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窓から差し込む光に照らされて、私は自然と目を覚ました。
「う、うーん……あれ。目覚まし鳴らなかったのかな……?」
上半身を起こし、眠たい目を擦る。
ぼーっとした頭に血が巡ってくるのを感じ、徐々に脳のトルクが上がって覚醒へと向かう。
「そういえば昨日、どうなったんだっけ……?」
たしか家出して、店長さんに会って、手を取って、ミヤコさんと家に帰ってきて。
あれ、何かを忘れてるような……?
──コンコン。
『ルビー、起きてるか』
「ん……なーにー、お兄ちゃん?」
『部屋に入っても良いか。話がある』
部屋の扉がノックされる。相手はお兄ちゃんのようだ。
「おはよ……」
「ああ、おはよう」
「朝っぱらからなんの用、お兄ちゃん……?」
「昨日は言い過ぎた、ごめん」
部屋に入ってきたお兄ちゃんはそう言って私に頭を下げた。
喧嘩した日の次の朝はだいたいこうなる。謝るのはいつだってお兄ちゃん方だ。
こういうとき、私は兄よりずっと幼いんだなって感じがする。双子なのにね。前世の年齢が関係してるのかな。
私も、素直に謝れたら……。
「ん、私こそごめん……仲直りのハグ、する……?」
「する」
私はお兄ちゃんに両手を伸ばし、互いが互いの存在を確かめるように強く抱きしめた。
これは一種の禊のようなもの。喧嘩したあと、後腐れなくやっていくための合図。
喧嘩することもあるけれど、お兄ちゃんはやっぱり私の大事な家族だ。だからこそ、お兄ちゃんには私がアイドルになることを応援して欲しい。
そのために、私は強くなる! 今日から修行だって始めて……ん? 今日から?
「ごめん、ハグ中止。今何時なの?」
「朝8時だな」
つまり、店長さん──私の師匠になってくれる人が迎えに来てくれる時間だった。
『ルビー! あなたまだ寝てるの!? 迎えが来ちゃってるわよ!』
扉の向こうからミヤコさんの声が聞こえる。
「ご、ごめんなさいミヤコさん。爆速で準備してすぐ行くからぁ!」
初日から遅刻は不味いって!
「迎え? ルビー、どこかに行くのか?」
「今からジム行かなきゃなの! あぁもう、寝癖やばいよ。でもセットしてる時間ないし……」
『ルビー!?』
「あーはい、今出る今出る!」
「おい待て、どうしていきなりジムなんかに?」
「強くなって、お兄ちゃんに認めさせるため。じゃあ、行ってきまーす!」
「初日から遅刻とは良いご身分だね、クソアイドル未満の星野ルビーちゃん?」
「あはは……ごめんなさい、
私は事務所の前に止まっていた車に乗り込む。
「初日だから気合入れてわざわざこのボクが迎えに来てあげたのに。はぁ……朝御飯も食べてないんでしょ? はいこれ食べて。サンドイッチ」
「あ、ありがとうございます」
「あとこれ、今日やる予定の特訓メニューだから確認しておいて」
運転席に座る師匠から私に、サンドイッチとファイルが渡された。私はサンドイッチを口に詰め込みながら、その内容を読み漁る。
なるほど、私の実力をチェックするのね。持久力、筋力、ダンス力、歌唱力……ぶ、武力? なんで!? それアイドルに関係なくない!?
「ま、その実力テストをする前に性根を叩き直す必要があるみたいだけど」
「誠にすいませんでした」
「でっかい、ひっろい」
車を飛ばして着いたジムの中で、私は圧倒されていた。苺プロの建物より高い天井のフロント。見渡す限りの筋トレ器具。洗練された受付の人の動き。
「こ、こここここ──!」
「え、鳥?」
「ここ、凄く高いんじゃ!?」
「まぁ、四宮財閥の関係者が利用するVIP御用達の施設だからね」
「四宮財閥……?」
「そう、四宮財閥。まさか知らないの? ニュースで名前くらい聞くでしょう?」
「え、ええっと……あ! ネット掲示板で聞いたことあるかも! たしか──通称『悪の帝国』!」
懐かしいな。私がまだアイドルにハマる前にネットサーフィンしてた頃に読んだ記事を思い出す。
脅迫、恫喝、賄賂……あくどいことを平気でしてきた拝金集団なんでしょ? あのときは言葉の意味が分からなかったけど、やばいね。
「それ蔑称だね!? いや、間違ってないけども!」
「待って、師匠って悪の帝国の幹部だったの……?」
「昔いろいろあってね。大丈夫、今は世代交代して比較的クリーンだから。遵法精神あるから安心してね」
「それは当たり前のことじゃ……?」
この人の手を取ったの、間違いだったんじゃないだろうか。
「ボクのことは良いでしょう。今日は君のこと。君がアイドルになるために、早速テストを始めようか。ウォーミングアップしてくれる?」
「はい!」
「かひゅ……かひゅ……」
「アイドル志望なのにこの持久力? 平均的な女子に毛が生えた程度だね。論外」
「イタタタッ! 足千切れちゃうぅ!」
「体も硬い。柔軟は平均程度かな」
「
「ダンスは……まぁ、悪くない。けど動きが上手いだけで、感動はないかな」
「──♪」
「ルビーちゃん歌ド下手だね!? よくそれでアイドルをやるとか言えたな!?」
「ていや──ッ! ……あべしッ!」
「年齢を加味しても雑魚雑魚の雑魚だね。こんなのにヨワヨワ娘にアイドルなんてさせられないよ。君のお兄さんの気持ちがよく分かる」
やっぱりこの人の手を取ったの間違いだったかも! 酷いよ! 私まだ10歳なんだから多めに見てくれても良いじゃん!
「ルビーちゃん、今まで何をしてたの? アイドル志望なんだったら自主練くらい普通するでしょ」
「うぅ、仕方ないじゃないですか。今まで頼れる人なんていなかったし、事務所で練習してると兄が邪魔してきて、ミヤコさんは心配そうな目で見てくるんだもん」
だから、二人の目がない時間しか練習できなかった。そしてその時間は全部ダンスに注いだから、その分他は全然ダメ。
私だって分かってる。ママみたいな凄いアイドルになりたいと言うには、私の実力は足りてないってことくらい。
「計画を練り直さないとな……」
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「迷惑、かけちゃったから」
私がもっとちゃんとできていたら、手間なんてかけさせなかったのに。
「迷惑だと思うなら最初から手を貸してないよ。……厳しく言ったけど、卑屈に
はならないで」
「あ……」
俯いていた私の頭に師匠の手が乗せられる。
「始まったばかりなんだから、弱くて良い。むしろ伸び代があるって良いことだよ。人間、足りないことは恥じゃない。何もしないことこそ恥だ。そして君はボクの手を取って、一歩踏み出した。十分偉いさ」
「……はい!」
不思議な感覚。ママじゃないのに、ママに撫でられてるみたいだ。
「なので、君の気概を確かめさせてもらおうかな」
「え?」
「耐久ダンスをしよう。立てなくなるまで踊ってもらおうか」
そして私は、外が暗くなるまでひたすら踊らされ続けた。
「……。……ッ!」
血管がドクドクと唸り、動悸が聞こえる。肺はこんなにも激しく呼吸を繰り返しているのに、ちっとも酸素を吸えてる気がしない。
「立て」
フローリングの冷たさを感じていると、師匠がそんな無理難題を言った。
「む……り……」
「無理じゃない。立て。そんなこともできないなら、君にアイドルになる資格はない」
「……ッ!」
そんなこと言ったって、足が限界で動かないよ。
「体が動かないなんて関係ない。ボクが責めてるのは『立てないこと』ではなく『立とうとしないこと』だよ。」
痛い。
「ルビーちゃん、ボクは言ったよね。アイドルとして成功したいなら大手の事務所に所属した方が良いって。君が望むならそこに連れて行ってあげるって」
苦しい。
「苺プロでアイドルになりたいとわがままを言ったのはルビーちゃんの方だろ」
心底辛いけど。
「だったらその我を貫き通して見せろ。それとも……昨日見せてくれたあの情熱は嘘だったのかな?」
それは違う。この思いは本物だ。決して否定させない。
「この……きも……ちは……うそじゃ……ないッ!」
だから、立って証明してやる。私はガチなんだって。
筋肉が痙攣して、まともに立ち上がれないけれど。今はこの思いだけで動いてやる。
全く動かなかった前世と比べれば、ずっと簡単なことだ。
「う、ぁ──ッ」
「立て」
ガクンと足が崩れたけど、その一言で私は踏みとどまった。
痛い痛い痛い痛い──! 筋肉が悲鳴をあげてるよ! 死んじゃいそうなくらい痛い!
だけど……!
「私は……!」
死を乗り越えるくらいの覚悟で、この世界に立ちたいんだッ!
「苺プロに着いたよ。歩けそう?」
「無理です。全身バキバキで動けません……」
「仕方ない。ほら、背負ってあげるからつかまって」
結局私は、立つことができなかった。
「私、不合格ですかね……?」
「まさか。君は一度転んでも、何度だって立ち上がろうとした。その意思があるなら、この先もやっていける」
「やった……」
嬉しい。だけどもう喜ぶ元気もないよ。
「この調子じゃ、しばらく動けなさそうだね。明日以降の予定だけど──」
「あの、母の命日が近くて。それと日曜の夜は家族と食事をする約束なので……その辺を考慮してもらうことってできますか?」
「は? 当たり前でしょ。そこまで鬼じゃないから」
いや十分鬼だったよ!?
「スケジュールはミヤコ社長と話し合って組むから、君は心配しないで。今日はゆっくり休むんだよ」
「はい、今日はありがとうございました」
扉の前で降ろしてもらい、手を降って師匠を見送った。
「さてと……ミヤえもーん! 歩けないから扉開けてぇ──!!!」
今日の私はまた一歩踏み出せた。アイドルへ続く道を。
「ルビーを誰かに預けるなんて、何を考えてるんだ。ミヤコさん」
「あの子もそろそろ、次のステップに進むべきだと思ったまでよ」
「……俺は反対だ」
「心配しなくても、相手は悪い人じゃないわ。……おもに、役職がね(ボソッ)」
「おもになんだって?」
「いえ、何でもない。それに言わせてもらうけれど、あなただって五反田監督のもとで色々させてもらってるでしょう。自分は良くて妹はダメなんて、虫が良すぎよ。私はアクアが過干渉でルビーに嫌われても、知りませんからね」
「俺がルビーに嫌われる? ないない」
「……ないよな?」
「心配になってるじゃないの」