「いやー、大盛り上がりだったね。最高に楽しかった。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
演舞を終えて、浴衣に着替えた私は隣で澄まし顔をしているお兄ちゃんの頬をツンツンとつついた。
「ウザいからやめろそれ」
へっへっへ、お兄ちゃん楽しそうにサイリウムを振ってるの全部こっちから丸見えだったんだからね。口では何と言おうと、身体は正直ですなぁ。
「アホなこと言ってないで、今後の身の振り方を今のうちに考えとけよ」
「今後?」
「ほら」
お兄ちゃんが私にスマホの画面を見せつけてくる。そこには先ほどの私の神楽とアイドルライブの映像があった。どうもSNSで拡散されているらしい。
「ネット配信者がこの祭りに来てたらしいな。そこからお前のことが一気に拡散されて、今切り抜き動画が出回ってる」
「ふーん、やったね。無料で私のことを広めてくれるなんてこんなありがたいことはないよ」
「その分、お前の身に危険が付き纏うぞ」
お兄ちゃんは険しい顔で言った。分かってるよ。私だっていろいろ勉強してる。昔みたいな楽観的主義の頭くるくるパーの少女じゃないんだから。
演舞が終わったあと、私の周りにはたくさんの人が声をかけに来てくれた。ミヤコさん、商店街の人、アイちゃんと子どもたちを連れた院長先生、そして師匠。みんな私を褒めてくれてうれしかったな。
だけど来たのは知ってる人たちばかりじゃない。記者や芸能関係者たちも詰めかけてきたのだ。
そういった人たちに対処するのに、私は向いてない。何と言っても未成年だし、経験が足りないからだ。だから保護者として、今ミヤコさんが対応してくれている。
ミヤコさんはもともとママのマネジメントもしてた人だから、あの人に任せておけば安心だろう。
「……家に帰ったら、私を事務所に所属させてくれないかミヤコさんに聞いてみるよ」
「それが良いだろうな」
「反対しないの?」
「こうなってしまったからにはフリーの方が危ない。それにお前はB小町の曲を使ったんだから、今後お前に対する問い合わせは苺プロに来るはずだぞ。そのときに無所属なんて言ったらどうなるか……」
「なんだか面倒くさいね」
「そういう世界だからな」
お兄ちゃんと一緒に人通りの少なくなってきた道を歩く。だんだんと屋台の人たちも撤退し始めているようだ。祭りが終わって、公園は閑散とした姿を取り戻しつつある。
「そうだお兄ちゃん。最後に花火していかない?」
私たちの手元で線香花火がパチパチと爆ぜて、儚くも美しい光を放っている。
やがてプスプスと音を立てながら先端が丸くなってぽとりと地面に落ち、散った。
「はーい私の勝ち!」
「いや、今のはほぼ同時に落ちただろ」
「私の方が高いところで持ってるから、玉が地面にぶつかるのは私の方が遅かったんですけど?」
「セコすぎだろ。負けるのが分かってたからそんな真似をしたのか?」
「はぁ? じゃあもう一回戦して白黒つける?」
「やってやろうじゃねぇか」
そんなくだらない理由で私とお兄ちゃんの第二回戦が始まった。
「おい待て、先に俺の方から火をつけようとするな。お前ほんっと……」
「チッ、バレたか」
仕方なく身を寄せ合って、二人の線香花火に一つのライターで同時に火を付ける。
そしてまた暗闇の中でパチパチと小さな閃光が走った。稲妻のような、枝葉のような模様がジリジリと迸る。今度は二人とも玉が落ちることなく、静かに冷えて無くなってしまった。
「引き分けだね」
「引き分けだな」
勝負はつかなかった。仕方なく私たちは残った部分をバケツに張った水につける。見た目では冷えていてもまだ熱が残っていたのか、小さくジュッと音が聞こえた。
「帰ろっか」
「……そうだな」
ミヤコさんも、そろそろ面倒な人たちの対応を終えた頃だろうか。さっさと家に帰ってご飯を食べたい。
私はバケツとビニール袋を持って歩き出す。キリキリと鳴く虫の音とカランと鳴る軽快な下駄のリズムだけが耳に聞こえる。そして夜空を見上げれば、そこには輝く星々が見えた。
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだ」
「私はね、
お兄ちゃんにとって、アイドルはあの線香花火と同じような存在なのだろう。刹那を美しく花咲いて散っていく儚い存在。でも私にとっては違う。ママの輝きは今も胸に残っている。決して消えることのない星の如き輝きが。
星は昼には見えなくても、確かにそこに存在してるものでしょ。
「……心配しなくても、俺はもう反対するつもりはない。好きにしろ」
「好きにしろってそんな投げやりな。私はお兄ちゃんに、今の私をちゃんと受け入れてほしいんだよ」
「どうしてそこまで俺の同意にこだわる。俺たちはもう中学生になるんだ。半分は大人みたいなもんなんだから、ルビーの人生はルビー自身が決めれば良いだろ」
「こだわるよ! ……だってお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよ。たった二人の、血を分けた家族じゃん。私は家族の気持ちを蔑ろにしてアイドルをしたくない」
「なら、俺が反対すればやめるのか?」
「それも無理、だから納得させようとしてるんじゃん」
「無茶苦茶な」
どちらか片方なんて認められない。認めたくない。星野ルビーは欲張りなんだよ。
「お願いアクア。ママが残した影ばかり見てないで、ちゃんと私を見てよ」
前を行く兄の手を引いた。
お兄ちゃんの心は過去に囚われている。それを知ったのは一年近く前、あの日、お兄ちゃんの苦しそうな寝言を聞いてからだ。それからほぼ毎日記録を取っていて気がついたことがある。
どうにもお兄ちゃんは、ママが死んだことを自分のせいだと思っているみたいだ。はっきり言っておかしな考えだと思う。だってあの頃の私たちは3歳だよ。ママを守るなんてことは不可能だ。そりゃあちゃんとチェーンロックかけるようにいうくらいはできたかもしれないけれど、それだけで自分を責めるなんておかしい。それを言えば、ママの周囲にいた人たち全員に責任がある。
だからお兄ちゃんがそんなに気に病む必要はない。それなのにお兄ちゃんはママの写真を見るといつも苦しそうな表情を浮かべる。
「ママのライブをテレビで見たみたいにさ、また一緒にアイドルを楽しもうよ。昔みたいに笑ってライブを──」
「それはもう無理なんだよ……ッ!」
私の手を弾いた。
「俺が終わらせないとまた──!」
「……」
「……悪い」
私がヒリヒリと痛む手を撫で押さえると、それを見たお兄ちゃんはまた苦しそうな顔で俯いた。
「私もごめんね。お兄ちゃんを急かしちゃって」
ママの死で傷ついたお兄ちゃんの心が癒えるには、まだ時間が足りなかったらしい。
「今日は諦めるよ。でも忘れないでね。私がお兄ちゃんにも応援してほしいって思ってることを」
「覚えとく」
それから私たちはミヤコさんと一緒に家に帰った。
いろんなことを経験し、前世と比べれば私は随分心が成長した気がする。大人になったとも言えるだろう。そんな風に感じられる、蒸し暑い夏の夜だった。
「今日は楽しかった」
寝る前に兄から告げられた言葉を私はお兄ちゃん観察ノートにしっかりと記した。
夏が過ぎ、秋を越えて、冬が終わり、春の訪れとともに私たちは中学生になった。
この数ヶ月間、特に目新しいことはなかった。強いて言うなら私が正式に苺プロ所属になったことくらいかな。
苺プロに所属したとは言ったが、別にアイドル活動をしているわけではない。そもそも今の苺プロはネットタレント中心でアイドル部門がないからね。なので私も必然的にネットでの活動を余儀なくされたのだが。
「ネット活動って言っても、何すれば良いの?」
「ルビーにはもうネット上に浸透してるキャラクターがあるでしょ?」
そう言ってミヤコさんが取り出してきたのは真っ白、ツルツルの剥いたゆで卵のような覆面である。
……それ!? いや私ただのアシスタントなんですけど!?
「使えるものは何でも使うべきよ。ほらほら」
そして開設された『いつかアイドルになるタマゴちゃんチャンネル』。投稿内容は未定。今のところダンスの練習配信しかしてないチャンネルである。もっとも自分のチャンネルは据え置きでぴえヨンのアシスタントに駆り出されることの方が多い。
アイドルの姿か、これが。まぁお給料が良いのでそこまで不満はないですけどもね。
「ふぅ、今日の配信はこれで終わりです……って、うん?」
私がダンス耐久配信を終えてカメラをストップしようとすると、不意にノートパソコンにコメントが表示された。
『やっと見つけた』
アカウント名『ウィル・オ・ウィスプ』さん。赤スパ一万円。こんな零細チャンネルにいきなり赤スパなんてとんだ物好きもいたもんだ。
「あはは、あんまり返せるものはないですけどありがとうございます」
『いつデビューするの? 初ライブはどこ? グッズの販売は?』
怖いよ。いきなり厄介ファンを抱え込んでしまったらしい。私はとりあえず未定と言って配信を切った。
とまぁ、芸能人としての活動は下火で今のところはこんな感じ。もちろんただ足止めを食らってるわけにもいかないので、ミヤコさんとは鋭意交渉中である。とりあえずメンバー募集だけでもかけてくれないかな。
それと、もう一つ変わったことがある。あの夏祭りの日以来身体の調子がすこぶる良いのだ。なんかあの舞台では神楽を踊ってる最中バリバリ! ピカピカ! ジャンジャンジャーン──! みたいな感じで体がもう軽くなって、いきなりパフォーマンスの質が上がった。
最高値はそのままなんだけど、常にそれに近い値を出し続けられるようになったというべきかな。カタログスペックをそのまま出せるようになった。
おかげで朝ランしてると警察の人に『足が速すぎて危険』という謎のお叱りをいただいたし、神社で踊るといつもの倍以上のカラスが見物に来るようになったし、サンドバッグには穴が開くし、食事量も滅茶苦茶増えた。
……え、大丈夫? 私人間じゃなくなった?
「成長期ね」
「成長期だろ」
二人はそう言うけどはっきり言って怪しいよ。異常だよ。試しに自分で50m走のタイム測ってみたら7秒00だったからね。日本女子記録が6秒47だよ? 怖くて封印するしかないよこんな身体能力。
あとなんか、二コポが使えるようになった。私がニコッとするだけでみんな頬を染めて顔をそらすんだよね。
「ルビーは可愛いからな」
ありがとお兄ちゃん。でも明らかおかしいよね。魔性の女っていうか、誰も直視できないなんてこんなのもう太陽じゃん。おかしいって。私何かに取り憑かれてるんじゃないんだろうか。
と、いうわけで寺生まれの阿天坊師匠のもとに相談しに行ったら。
「仕様ね。我慢なさい」
仕様ってなんですか!? 星野ルビーver.2.0ってこと!? 誰が決めたのそんな仕様!
こんなんで私、ちゃんと中学校生活送れるのかなぁ……?
「ルビー、早くしないと初日から遅刻だぞ」
声変わりでだんだん低くなり始めたお兄ちゃんの声が玄関から響く。
「もうちょっと待って。今準備してるから」
私は鏡を見ながら身嗜みを整える。
「何をそんなに時間をかけて……おい、なんだその瓶底メガネ」
「しょうがないでしょ。これないと目立って仕方ないんだから」
師匠からは中学デビューをするなら目立ちすぎるなと言われた。今の私はそれはもう悪目立ちしすぎて、共同生活にうまく馴染めない可能性があるとかなんとか。実際小学校では浮いてたから返す言葉もない。
嫉妬や理不尽な恨みは買うべきじゃない。出る杭は打たれる。それを避けるには周りを支配するか、自分を偽装するかの二択……とは師匠の言葉だ。私の場合はアイドル活動に集中するために、学校内での余計な揉め事にリソースを割くべきじゃないとのアドバイスを貰った。
だからこばち師匠直伝の地味メイクをしているのである。髪は下ろしてメガネをかける。そうすればほら、だいぶ陰な感じ出てるでしょ?
「もう良いか」
「あー待って、シュシュ忘れてる」
私は腕に愛師匠からもらったピンク色のシュシュをはめた。
「髪を下ろしてるのにシュシュいるのか?」
「いやこれ腕につけると脈とか健康状態を測ってくれる優れものなんだよ」
「シュシュに付ける機能じゃないだろ」
それはそう。
……さて、準備は整った。そろそろ学校に行こう。
「っとその前に──行ってきます、ママ」
私は幼い私たちを抱くママの写真にそう告げると扉を出た。
よーっし、これから頑張るぞぉ──!
さて、完成したつよつよルビーちゃんが高校生になるまでに何をさせようか。