アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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14.慈愛の精神

 

「でね、師匠! アイちゃんってばもうすっごく可愛い上に天才なんだよ! この動画とか見てよ、私が踊るとサイリウムでヲタ芸をしてくれるんだよ!? マジきゃわわ──!」

 

児童養護施設の一件があった後日、久しぶりにジムで師匠と対面した私は師匠にスマホで撮ったアイちゃんの動画を見せつけていた。

 

「これヲタ芸してるの? 普通にサイリウムを投げ捨ててるようにしか見えないんだけれど」

 

「アイちゃんは天才だから、もうヲタ芸を理解してるに決まってるよ」

 

「色眼鏡が過ぎるんじゃないか?」

 

ホントだもん。アイちゃんは天才児なんだもん。私からヲタ芸ベビーの名を継いでくれる逸材だもん。

 

……たまにサイリウム口にくわえようとしちゃうけど。

 

「それもうごく普通の赤ん坊じゃん」

 

「だから違いますって。あーもう、師匠も直にアイちゃんを見れば絶対分かるのに」

 

アイちゃんの良さを理解できるのは私と施設の院長さんと子どもたちしかいないみたいだ。はーアイちゃんかわいそぉ。もう私が一生守ろぉ。

 

「師匠には赤ちゃんの良さが分からないんだー」

 

「失礼な。ボクほど子どもの価値を重んじている人間なんてそうそういないんだぞ。こう見えても慈善団体には結構な寄付をしていてだな……」

 

言い訳がましい師匠を置いて、私はアップを始めた。

 

さてと、一刻も早くスーパーアイドルになるために今日も頑張りますか。

 

「おいこら聞けよ。君というやつは……会ってもうすぐ一年になるけど、日に日に遠慮がなくなっていくよね」

 

「それだけ師匠と仲良くなれたってことですよね!」

 

「ふん、調子良いこと言っちゃって。まぁ、否定はしないけどさ」

 

師匠ってばチョろい。

 

「お前今日はひたすら基礎トレーニングだけしかさせないからな」

 

「なんで!?」

 

「全部に顔に出てた」

 

私の素直フェイスが仇に!?

 

 

 

 

 

「ところでルビーちゃん。君って慈善活動とか興味あるの?」

 

「あります。というか、私にとってアイドル活動は慈善活動の一環です。美しいものを見ると心が健やかになりますから」

 

「どこの見解なのそれ???」

 

宮崎の高千穂にある病院で私が提唱した新見解です。

 

 

 

 

 

私は都内のとある駅で降りた。時刻は放課後、退勤ラッシュの重なるこの時間帯は人の往来が多い。

 

「あ、いたいた。君がルビーちゃんだね。初めまして。今日の特訓? を監督することになった、田沼渚だよ」

 

私の目の前にはショートヘアでヘアピンをつけ、抱っこ紐で子どもをお腹に抱えている女性がいた。

 

「今日はよろしくお願いします、渚師匠!」

 

「うんうん、元気があって良いね。でも助かったな、今日はボランティアが少なくて人出が足りなかったから」

 

「え? ボランティア?」

 

「あれ、聞いてないかな。今日はルビーちゃんには募金活動を手伝ってもらうって話なんだけど……」

 

師匠からは新しい修行としか聞いてないんですけど!? なんか体よく労働に駆り出されてない私!?

 

「募金活動に、ご協力お願いしまーす!」

 

「お願いしまーす!」

 

そして私は募金箱を持たされ、街頭で声を張り上げていた。

 

どうして私がこんなことを……。

 

「あの、渚師匠。そもそもこれって何に対する募金なんですか?」

 

「身寄りのない子どもたちのための募金活動だよ。ほら、ここの看板に書かれてる通り」

 

渚師匠が指摘する通り、一列に並ぶ街頭募金メンバーの端には立て看板が設置されていて、『日本における社会的養護を必要とする子どもの実態は──』と、説明が書かれていた。

 

あぁ、なるほど。この前私がアイちゃんの話をしたから、師匠は私にここに行くように言ったのか。

 

「ルビーちゃんも、この前ニュースでやっていた事件は知ってるでしょう?」

 

「事件?」

 

「ほら、女の人が自殺した事件で、その人が本来育てるはずだった赤ちゃんは施設の前に捨てられてたって話」

 

タイムリーな話題だなぁ!? たぶん私その事件の当事者です! 赤ちゃんを保護した張本人です!

 

「その事件について知ったとき、何かしなくっちゃなって思ったの」

 

「それで募金活動、ですか」

 

「うん、高校生のときからこの手の活動は経験してて、私にできることはこれくらいだからね」

 

そう言うと渚師匠はお腹で寝ている子どもの頭を愛おしそうに撫でた。

 

「子どもって言うのはほんとにか弱くて、誰かが守ってあげなきゃいけないでしょ。でも、守ってくれる大人がいない子どもはこの国に何万人といる。一人の母親として、そんな子たちを手助けあげなきゃなって思うんだ」

 

……良かったね、アイちゃん。見えないけれど、あなたを想ってくれる人はこんなところにもいたみたいだ。

 

しかし、渚師匠はなんて立派で志の高い人なんだろう。尊敬しちゃうな。

 

「その子は渚師匠の子どもですか?」

 

「そうだよ。名前は真喜くん。もうすぐ三歳になるんだー」

 

そうなんだ。真喜くんは渚師匠みたいな母親を持てて幸せ者だね。安心してるのか胸の中でぐっすり寝てるし。

 

──ん???

 

「あの、失礼ですけど、渚師匠って何歳なんですか?」

 

「21だよ」

 

若すぎない?

 

「てことは……18歳のときに産んだんですか!?」

 

「そうだよ? 当時私は高校生だったから大変だったなぁ」

 

うわーっ! 既視感! というか真面目そうな顔してやっちゃってる人だこの人!

 

「た、大変だったんじゃ?」

 

「そりゃもう大変だったよ? でも夫が医者の家系の人だったし、学生結婚にも理解を示してくれたから、出産に不安はなかったかな」

 

やっぱり配偶者が医者だと安心できるのかな。貴重な経験者の意見だ。心にメモしておこう。せんせせんせ。

 

「でもなんというか、すごいですね」

 

「そうだね。だけど子どもを産んで良いことがたくさんあったから、私は当時の判断を後悔してないよ。例えばね?」

 

渚師匠はそう言うと、道行く人の中に声をかけに行った。そしてその中の一人のお婆さんと立ち話をする。

 

和やかな会話が終わったあと、そのお婆さんは私の持つ募金箱に硬貨を入れ、にこやかな顔で去っていった。

 

「こうして子どもを連れてると、みんな募金してくれやすいんだ」

 

「滅茶苦茶打算的な理由だった!?」

 

「じゃなきゃわざわざ抱っこ紐なんてつけてこないよ? だって重いし……」

 

ああ、私の中でガラガラと渚師匠への尊敬の念が崩れていく音が聞こえる気がする。

 

「知りたくなかった、そんな理由」

 

「あはは、でもすべてが打算ってわけでもないよ。真喜くんが大人になったとき、今日この日を思い出して善き大人に成長して欲しいっていう意味で連れてきてる面もあるし。……今日は寝てるけど」

 

良かった。私の中で渚師匠の尊敬の念が立て直されていく音が聞こえる。頑張れ脳内クレーン車。頑張れ脳内現場作業員の人たち。

 

「それにね、打算であれ何であれ、たくさん募金を集めることができればそれだけたくさんの人が救われるってことなんじゃないかな。だからまぁ、一線を越えない範囲であれば私は積極的にどんな手段でも講じるべきだって思うんだ。そこで躊躇して救えない命があるんだったら、やるしかないでしょう?」

 

「たしかに。じゃあ手始めに全国民から肝臓を徴収して──」

 

「それは明らかに一線越えてるよ!? す、すごいことを考えるね、ルビーちゃん」

 

しまった。この考えはお兄ちゃんにドン引きされてから封印していたんだった。

 

「募金活動って言うのはね、誰かを支援するお金を集めるのと同時に、支援する側の心も豊かにする活動なんだ。その点を利用してみれば良いんじゃないかな」

 

「というと?」

 

「ほら、良いことをしたあとって気持ちが良いでしょ? だから私たちはある意味でその気持ち良さを対価にお金を受け取って、それを支援する側に送る活動をしてるってわけなの」

 

「なるほど、ここにいる人たちを気持ちよくしてあげれば良いんですね!」

 

「うん、間違ってないけど言い方考えようね? それだといかがわしい活動に聞こえるから」

 

そうと決まれば早速実戦である。

 

「そこの人! どうか募金活動に協力してくれませんか!」

 

「わ、私か?」

 

私は四角いメガネとスーツを着た、堀の深い顔の会社員っぽい人に突撃した。

 

「そう、あなたです! 今募金に協力してくれるとなんと……」

 

「もしかして、何か対価があったりするのかい?」

 

「今日、良いことした気分で気持ち良く眠れますよ!」

 

ドヤッ!

 

「ルビーちゃん、ド直球に言えば良いってものじゃないからね? どうもすいません、突然お邪魔してしまって……」

 

「でも渚師匠、この人募金してくれそ──もがもが!」

 

私は渚師匠の片手で頬を掴まれ、それ以上話す権利を物理的に剥奪されてしまった。

 

「そういうことを目の前で言わないの」

 

ひぇ、マジの目だ。ごめんなさい。ごもっともなお叱りです。

 

「突然変なこと言ってしまってごめんなさい」

 

私はスーツの人に頭を下げて謝った。

 

「あぁ、いや、大丈夫だとも。ところで、これは何の募金なのかな?」

 

「身寄りのない子どもたちのための募金活動です。よろしければ詳しくご説明しましょうか? 当団体は公益社団法人として行政庁からの認可も受けており、実績も豊富。運営の透明性も第三者機関によって担保されていて──」

 

何やら難しい言葉を並べ立て、渚師匠はこと細やかにこの活動について説明し始めた。

 

はえー、これってそんなすごい団体の活動だったんだね。てっきり学校のボランティア部がやってる活動の延長線上にあるものとしか思ってなかったよ。

 

「でも渚師匠、あんまり難しく説明しすぎても伝わってないと思いますよ」

 

ほら、スーツの人だって困惑してるし。

 

「あ、すいません。私ったらつい熱くなってしまって」

 

もう、渚師匠もダメダメじゃん。こんなんじゃ募金してもらえないよ。仕方ない、諦めて次なる手段を探そう。次はとにかく大声で呼びかけてみようかな。

 

「ああ、待った。少ないかもしれないが募金させてくれ」

 

私が背を向け他のメンバーが声を張り上げている列に戻ろうとしたとき、スーツの人が私を呼び止めてそう言った。

 

そして私の抱える募金箱に硬貨が一枚投入されて、チャリンと小気味よい音が鳴る。

 

「え、良いんですか!? ありがとうございます! でもどうして……?」

 

「君のような若い子どもが頑張っているというのに、大人として何もしないなんてことは、この私の矜持が許さなかった。ただそれだけのことだよ……」

 

『今日は上手いラーメンが食えそうだ』と言い残し、スーツの人は去っていった。

 

か、カッコ良いッ!!! 一見ただのサラリーマンに見えてなんてカッコ良さなの!? まるであの日の鈴木さんみたいなカッコ良さだよ!

 

「え、無理無理。気持ち悪い」

 

「でもそっか。子どもの私が頑張る姿を見せれば、大人は募金してくれるんですね!」

 

「……そ、そうだねルビーちゃん」

 

「なら私が率先して肝臓を──」

 

「その世紀末思想からは卒業しようか!?」

 

というわけで、それから私は真っ当な手段で募金を呼びかけた。

 

「募金活動にご協力お願いします!」

 

道行く人の目に留まるように私は声を上げる。む、今一人私と目が合ったな。逃しはしない。私は子どもらしくキラッキラな笑顔を浮かべて手を振った。

 

すると蟻地獄にはまった獲物のごとく、その人はホイホイと私のもとへやってきてお金を入れた。

 

「ありがとうございます! どうかあなたに幸せが訪れますように!」

 

お金を入れてくれたお礼に手を握って、私は誠心誠意感謝の言葉を紡いだ。すると募金してくれた優しい人は照れたように頭をかいて去っていく。

 

なんかあれだな。これ、握手会っぽいな。

 

……だったらアイドルオーラ全開で人を呼び込んでみれば良いんじゃない?

 

思い立ったがチャンス。私は近くのベンチに乗り上げて声を上げた。

 

「ルビーちゃん?」

 

「みなさーん──!!! どうか私の声に耳を傾けてくださーい──!!!」

 

「ルビーちゃん!?」

 

みんなの視線が私に向く。

 

「私たちは今、支援を必要とする子どもたちのための募金活動を行なっていまーす! 日本には親と暮らせない子どもたちが4万人以上いて、皆さんの助けを必要としています! 子どもは未来です! どうか明るい未来を作るためにも、皆さんの力を貸してくれませんか──!!!」

 

見ててねアイちゃん。ルビーお姉ちゃんがあなたの生活費をがっぽり稼いでみせるから!

 

「あの、少ししかないんですけど……」

 

そして、私の呼びかけに応じて一人の女性が来てくれた。目の前の彼女はファーストペンギン、いわばアイドルにとってのファン一号。この人をどう扱うかによって、他の人たちがファンになってくれるかどうかが決まる。

 

「金額なんて関係ありません。たとえ少しでも、あなたのようなその優しい心一つ一つが積み重なって、大きなことを成し遂げられるんです。だからありがとうございます。その気持ちがとっても嬉しい。私、お姉さんみたいな優しい人は大好きですよ!」

 

あえて周りに聞こえるように大声で褒める。そして私は彼女の瞳をじっと見つめ、無邪気な笑顔で締めくくった。

 

私の武器は子どもらしさと、ママ譲りのルックスだ。だったらそれを全力で利用しよう。

 

これは握手会と同じだ。来てくれた人全員褒めちぎって褒めちぎって、現代人の心の隙間を埋めてあげれば良い。ママみたいに『好き』を振りまいて、また来たいとか、自分もああいう風に言われたいと思わせれば私の勝ち。

 

募金活動では善行の機会を、握手会は愛される機会を贈る。どっちも相手を満たす行為に違いない。

 

なんだ、ほとんど一緒じゃん。だったら私の得意分野だ。

 

それに私はアイドルとしての特訓ができて、募金した人は自己肯定感を上げて、子どもたちは救われる。一石三鳥だね。

 

師匠ってばもしかしてこれを見越して私を連れてきたのかな。だとしたら天才すぎる。

 

「渚師匠、これから忙しくなると思うから準備してください。さあさあ! この立派なお姉さんに続く人はいませんかー!?」

 

「まったく、随分派手なことするんだね、ルビーちゃん。良いよ、最後まで付き合ってあげる」

 

私はいつかドームを埋めるアイドルになる女。こんな何百人程度にビビってなんていられないよね!

 

 

 

 

 

結果として、私たちは募金箱が満杯になるほどの善意を集めきった。

 

「見て見て師匠。私のことネットニュースになってるみたい。『駅前に行列!? しかもその先は募金活動!?』だってー」

 

「やりすぎだよおバカ。はぁ、写真とか撮られてないだろうね?」

 

「記者の人からの撮影は断ったよ? ネットに出回ってるのは知らないけど。あ、ほら! 私のことかわいいって言ってくれてる! えへへー」

 

「あーあー、芸能志望なのに軽々しく撮られちゃって。ミヤコ社長になんて説明したら良いんだよ」

 

「いやー、良いことするって気持ちが良いね、師匠!」

 

「……まぁ良いか」

 

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