不知火関連は全部捏造です。
文字数多かったので分割してます。
時は過ぎ、だんだんと夏の暑さが感じられるようになった頃。
「今日は都合がついたから、ルビーちゃんには敵情視察に行ってもらうよ」
「え?」
本日も特訓するつもり満々でジムに来た私に、師匠はそう言い放った。
「場所は子役から現役のアイドルグループを抱える、苺プロに比べればずっと大きい大手の芸能事務所。君はそこで将来の競争相手の実力を見てきなさい」
「は、はい?」
とのことだったが。
「まさか私一人だけで行かせるなんて……師匠の薄情者!」
私は鈴木さんの運転するタクシーに連れられて、ビルの立ち並ぶ都心に置き去りにされた。
見上げれば摩天楼に反射した日差しが目に入る。人の往来も多く酔ってしまいそうだ。
「こんな都心にある芸能プロなんてやばいよ。え、私捕まって食べられたりしないよね?」
『助けてミヤえもん』と呟かれた心の叫びは、残念ながら誰にも拾われることなく都会の喧騒に揉まれて消えていった。
気分は上京してきたばかりのお上りさんだ。
「い、いやいや。怯むな星野ルビー。今世の私は東京育ちの今どき女子! 怯える必要なんて……」
「そこの君、ちょっと良いかな」
とんとん、と肩を叩かれた。驚いて振り返るとスーツを着て胡散臭い笑みを浮かべる男性がいる。
「突然申し訳ない。実は今スカウトをしていてね、君、アイドルに興味は……」
「私は予約済みですぅ──!」
「ああ、ちょっと──!」
しまった。びっくりしてつい走り去ってしまった。
でもまさか私にアイドルの勧誘だなんてね。話だけでも聞いてあげれば良かったかな……って、いやいや! 私はいつかB小町を復活させる女! 他所の事務所に行くなんてミヤコさんに対する裏切りだよ!
……とは言ったものの、肝心のミヤコさんにアイドル部門を復活させる気が欠片もないんだよなぁ。私の成長した姿を見せれば考えを改めてくれるだろうか。
「でっかぁ……」
そんなことを考えているうちに、私は見学予定の事務所があるビルに着いた。
ビルの中に事務所があるなんてすごい。しかも受付まであるよ。苺プロなんてほとんど一軒家みたいなものなのに。
ミヤコさんが言ってた『うちは弱小プロ』って言葉が身にしみるなぁ……。
「いらっしゃいませ。お名前とご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっと、
「星野ルビーさんですね、はい……こちらがゲストキーでございます。エスカレーターを登っていただいて右側、エレベーターがございますので、そこから羽衣プロのあるフロアに──」
「あ、はい。ありがとうございます」
私はもう乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。心細いことこの上ないよ。
「秀知院大学二年、文学部の大仏こばちよ。ここではマネージャーのバイトをしているわ」
「羽衣プロ所属の不知火ころもっすー。一応現役アイドルやってまーす。よろー」
私が一人寂しくエレベータを登って件の芸能プロを訪れると、師匠の知り合いの人たちが温かく迎え入れてくれた。
やっと一息……つけるわけないよ!?
「不知火ころもさんってあのアイドル『KOROMO』ですか!? 『妖精』の異名を持つあの!?」
「そだよー」
まさか現役の売れっ子にして私の今の最推しのアイドルが出迎えてくれるなんて、師匠の交友関係ってどうなってるの!?
「いつも見てますファンです! 良かったら握手してくれませんか!」
「ん、良いよー。なんなら特別に両手で握ってあげる」
あああ! ころもたんのお手々絹糸みたいにすべすべで柔らか過ぎる!
と、
「話には聞いてたけど、ルビちんってほんとにアイドル好きなんだね」
ルビちん!? 推しのアイドルにあだ名つけてもらえるとか最高か!?
「さ、サイン! サインもくれませんか! できたら肌に直接!」
「私は彫師じゃないよ? こばちん、色紙あったっけ?」
「あまりファンサービスしすぎると、私が社長さんに怒られるのだけれど……」
「お硬いこと言わないでよこばちん。社長には私が言っておくからさー」
「そうですよこばちん師匠ー」
「調子の良い子ね、あなた」
私は強請って『星野ルビーちゃんへ』という言葉とサインの書かれた色紙を手に入れた。ミッションコンプリートだぜ。
「こらこら、ルビちんは見学に来たんだから、帰っちゃだめでしょー?」
「あ、そうでした。ついうっかり……」
「ついうっかりであなたの師匠の頑張りを無にしたら怒られてしまうわよ?」
師匠の頑張り? なんのことだろうか。
「普通、事務所に所属する予定のない子に内部見学なんてさせないわ。ルビーさんが見学できるのは彼女が働きのおかげなのだから、それを知っておくべきね」
「ルビちんはまだどこの芸能事務所にも所属してないし、あの人が事務所に仕事をたくさん持ってきてくれるって条件を出したから実現したんだよー? 相当ルビちんに入れ込んでるんだね、あの人」
そうだったんだ。師匠はそこまで……。
「あの、私頑張りますので、今日は指導のほどよろしくお願いします! こばち師匠、ころも師匠!」
「私たちは指導とかしないよ?」
「え? じゃあ私は今日は何すれば……」
「だから見学よ。ルビーさんには不知火さんの仕事についてきてもらうわ。これからファッション誌の撮影、午後にはバラエティ番組の収録、夕方は歌番組の収録があるわね」
「じゃ、今日も頑張って行きますかー」
そうして私は彼女たちの一日に付き合うことになった。
スタジオの中、証明に照らされたころも師匠が様々な衣装を着こなし、ポーズをとる。
その一挙手一投足全てがまるで天女のような美しさで、どこを撮っても表紙を飾れそうなくらいだ。
「君、ころもさんのマネージャーさんだよね? その子は?」
私とこばち師匠がスタジオの端で撮影している様子を眺めていると、一人の男性がやってきた。
「見学の子です」
「ど、どうも。お邪魔してます」
また昔みたく『子供が現場に〜』って言われたりするんだろうか。
「ああ、君がスポンサーが言ってた……分からないことがあれば何でも聞いてくれよ」
そう言うと責任者っぽい人は去っていった。
なんか好待遇じゃない!? 昔ママの撮影について行ってた頃に比べたら雲泥の差なんですけど! こ、これが師匠パワーか、恐るべし。
「この扱いはあなたへの期待の表れよ、ルビーさん。あなたに与えられた貴重な時間を無駄にしないように」
「はい、こばち師匠」
私はその言葉を肝に銘じ、ころも師匠の姿のすべてを目に焼き付けた。動き、表情、目線、何もかもをいつか自分の力にするつもりで。
「ふぃー、疲れたねールビちん。ちょっと充電させて」
「あ、あの。ころも師匠?」
ファッション誌の撮影を終えたころも師匠は深呼吸をした後、私を膝に抱えてギュッと抱きしめた。
お、推しに抱かれてる。しあわへぇ……いや、待て! 私の最推しはママ一人。ここで落ちたら天国にいるママに顔向けできない!
「ルビちん、難しい顔してどうしたの? うりうり」
「あ、あへあへ……」
ごめんなさいママ、ルビーは可愛いアイドルに即落ちしてしまう悪い子です。
「ぬいも悪くないけど、子どもは暖かくて癒されるねー。あー、子ども欲しー」
「お願いだから、現役アイドルがそんなこと言わないでちょうだい……」
「もー、実行しないんだからせめて口だけでは言わせてよ、こばちん」
車を運転するこばち師匠から鋭いツッコミが入り、それに対してころも師匠は唇を尖らせて可愛らしく不満を零した。
「あはは……」
一方私はころも師匠に抱かれるがまま、乾いた笑みを浮かべることしかできない。私の出自を思うと何も言えないからだ。
私はアイドルの娘ですから!
「あの、ところでころも師匠はカメラに撮られてるとき、いつも何を考えてるんですか?」
私は何か参考になる意見が聞けるのではと思い、そう質問してみた。
「んー? そうだねぇ。『早く帰ってゲームしたいなぁ……』とかかな?」
「思ったより俗っぽかった!?」
「あはは、何か高尚なことでも考えてると思った? まぁ気持ち込めるときもあるけど、たまにかなー。私気持ちでパフォーマンス変わるようなタイプじゃないし。それにいつも全力だとバテちゃうでしょー?」
「それはそうですけど、それってなんだか手を抜いてるみたいな気が……」
「ここぞというときに実力を発揮できれば、それで良いんじゃない? 知らないけど」
その答えを聞いたとき私は、ころも師匠って結構のんびり屋で適当な性格なんだなと思った。
でも、次のバラエティ番組の収録を観たときにその印象は変わった。
「あの、こばち師匠。ころも師匠のあの性格はキャラなんですか?」
彼女ののんびりと、おっとりとした喋り方は人を惹きつけ、会話に小気味良いテンポを生み出している。そしてその適当さも隙となり、誰かからツッコミをもらうことで会話の華と咲いていた。
「もとからじゃないかしら。とは言え、ある程度誇張はしていると思うけれど」
「誇張……」
「この芸能界では、誰しも何らかの仮面を被るわ。そしてそれが己を守る鎧となり武器となる。不知火さんはそれがまるで布のように薄いけれど、だからこそ自然で、人を惹きつける魅力になっている……んじゃないかしら。多分」
「多分なんですか……?」
「私は評論家じゃないから」
こばち師匠はそう言って、その丸く分厚い眼鏡をクイッ、と持ち上げた。評論家じゃないと言っておきながらその格好の付け方するのはおかしくない?
「そういえば、こばち師匠はどうしてマネージャーしてるんですか?」
私はころも師匠がお笑い芸人にイジられることで笑いを生み出しているさまを観ながら、こばち師匠を見たときから気になっていたことを質問してみた。
「こう見えて私、昔は子役をしていたの」
「え、意外すぎます」
その奇妙なくらい似合っていない分厚い丸眼鏡からは、そんな印象が全く見受けられない。
「けどまぁ、親の不倫とか、そんなスキャンダルがあったせいで芸能界からは干されちゃってね」
「おうふ……」
思わず声が出た。他人事じゃないよぉ、私なんて苺プロのスキャンダルの塊みたいな存在だし。
「それで他人に色々ととやかく言われるようになったのが嫌で、こんな分厚い眼鏡なんてつけ始めたんだけど」
奇妙とか似合ってないとか思ってごめんなさい。
「まぁそんな訳で、この芸能界で生きることがどれだけ苦しいことなのかは、多少は理解してるつもりなの。だからまぁ、少しは不知火さんを手伝えるかもって思って──」
す、すごい。なんて立派で志の高い人なんだ……!
「とかは関係なく、高校時代の友達にこのバイトを紹介されたからよ。あと私の専攻分野である心理学とメディア論について良いデータを取れるんじゃないかと思って彼女のマネージャーに志願したわ」
「え、今の完全に素晴らしき友情を話す流れだったじゃないですか」
「もともと不知火さんと私はそんなに仲が良い訳ではなかったわ。共通の友人にミコちゃんと石上がいたから、その繋がりね」
ミコちゃん? 石上? ミコ師匠と優師匠のことだろうか。
「じゃあ最初の芸能界の辛さ云々は嘘ってことですか?」
「嘘じゃないわ。3割くらい本当よ」
「7割嘘じゃないですか!」
「善意だけで人気アイドルのマネージャーなんて面倒なバイトするはずないでしょう?」
それはそうかもしれないけど。
「てっきり、こばち師匠は世間の目からころも師匠を守るすごい人だと思ったのに……」
「夢を見すぎじゃないかしら。そんなヒーローみたいな都合の良い人間なんていないわ。自分の身を守れるのは自分だけよ。……さて、収録が終わったわね、不知火さんを回収したら次の現場に向かうわよ」
「はい」
こばち師匠はそう言って足早にスタジオを出た。ころも師匠を待つつもりはないみたいだ。スケジュール詰め詰めだから先に車を出す準備をするのだろう。
私も急いで彼女の後を追う。
「……まぁ、直接守ることはできないかもしれないけれど」
「?」
「この世間の目から隠れるための地味なメイクくらいは教えたわね。興味があるなら、あなたも試してみる?」
「あ、はい! ぜひお願いします!」
口ではなんだかんだ言いながら、滅茶苦茶優しい人じゃん。
「では最初に──この瓶底メガネをつけてもらえるかしら」
「それ複数個持ち歩いてるんですか!?」