「えー、ころもっち子どもいたの?」
「めちゃ可愛いじゃんうらやま」
「ルビーちゃんおいで。お菓子あげる」
「あ、ずるい。じゃあ私はジュースをあげよう。こっちにおいで?」
「はわわわ──」
私は美少女に囲まれ、幸福の絶頂にいた。私を囲むのはころも師匠の所属するアイドルグループ【
「ルビちんは私の子。誰にも渡さないよー」
「ころも、馬鹿なこと言ってないでその子を離してあげなさい。ごめんなさいね、うちのアイドル馬鹿しかいなくて。こばちさん、彼女をお願い」
「分かりました」
あれよあれよと私の体はころも師匠の腕から取り上げられ、こばち師匠に手渡された。
「さて、馬鹿アイドルたち。番組の流れを説明するからよく聞きなさい」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはー!」
「Pだって高卒のくせにー!」
「あ? なんか言ったか?」
「「「「「いえ、なにも!」」」」」
「あれがアイドル部門を束ねるプロデューサーさん」
強い。たった一喝であの締まりの無いアイドルたちをまとめ上げてしまった。
「……にしてもグループ全員、仲が良さそうですね」
苺プロのB小町と比べたら大違いだ。ママと他のメンバーは、決して仲良くはなかった。いや、むしろ悪かったのかもしれない。
だって娘としてママと接してきた中で、メンバーの話なんて一言も聞いたことが無いのだから。
「それは運営とリーダーの不知火さんがしっかり統率してるのが理由ね」
「ころも師匠がリーダーなの!?」
あのだらしなさと適当さでリーダーなんて務まるのだろうか。
「それはこれから始まるステージを見れば分かることよ」
こばち師匠のその言葉は、すぐに証明された。
「綺麗……」
舞うような動きで、フリルのついたドレスがふわりと空気を孕んで浮かぶ。そこから見える肢体に目が釘付けにされたと思えば、次の瞬間には彼女たちの瞳に目を奪われた。
ああ、なんだろう。娘として贔屓があるかもしれないが、一人一人の輝きはママに劣るように見える。
でも全体で見ると、それはB小町と比べてずっと完成されたパフォーマンスだった。
センターだ、立ち位置だなんて関係ない。ステージにいる誰もが主役で、寸分違わぬ揃った動きで見ている観客を魅了する。
ママみたいな個の輝きとはまた違った、群の輝き。それはきっと仲間同士が信頼し合ってるからこそ成せる技だ。ころも師匠を中心に、メンバー全員が一つの生き物かのように鼓動している。
ああ、良いな。いつか私も、彼女たちみたいに隣に立つ仲間が欲しい。
たった数分ばかりの楽曲が終わった頃には、私はそう思うようになっていた。
「ルビーちゃんはアイドル志望なんでしょ?」
その日のスケジュールが全て終わり、私たちは羽衣プロの事務所へと戻っていた。もう各々解散して良いはずだが、なぜだか残って私に質問攻めしてくる。
「はい、アイドル目指して頑張ってます!」
「へー、じゃあ私たちの後輩になるってこと?」
「案外ライバルになるかもよ?」
「その頃まで私たちがアイドルやってればね」
「ルビちんがアイドルする頃には私は卒業してるかな。もう20歳だし」
ころも師匠は少し寂しそうに呟いた。
アイドルの寿命は短い。20を超えたら引退圏内。25歳までに卒業する人は大勢いる。
「ころもっちはグループの中で一番年増だもんね」
「へー、言ったね? この不知火ころも、年齢について触れた者を生かして返したことはない、からッ!」
「ならば私が最初の生存者だ! ふっ、はっ!」
そう言って子供みたいに彼女たちは稽古場を走り回っている。
「ルビーさん、せっかくこうして一つのアイドルグループの全員が揃ってることだし、あなたの踊りを彼女たちに見てもらったら?」
「あ、たしかに」
ぼけーっと美少女たちの戯れに鼻の下を伸ばしていると、こばち師匠が私にそうアドバイスをしてくれる。
私は今日見学ばかりで、一度も体を動かしてない。彼女たちのパフォーマンスを見てちょうどインスピレーションが湧いてきたところだし、今なら最高の踊りができるかも。
「なになに、ルビちん踊るの?」
「みんなー、ルビーちゃんが踊るってよー!」
ぞろぞろと集まる本物のアイドルたちの視線に、思わず緊張してしまう。
大丈夫だ、星野ルビー。私だって努力してきた。師匠と出会ってこの半年間、努力を欠いた日はない。毎日限界まで体力を絞り尽くしてきた。
その成果を今、確かめてみたい。
「それじゃあ行きます! 聞いてください、B小町から『サインはB』!」
私は絶対なってやるんだ。
「ア・ナ・タのアイドル」
ママみたいな完全無敵の一番星に──!
「サインはB──chu!」
「……どうでしょうか!」
荒く跳ねる呼吸を整え、私は観客たちの反応を待った。
「すっごいよルビちん! 今日見学する必要があったのか疑うくらいすごい!」
「え、そ、そうですかね……?」
「たしかに、想像以上だったわ。あなたの踊りは素敵ね。まるで目を焼くくらい眩しい、太陽のような……」
それは褒め過ぎでは!?
「うわー! ルビーちゃんやばい! 同じアイドルとしてちょっと危機感ビンビンだよ!」
「これはもうころもちゃんの後釜は決定だね、ねぇうちの事務所来なよ、ルビーちゃんなら即戦力だって!」
「え、いや、あの……」
「なんなら今から社長に連絡してあげよっか?」
「か、考えておきます! あと私ちょっとお手洗いに──!!!」
もみくちゃにされながらも、私は稽古場を抜け出した。
楽しかった。今までで最高の踊りができた気がする。歌だって、今なら80……は言い過ぎか。75点くらいはいけるんじゃないかな。
「にしても、私B小町を襲名したいから、苺プロ以外に行くつもりないんだけどなぁ……」
「──あの」
「ひゃぁッ! だ、誰ですか……?」
誰もいないと思っていた暗闇から声が聞こえる。そこにいたのは美しい黒髪と翡翠の瞳を持った、およそ私と同じくらいの年齢の少女だった。
「さっきの踊り、全部見てた。正直凄かった。まるで姉さんみたいな……」
「あ、あはは。見られてたんだ。なんか恥ずかしいな」
私は顔が熱くなるのを感じ思わず頬をかく。ころも師匠たちにも見られてたとはいえ、知らない人からも見られていたっていうのはなんかこう、むず痒いものがある。
お風呂で歌ってるのをお兄ちゃんに聞かれてたときのような恥ずかしさに近い。
「ねぇ、一つ聞いても良いかしら」
「えっと、なんですか?」
「私は子役なのだけれど、最近悩んでいることがあるの」
……え、急にお悩み相談が始まったんですけど。私に子役のアドバイスなんてできないよ? あと私芸能界に入ってすらない素人だよ!?
「暗い背景を持つ役を演じることになったのだけれど、その役にのめり込んでいる影響なのか、最近は稽古をやってても楽しくないし、なんでこんなことしてるのか分からなくなってきて……」
うぉ、思ったよりも重い相談来た……。私に答えられそうにないです。助けてミヤえもん。
「さっきのあなた、すごく楽しそうに踊ってて、それで、どうやったらそうなれるのか聞きたくなったの」
「そ、そうだなぁ……」
すっごいキラキラした目で私のこと見てるよこの子。やめて。私そんな気の利いた答えとか出せないよ?
「どうなの……?」
「うっ」
キラキラした目が眩しいよ! あーもう、答えるけど!
「わ、私が踊りを楽しめるのは……うーん、それが素敵なことだって思ってるからかな」
「踊ることが、素敵なこと?」
私は自分の体験を、かつてせんせが私に向かって話してくれたような口調で話した。
「そう。私は昔ね、この世界に生きる希望なんてないって思ってた」
「すごい偶然。私の演じる役と同じこと言ってる」
だいぶ重いねその役。
「だけど、あるときすごいアイドルを見たんだ。歌って踊って、周りに愛を振りまいて。その姿をみたとき、それが私の生きる希望になった。私の心を照らす、一番星の道しるべ」
「一番星の、道しるべ……」
「そして私は、私を照らしてくれたそのアイドルの輝きを継ぐために毎日頑張ってる」
そうだ、だから私にとって。
「だから私にとって、踊ることは誰かを照らすことなの。それって素敵なことでしょ」
「たしかに、素敵ね」
「うん。だからあなたも、演技を素敵なものだと思ったら良いと思う」
「演技を……?」
「あなたがすごい演技をして、それを見た誰かが怒ったり、泣いたり、驚いたり、感動したり。そうやって誰かの心を動したとき、自分がその人の光になれるかもって思ったら、演技が楽しくなって仕方がないんじゃない?」
この子が何に悩んでいるかは分からないけれど、きっと欲しい答えはそういうものなんじゃないかな。
「私が光に──」
「……みたいな! それが私の夢って感じかな! まぁ私も道半ばだから全然偉そうなこと言えないんだけど……」
とりあえずそれっぽいことを伝えたら納得してくれたようだ。良かった。『何ポエミーなこと言ってるんだこいつ』みたいな目で見られなくて。
「あ、鈴木さんからメッセージだ。ごめん私行かないと!」
「あ、待って──!」
もうこんな時間じゃん。早く帰らないとミヤコさんに怒られちゃう……!
どうにも私は演技の才能があったらしく、どんな役でも深くのめり込んで演じ切ってしまう事ができた。
そんな風に順調に役者としての実力を伸ばしていたとき、私はある日壁にぶつかった。
『生きる希望をなくした子ども』の役。それにのめり込んだ私は演技への情熱自体を失い、上手く心を表現することができなくなってしまっていた。
「こんなんじゃ全然だめ……ッ!」
その日も一人、事務所に残って練習を繰り返す。だがしかし、一向に調子は戻らなかった。
ああ、鬱だ。役のせいか、まったく何も楽しくない。そもそも何で私は子役なんてものをやっているのだろうか。家族がやってるからなんて浅い理由で始めただけで、大した情熱なんてないくせに。
「たとえ世界が私を拒んで」
そんなことを考えていたから。
「ひとりぼっちを感じたとしても」
なおさら焼かれてしまったのだろう。
「アナタが味方でいてくれたら」
闇を照らす、眩いばかりのその輝きに。
「怖いものはないよ」
稽古場から漏れ出る光と音に吸い寄せられるように、私は覗き込んだ。
「ア・ナ・タのアイドル サインはB──!」
その夜、不知火フリルは11歳にして、一番星の生まれ変わりに出会ったのだ。
つよつよ星野ルビーに脳を焼かれた不知火フリル概念をひとつまみ。