アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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15.神楽奉納(上)

 

年が明け、冬が過ぎ去り、春になった。新学年も始まり、私もそろそろ12歳になる。ママがアイドル活動を始めたのも、このくらいの歳だ。

 

一方の私はというと、ちっともアイドル活動が始まる気配はない。毎日毎日特訓して、たまにアイちゃんのいる施設でライブごっこをするだけ。

 

「はぁ」

 

早くアイドルになりたい。だけとミヤコさんはまだ苺プロで私をプロデュースしてくれるつもりはないみたいだし、師匠からも時期尚早と言われてしまっている。いったい私に何が足りないのだろうか。

 

いやまぁ分かってるよ! 歌唱力と知力が足りてないんですよねこんちくしょう!

 

「はぁ」

 

「どうしたのルビーちゃん。さっきからそんなにため息ばっかりついちゃって」

 

私がため息をつくと、八百屋のおばさんが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

 

私はもうすっかり地元の商店街の常連さんになっていて、顔も覚えられている。ここの人たちはみんな優しいので、私がちょっとでも調子が悪そうにしていると何かとお節介を焼いてくれるのだ。

 

「いや、ちょっと将来の夢について悩んでまして」

 

「小学生なのに偉いわねぇ」

 

うへへ、それほどでも。

 

ここの人たちはちょっとしたことでもすぐ褒めてくれるので好きだ。師匠も見習ってほしい。

 

「ところでルビーちゃん。ちょっと相談があるんだけれどね」

 

「なんですか?」

 

私は頭をよしよしされながら、片目で八百屋のおばさんの顔を伺った。

 

「今年の夏祭り、ぜひルビーちゃんに踊ってもらいたいと思っているのだけれど、どうかしら?」

 

「……へ?」

 

は、初めてのお仕事キタコレ!?

 

 

 

 

 

商店街から家に帰った私は先ほど受けた話をミヤコさんにも伝えた。

 

「夏祭りのボランティアね。やってみたら? あなたにとっても良い経験になるだろうし、地域貢献にもなる……って、何をそうむくれてるのよ」

 

「むぅ」

 

ミヤコさんが頬を膨らませていじけている私を見ながら呆れるように言う。

 

だって仕方ないじゃん。てっきりアイドルとしてのお仕事なのかと思ったんだもん。

 

「事務所に所属すらしていないただの一般人が何を言ってるのよ」

 

「じゃあ早く所属させて! 今すぐさせて!」

 

「中学生になったらね、怒りんぼさん」

 

ミヤコさんがそう言って膨らませたほっぺをつつくので、私は仕方なく怒れるフグのマネをやめた。

 

「まったく、お兄ちゃんは苺プロ所属なのにさ。これは贔屓だよ贔屓」

 

「アクアがうちの事務所に所属してるのは昔子役をやってた名残って知ってるでしょ?」

 

もちろん知ってるけど、文句くらいは言わせてよね。

 

「それで、具体的には何をするか聞いてるの?」

 

「えっとね、なんか夏祭り開始と同時に神楽舞をするのが毎年固定で、そのあとは舞台の上で自由に踊って良いらしいよ」

 

「へぇ、なかなか本格的……って神楽舞!? それってあれよね。巫女服を着た女の子が鈴をシャンシャン鳴らしながら舞うあの舞よね?」

 

「たぶんそう」

 

私も詳しくは知らないけど。

 

「あなたにできるの?」

 

「やったことないから分かんないよ。というかその練習のためにこんなに早くから声をかけてるんだって」

 

去年までボランティアでやってた巫女役の人は引っ越していなくなっちゃったそうで、代わりを探していたそうだ。なかなか伝統のありそうな行事である。

 

「ま、どんな形であれ踊りなら全力を尽くすまでだよ。それに秘策だってあるし」

 

「秘策?」

 

そう、その秘策とは。

 

 

 

 

 

「というわけで私に神楽舞を教えてください師匠!」

 

「何がというわけなのかな???」

 

師匠の謎に豊富な人脈で私を立派な巫女さんにしてください。

 

「アイドルの次は巫女か? ルビーちゃんってば、カラスとか施設とかに引き続きまたよく分からないイベントを引っ張ってきたね」

 

そんな人のことイベントガチャみたいに言わないで。

 

「ねぇ師匠、いつもみたいに有識者引っ張ってきてくださいよー」

 

「無茶言うな。悪いけどぱっと思いつく相手で神楽舞について知ってる知り合いなんて思いつかないよ」

 

「えー、使えないなぁ」

 

「お前今日は基礎トレだけ──」

 

「すいませんでした!」

 

それだけはご勘弁を。最近一日一ライブはしないと気持ち良く眠れなくなってきてるの。お願いだから踊らせて。

 

「そもそもその町内会の人たちが練習させてくれるって言ってるならそれで十分じゃないか?」

 

「ちっちっちっ、分かってないな師匠は」

 

私は舌を鳴らして指を振った。

 

「町内会の人たちには『神楽初心者だと思ってた少女が実は経験者でしかも滅茶苦茶上手かった』って思われたいじゃん!」

 

「そんなネット小説のタイトルみたいなしょうもない見栄のためにボクのコネクション使おうとしないで?」

 

「えー、だめですか? たとえばかぐや師匠って舞踊得意でしたよね。呼べません?」

 

「軽々しく言っちゃって。あの人四宮家令嬢だしアメリカに住んでるしで忙しい人なんだぞ。それを舞踊を教わりたいからって理由で呼べるか」

 

残念、今回は自力でなんとかしないとダメみたいだ。

 

「……けどまぁ、多少手伝えそうなことは思いついたけど」

 

「ほら、やっぱり隠し玉があるじゃないですか師匠。まったくツンデレなんだから」

 

「あっそ、やっぱりやめとこうかな」

 

「嘘ですすいません!」

 

私は頭を下げて拝み倒すことでなんとか師匠の機嫌を取り戻すことに成功した。ほんと、口は災いのもとである。

 

「それで、その手伝えそうなことってなんのことですか?」

 

「仕事で関西の方に行くんだけど、ルビーちゃんも連れて行ってあげる。そこで本場の神楽を観てみたら良い」

 

「というと……?」

 

いまいち要領が掴めず首を傾げる私に、師匠はにやりと笑って言った。

 

「お伊勢さんにご祈祷を受けに行こうか」

 

 

 

 

 

というわけで週末、私はミヤコさんから許可を取り師匠とともに三重県にある伊勢神宮に訪れていた。

 

和風情緒のある街並みを抜けた先には豊かな自然があり、春風に揺らされた木々から木漏れ日が照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

不思議と心が洗われたような心地だ。

 

なんだろう、どこか前世で住んでいた町と雰囲気が似ているような……。

 

「おーいルビーちゃん、ぼさっとしてると置いていくよ」

 

道の先にいる師匠に呼びかけられて、私は止めていた足を再び動かした。

 

「どうしてボクが君をここに連れてきたか分かる?」

 

砂利道を歩きながらキョロキョロと周囲を眺めていると、隣で歩く師匠がそんな質問をしてきた。

 

「うーんと、日本一すごい神社だから?」

 

「残念、ちょっと違うかな。でも惜しい、もう少し考えてみて」

 

「神楽が有名とか?」

 

「それもないとは言わないけど、違うね。じゃあ答えを言う前に、ここが日本で一番の神社と言われているのは祀られてる神様が理由だけど、一体どんな神様が祀られてるか分かる?」

 

「伊勢だから伊勢海老の神様とか?」

 

「……帰ったら歴史の勉強もしようか」

 

師匠は呆れ顔でそう言った。頭ヨワヨワでごめんなさい。

 

天照大神(あまてらすおおみかみ)だよアマテラス。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

 

名前は知ってる。日本で一番有名な太陽の神様だ。昔ミヤコさんを騙すときに借りた神様の名前。

 

「ここ伊勢神宮には日本の最高神である天照大神が祀られている。そして天照大神は神楽と縁深い神様でもあるんだ」

 

そう言って師匠は歩きながら、私に神話の授業をしてくれた。

 

何でもその昔、アマテラスは弟のスサノオの勝手ぶりに腹を立てて天岩戸(あまのいわと)という洞窟の中に引きこもってしまった。だけどアマテラスは太陽の化身なので、彼女が引きこもると世界が暗くなって周りの神様は困ってしまう。そこで洞窟から引きずり出すために外で宴会を開いて、アマテラスが興味を惹かれてほいほいでてきたところを引きずり出したらしい。

 

だいぶパワープレイな解決方法なんだね。いやそれができたなら最初から宴会なんてしないで無理やり引っ張り出せば良かったんじゃ???

 

「その宴会での芸能の神、天宇受売命(あめのうずめのみこと)の踊りが今の神楽になった……と、言われてる」

 

「はえー、つまり神楽ってこういうことなんですか?」

 

 

 

 

 

『ルビーにはアイドルなんて向いてない。絶対にさせない』

 

『うるさい! お兄ちゃんのバカ!』

 

アクア(スサノオ)のせいでルビー(アマテラス)が引きこもってしまう。

 

『ルビーが部屋から出てこなくて困ったわ、どうしましょう』

 

『ミヤコさん、俺に考えがある。おいルビー、ここにお前が知らないアイ(アメノウズメ)の限定ライブ(神楽)映像があるぞ』

 

『ほんと!?』

 

ほいほい釣られて出てきたルビー(アマテラス)はお兄ちゃんに無理矢理部屋から連れ出されてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

「つまり引きこもりを外に出すための応援ライブ?」

 

「何をどう考えたらそうなるの!?」

 

私にも分からない。気づいたときには頭の中でそう結論づいてしまっていた。

 

「まぁとにかく、神楽は天岩戸伝説と縁深いって思ってもらえたならそれで良いよ」

 

「はい」

 

「ほんとは芸能の神のアメノウズメの方の神社に連れて行ってあげたら良かったんだけどね。そっちの方が神楽だけで言えば本場だろうし。ただあっちは田舎にあるから、なかなか仕事のついでにとはいかないんだよねぇ……」

 

「そのアメノ……ウズメ? っていう神様の神社はどこにあるんですか?」

 

「宮崎県高千穂」

 

聞き覚えのある地名を聞いて私は思わず言葉を詰まらせた。まさか前世の故郷にそんな逸話があったなんて、知らなかったな。

 

「一説には天岩戸もそこにあるそうだし」

 

「伊勢にいるアマテラスさんがわざわざ宮崎にまで行って引きこもったんですか!?」

 

それはもう引きこもりじゃなくてむしろ外に逃げてるんじゃ!?

 

「むしろ逆で、もともと宮崎にいて、そのあとこっちに引っ越してきたのかもしれないよ? 神武天皇も宮崎から東征してるし……って、神話の世界のことを考えてもしょうがないけど」

 

よく分からないけど、私の前世の故郷と日本で一番偉い太陽神様に繋がりがあることは確からしい。

 

「さて、そろそろ神楽殿だね。そこで申し込めばご祈祷を受けられるよ」

 

道の先に立派な社が見える。あの中で神楽を見られるそうだ。楽しみ。

 

「ところでルビーちゃん、神楽と君の目指すアイドルはどこか似てると思わない?」

 

受付をしながら、唐突にそんなことを言い出す師匠。

 

「そうですか?」

 

「そうだとも。例えば神楽の元祖アメノウズメのそれは裸で踊る……つまりストリップショーに近いかな。そうやって宴会の場で娯楽を提供した」

 

ストリップショーと神楽とアイドルを一緒くたにしたらダメだと思います。

 

「そのあと天岩戸伝説ではどうなった?」

 

「えっと、アマテラスが出てきた、ですか?」

 

「そう、それで世界が照らされたでしょ。じゃあ神楽はどう? 雅楽に合わせて舞い踊る、これは娯楽と同時に宗教的儀式に言えるんじゃないかな」

 

「その、あんまり難しいことはちょっと……」

 

「あはは、ごめんごめん。つまり言いたいのはさ、宗教っていうのは人の心を安心させるためにあるわけ。理屈じゃなく信仰の部分で。そう考えたとき、君の目指すアイドルと繋がるんじゃないかな」

 

「……?」

 

「アメノウズメ、神楽、アイドル。共通点は娯楽だ。人を興じさせること。そしてその先にあるものも同じ。『世界を照らす』『人心を安心させる』それから君の目指す『人の心を照らすアイドル』……全部同じでしょ?」

 

「あっ」

 

その通りだ。気づいてしまえば、これほど似通っているものもない。私の目指すアイドルの形と、何世代にも渡って躍りで人の世を照らしてきた神楽。

 

「この先にあるものは、君が目指すアイドルの形を何千年も先取りした日本最古のお手本だ。よく見取り稽古をするように」

 

その言葉を胸に刻み込み、私は奏でられる音楽を耳に、舞台の上で舞う巫女の動きを目に焼き付けた。

 





原作だと日本神話要素あんまり回収されなかったですね。ツクヨミとかアメノウズメとかアマテラスとか。原作最後引きこもったルビーを外に連れ出す天岩戸伝説をなぞった展開とか見てみたかった。
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