「星野さん、良かったら施設の子どもたちに会ってみない?」
窓の外を眺めていると院長さんにそう言われたので、雨が止むまですることもなかった私は暇をつぶすつもりでそれに応じた。
そしたら……。
「誰だよこいつ。先生、また新しい子が来たの?」
ジロジロ見て。
「髪の毛金ピカだね、染めてるの?」
ペタペタ触ってきて。
「不良だー、いけないんだぞー」
やんややんや耳元で騒ぐ。
「失礼なガキね! レディの髪の毛は勝手に触っちゃダメって親から教わらなかったわけ!?」
生意気なガキしかいなかった。
「ガキってなんだよ、お前だってそんな年変わんねぇじゃん」
「ぐぬぬ」
「そもそも私たちに親とかいないし」
「……」
「勝手に触ってごめんなさい」
「ぐはっ!」
お願いやめて。正論とカウンターと素直さを見せつけられると私の器の小ささが浮き彫りになるから。中身年齢は前世と合算で二十歳超えてるのに、あなたたちと同じレベルの精神性しか持ち合わせてない私の幼稚さが浮き彫りになるから。
「こらこら、みんな。星野さんはよそから来たお友達ですから、お行儀よくしてね」
「「「はーい」」」
子どもたちはそう返事すると、私の手を引っ張った。
「お前、名前なんて言うの?」
「星野ルビー、だけど」
「あー知ってる。それキラキラネームって言うんでしょ。テレビでやってた」
確かにキラキラネームだけど。まだ私のは浅い方だから。お兄ちゃんの方がよっぽどだから。
「こっちで一緒におままごとしよ?」
「テレビ見よーぜ」
「お菓子食べよー」
「わ、私の体は一つしかないから。一つずつね、一つずつ」
それから私は子どもたちと一緒に遊んだ……はずだったんだけど。
「で、この子がめいめい。ダンスが上手なんだよ。それから歌が上手なありぴゃんときゅんぱん。そしてほら! この子が私の最推しのアイ! すっごいキラキラしてるでしょ!」
気がついたときにはCDショップで買ったB小町のDVDを再生して、私は子どもたちに布教活動をしてしまっていた。
「「「分かんない」」」
「なんで!? 少なくとも顔の良さは分かるでしょ!?」
「うーん、私はルビーちゃんの方が可愛いと思う」
「あ、ありがとう?」
その言葉は嬉しいけど、そうじゃないんだよ。はぁ、今の子どもにアイの良さは伝わらないのかなぁ。
……なんか今のセリフおばさんっぽいな。言わなかったことにしよう。私はまだ10代だ。誰が何と言おうとピチピチの10代なんだ。中身の年齢とかしーらない。
「でも大丈夫! 次のダンスシーンを観たらきっとみんなもアイのことが好きになるから!」
「なんでそこまで必死なんだよ」
「アイの良さを全世界に広めることが私の使命だからだよ?」
「何の話をしているのかしら?」
私が子どもたちにアイの良さを力説していると、そこに赤ちゃんを抱えた院長さんがやってきた。
「たった今教えを広めてたとこです」
「もしかしてうちを宗教法人にするつもりなのかしら……」
「あーうー」
丁度良い、院長さんと赤ちゃんにもアイの良さを布教するチャンスだ。二人とも私が立派なドルオタに育ててあげる。
「それじゃあよく見ててね、これからアイの──ってあれ?」
突然テレビの電源が落ちた。それだけではなく、照明の明かりも消えて、部屋全体が暗い闇に包まれる。
「停電かしら。……あらあら、大丈夫よちょっと電気が消えただけですからねー」
突然明かりが消えて不安になったのか、また赤ちゃんが院長さんの胸の中でグズり始めてしまう。
そしてタイミングの悪いことに、外で『ピシャアンッ!』と大きな音を立てながら雷が落ちた。
「ひっ……」
「なになに!?」
「た、ただの雷だろ。ビビらせやがって……」
「ほぎゃああ──!!!」
あちゃあ、みんなが怯えちゃったよ。天の神様も意地悪だね、今からママのライブを観ようとした瞬間にこんなことするなんて。
「「「先生……」」」
「大丈夫よ、今懐中電灯を持ってくるからね」
院長さんは子どもたちによって集られて、身動きが取れなくて困っているようだ。
「あの、私が取ってきます」
「そう? ごめんなさいね」
動けない院長さんの代わりに、私が懐中電灯を取ってきた。
「院長さん。ちょっと思いついたことがあるんですけど、聞いてくれませんか?」
「何かしら?」
手のひらに収まるライトと、不安がっている子どもたちを見ながら考える。今私にできることはなんだろうか。
外はまだ雨風が荒れ狂っていて、私に天気をどうこうするような神様みたいな力なんてない。
だけど、目の前の人たちの不安を消し去ることくらいはできるはずだ。
「私にライブをさせてくれませんか」
「ライブ?」
「はい、実は私アイドルに憧れてて、普段から踊ったり歌ったりの特訓をしてるんです。それで、アイドルのライブには観る人を笑顔にする力があるから、みんなが嵐に怯えちゃってる今、私がライブをしたら良いんじゃないかなって思って……」
「あら、良いじゃない。楽しそうね」
院長さんはそう言って私のアイデアに賛同してくれた。そうと決まれば早速セッティングである。
私は持っていた懐中電灯に色紙を貼って即席のペンライトを作り子どもたちに渡した。
「なんだよこれ?」
「即席のペンライト! 明かりをつけてみて」
「うわっ」
「綺麗……」
子どもたちがライトをつけると、赤青黄色、色とりどりの光が部屋を照らし出した。
「ルビーちゃん、何かするの?」
「これから私はアイドルライブをします!」
「あいどるらいぶ……? って、さっきテレビの中でやってたやつ?」
「そうだよ。アイドルライブは歌って踊って応援して、みんなで楽しむ舞台なの。だから嵐に負けないようにみんなペンライトで応援してね!」
私はみんなの前に立ち、スマホからプレイリストを再生する。B小町の楽曲の全30曲、それら全ての踊りが私の頭の中には入ってる。
暗雲立ち込める空からゴロゴロと音が鳴り、また雷が落ちた。窓から稲光が差し込み、スタートポーズで静止したままの私を照らす。
そしてみんなが雷に怯えないよう、私は満天の笑顔を浮かべた。闇も、不安も、雷の音も。全てを吹き飛ばせるような、そんな舞台を始める合図だ。
軽快なイントロとともに、私は
『DA・DA・DADADA!』
「それでは皆さん、聞いてください!」
『DA・DA・DADADA!』
「雨にも負けないゲリラライブ!」
『DA・DA・DADADA! キメ台詞 行くよ!』
「B小町で──」
「『我ら完全無敵のアイドル!! だぞっ!』」
覚悟してよ、天の神様。これから魅せる輝きは、どんな暗雲だってかき消せやしないから。
「『おはようお日様さんさんです! 準備もバッチリオッケーです!』」
「『マイクを片手に全速前進!! 不安な事なんて君のその声で 吹き飛ばせちゃうかもね』」
また外で雷が鳴った。でも関係ない。雷なんて聞こえないくらい、音量マックスでブチ上げて行くからッ!
「ほらみんな! 呆けてないでライトを振って応援して!」
ただ私を見たままぼーっとしていた観客たちは、私の掛け声にハッとなってライトを振り始めた。
そうそう、その調子。ライブはアイドルだけで作るものじゃない。観ている側も一体となって作り上げるものだから。
「『Ahー 酸いも甘いも 良いも悪いも 君がいなきゃ物足りないから!』」
私が舞うたび弾ける汗の雫がライトで照らされて、虹色に光る。
『こっちにおいで鳴らせ Clap!Clap!
みんなで揃えいくよ Jump!Jump!』
「ここからサビに入るよ! みんな手拍子手拍子!」
手を打ち合わせるたびに鳴る軽快な音、それに私のステップが呼応する。
『まだまだ始めるよ』
良いじゃん、楽しくなってきた。
「『Yeahー!』」
ここからが私の本気。ダンスは得意分野だから──!
「『ドキッ ドキッ 捕まえて』」
まるで心臓が破裂しちゃいそうになるほどの鼓動を。
「『トキ メキ 君へLOVEビームで』」
私は全身で表現する。静と動を使い分け、緩急つけて訴える。私がママからもらった溢れ出る情熱と、この小さな体に収まりきらない光を。
ああ、楽しい! でもまだこれで終わりじゃない。これからもっと楽しくなるから──!
『今日の運勢は急上昇!! 君と掴み取る一等賞!!』
「みんなもこっちに来て踊ろう! 院長さんと赤ちゃんも!」
「「「え!?」」」
「わ、私もですか? 踊りなんて……」
「楽しければ何でもオッケー! リズムに乗って体を動かせば、それはもうダンスなの! さぁ、ほら、きっと楽しいから!」
私は観客席に手を伸ばす。こんな小さい
ほら、院長さんの胸に抱かれてる君も。今日は雨の中に置いていかれて、親に捨てられて、君にとって人生最悪の日かもしれない。
だったら私がそれを塗り替えてあげる! 私が君に
「『まだ見ぬ世界へ──!』」
それが私が目指す、アイドルの形だから!
「『とびっきりな笑顔で 決めるよほらBサイン 世界の全部君と侵略! 歴史を作るスター!』」
また雷が落ちた。だけどもう誰も怖がってない。それどころか、まるで舞台で踊る私たちを照らすスポットライトに成り下がっていた。
「『我ら完全無敵のアイドル!! だぞっ!』」
外はまだしばらく雨模様だ。空が晴れるまできっと時間がかかる。
だけど部屋の中は、もうすでに晴れ晴れした笑顔でいっぱいだった。
どうだ、天の神様。そっちがその気ならこっちだって考えがある。B小町にはまだ29の楽曲が残ってるんだよ? あなたが晴れてくれるまで、私は踊るのをやめないから。
ほら行くよ!
耐久ライブの、はーじまりだぁ──!!!
「はぁ……はぁ……よし次! B小町で──」
「まだやるの!?」
「もう俺限界……」
「私疲れたぁ……」
「はぁ、ふぅ、ルビーさん、そろそろ休憩しませんか?」
もう、みんな体力ないなぁ。そんなんじゃ立派なアイドルになれないよ?
「まだ踊ろうとしてくれるのは君だけだよ。ねー?」
「きゃっきゃっ♪」
私が胸に抱いた赤ちゃんのお腹をくすぐると、楽しそうに笑ってくれた。きっとこの子はすごい子に育つだろうな。この年でもう音楽に乗りに乗ってるもん。
「……素敵な笑顔。まるでアイみたい」
「うー?」
ママみたいな綺麗な黒髪に、星を宿したみたいにキラキラと輝く瞳を見て、私は思わずそう呟いた。
そっか。たしか、ママも施設育ちなんだっけ。
「院長さん、この子って名前はもうあるんですか?」
「いいえ、それらしい名前が書かれたものは何も。身につけていたのはおくるみとガラガラのおもちゃだけね」
「だったらこの子の名前、もしつけるとしたらアイって名前にしてあげてくれませんか?」
ママは死んだ。もうこの世には居ない。だけど、私に遺してくれたものたくさんある。
今度は私が、それを繋げていきたい。
「きっとこの子は愛される存在になると思います。だから、アイ。そう名付けたいんです」
「とても素敵な名前ね。ぴったりだと思うわ」
「ふふん、でしょー?」
捨てる神あれば拾う神あり。あなたはこれからちょっと辛い人生を歩むかもしれないけれど、私が助けて上げる。
だから、幸せになってね。アイちゃん。
そんな願いを込めて、私はこの子の額にキスをした。
「もう、ルビーが警察のお世話になったと聞いたときは心臓が飛び出るかと思ったわよ……」
「ごめんなさいミヤコさん」
アイちゃんは警察に一時的に保護された。病院で検査が終わったあと、親が見つからなければ施設に預けられるらしい。
院長さんは自分の施設でアイちゃんを引き取るのだと意気込んでいた。
「でも、立派なことをしたのね。誇りに思うわ」
「うん、ありがとう。それでね
私は振り返り、目を丸くしたまま固まった彼女に告げた。
「私、やっぱりアイドルになるから! ちゃんとB小町を復活させる準備、しといてよね!」
後日、私は新聞の一面に見覚えのある軽自動車の写真を見つけた。山中で発見されたその車中で、女性が一人、遺体で見つかったらしい。
残されていた遺書から、男女による練炭心中自殺と推測される……と、書いてある。
──ただし、見つかったのは助手席に座る女性の遺体だけ。遺書に書かれていた
逃げたのか、それとも男など初めから存在しないのか。調べようにも車の中にも周辺にも監視カメラの映像にも一切の情報がない。まるで運命にそう仕組まれているみたいに、都合よく何も残っていない。
嵐が、すべてを流し去ったかのだろうか。
唯一の手がかりはアイちゃんだけ。アイちゃんの血縁上の父親が、その男だと目されているらしい。とは言え、それだけで個人が特定できるはずもない。
新聞には締めくくりとして、警察が情報提供を呼びかけていることが記されていた。
あの日、私が見なかっただけで、車の中には誰かいたのだろうか。その誰かは、同乗者が赤子を捨てていく様を見て、何を思ったのだろうか。
真実は闇の中。
『我ら完全無敵のアイドル!!』
ドラマ版推しの子の曲です。名曲。好き。