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スピーカーから『ファー』と鳴る
足の運びに注意を払いながら舞台をぐるりと回り、私は左手に持つ
私が持っている神楽鈴と榊の二つは『採り物』と言って意味があるものらしい。鈴の音色には邪気を払う退魔の効果と、神様を呼ぶ呼び鈴の意味がある。そして榊には『木・神』と読んで字のごとく、神様が宿る依代としての意味があるそうだ。
「はい今日の練習はここまでです」
「ありがとうございました!」
神楽を教えてくれる地元の神社の宮司さんに向けて礼を言う。
夏に行われる祭りに向けて、私は公民館で週に何度か神楽の練習を行なっていた。進捗は上々、もともと踊るのは得意だからね。ダンスと違って舞はゆったりとした動きが多いけど、そこは前にも経験済み。一度所作を覚えればあとは体に染み付くまで繰り返すだけだった。
「そう言えば、君の知り合いという人が一人見学に来ていましたよ」
「知り合い?」
一体誰のことだろうか。ミヤコさんかお兄ちゃんが見に来てくれたのかな。もしくは師匠かも。
見てくれていたのなら、きっと驚いてくれたに違いない。神楽を踊る私は普段と違って神聖さと厳かな雰囲気を身にまとった清楚系美少女だからね。
まぁ普段もお喋りで愉快で明るい活発なだけで、美少女なことには変わらないけど。
「こんばんは、ルビーさん。頑張っているみたいだね」
「いや誰!? って、待った。よく見たら見覚えがある……?」
公民館の外に出ると、そこには見覚えのある一人の男が立っていた。金髪で、妖しい声、吸い込まれるような瞳をした男の人。前に花屋で会った人だ。
名前はたしか……。
「思い出した! ミッキーさん!」
ハハッ!
「ミキです。その間違い方はいろいろまずいからやめてもらえるかな?」
そうだった。白い薔薇をくれたミキさんだった。
「お久しぶりです。今日はどうしてここに? というか私の名前教えてないですよね」
一体どこで知ったんだろうか。
「商店街の人から教わってね。気になって見に来たんだ。良い舞だったよ」
なるほど。
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「けどまだまだだ。君の輝きは彼女と比べたら足元にも及ばない」
褒めてくれたと思えば、次に出てきた辛口評価だった。彼女って誰なんですか。そんな知らない人と比較されても困るんですけど。
「特に瞳が駄目かな。彼女のような人間の心を吸い込んでしまうような昏い輝きを持った瞳を君は半分しか受け継がなかったらしい。それが残念で仕方ない。もっと瞳を輝かせてくれ」
「生まれ持った容姿をそんなふうに言われても困ります」
目フェチ? 目フェチなの?? その瞳に対する強いこだわりはなに???
「いつか、その君が価値を手にした日には──」
ミキさんが焦点の合わない目で私の肩を掴んだ。怖い。彼の視線は私に向いているが、私を見ていないように思える。やっぱりこの人ロリコン? 花をくれた良い人だと思ってたけど危ない人なのか?
不安だからいつでも投げ飛ばせるように彼の腕に手を添えておこう。これでも柔道と合気道とボクシング習い始めて大体一年と少し、大人の男の人でも無防備なら投げられる。はず。見たところ無防備だし。
「──カァ!」
そのときカラスの鳴き声が響いて、ミキさんがはっとしたように瞬きをした。
「……ああ、申し訳ない。不躾だったね」
そして次の瞬間には、彼は笑って手を離してくれた。先ほどあった異様な雰囲気はもう霧散している。気のせいだったのかな。
「ともかく、本番の日にはもっと君が輝けることを願ってるよ」
「はぁ、よく分からないですけどありがとうございます」
そう言うとミキさんは背を向けて去っていった。ただのポエマーな人なのか?
「カァ!」
私の頭上でまたカラスが鳴いた。公民館の屋根で羽休めをしているらしい。あれ、よく見たらあそこにいるのツクヨミ二世じゃない?
「おーい、ツクヨミ二世!」
「カァ──!!!」
ツクヨミ二世が大きく鳴き声を上げると、カラスたちが一斉に飛び上がり、ミキさんに突撃していった。
……ミキさんに突撃!?!?!?
「ちょ、ダメダメ! 人に危害を与えちゃダメでしょ!? ミキさん大丈夫ですか!?」
それを見た私は急いでカラスに群がられているミキさんに近づき、カラスを追い払った。ミキさんのスーツは啄まれて所々ほつれていて……う、うっわぁ。白い鳥の糞がべったりついてるよ。これクリーニング代高そう。
「大丈夫ですかミキさん」
「……酷い目にあったな。まさかいきなりカラスが突撃してくるなんて」
ほんとだよ。イタズラにも程がある。今度ツクヨミ二世に会ったら叱っておこう。
「カラスって自分を虐めた人間の顔を覚えて仲間に共有するくらい賢いそうですよ。もしかしてミキさん、何かカラスから恨みを買うようなことしたんじゃないんですか?」
「いや、カラスに嫌われるようなことをした覚えはないのだけれど」
ならそういう体質なのかもね。可哀想。
そして突然の不幸に見舞われたミキさんは肩を落としながら帰っていった。
……さて、不思議なことに私に期待してくれる人が一人増えたみたいだし、私も家に帰って神楽の自主練を頑張るとしよう。
──シャン!
一歩踏み出し、腕を振れば、神楽鈴代わりのタンバリンから音が鳴った。家で練習するための代替品である。
──シャン!
そういえば今日、神楽は神様と人を楽しませるものだと神楽を教えてくれる先生が言ってたな。
──シャン!
私は人は死んだあと魂だけになって次の人生を歩む、輪廻転生が普通だと思ってた。ネット小説だとそういう設定が多いし、実際私も転生してるし。でもこれは仏教の考え方で、神道では違うらしい。
──シャン!
神道では死んだあと、人は神様となってこの世を見守るそうだ。だったら死んだママも神様になって、私を見守ってくれているのかな。
──シャン!
ママも、私の踊りを見て楽しんでくれると良いな。
「ルビー、まだやってるのか?」
「あ、お兄ちゃん」
もう夜も深い時間だ。明日に障らないよう練習を終わろうとしたそのとき、稽古場にお兄ちゃんが入ってきた。
「ん、水」
「ありがと」
お兄ちゃんが手渡してきたペットボトルを受け取り、栓を外す。
「ごくごく、ぷはーっ。あー、生き返るー。それにしても気が利くねお兄ちゃん」
「妹がこんな時間まで引きこもって踊りの練習してるんだから、そりゃ見に来るだろ」
「もう、心配性だなお兄ちゃんは。相変わらずシスコンなんだから」
「言っとけ」
そう言ってお兄ちゃんは『ふん』と鼻を鳴らした。素直じゃないね。
「お兄ちゃんはさ、まだ私がアイドルするの反対?」
「……」
稽古場を掃除しながら、私はお兄ちゃんにそう問いかけた。答えはない。だけど目を見れば分かる。その瞳は『反対』と雄弁に語っていた。
お兄ちゃんの気持ちもわかる。ママのことがあって、私に同じ目に遭ってほしくないんだろう。はっきり言ってアイドルはそういうトラブルのリスクが付き纏う職業だから、反対するのも無理はない。
例えとしては不適切かもしれないけれど、私だってお兄ちゃんがホストやりたいとか言い出したら反対するもん。お兄ちゃんがホストとか女に刺されに行ってるようなもんじゃん。
「そっか。でも私だって、夢を諦めるなんてできないんだよ。ごめんね」
「まだ何も言ってないだろ」
「言われなくても、何を考えてるかくらい分かるよ。双子だし」
「「その理屈はおかしい」」
私がお兄ちゃんの言いそうなことを先読みして吐いた言葉が、お兄ちゃんの言葉と重なった。
「『たまたまだろ』『まさか』『……本当に?』。ほらね?」
「お前はエスパーか」
「どうも、エスパーの星野ルビーです」
私がボケるとお兄ちゃんは軽く頭を叩いてきた。
「掃除に集中しろ。早く終わらせないと……明日も学校だぞ」
「はいはい」
それから私たちの間に会話はなく、夜の静けさの中粛々と掃除が進められた。
掃除をするのは使った私だけで良いのに、わざわざ手伝ってくれるなんてほんと、素直じゃない。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「夏祭り、見に来てね。私が成長した姿を見せてあげるから。そしてお兄ちゃんに私がアイドルになることを認めさせてみせる。絶対だよ」
神楽のあとは自由に踊って良い時間がある。だったらそこで、私は特訓の成果を兄に見せつけよう。
私はお兄ちゃんが小さく頷くのを見届けてから部屋に入った。
「おやすみルビー」
「おやすみお兄ちゃん」
兄を納得させないことには私のアイドル道は始まらないから。
「あそーれ! あーよいしょ! そーれそーれそーれそーれ!」
「いやそれは何の練習だよ」
「『サインはB』の盆踊りバージョン」
「そんなのあったか……?」
あるんだなぁ、これが。