夏祭り当日がとうとうやってきた。地域住民から散歩コースや憩いの場として親しまれている公園は様変わりしている。
道には屋台が並び、提灯のほのかな明かりが道行く人たちを照らす。
少し歩いて開けた場所に出ると、そこには今日私が舞う舞台があった。祭りのたびに設営される神楽殿。
にしても観客の数がすごいな。子どもから老人まで、このあたりに住む人たちがみんな集まっているのかと思うくらいの人数だ。ぱっと見たところ百人くらいはいそう。
「緊張していますか、ルビーさん」
舞台の裏で衣装を着て準備をしていると、ここ数ヶ月神楽を教えてくれた先生が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「はい、緊張してます。でも不安はないです。やるべきことは全部やってきたので」
「頼もしいですね」
私にとって、今日の舞台はある意味初ライブとも言えるものだ。気合を入れていこう。私は今日この日のために、一年半前から努力してきたのだから。
「ルビー、調子はどうかしら」
ミヤコさんが様子を見に来てくれたようだ。夏祭り仕様の浴衣姿が様になっている。
「大丈夫だよミヤコさん。お兄ちゃんは?」
「場所取りしてるわ。張り切っちゃって」
あはは、何だかんだお兄ちゃんも私と同じドルオタだからね。気合入れて前列を死守してるのかも。
「そろそろ出番だから行ってくるね」
「頑張って」
ミヤコさんからの激励を受け取り、私は憧れの舞台へと昇る。
深く深呼吸をして目を開けば、たくさんの視線が私を見ていた。うわ、お兄ちゃんがいる場所ど真ん中じゃん。私からもよく見えるし、向こうだって私のことよく見える位置じゃん。
そうこなくっちゃね。
私は笑みを浮かべ、神楽鈴と榊を握りしめた。
さぁ、始めよう。
──シャン!
これより始まりまするは、神代より連綿と受け継がれてきた世界を照らす神事。
──シャン!
太陽を隠した岩戸を開き、常闇の世に暁を呼び込む。
──シャン!
──シャン!
ご覧じろ、神も人も等しく照らす、一番星の輝きを!
生まれたときに母親の命を奪ってしまった俺は、唯一の親族である祖父母に対し負い目を抱いて生きてきた。だから生まれてこの方、彼らに我儘なんて一度も言ったことはない。
医者になることを決めたときも、自分の本当の希望をねじ曲げて産科医になることを決めた。
そんな経緯で医者の世界に踏み込んだものだから、研修医になった頃の俺はさっぱり自分の仕事に情熱を持てないでいた。
そんなときに出会ったのがさりなちゃんだった。俺と──僕と同じ、親を得られなかった子。彼女と付き合うきっかけは同情心からだっただろうか、それとも彼女に自分を投影して傷を舐めたかっただけだろうか。
いや、違う。僕は多分知りたかったんだ。病気と孤独、そんな環境の中を生きる君があの日、どうして情熱を持った瞳で病院を抜け出そうとしたのか。
『えぇ、せんせってばアイのこと知らないの? 人生の七割損してるね』
アイドル。B小町のアイ。彼女の心に灯ったその灯火を知った。最初は正直ただの付き合いでしかなかった。けど、さりなちゃんと一緒にアイを応援する日々は楽しかったな。
いつの間にか僕もアイに熱中するようになって、二人で一緒にテレビに張り付いてアイのライブ映像を観て応援して声がでかいと怒られたりもした。曲を聴いて『この曲の良さはあーだ』とか、『B小町のアイ一強体制は良くない』とか話したっけ。
あの時間は、
だけど、やっぱり俺の人生は後悔が付き纏う運命にあったらしい。
B小町が宮崎に来るからせっかくライブのチケットを押さえたのに、その日を迎えることなくさりなちゃんはこの世を去った。
俺は彼女を推しに会わせてやることができなかった。病気を治すことも。親を連れてきてやることも。
あれは俺の人生で間違いなく最悪の出来事だったよ。未練がましく君からもらったアクリルキーホルダーをつけ続けていたのがその証拠だ。俺にとって君は忘れられない、吹けば飛ぶような小さい灯火だったけれど、確かに光と温かさをくれた存在だった。
君が死んだあとは君の代わりに、あるいは君の代わりを求めて俺はアイの信奉者になった。そしてさりなちゃんの死に次ぐ人生最悪の出来事が訪れる。
そう、妊娠した推しのアイドルが診察に来たのだ。あのときはゲボ吐きそうだったなマジで。医者の矜持と推しの前ということもあって何とか踏みとどまったけども。
まぁ、それからいろいろあってアイが子どもを産むことには折り合いをつけて、彼女に協力した。そして子どもを取り上げる日──俺は崖から落ちて。いや、正確には突き落とされてポックリ死んでしまったのだ。病院の近くをうろついていた不審者を追いかけたばかりに。
そして気がついたときには、俺は自分が取り上げるはずだったアイの子どもに転生していたのである。
最初は意味が分からなかったが、しかし状況を受け入れてみればそこは天国でしかなかった。ドルオタとして推しが母親になるのは天国と言わざるを得ないだろう。
転生してからはもうアクセル全開フルスロットルの爆走道中で、前世の雨宮吾郎としての人生は置き去りにしてしまうくらい幸せなことばかりだった。
普通の子どもってこんな人生を歩めるんだな。ズルすぎんだろ。
……ただまぁ、そんな人生にも多少の欠点はあった。それは双子の妹、同じ転生者の星野ルビーの存在である。
こいつ滅茶苦茶生意気なんだよなぁ。四六時中、ことあるごとに女であることを利用してアイにべったりぴったりくっついて離れない。そしてそのことでマウント取ってくる上に、自分のことは棚に上げて僕のことをキモオタだのなんだの言ってくる始末。性格終わってるだろ。こいつの前世は絶対ろくでもないやつだ。
『いったぁッ! うわーん、お兄ちゃん足擦りむいちゃった歩けないおんぶしてぇ!』
『私ピーマン嫌い。お兄ちゃん私の分も食べて』
『ねーねーお兄ちゃん。お遊戯会のダンス、ちゃんとできてるか見てくれない? めんどくさがらないでさ、お願い!』
まぁ、前世がどんなやつであれ今世では可愛い妹だ。それにどこか憎めないところがある。なんというか、ルビーはちょっとさりなちゃんに似てるんだよな。いや性格は全然似てないんだけど、危なっかしいところとか。庇護欲をくすぐられるところとか。
『ママー、私をお風呂入れてぇ?』
『もう3歳になるのに、ルビーは甘えん坊さんだね。ならアクアも──』
『お兄ちゃんはもう3歳なんだから一人で入れるよ。それに男の子だから私たちと一緒にお風呂に入るなんてだめ』
いややっぱり気のせいだな。さりなちゃんは健気で天使みたいな子だった、こんな生意気で小悪魔みたいなガキとは似ても似つかない。
『アクアだけ除け者なんて可哀想でしょ? 家族は一緒が一番なんだから』
『……むぅ、なら目隠ししてよね。ママと私の裸見たら許さないから』
けどまぁ、推しの母親とムカつくけど可愛い妹がいる
だから、忘れていたのだろう。
結局
アイは俺たちが3歳になった年の冬、ドームライブ当日にストーカーに刺されて死んだ。ストーカーは前世で俺を殺したやつだった。
俺が気づいていれば、防げたかもしれない事件だった。
俺の人生は後悔ばかり。
だから、もう二度とこんな思いはしたくないんだよ。
なのになんでお前は──。
「アクア、カメラ下がってるわよ」
ミヤコさんに言われて、手に持っていたビデオカメラからルビーの姿が外れていることに気づく。考え事をしていたせいで手元が狂ったようだ。
舞台の上ではルビーが神楽を舞っている。普段の騒がしい姿から想像できないほど、今の彼女は神聖さと厳かな雰囲気を纏っていた。その洗練された動きと静寂を切り裂く鈴の音を周りの観客たちも静かに見守っている。
いつの間にあんな実力を身に着けていたのだろうか。
俺の記憶の中にあるルビーは、生意気で、転んでばかりの頼りない、守るべき妹の姿で止まっている。母親譲りのルックス、演技の才能、ダンスの才能、それらがあったことは認めよう。だが所詮未だ咲かない蕾でしか無かったはずだ。それが変わったのは1年半前。
『アイドルになりたい』と言い出したルビーを俺は否定した。あいつは定期的に、まるで発作のように突然アイドルになりたいと口走る事がある。今回もまた始まった、いつもと同じでなあなあで流してしまおう、俺はそう思った。
しかしそのときは本気だったらしい。癇癪を起こし家を飛び出したあいつは、どういうわけか協力者を拾ってきた。自分を育ててくれる、俺にとっての監督のような存在を。
それからあいつは、アイドルになるための修行に熱中するようになった。
……正直、俺は今でも反対だ。アイドルの光と影、その残酷な結末を嫌というほど見てきたから、ルビーには普通の幸せを掴んでほしかった。
それにミヤコさんは信頼できると言うが、知らない相手に妹を預けることも忌避感がある。
……まぁ、俺も監督のことを引き合いに出されると何も言えないんだが。
そしてあいつは止まらなかった。
早起きして走り込みをし、帰ってきたらサンドバッグ相手に打ち込みをして、怪しげな車に乗り込んで特訓に向かう。
学校の成績も上がり、なぜか外国語を話し始め、果てはこうして夏祭りのボランティアと称し大勢の前で踊っている。
俺が五反田監督のもとで裏方の技術を学んでいる間、知らぬ間にルビーも色々と学んでいたらしい。
──シャン!
そして神楽を締めくくる最後の鈴の音が夜空に響き、一時間弱にも及んだ舞は終わりを迎え、周囲から拍手喝采が鳴り響く。
舞台に立つルビーの顔は晴れ晴れとしていて、息切れ一つ見られない。毎朝の走り込みの成果だろうか。
「終わったわね」
「そうだな。ルビーを迎えに行くか」
「何を言ってるのよ。神楽が終わっただけでまだ舞台は続くのよ? このあとは自由演舞って聞いているけれど」
「はぁ?」
自由演舞? 一体何を踊ると言うんだ。
「何をするのかは演者に自由に決めさせるそうよ。だから毎年やったりやらなかったりだとか」
『お兄ちゃんに認めさせてみせる』
ルビーの言葉が脳裏によぎった。
「みなさーん! 神楽を観ていただいてありがとうございました! いかがでしたか!」
いつの間にか舞台の上には衣装替えをしたルビーが立っていた。巫女服に似た和装チックな服装であるが、それと比べる明らかにデザインが派手だ。
……どう見てもアイドル衣装だよな、あれ。どっから持ってきたんだよ。
「ここからは自由演舞になります! それで実は私、アイドルに憧れてるんです! 歌って踊るアイドル!」
まさかあいつ、夏祭りでアイドルライブするつもりなのか? 神楽のあとのポップミュージックとか情緒死ぬぞ。神聖な神事からの俗っぽいライブとか落差で風邪ひくわ。
「なので、今からアイドルライブをします! 良かったら見ていってください!」
そして流れる『STAR☆T☆RAIN』の前奏。
『We Are STAR☆T☆RAIN Check Now!Come on!Come on!Come on!Come on──』
マジかよ。観客置いてけぼりだろこんなん。見ろ、隣の爺さん口開けて呆けちまってるじゃねぇか。
「おい、良いのかミヤコさん」
「仕方ないでしょ? ルビーが直談判して町内会の人たちから許可もぎ取ってきたんだから、認めるしかないじゃない」
爺さん婆さん相手にどうやってこんなポップな曲を踊る許可取ったんだよ。
「ルビーにとって神楽とアイドルは同じものらしいわよ。踊りと曲で人の心を楽しませる、きっとその熱意が伝わったのね」
「納得できない」
「あとアイドル活動は心の健康によいから実質医療行為とも言っていたわね」
「それはよく分かる」
「なんでそっちは分かるのよ」
前世で俺とさりなちゃんが出した結論だからだ。異論は認めない。
……いやだとしてもここでアイドルライブはやっぱり無理があるだろ!?
雰囲気ぶち壊しだ。ここから場を盛り上げるなんてことは──。
前奏が終わり、舞台の上で二色の光が灯った。赤い光と青い光。
ルビーが手に握っている、サイリウムの光だ。
「難しいこと考えるよりも もっとスウィートな愛を感じてたいの」
歌い出しとともに、彼女は舞台の上で軽やかに舞い始めた。その動きはどこか神楽に似ているが、それよりもずっと激しい。
『良いも悪いも見た目じゃね』
「宵も祭りもこれからさ」
『大人しそうなほど騙されるの』
「大人だって私が魅せてあげる」
ルビーが舞台を蹴ると、瞬く間に彼女の体は舞台の端から端まで滑るように移動した。その輝く瞳を観客全員に見せつけながら。
巫女の緋袴を模した赤いスカートが鮮やかに翻り、その残像が花のように咲く。
そして挑発的なウインクと共に、ルビーはその場で高速のスピンを決めた。独楽のように回転しながらも軸は全くブレない。遠心力でなびく長い髪が、照明の光を浴びて黄金の輪を描く。
俺はカメラを構える手が一瞬震えそうになるのを必死で抑えた。ただのダンスじゃない。あれは格闘技の足運びだ。あらゆる方向へ瞬時に動ける重心移動。それをアイドルの振り付けに昇華させている。
「Be all light 今は
『いつもそうさ 一瞬が勝負』
次の瞬間ルビーは手にした二本のサイリウムを遥か頭上、夜空へ向かって放り投げた。赤と青のサイリウムが流星のように光の筋を残し天に舞う。
投げ捨てたのか? いや、違う。
そして地に残った彼女は片手を地面に突き、足を天に向けくるりと回った。かと思えばすぐに足を下ろして舞台を蹴る。
助走も反射板もない、己の身体能力だけで跳んだにしてはあまりにも高すぎる跳躍だ。彼女は空中で体を丸め、伸身の姿勢で美しいバク宙──いや、体操選手も顔負けの
そして回転の頂点で、落ちてきたサイリウムがルビーの手元に吸い込まれるように戻り。
彼女は空中でそれを掴み取ると、音に合わせて着地した。足音一つ立てない、猫のような着地。
周囲からどよめきが聞こえる。皆がルビーの姿を見ながら息を呑んでいた。常人には成し得ない、神がかった演舞に圧倒される。もちろん俺もそのうちの一人だ。
今のあいつは自分の得意を極限まで活かしている。アイドルのことなど何も知らない観客たちに、パフォーマンスで魅せつけているんだ。
「Be all light 君はどっちが良い」
着地と同時に決めポーズをとったルビーが、前髪の隙間からこちらを見据える。まるで俺に問いかけるように。
気のせいではないだろう。その突き出した青いサイリウムの先は俺に向けられている。
俺に、選べっていうのか。
「大切なことはそう見えないの」
そして照明が逆光になり、彼女の顔に影が落ちる。その瞬間、俺は見てしまった。
暗がりの中で、異様な光を放つルビーの瞳──星を宿した、両の瞳を。
流れる汗は彼女を彩る煌びやかな宝石のようで、艶めかしい呼吸音はもはや曲を盛り上げる一種の奏具のよう。そして獲物を射抜くような強烈な眼光。
その姿が、俺の記憶の底にある「アイ」の姿と完全に重なった。
いや、違う。アイは天性の才能で輝いていた。だがルビーはその才能の上に、泥臭い努力と、物理的な強さを上乗せして力づくで視線を奪いに来ている。
「そうこれはSTAR☆T☆RAIN 乗っていこうよ」
月のように美しく、太陽のように眩い輝き。
「きっとずっと止まらないから」
星のように誰もを魅了し、
「あなたが監督のところで鍛えてもらっているように、あの子だって成長しているのよ。兄として、今のルビーをちゃんと受け止めてあげなさい」
ミヤコさんは網膜にルビーの姿を焼き付けながら、感慨深そうに呟いた。
いや、俺は復讐のために監督を利用しているだけだ。ルビーとは全然趣が異なる。あいつは自分の夢のために、前を向いて全力で走り出した。後ろ向きな俺とは違って。
「さあ手を上げて振り回して まだまだ行くよ」
そんな眩しいあいつの生き様の結晶だからこそ、俺は今目が離せないのかもしれない。
「そうこれがSTAR☆T☆RAIN もっと騒いで きっとずっと終わらないから さあ手を上げて振り回して」
ああ、これは無理だ。アイを失った俺の心と脳は、この光に焼かれずにはいられない。俺にもうあいつを止めることは出来ないかもしれない、身体能力的にも負け始めているし、何よりもう心がダメだ。
「もっと騒いでいたい君と──!」
俺の心は、彼女の輝きをもっと見たいと叫んでいるのだから。
「悪いミヤコさん。俺、ちょっと行ってくるわ」
「はぁ? どこに行くのよ」
「近くでサイリウム売ってただろ。買ってくる」
「あなたねぇ、あれだけルビーにいちゃもんつけておきながら結局ノリノリじゃない」
美しいものを前にすると、人は心変わりをするもんだろ。許せ、ミヤコさん。
「待ちなさい」
「止めても無駄だぞ」
「お金を渡すから私の分も買ってきなさい」
いやあんたもかよ。
俺はお金を受け取って熱狂する人混みの中をかき分けて行く。
もし天国にいるさりなちゃんとアイが今の俺を見たらどう思うだろうか。
推しのアイドルを死なせておきながら、妹が同じ世界に行くことを止められない俺を。
ルビーを、妹を危険に晒すなと怒っているかもしれないな。
……安心してくれ、復讐は果たす。それをもってルビーも守る。俺のやるべきことは変わらない。
「……ただ少しだけ寄り道させてくれよ」
俺はサイリウムを握りしめ、そう呟いた。
え‼️ アクアそれさりなちゃん‼️ 君の妹はさりなちゃんなの‼️ 早く気づいて‼️
18話で祭りを締めくくったら第一章(幼年期編)が終わって中学時代編ですかねぇ。
感想評価を頂けるとモチベなります。