本日は晴天なり、まさに労働日和である。
と、いうわけで商店街のイメージガールに起用されてしばらく、
おいでませ
名物は
なんて謳い文句を語りながらビデオカメラ片手に商店街のお店を巡り、それを商店街公式SNSにアップするのが私のお仕事だ。
それで私のおかげか分からないけれど、最近じわじわと若いお客さんが増えつつあるらしい。自分のしたことがちゃんと成果となってくれるって嬉しいね。
「はい、というわけで第7回比良坂商店街散歩! 今日は釣具屋さんに来てまいりましたー。ぱちぱちぱちー」
多分ここ編集で拍手のSEが入れられて、釣具屋さんの具体的な説明がテロップで流れるんだろうなぁ。なんて思いながら扉を開く。
「ごめんくださーい。取材に来ました星野ルビーでーす」
返事はない。誰もいないのかな? この時間に来るってメール送ったはずなんだけどな。仕方ない、店員さんが戻ってくるまでレジの近くで待たせてもらおうか。
にしても釣りかぁ、休日のオヤジたちの趣味の代名詞って感じがするよね。やったことないけど楽しいのかな? たくさん魚が釣れるなら食費が浮いて助かるんだけどな。
──ドン。
私がカウンターに体重を預け視線をフラフラと泳がせていると、隣に一般のお客さんがやってきた。
「会計頼んだ」
「すいません私店員さんじゃなくて……」
男性にしては長い、ファッションではなく単に
なんだろう、どこか見覚えのあるような……。
「──アイ……?」
「──社長……?」
「逃がすわけないよ? 聞いてますか壱護さーん?」
「帰れクソアイドル」
「私まだアイドルじゃないです。残念でした」
釣具屋で苺プロの元社長、斎藤壱護さんと再会した私は彼にひっつき釣り堀までやってきた。
ママが死んだあと失踪した壱護さん、どこで何をしているのかと思ったらこんなところでのんびり釣りをしていたらしい。いったい何を考えているんだろうか。
「そんなつれないこと言わないでくださいよー」
「うるせぇ」
「あ、もしかして釣りだけにつれないんですか? あっはっはー、バケツも空っぽだし釣れないしつれない人なんですね」
「お前がうるせぇから釣れてねぇんだよ」
「……」
「なんか言えよ!?」
「いや私が黙ってないと釣れないんでしょ?」
「くっ、口だけは一丁前になりやがって」
壱護さんはそう言うとまた釣り糸を垂らした。
「暇だなー、ねえねえ壱護さん。釣りって楽しいの?」
「釣りは獲物との我慢勝負だ。ルビーみたいな堪え性のない人間がやっても楽しくないだろうよ」
「ふーん、じゃあ私も竿借りてきますね」
「聞けよ!?」
釣り竿を借りてきた私は壱護さんの隣を陣取って釣りを始めた。ポチャンと音を立て私が投げたルアーが水に沈む。
「真隣でやるやつがいるかよ、よそ行けよ。魚が逃げちまうだろうが」
「嫌ですよ、
ちょんちょんと私の釣り糸が引かれた。リールを巻いて魚を釣り上げる。
「わーい、私が一番乗りだ。これなんの魚だろ、食べられるかな?」
「そりゃアジだな。開いてフライにすれば美味いぞ」
やったね、これで食費が多少浮く。私は上機嫌で釣った獲物をバケツに入れた。
ちょんちょん。
「よっ、今度は何かな?」
「真鯛っぽいな。美味いぞ」
「じゃあこれは?」
「多分カワハギだな。それも美味いぞ」
「お、今度はイカだ」
「お前釣れすぎじゃないか?」
「おっさんよりも美少女に釣られたいんじゃないの?」
「んなアホな……」
そうは言うけど壱護さんの釣り糸は全く動く気配がない。一方私は獲物をどんどんとバケツに投入していった。
「よっと。うわ、ブーツだこれ」
「またベタなもんを釣り上げやがって」
「……なんか密封された旧一万円札の札束がなかに入ってるんですけど!?」
「今すぐ捨てろ!?」
見ないふりをして私はそれを海に返した。警察沙汰はごめんである。さらば聖徳太子たち。
「大漁大漁、いやーここ最高の釣り場だね」
「俺にとっては最悪の釣り場だよ……」
それから数十分が経ち、壱護さんは一匹も釣れないまま、私の釣果も落ち着いてきた頃。
「私ね、今アイドル見習いで苺プロに所属してるんです。それで今日来てくれたあの商店街のイメージガールなんてやって、ちょっとずつ芸能活動を始めてるっていうか」
海の向こうに見える房総半島を眺めながら、私は話をした。
「……」
壱護さんは黙って話を聞いてくれている。そのまま私は彼がいなくなったあとに起きたいろんな出来事を話した。莓プロが経営危機に陥ったこと、ネットタレント事業で持ち直したこと、お兄ちゃんがちょっと精神的に危ういこと、私がアイドルの修行としていろんな経験をしたこと。
「それでね壱護さん、いつ戻ってくるんですか?」
最後に私は常々聞きたかった質問をした。
「戻るつもりはねぇよ。それに俺がいなくても、あいつなら上手くやるだろ」
確かにミヤコさんは良くやってくれている。事務所の社長、私たちの保護者、その二足の草鞋を見事に熟している。
だけど、そういうことじゃないんだよ。
「壱護さんにとってママは、星野アイは私やお兄ちゃんやミヤコさん全員を加えたとしても天秤が傾かないくらい、重い存在だったんですね」
「……」
「正直言って壱護さんがいなくなったとき、私は不安だったし悲しかったですよ。ママがいなくなったあとに全部を放り投げて、一体こんなところで何してるんですか」
壱護さんがいなくなったあとの苺プロはそれはもうガタガタで、ミヤコさんは毎日大変そうにしていた。
「私はB小町が解散したの、ママが死んだだけが理由じゃないと思ってますよ。壱護さんがいればまだ抗えたかもしれない、なんて思ったり……」
「買いかぶり過ぎだな。B小町の人気はアイが支えていた。俺の手腕なんて関係ねぇよ」
海風が吹いて水面を揺らした。目の前には広い東京湾が見える。良い景色だ、心の傷を癒やすなら都会の真ん中より、こういう自然の中のほうがずっと良い。
私は釣り糸を引き上げ立ち上がった。もう夕方だ。そろそろお家に帰ろう。
「壱護さん、最後に一つ。私はずっとあなたが帰ってくるのを待ってますから。こんなところで釣りなんかしてないで、早く帰ってきてくださいね」
そういえば商店街のPR動画撮れてないな。仕方ない。謝って後日撮り直すとしよう。……それに責任はちゃんとお店で待機してなかった釣具屋さんにもあるし。
「それと壱護さんの釣り餌、もうとっくに食べられてますから」
「はぁ!?」
壱護さんが持ち上げた釣り針には何も付いていなかった。ちゃんと集中してないから分からないんだよ。
「魚だって分かってるんだと思いますよ。壱護さんの心がここにあらずだってこと」
はぁ、まったく。お兄ちゃんも壱護さんもさ、うちの男性陣ってママに後ろ髪引かれすぎなの。二人のそんな姿を見たら天国のママだって悲しむに違いないのに、なんで前を向けないのかな。
「私がB小町を復活させるそのときには、最前列の席を用意しておきますからね!」
返事はなく、私の声は海のさざ波の音とともに消えていった。
「ただいま、今日の晩ごはんはお魚だよ」
「お帰りなさいルビー。どうしたのそのバケツ、どこに行ってたの?」
「釣りしてきた。あと壱護さん見つけた」
「へぇ、釣り……って、壱護を!? どこにいたの? 私、あいつを見つけたなら一発ぶつって心に誓ったのよね」
「釣り堀、でも会いに行くのはやめてあげてね。まだちょっと心の傷を癒やすのに時間がかかるみたい。大丈夫、いつかちゃんと私が連れて帰るから」
「そう、分かったわ。でもちゃんと生きてたのね。それだけ分かれば今は……十分よ」
苺プロの男性陣はさぁ……。