アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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23.シルバーな夏

 

時が過ぎ夏になった。

 

「いらっしゃいルビーちゃん。今日はお使いかい? それともお仕事?」

 

「今日はお使いです」

 

商店街の八百屋さんに訪れた私は八百屋のおばさんと話しながら今晩の料理に使う野菜を手に取り吟味する。うーん、今夜はカレーかな。夏野菜カレーとかどうだろう。トマトとかナスとかね。

 

私が悩んでいると呼び込みくんから懐かしい音源が流れ始めた。有馬かなの代表曲の『ピーマン体操』である。

 

ピーマンか、ありあり。買っちゃおう。お兄ちゃんはピーマン嫌いだけど、そこはまぁ、避けて食べて貰うとするかな。

 

「いつもありがとうね。はいこれおまけのオクラ」

 

八百屋のおばさんはそう言って大量のオクラをビニール袋に入れてくれた。

 

「あはは、ありがとうございます」

 

……どうやって食べよう。しばらく朝ごはんはオクラ納豆にしようか。

 

などと考えていると、近くに軽トラが止まった。そして降りてくる一人の女性。

 

「あれ、あゆみ(・・・)さんじゃん! お久しぶりです、今日納品の日でしたっけ?」

 

「お久しぶりね、ルビーさん。今日はきゅうりを持ってきたのよ」

 

ダンボールいっぱいのきゅうりを掲げながら笑う目の前の女性は星野あゆみさん、群馬で農家をしてる女性である。

 

私が彼女と仲良くなったのは数ヶ月前、この八百屋さんでばったり会ったのがきっかけだった。

 

『あの、よかったらこれ食べて』

 

『え? あ、ありがとうございます……?』

 

私と彼女のファーストコンタクトは大量の野菜を押し付けられたことから始まった。それから八百屋さんで会うたび、何かしら私に贈り物をしてくれるのである。二度目、三度目と会うときには立ち話もするようになって、仲良くなるのに時間は掛からなかった。

 

「はいこれ、ルビーさんの分のきゅうりよ」

 

「いつももらってばかりですいません」

 

「良いのよ、子どもは食べることが仕事なんだから」

 

あゆみさんはそう言うと寂しそうに笑った。

 

彼女が私に優しくしてくれる理由は、娘に似ていたから、とのことらしい。前に話したときに詳しい事情を説明してくれた。

 

群馬の田舎で育ったあゆみさんは高校を卒業したと同時に上京したそうだ。田舎臭い暮らしが嫌だったらしい。ただ東京は家賃も高ければ物価も高い。次第に困窮して夜のお仕事をするようになり、その結果妊娠して娘を産んだ。

 

『私は娘をちゃんと愛してあげることができなかったの。きっとあの子にとっては最低な親だったでしょうね』

 

その後色々あってあゆみさんは娘を一人東京に残し、群馬の実家に帰って土地と農家の仕事を引き継いだそうだ。離れることが娘のためだと思って。

 

『でもまさか、死んでしまうなんて……』

 

娘はその後若くして死んでしまったらしい。死因は教えてくれなかった。多分、あまり良い死に方ではなかったんだろう。

 

『ごめんなさいね、こんな話を聞かせてしまって』

 

震える手でハンカチを握り目元を拭うあゆみさんの姿を見て、私はこの人がかつて毒親であったようには見えなかった。時間と環境の変化で変わったんだろうか、それとも猫を被ってるだけなんだろうか。

 

娘を愛せない母親、本当なら私にとって一番苦手な類の人間だった。だけど、彼女の涙は嘘じゃない。だったら過去のことはひとまず置いといて、今の彼女を見て接しようと思った。

 

そして私から見た今のあゆみさんは単なる気の良いおばさんである。なので今でも関係は良好のまま続いている。

 

死んだ子どもを想って泣けるなら、信用しよう。それはきっと少なからず親としての愛を持っていたことの証明になるはずだから。

 

こうして野菜をくれるので家計が楽になるしね! 貰えるものは貰っておくのがベストである。

 

……そういえば前世の私の母親は私をぶったり、怒鳴りつけたりなんてことはしなかったな。けど私が死んだとき、泣いてくれたんだろうか。

 

好きの反対は嫌いではなく無関心らしい。娘を嫌ったあゆみさんと、娘を見なかった前世の母親。親としてどっちが──。

 

「ルビーさん、何か嫌なことでもあったの?」

 

「あ、いやなんでもないです」

 

やめよう。こんなこと考えても仕方がない。胸が苦しくなるだけだ。

 

「そう。でも本当にそっくり、あの子も突然ぼーっと虚空を見つめることが良くあって……」

 

「あはは、案外私たちって本当に親戚なのかもしれないですよ? 同じ『星野』だし」

 

「そうかしら。でも地元じゃ星野なんて腐る程いるから、名字が同じってだけじゃ当てにならないのよね」

 

へー、群馬って星野さんがいっぱいいるんだ。知らなかったな。

 

それから八百屋のおばさんとあゆみさんと私三人で立ち話をして、話題が夏祭りに移った。

 

「それでね、去年の祭りはほんとにすごかったのよー。ルビーちゃんったらそれはもうキラキラしててね、神楽がとっても素敵だったわ。それからそのあとのライブも」

 

「ライブ?」

 

「私アイドルに憧れてて、それで神楽のあとの自由演舞でアイドルライブしたんですよ。楽しかったなー」

 

私が当時の思い出を語ると、なぜかあゆみさんは顔を青くして震え出した。

 

「アイドル……ッ。ルビーさん、歳はいくつかしら?」

 

「え、13歳の中学一年生ですけど?」

 

「……はは、まさかね。何でもないわ、ごめんなさい」

 

あゆみさんは『考えすぎよね』と言ってぎこちない笑みを浮かべた。変なの。

 

「あゆみさんも今年は参加したら良いわ。ルビーちゃん、今年も出るんでしょう?」

 

「ごめんなさい、今年はちょっと夏に予定詰まってまして」

 

「あら、そうなの?」

 

「はい。柔道の地区大会突破したので都の大会に出ることになったんです」

 

「「えぇ!?」」

 

私の報告に二人が目を見開いて驚いた。そうなのである。中体連の地区予選に出た私は一位通過を果たしたのだ。理由は単純、私軽量級の中でも並外れたパワーがあるからね。同じ階級で技量もとんとんだと力の差で勝ててしまうのだ。

 

「一大事じゃない。町を挙げて応援しなきゃならないわね!」

 

「大げさすぎますよ」

 

「ごめんなさい、応援に行きたいけれど畑が……」

 

うん、そりゃ農家さんは軽々しく遠出できないよね。気持ちだけありがたくいただいておくとしよう。

 

 

 

 

 

そして大会当日、私は東京武道館へとやって来た。同じ武道館だけどアイドルやアーティストのライブにも使われる日本武道館とは違う。文字通り武道の館だ。

 

いや、日本武道館も昔は武道の館だったらしいんだけど日本にビートルズが来たとき云々かんぬんで今の立場になった。……というのをネット掲示板のまとめサイトで見た気がする。たぶん。きっと。メイビー。

 

「ルビー! 頑張ってー!」

 

観客席からミヤコさんの声が聞こえる。あと駆けつけた商店街の人たちの声と同級生の声と施設の院長さんと子どもたちとアイちゃんと学校の友達と関係者とその他大勢。

 

多いよ! 観客が多い! めっちゃ恥ずかしい! あとお兄ちゃんそのテレビ局で使うような大きなカメラはどこから持ってきたの!? まさか監督さんから借りてきたの!? バカなの!?

 

あー、恥ずかしい。ただでさえ見た目と名前で目立ってるのにさ。中一の紫帯(二級)なんて私だけだよ。他だいたい二三年でみんな黒帯(初段以上)だ。目立って仕方がない。

 

星野ルビーと名前を呼ばれ私は前に出た。周囲からざわめきが聞こえる。そりゃ驚くよね。こんなキラキラネームしてる選手私だけだもん。

 

だけど、私は本気だから。

 

「始め!」

 

一歩、大きく踏み込み、呆気にとられている相手の胸ぐらを掴む。そのまま股に足を滑らせ、相手を上下逆さまに放り投げてやった。

 

「一本! それまで!」

 

審判の手が、天井を突き刺すように高く掲げられる。それは私の完全勝利の証だった。

 

「ありがとうございました」

 

勝負は一瞬にして終わり、辺りにしんとした沈黙が立ちこめる。対戦相手はまだ何が起こったか分かっていないみたいだった。

 

悪いけど、心の隙が見え見えだったよ。見た目と名前で油断したね。

 

師匠、かぐや師匠、そして日頃から柔道を教えてくれた師範と部活の顧問の先生。私に教えを注いでくれた人たちの名を背負って私はこの場に立ってるんだ。柔道は私の全部ではないけれど、この場には確かに本気で臨んでいる。彼らの顔に泥を塗るわけにはいかないから。

 

私は帯を強く締め直し息を吐いた。

 

「ふぅ……押忍ッ!」

 

対戦相手全員、天までぶん投げるつもりで行こう。

 

 

 

 

 

「ほらルビー、泣かないの」

 

「うっうっう……だっでぇ……ぐやぢぃ……」

 

「元気出しなさい、あなた都大会で二位(・・)を取ったのよ?」

 

私の胸にはキラリと輝く銀のメダルがあった。啖呵を切っておきながら、残念ながら私は首位を勝ち取ることができなかったわけである。

 

くっそぉ……最後の相手、全然隙がなかったな。途中で暴れすぎたから警戒されてたのかも。四分全部使って技ありも一本も取ることができず、相手の技ありで負けてしまった。

 

悔しいなぁ、最初はただの護身術のつもりだったのに、こんなに本気になってたんだ、私。

 

「そんなに泣くな、二位なら次の大会に進めるんだろ? ならそこでリベンジして……」

 

「何言ってるのお兄ちゃん。私関東ブロックには出ないよ?」

 

「……は?」

 

「8月からお仕事詰め詰めだから柔道やってる暇ないの。だから私にとってこれが最後の大会ってわけ」

 

苺プロに所属した私に師匠がたくさん仕事を紹介してくれた。モデル、ドラマのエキストラ、バックダンサー、舞台演劇の見学、その他いろんなイベントが目白押しである。

 

私が目指す先はアイドルなんだから、そこを間違えてはいけない。

 

「お前マジか……」

 

「あとマスコミの人がしつこかったからもう大会出たくない」

 

新聞社の人か何か知らないけどさ、表彰台以外でしつこく写真迫られると不愉快だよ。明らかに見た目目当てじゃん。一位の選手にインタビュー行けば良いのに、リスペクトがなってないね。

 

「あとで事務所からクレーム入れておくわ」

 

「ありがとミヤコさん。さーて、じゃあ帰ろっか。あ、そうだせっかくだし外で食べていかない? 私お肉が良い」

 

「お祝いに奮発してお高い焼肉にでも行きましょうか。アクアもそれで良いかしら?」

 

「ん、たまには良い肉が食べたいしな」

 

「は? 私が作る晩御飯への悪口ですかぁ?」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

 

 

 

 

後日、私は形と筆記の試験を受けた後一級への昇格が認められた。

 

「星野、前へ」

 

顧問の先生が真新しい茶色の帯を差し出す。

 

「都大会準優勝の実績を鑑み、連盟から1級への昇級が認められた。今日からお前は茶帯だ」

 

私は紫帯を外し、茶帯を腰に巻く。

 

ギュッと締め上げると、身が引き締まる……と同時に、ちょっとした不満も湧いてくる。

 

うーん、茶色かぁ。紫の方がママの色っぽくて可愛かったな。茶色はなんか、地味というか、渋いというか。

 

「……で、ほんとに大会には出ないのか?」

 

「出ませんって」

 

「頼むよ星野。大会に出てくれないか? 今後うちの中学の柔道部が躍進できるかどうかがお前にかかってるんだ!」

 

「え、えぇ……」

 

生徒相手にそこまで頼み込むか普通。

 

「たぶん出ても結果を出すのは厳しいと思いますよ。そもそも私一年で三年とは体格が違いますし、何より今回の大会はみんなが油断してくれてたからであって……」

 

「それでも頼む! 我が校の未来のためにどうか!」

 

ぐ、そう言われると断り辛いな。でも私はアイドルになりたいのであって柔道を極めたいわけでは……いや待てよ。後進のために道を照らし切り開くのはアイドル道か?

 

う、うーん……。

 

 

 

 

 

結局、先生の熱意に負けて出場した関東大会。私はなんとかベスト8に潜り込んだ。スケジュール詰め詰めじゃなくて万全のコンディションだったらもっといけたかもしれない。ぐやぢぃ!!!

 

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