「こんにちはー」
その日、部活を終えた帰りに私は施設を訪れていた。
「るびぃ!」
扉を開ければ、舌っ足らずな可愛らしい声が響き、トテトテと足音を鳴らしながら小さなアイドルが飛び込んでくる。
「わぁー! アイちゃん元気だった? おいでー、ヨシヨシしてあげるから。よーしよしよし──」
「わぁー☆」
たはー、アイちゃん可愛いすぎる。ナチュラルボーンアイドルだよこんなの。
今年二歳になるアイちゃんはもう自力で立てるし、自力で歩けるようになってきた。彼女の成長を見守ることができてとっても嬉しい。
「今日は何して遊ぼっか?」
「らいう!」
「またぁ? もう、アイちゃんはライブが大好きだね。仕方ない、院長さん子供部屋借りますよー……?」
私はリビングにいるであろう院長先生に声をかけようとして扉を開けた。
「あらルビーちゃんいらっしゃい」
「やぁ」
うわでた。
院長さんの反対側、机を挟んで座っていたのはいつぞやの金髪星眼の怪しい男、ミキさんだった。
「なんでここにいるんですかミキさん……」
「この度、僕はこの施設の出資者となったからね」
「寄付をしてくださったってことですか? ありがとうございます」
「あーまーしゅ」
私がミキさんにお辞儀をすると隣にいるアイちゃんも倣ってお辞儀をした。んかわぃぃ!
「でもなんで? ミキさんってそんな慈善活動に興味があるような性格じゃなかったですよね」
「最近うちの事務所でワークショップを開いてね。そのときめぼしい子がいたから」
「事務所?」
ミキさんは怪しく笑うと、懐から名刺を取り出した。
『神木プロダクション 代表取締役 神木輝』
ふーん、ミキさん芸能事務所の社長さんだったんだ。てっきり顔が良いから芸能人かと。本名はカミキヒカルって言うんだね。
カミキヒカル──ミキさんの話によると、事務所でワークショップを開催したところめぼしい子がいて、その子がここ天野原院の子だったらしい。
「え、ここの子で芸能志望の子いたの!? 誰ですか? タケルくん? スイコちゃん? それともニニギくん?」
私は頭の中で三人の子どもたちを思い浮かべた。ここに来たあの日私がアイドルを布教した三人の子どもたちを。
「スイコよ。あなたに憧れて役者になりたいんですって」
「えー、嬉しい!」
でも私役者じゃなくてアイドルなんだけどな。スイコちゃんは今小学校低学年だから子役志望なのか。
さて、話をミキさんに戻そう。スイコちゃんを見つけたミキさんは即スカウト。だけどスイコちゃんは施設の子で親がいないからいろいろと手続きが必要で、それでなんやかんやあって交流を持つようになったそうだ。
「でもそこからいきなり支援してくれるなんて、ミキさんは太っ腹ですね」
「僕はもともと施設育ちでね。養護施設の資金繰りの辛さはよく分かる。それを思うと何もしないわけにはいかないだろう」
立派なことだ。私もいつかお金を稼げるようになったら見習おう。私だってミヤコさんが引き取ってくれていなかったら施設に入れられてただろうし。
「それに神木さんはアイちゃんとも仲良しなのよ。ね?」
「あい、みっきー!」
「僕はミキですよ、アイさん」
ほんとだ。ミキさんの膝の上に乗っているアイちゃんはまるで
「みっきーも、らいう!」
「ライウとは……?」
「あはは、ライブのことですよ。アイちゃんはアイドル大好きだもんねー」
「あい!」
「ミキさんも観ますか? 私のプライベートライブ」
「是非」
と、いうわけなので私はアイちゃんとミキさんの二人にプライベートライブを披露した。
アイちゃんは短いお手々で必死にトイレットペーパーの芯に色紙を貼り付けたお手製サイリウムを振ってくれている。可愛い。
一方のミキさんの方は……う、うわぁ。目がガンギマリだよ。ブツブツと何かをつぶやいたと思ったら今度はニヤついてる。怖いって。デスゲームの主催者みたいな顔になってるよ。
「ああ、素晴らしい。まったく君は期待以上だよ星野ルビー。想像よりもずっと早く──」
うわキモイ。恍惚した笑みを浮かべながら私の手をすべすべ撫でるな。あなたはどこぞの時間を巻き戻す変態爆殺殺人鬼か何かなんですか?
仕方ない、ミキさんが私に触れるのはこれで2度目だ。言っても分からないなら身体に教え込むしかない。
「──がはッ!?」
私の掌底打ちがミキさんの下顎を貫いた。そして目を回して倒れるミキさん。
「ミキさん、次触ったらセクハラでぶっ飛ばすからね」
「いや……もうすでに殴られたんですが……」
「みっきー、おさわりめっ! いえすあいどる、のーたっち!」
「……申し訳ない」
あーあ、ミキさんったらアイちゃんにも怒られちゃってるじゃん。幼児よりもマナーがなってないね。
「気をつけてくださいよ。はっきり言ってキモいですから」
「キモい……」
「みっきー、へんたい?」
「へんたい……」
こらこらアイちゃん。そんな言葉どこで覚えたの? ユーチューブの見すぎなんじゃないの。まったく最近の子は。
あとミキさん、ショックを受けているみたいだけど残当な評価だからね。花束の恩があるのとお兄ちゃんに顔が似てるのとイケメンだから見逃してあげてるだけだからね。
「それじゃあ私はもう行くね。バイバイアイちゃん、あとミキさんも」
「やら! もっと! らいう!」
「また来週来てライブしてあげるから我慢して」
「そのときは僕もまた来ても良いかい?」
「良いけどルール守らなかったら出禁ですからね?」
「肝に銘じよう」
そして翌週。私はまた施設でプライベートライブを行うことになった。目の前には院長さんにアイちゃんに子どもたち。そして今度は立場をわきまえてるのか一定の距離を取っているミキさん。
それから私のことを鬼の形相で睨んでいる謎の女性である。
「誰!? なんか知らない人が増えてるんですけど!?」
「彼女は僕の同担にして仕事仲間の
ミキさんはそう言って、笑った。瞳に黒星を宿したような鈍い光を灯しながら。
「いや知らないですよ何勝手に連れ込んでるんですか!?」
「ダメかい? 彼女の分も出資したんだけど」
「施設への出資はライブ代じゃないですから!」
というか、このニナって人どこかで見たことあるような気がするんだよな。それこそ何年も前に。うーん。
「あの、ニナさん……でしたっけ。私たちってどこかで会ったことないですか?」
私が問いかけると、般若のような雰囲気を纏っていたニナさんの表情がスン……と、今度は能面のように凪いだ。
「いいえ、あなたとは初めましてね。星野ルビーさん」
「あの、もしかして怒ってます?」
「怒ってないよ」
「怒ってますよね?」
「怒ってない」
「……おこ」
「怒ってないから」
ニナさんはニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべている。こりゃまた一癖も二癖もありそうな人だ。
「御託は良いからさっさと踊れば? それとも、私がいたら踊れない?」
やっぱり怒ってるよねこの人。というか初対面なのになんでそんなふうに言われなきゃいけないの。私何か怒らせるようなことした?
「はぁ……私は今日カミキさんに言われてきたの。私たちが信奉するアイドル、B小町のアイを超える存在が生まれるかもしれないって」
「え、ニナさんはアイのファンなんですか? というかミキさんも?」
同担ってそういうことか。
えー、すごい! 実は私もアイのファンなんですよ、色々アイの良いところを語り合いませんか!
なんて言おうと思ったのも束の間である。
「ファン……そうだねファンだった。私はあの子の輝きに誰よりも焼かれてた。だからこそあなたみたいなちゃらんぽらんな娘がアイを超えるなんて言われても全く信じられない」
あー、この人闇が深いタイプのファンだ。いるよね、扱いを間違えたら勝手に失望してアンチになるようなタイプのファン。
「アイは最強で無敵のアイドル様だったの。人の手が届かぬ
彼女の言うことには一理も二理もある。ママは確かに伝説のアイドルだった。B小町の中でも、同年代のアイドルたちと比べてみても飛び抜けた才能と輝きを魅せつけていた。それは間違いない。
けどその考えは。
「寂しい考えですね」
「……は? 寂しい?」
「だってそうでしょ。アイに迫る存在が今後一切出ないとしたら、アイのくれた輝きは誰が繋いでいくんですか? アイは死んでしまって、もういない。その輝きが誰かを照らすことはもうないんですよ。でもそれで終わらせちゃったら、寂しいじゃないですか」
ニナさんは私の言葉を聞いて、ピクリと眉を跳ねさせた。
「あなたは分かってない。アイは唯一無二なの。誰かが繋げるような安っぽい輝きじゃない。彼女は孤高で、永遠に完成された存在なんだから。そうでないと──ッ」
『そうでないと』、まるで自分に言い聞かせるような言葉だ。そしてニナさんはその一言に対し続く言葉を紡がなかった。彼女の内に秘めたアイへの思いは相当厄介な類のものらしい。反転アンチか?
「はいはい、ニナさんがアイの強火ファンだということはよく分かりましたよーだ」
私は呆れて溜息をつく。まったく、これだから厄介ファンは困る。ママを神格化しすぎて一人の人間として見ていない。
そうやって誰もママを追いかけてあげなかったから、ママは友達一人いなかったんだよ。
「口で何を言っても響きそうにないなら、あとはもう歌って踊って、実力で伝えるしかないね……ッ!」
私はスマホの再生ボタンを押した。ワイヤレススピーカーから流れるのは『サインはB』。B小町の代表曲であり、私が一番得意な曲だ。
「私はアイを継ぎ、アイを超えるアイドルになる、その為に何年も努力してきた」
ステップを踏む。指先まで神経を行き渡らせ、笑顔を振りまく。この狭い施設の子供部屋でさえ、私にとっては立派なステージだ。
「赤の他人にそれを否定されちゃ、黙っていられないよね!」
目を見開き、ニナさんの心へと訴える。どうだ、私の歌と演舞は。ママから譲り受けた才能だけじゃない、弛まぬ努力の結晶! あなたみたいに世間に絶望したアラサーのおばさんにはさぞ眩しかろう!
アイちゃんがキャッキャと笑い、院長さんと子どもたちが手拍子をする。ミキさんは……うん、相変わらずガンギマリの目で見てるけど、とりあえず無視だ。
そして、ニナさんは。
「っ……」
彼女は食い入るように私を見ていた。その目には、憎しみと、羨望と、そしてどうしようもない郷愁が混ざり合っているように見える。
曲の終わりとともに私はビシッと決めポーズをとる。その指先は瞬きをせずただ私を見つめ硬直するニナさんの瞳を指していた。
「どうですか、ニナさん!」
「……全然ダメ」
あちゃあ、ダメ出しを食らっちゃったか。結構手応えあったんだけど、何がダメだったんだろう。
「ダンスの技術は認める。でも、アイとは全然違う。アイにはもっとこう……人の心を狂わせるような『毒』があったのよ。あなたのは健康的すぎて、見てて眩しすぎるの。目が痛くなる」
「あ、分かりますそれ。アイって一見完璧な偶像に見えるけど、どこか闇というか危うさもあって、そこが魅力なんですよね。いやぁ、分かってるなぁ」
「それにあなたの笑顔は正直すぎる。アイみたいな完璧な嘘じゃない。ただの『良い子』ちゃんでしかないの。魅力で言えばアイより一歩も二歩も劣ってるから」
「またまたぁ、そんなこと言って実際見入ってたクセに」
「……私はあなたを貶してるんだけど?」
「え、はい。私の欠点を指摘してくれてるんですよね? ありがとうございます。次までには指摘された点も克服してもっとすごいパフォーマンスができるように頑張りますね!」
ニナさんはぽかーんと口を開け、悔しそうに口をもごもごと動かしたあと何も言わなくなった。
「ルビーにレスバ挑むとか、おばさん命知らずだな」
一番年長の子のタケルくんがボソリと呟くと、ニナさんはその場に崩れ落ちた。
「お、おば……? 私まだ31だから……お姉さんだから……」
「おばさんじゃん」
「おばさんだね」
「ねー!」
「こら、お客様に失礼なことを言ってはいけません!」
院長さんが叱ると子どもたちは一斉に逃げ出した。ふん、二年たっても君たちは相変わらずガキね。
「私はまだおばさんじゃないよね? ルビーさんはどう思うの……?」
「30超えたらおばさんだと思います」
「ぐはっ」
致命傷を受け心に穴が空いた彼女は空気が抜けたように萎んで動かなくなってしまった。
「ははは、言われてしまいましたねニナさん。今日のところはあなたの負けです、大人しく帰りましょうか」
「笑ってるとこ悪いですけどミキさんもおじさんですからね?」
ミキさんは膝から崩れ落ちた。まったく、時の流れとは残酷なものだ。こうはなりたくないね。
──いや待った、私って前世含めたら25歳でアラサーじゃない?
……もう横転するしかないじゃんッ!
▽アイデア成功! 星野ルビーのSAN値チェック!
▽失敗!
▽正気度が減少した!
というわけでルビーのアンチ?枠にニナさんが加わりました。辛口評価でルビーの成長を促してくれることでしょう。一体何野冬子なんだろうなー(すっとぼけ)。