アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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12.日々精進の先の出会い(上)

 

夏が過ぎ、秋になった。暑苦しい日々は過ぎ去って、一年で一番過ごしやすいと言っても過言ではない季節がやってくる。

 

秋といえば、芸術? 読書? 食欲?

 

ノンノンノン。答えはトレーニング。朝から晩までトレーニングだ。

 

朝起きたら走って神社に向かい、カラスたちの前で踊ってその日のコンディションを確かめる。

 

家に帰ったらお兄ちゃんを起こすためにサンドバッグをぶん殴る。この音を聞くと自然と目が覚めるらしい。……私はお兄ちゃんを殴ったりしないよ?

 

そしてその日の午前はかざの……ぴえヨンさんのアシスタントとして撮影に参加する。今日はバランスボールを使ったトレーニングの動画を撮った。死ぬほどきつい。

 

「疲れた。お兄ちゃん足揉んで!」

 

「俺はマッサージ師じゃないんだが」

 

そうは言うけどお兄ちゃんのマッサージすごく効くんだもん。前世はそれ関連のお仕事してたのかな。

 

「あ、それ効くぅ……おふぅ……」

 

「言ってることまんまおっさんだからな」

 

乙女になんてこと言うんだよお兄ちゃん。

 

それから午後には鈴木さんの迎えの車に乗ってジムに行き、特訓だ。アイドルになるには歌、踊り、体力のどれも欠かせない。

 

「こんにち殺法! ルビーちゃん、今日も特訓頑張ってますか?」

 

「あ、千花師匠。こんにち殺法返しです。来てくれたんですね」

 

ジムで練習をしていると、こうしてたまに師匠の誰かが見に来てくれることがある。今日は千花師匠が来てくれたようだ。

 

「ところで、先週出した課題がまだ提出されていないみたいですけど?」

 

「うげ、すいません忘れてました……」

 

千花師匠の語学レッスンは未だ続いていて、私は定期的に語学の課題をオンラインで受講させられている。

 

どうやらこの特訓は私が他言語をマスターするまで終わらないみたいだ。体を動かすレッスンは好きだけど、頭を使うのは苦手なんだよなぁ。

 

「あははー、大丈夫ですよ! 忘れた分を倍にして出すだけですので! 語学は継続が大事ですからねー!」

 

借金が溜まっていく一方じゃんそれ。急いで返済しなきゃ。

 

「せっかく来たことですし、何曲か私が伴奏しましょうか?」

 

「お願いします!」

 

千花師匠の演奏に合わせて私は踊り、歌う。そして私の自主練は日が暮れるまで続いた。

 

それから家に帰って柔軟したり、家族でご飯食べたり、お兄ちゃんのメンタルチェックしたりして一日は終わる。

 

学校がない日は週末とかはこんな感じだ。いつかママみたいなアイドルになるための特訓の日々。ちょっとずつ実力が身についているのは肌で感じていて、それをビデオで記録するのが最近の密かな楽しみ。

 

「だからそろそろB小町を復活させよー、ミヤコさん?」

 

「無茶言わないの。最低でもあなたが高校生になるまで認めません」

 

「えー、なんでなのぉ。ぶーぶー」

 

「やっと立て直してきた今の苺プロには、アイドル業に再挑戦する余裕がないからよ」

 

思ってたよりも世知辛い理由だった。悲しい。やっぱり世の中ってお金なんだね。

 

「それに、アイさんのことだって……」

 

「分かってるよミヤコさん。私はママみたいになりたいけど、ストーカーに刺されるなんてごめんだし。だから私がストーカーに負けないくらい柔道上手くなれば、アイドルしても良いよね!」

 

「そういう問題ではないわよ?」

 

 

 

 

 

「ひぇぇ、こんなに雨が降るなんて聞いてないよ……」

 

吹き荒ぶ風と冷たい雨に打たれながら私は走っていた。

 

今日はオフの日だ、珍しく丸一日することがない。なので家でのんびりしようとしていたら、ミヤコさんにお使いを頼まれてしまったのだ。

 

「えー、なんで私? お兄ちゃんに頼んでよ」

 

「アクアは監督のところに行ってるからいないのよ。私も今手が離せないし」

 

「もう、仕方ないなぁ……」

 

それで私はこの前ケーキの材料と花を買った地元商店街に来たのだが、道中古びたCDショップを見つけてしまった。そしてお宝CDが手に入るかもと思いふらっと立ち寄ったが最後、いつの間にかかなりの時間が経っていたようで、外に出たときには大雨に見舞われていたというわけである。

 

来るときは晴れてたのに。ほんと、秋の空は女心って感じだよ。……あれ、逆だっけ? まぁどっちでも良いけど。

 

しっかし、全然雨の止む気配がない。このまま冷たい雨に打たれながら帰った暁には風邪をひくこと間違いなしなので、私は仕方なく建物の軒先で雨宿りをすることにした。

 

スマホで天気予報と検索してみれば、どうやらこれから一時間は振り続けるらしい。それまでずっと私はここで待ちぼうけのようだ。とほほ。

 

「そうだ、ミヤコさんに迎えに来てもらえば良いじゃん!」

 

私はそう思い立った次の瞬間には電話をかけたが、生憎と繋がらない。そうだった、ミヤコさんは仕事中なんだった。

 

私はもう足掻くことを諦め、仕方なくザーッと鳴り響く雨音に耳を傾けながら時が過ぎるのを待った。

 

……暇だなー。

 

「あめあめ ふれふれ かあさんが」

 

あまりに暇なのでつい歌を口ずさんでしまう。前世の頃からしってる童謡だ。今世でも幼稚園で歌わされた。

 

「じゃのめでおむかえ うれしいな」

 

よく考えたら『じゃのめ』って何のことなんだろう。気になったので持っていたスマホで調べてみる。

 

どうやら『傘』のことらしい。へー。じゃあ傘を差したお母さんが迎えに来てくれて嬉しいって意味だったのか。

 

雨の日だろうと晴れの日だろうと、さりな()のお母さんは滅多に来てくれなかったけど。

 

「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ らんらんらん はぁ……」

 

体にへばりつく濡れたTシャツをしぼりながら、私はため息をついた。歌のせいで前世の嫌な記憶を思い出しちゃったな。SNS見て頭空っぽにしよ。

 

「……ん?」

 

そうして私がぴえヨンチャンネル公式アカウントの告知ツイートを踏んで新しく投稿された動画を見ようとしたとき、近くに一台の軽自動車が止まり、中から一人の女性が降りてきた。

 

傘を差し、胸に何かを抱えた女性は私が雨宿りをしている建物の隣の施設を柵の外からしきりにのぞき込んでいる。

 

「何してるんだろう?」

 

そう私が疑問に思った次の瞬間、その女性は持っていた傘と抱えていた籠のようなものを置くと車に戻って去っていった。

 

なにあれ不審者じゃん怖ぁ……関わらないでおこ!

 

今見た光景をそう結論づけた私は再びスマホに目を落とし、動画を再生した。

 

『ピヨピヨピヨー! ぴえヨンチャンネルー!』

 

──!

 

『今日はバランスボールを使ったトレーニングをしていきます!』

 

──ゃあ!

 

『というわけで、今日もアシスタントのタマゴちゃんに来てもらいましたー!』

 

──おんぎゃあ!

 

「なんか変な声が聞こえるんですけど!?」

 

私は一旦動画を止めて、イヤホンを外して辺りを見渡した。

 

さっきからなんなの、心霊現象かなにかなの。赤ちゃんの泣き声みたいなのが聞こえてくるんだけど。

 

「い、いやいや。ただの気の所為……」

 

「おんぎゃあ!!!」

 

滅茶苦茶はっきりと聞こえてるじゃん!?

 

というか、これ普通にすぐ近くで赤ちゃんが泣いてるんじゃないかな。だとしたら一体どこに──?

 

「あー、うー!」

 

……。

 

え、いやいや。まさかね。

 

まさか。

 

私は雨に濡れることも構わず軒先から飛び出して、先ほどの女性が傘とともに置いていった籠の中を確認した。

 

「うそ……」

 

中にいたのは、小さな赤ちゃんだった。おくるみにくるまれたその子はガラガラを強く握りしめ、嗚咽している。

 

「ど、どうしよう。えーっと、えーっと、警察に連絡? その前にどこか建物の中に行かなきゃだめだよね」

 

頭の中が一瞬真っ白になったが、目の前の子どもを見て私はすぐに冷静さを取り戻した。こんな雨の中放置してたら、きっとこの子は死んでしまう。第一発見者の私がしっかりしないと。

 

「どこか、中に入れてくれそうな場所は──」

 

そのとき、私は気づいた。あの女性がしきりに目の前の建物をのぞき込んでいた理由を。この子がここに置いていかれた理由を。

 

『天野原院』

 

児童養護施設だ、ここ。

 

 

 

 

 

「どうぞ、外は寒かったでしょう。お茶でもいかが?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

あの後私は赤ちゃんを抱えたまま柵を飛び越え、施設の扉を叩いた。それはもう必死に。

 

すると扉の中から目の前のおばあちゃん院長が出てきてくれて、雨に濡れた私と赤ちゃんを見て目を剥いて驚いたあと、すぐに私たちを中に入れてくれたのだった。

 

「ふぅ……」

 

タオルで体を拭いて、温かいお茶で体を温める。

 

「ところで、あなたは幾つなのかしら」

 

「私ですか? 11ですけど」

 

「若いわね、その年でどうして出産なんか……」

 

「いや違いますよ!?」

 

とんでもない勘違いをされていたようだ。いやまぁ、突然赤子を抱えた少女がこんなところに来たらそう思うかもだけど。

 

「私はこの子の親じゃなくて、たまたまこの施設の前でこの子が置いていかれる瞬間を目撃した第三者です!」

 

私は誤解を解くために言葉をまくし立てた。それが煩かったのだろう。

 

「びぃやぁあああ──ッッッ!!!」

 

院長さんの胸に抱かれて哺乳瓶を加えていた赤ちゃんが泣き出してしまった。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

「あらあら、びっくりしちゃったのね。大丈夫ですよー」

 

院長さんは赤ちゃんをあやしながら部屋の奥へと向かい、だいたい十分くらい経ったあとにまた戻ってきた。

 

「ごめんなさい、寝かしつけるのに時間がかかってしまって」

 

「もう寝かしつけちゃったんですか!?」

 

赤ちゃんってもっとぐずったりとかして中々寝ないものじゃないの? 家庭科ではそう習ったんだけどな。院長さんのプロの技に即落ちしちゃったんだろうか。

 

「それで、何があったのか聞かせてもらえる?」

 

「あ、はい。実は──」

 

それから私は先ほど見た光景を院長さんに伝えた。

 

「そうだったの。ごめんなさいね、勘違いして」

 

「あの、これからあの子はどうなっちゃうんですか?」

 

「そうねぇ。警察の人が来たら事情を話して、一時的に保護してもらうことになると思うけれど」

 

「その後は?」

 

「うちのような施設に預けられることになるんじゃないかしら」

 

「そう、ですか……」

 

そう呟いて私は窓の外を見た。轟々と風が吹き荒れていてほとんど嵐みたいになっている。スマホで調べてみれば、一時間だけ降るはずだった雨の時間は大幅に伸びていた。

 

この天気だと、警察が来るにはまだ時間がかかりそうだ。

 

「酷い大雨ね。星野さんがあの子に気づかないまま放置されていたら、あの子はきっと死んでいたでしょうに」

 

「……私が見た女の人は、殺すつもりで赤ちゃんを置いていったってことですか?」

 

「……そういうわけではないと思うわ。もしそうだとしたら、わざわざこの施設の前に置いていく必要はないでしょう?」

 

分からない。まぁ子どもを捨てる母親の気持ちなんて、私に理解できるはずもないのだけれど。

 

「きっと何か理由があって……」

 

「子供を捨てるのに、理由も何もないでしょッ! ……ただ親がクズだったってだけじゃないですか。子どもを愛せない大人が、親になるなんて間違ってるんですよ」

 

私は思わず声を荒げてしまった。

 

「そうね、みんながみんなそういう立派な大人ならそれが一番なのよ。だけど今の世の中、中身が子どものまま大人になってしまう人が大勢いるわ。大人になりきれないまま子どもを産んでしまう人が」

 

「……」

 

その言葉を聞いて、私の頭の中にはママの顔が浮かんだ。ママが私とお兄ちゃんを産んだのは16歳のとき、世間的に言えばまだ子どもだった。

 

ママの心は、子どものままだったんだろうか。

 

「お茶のおかわりはいる?」

 

「お願いします」

 

「そう。雨が止むまでは、どうかゆっくりしていってね」

 

私はお茶を受け取りながら、小さく頷いた。

 

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