陵南高校で全国を目指す   作:第ゼロ感

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1年生編
1話


 

 相模亮は友達との交流も控えめに、いつも一人静かに本を読んでいるような少年だった。

 運動神経は普通で、特にスポーツに熱中した経験はない。

 そんな亮がバスケットボールという競技に出会ったのは、1984年のロサンゼルスオリンピックのテレビ放送でバスケットボールの録画放送が流れていたのを、父親と一緒に見た時だった。

 当時の規定でNBAの選手こそ出ていなかったが、将来のNBAスターとなる大学生達を中心としたアメリカ選手達のプレイに目を奪われた。実際に亮自身がバスケットボールを始めたのはもう少し後の事であるが、そのきっかけと聞かれれば間違いなくこの時点だと答えるだろう。

 亮の両親はそんな息子の姿を見て、試しに地元体育館で行われる小学生向けのバスケ教室に亮を連れていった。体育館には錆びたゴールと古びた木の床があり、他にも参加した地元の子ども達がいた。コーチは地元のボランティアで、元高校バスケ選手の20代の青年。

 あまり人付き合いが得意な方ではなかった亮は、始めはその輪にあまり馴染む事ができないでいたが、そんな亮を見かねたコーチが亮にボールを渡しながら告げた。

 

 「相模、シュート打ってみないか?」

 

 言われるがままにボールを受け取った亮の脳裏にふと過ぎるは前に見たオリンピックの映像。

 左手はボールに添えるだけ。流れるような美しいフォームから放たれるジャンプシュートは綺麗な弧を描き、ゴールのネットを揺らしていた。

 あんなシュートを自分も打つ事ができたら──そんな事を思いながら、亮は脳裏に思い描く理想のシュートを正確にトレースしていく。

 

 パスッ。

 

 美しい弧を描いたそのシュートは、リングに触れる事なく綺麗にネットを揺らした。

 それは子供用のゴールで、たかだか3メートル程の距離から放たれたシュートだった。

 しかしそれはバスケットボールに今日初めて触れた子どもが放ったとは思えないほど綺麗なシュートだった。

 

 「お……おお……ナイッシュ!」

 

 コーチの言葉に我に返る。シュートを放った自分の右手を見る。

 今のシュートを本当に自分が打ったのかと。

 

 「初心者とは思えない凄い綺麗なフォームだったぞ!ほら、もう一度打ってみろ!」

 

 言われるがままパスを受け取った亮は再び同じようにシュートを放つ。シュートは同じように綺麗な弧を描いて音も立てずネットを通過する。

 気がつけば亮はひたすらシュートを打ち続けていた。

 亮は生まれて初めて自分の気持ちが昂っていく事を感じていた。自分のシュートがネットを揺らすその感覚。

 亮はどうしようもなくその感覚に虜になっていた。

 コーチはそんな亮を止める事はなかった。今まで周りの輪に馴染めず、どこか無愛想な少年が初めて見せた明確な感情。楽しそうにシュートを放つ年相応の表情を見てしまえば止める理由などなかったからだ。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 気がつけば汗も滴るように流れ、腕も上がらなくなった頃、コーチは改めて亮に声をかけた。

 

 「相模、バスケって楽しいだろ」

 

 コーチからの言葉に亮は頷いた。「ま、バスケはシュートだけじゃないけどな」と付け加えたコーチであったが、その時から亮はバスケットボールの魅力に取り憑かれていった。

 本格的にコーチのいるミニバスケットボールチームに入り、練習に参加するようになった。亮はそのシュートセンスの良さからすぐにチーム内でも頭角を表すようになった。

 ミニバスのルールには3ポイントは無かったが、遠くの距離から次々とゴールを射抜き、シューターとしての頭角を表していく事となる。

 

 ボールがリングにシュッ、と通過する心地いい音とネットを揺らす感覚がたまらなく最高だった。

 

 しかし、そんな亮の選手としての運命を変える事が起きる事となった。

 小学校高学年特有の身体の成長期。バスケを始めた当時、小学3年生だった亮の身長は平均的な140センチ程であったが、そこから急激な身長の伸びを見せ、小学6年生の頃には身長170センチ。中学2年生になる頃には185センチにまでなっていたのだ。

 あまりに急激な身長の伸びは亮に数々の悩みを抱かせる事となった。成長痛や身体の感覚のズレにより、シュート感覚も乱れ、スランプに陥る事もあった。

 そして何よりの問題が、ポジション問題。

 バスケを始めた当初、亮のポジションはSG(シューティングガード)。主にアウトサイドからの得点を主とし、チームの得点源となるポジションだった。

 シューターとしての才能があった亮にはまさにうってつけのポジションで、亮は自身に与えられたその役割に非常に満足していた。

 しかし亮の身長が伸びた事で、そんな亮の役割にも変化が必要となった。

 当時1980〜90年代の日本では現代日本と比べてもまだまだ技術も戦術も未熟なものだった。

 代表的な例を挙げればそう、すばしっこい小柄な選手はPG(ポイントガード)、身長のデカい選手はC(センター)といったように技術やプレイスタイルでは無く選手の持つ体格のみでポジションを割り振られる事も少なくない。

 特に日本人は欧米諸国と比べて、平均的な身長はそこまで大きくなかった。そのような中で、身長の高い日本人となればセンターを任せられるというのは必然的な流れだった。

 身長が急激に伸びた亮もまた、同チームの平均身長が低かった事もあり、半ば強制的にセンターを任せられるようになってしまった。

 現代バスケでこそアウトサイドシュートを放つセンターというのも珍しいものではなくなっていたが、当時の日本バスケでは、センターはゴール下で身体を張るポジションという固定観念があった。

 亮の戦場もまたアウトサイドからゴール下に代わった。アウトサイドからシュートを放つ機会もほとんど無くなってしまっていた。

 

 亮の試練は続いた。

 身長こそ高い亮であったが、体重は身長に見合うものでは無かったのだ。要は痩せ細ったのっぽ──亮の体格を簡単に表すとこうだった。

 大会一回戦、二回戦くらいのレベルであればそんな亮でも身長の高さで圧倒することができたが、試合を勝ち進むにつれ、相手校にも高身長の重量級のセンターが現れるようになると亮は苦戦する事になった。

 ポストプレイをしようにもまず押し込めない。押し込めないならば一度引いてみようとすると、監督からは「逃げるな!」と怒鳴られた。

 亮の進学した中学校は地元でもそれなりの強さの学校であったが、その監督は昔ながらの根性論を押し付けてくるような監督で、そこに技術や戦術的なものはなかった。

 それでも生真面目な性格の亮はそんな監督の指示に従った。監督の言うことは絶対で、間違っているとすら疑わない。当時は現代ほどネットやSNSも普及しておらず、外部からの情報を集める手段が極めて限られていたというのもあった。疑えない、というのが正しい表現かもしれない。

 

 亮の中学生活はそのような形で流れていった。

 フィジカルの弱いセンターとして、自分のできる限りの事をしてチームに貢献する。

 図書館に行き、バスケの本を借りて、フックシュートを覚え少しでもフィジカルの不利を克服しようとした。

 そんな亮の努力もあり、少しずつではあるが亮はセンターというポジションに適応していった。

 

 心の奥底に眠る外からゴールを射抜くあの感覚の燻りから目を逸らしながら。

 

 中学最後の大会。亮の学校は県大会ベスト8で幕を閉じる事となった。

 相手はシード校で、屈強な体格を持つセンターを要する学校だった。

 23得点11リバウンド5ブロックのダブルダブルを記録した相手センターに対して亮のスタッツは8得点6リバウンド2アシスト3ブロック──センターとしての限界と格の違いを見せつけられた結果となった。

 

 その日、亮は自分の部屋で塞ぎ込んでいた。

 部屋のベッドの片隅で蹲りながら、涙を流した。

 もうどうしたらよいのかわからなかった。やれる事は全部やったつもりだった。それでも勝てなかった。

 自分はセンターには向いていない。そんな事はずっと前からわかりきっていた。

 それでもチームで一番身長が高くて、やるしかなかったのだ。

 

 こんなに辛いならいっそ辞めてしまえばいい。そんな考えが頭を過ぎる。

 しかし、それでも亮はバスケを辞めなかった。引退した後も日課のランニングを行い、筋トレ、シュート練をかかさなかった。

 辞めてしまうにはもうあまりにもバスケットボールは亮の生活の一部となっていたからだ。

 小学校の頃、初めて練習したあの日から、亮はバスケットボールの虜だった。

 バスケットボールを愛していた。だから亮はバスケを続けた。それだけの事だった。

 

 亮は願った。勝ちたいと。

 もう誰にも負けたくない。その為ならどんな練習でもやってやると。

 高校でのリベンジを亮は己に誓った。

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