な一面も。
陰の呼吸は御憑が編み出した独自の呼吸。
炎の呼吸から派生されており、威力は劣るものの斬撃を繰り出す際に変則的に伸長する範囲攻撃を駆使し、間合いの外からの攻撃を可能にしている。
日輪刀の色は灰赤色。