都大会のすぐ後、私のもとにかぐや師匠から電話がかかってきた。
『聞きましたよ、都大会で準優勝を果たしたそうですね。おめでとうございますルビーさん』
「ありがとうございます、かぐや師匠の指導のおかげです」
『何かと忙しいのであまり面倒は見てあげられませんでしたが、そう言ってもらえると鼻が高いですね』
『ところで』、とかぐやさんは前置きをして言った。
『合気道の方はどうなっているのでしょうか』
「え、あ、あはは。一応二級は取ってますよ、一年以上前のことですけど」
『では柔道に合わせて今年度中に一級、15歳になったら初段を取りましょう。大丈夫、あなたならできます』
「頑張ります」
少なくとも柔道の初段は満14歳、合気道の初段は満15歳が条件だ。二年なんてあっという間だからな。頑張ろう。
『それと来年の夏に結婚式を挙げることになりましたので、ルビーさんには是非披露宴で舞って頂きたいと思っているの。検討しておいてくださいね』
最後にかぐや師匠は爆弾発言を残して通話を切った。
「え?」
結婚? 結婚式? 誰の? まさかかぐや師匠と御行師匠の?
はぁ、へぇ、ふぅん?
……せめて『おめでとう』の一言くらい言わせてくれませんか!?
私は急いで電話をかけ直した。
突然の結婚報告に度肝を抜かれて始まった夏休み。師匠が紹介してくれたイベントのおかげでスケジュールが大変なことになっていた。
まずドラマのエキストラをして。
「『爆発から逃げ惑う人のエキストラ』か。よーし、頑張ろう!」
「ちょっとそこの君、もうちょっと速度抑えて、って足速ッ!? おいおい、ブレちゃってるぞこれ」
「すいません、うちのルビーがすいません」
「足腰強いなら子役の子を抱えさせてみるか?」
やっば、やらかした。次はちゃんとセーブしよう。
今度は子役の子を抱えて走る。私の足が遅れたらこの子が建物の倒壊に巻き込まれて死ぬ、そう思いながら走ったので結構良い表情ができていたらしい。監督の人に褒めてもらえた。ミヤコさんからは最初のヘマのことで叱られたけど。
商店街のイメージガールとしての活動もした。朝に公園に集まって子どもたちと一緒にラジオ体操をする。
「ラジオ体操第一! みんなー、今日も朝から元気よくいこうね!」
「ルビーちゃんは明日もいるの?」
「明日はお休みかな」
「えー、ルビーちゃんいないとつまんない」
「そんな事言わずに頑張ろ? 明後日は私もくるから」
じゃれつく子どもたちの相手をする。肩にも背中にも腕にも子どもたちを乗せて星野ルビー号、発進します。
そして柔道の関東大会にも出た。都大会のときと比べて応援の数が二倍ぐらいに増えてた。あゆみさんもわざわざ顔を見せに来てくれてたし。
なお結果はベスト8で終わってしまった。悔しい。いや十分すごいんだけどね。
「疲れた」
「お疲れ様。明日は一日オフなんだからしっかり休みなさい」
「でも明後日は神奈川でモデルの撮影でしょ?」
「そうね、忙しいけれど、でもこれはあなたが望んだことでしょう?」
それはそうだ。ありがたく思って丁寧に仕事をこなしていこう。今までと変わらず一歩一歩着実に、だ。
「そういえばお兄ちゃんは?」
「監督の映画撮影について行ってて家にはいないわよ。今ごろ北海道ね」
うわ、一人だけ涼しい場所に行くなんてずるい。
「写真も届いてるわよ。見る?」
「見る」
ミヤコさんが携帯の画面を見せてくれた。そこには大きな海鮮丼を挟んで楽しそうにしている五反田監督の顔と、嫌そうな顔をしているお兄ちゃんの姿があった。
「ぷっ、構図が完全に親の旅行に連れ回されてる思春期の息子じゃん。私たちも対抗して写真送る?」
「やめなさいよ、恥ずかしい」
それから二日後、私はモデル撮影のために神奈川にあるスタジオへとやってきた。
師匠によると中学生タレントを多く起用したファッション誌の撮影らしい。私、ほとんど無名なんだけどこんな場所にいて良いんだろうか。
「入った瞬間『ここはガキが来る場所じゃねぇ、帰りな』って言われたりしないですかね」
「君は何を言ってるんだ」
たまたま予定が空いていたため私の付き添いをしてくれることになった師匠が呆れたように『そもそも中学生しかいないんだからガキも何もないでしょ……』と言った。確かに。
「同年代しかいないんだし気張らず行ってきな。大丈夫、失敗してもボクの顔が潰れるだけだから」
それが一番嫌なんですけど。
師匠に背中を押されて控え室に飛び込む。よし、せめて隣の席の人とは仲良くなろう。ここにいる人たちは芸能人としてはライバルかもしれないけれど、その前に中学生なんだ。
「うち、寿みなみいいます。よろしゅう」
そこには驚異の胸囲を持った子がいた。おったまげである。
脅威に怯えながらも話しかけると、どうやら寿みなみ──みなみちゃんは私と同じ中一でしかも同じく初めてのモデル撮影だったらしく、私たちはすぐに仲良くなった。ちなみにサイズはDらしい。
なんでだ神様! 同い年でこの差はあんまりだよ! い、いやいや私はまだ成長期なだけ。ママは結構大きかったから私もああなれるはず。
……さりなの頃ママってそんなに大きくなかったよね。つまり妊娠して大きくなったってこと?
「つまり早いところせんせを見つけなきゃ、私は一生小さいまま……?」
「ルビーちゃん呼ばれとるよ?」
「いや、まだ処女受胎がある!」
「何が???」
いけない、どうやら私の番がきていたみたいだ。それから私はサクッと撮影を終えて、みなみちゃんに神奈川を案内してもらうことにした。
「来てもらったのにごめんなさい、師匠」
「良いよ、偶然の出会いから始まる友達関係なんて素敵じゃないか。お小遣いあげるから楽しんでおいで。みなみさん、ルビーをよろしくね」
師匠は私たちに茶封筒を渡すと帰っていった。
「ひぃふぅみぃ……ひえ、諭吉が10枚もある」
「うちもええんやろか。ルビーちゃんのお師匠さん、太っ腹やなぁ」
「将来の取り立てが怖い」
「えっ、まさかとは思うけど、そのお金使って大丈夫やんな?」
「悪の帝国から提供されてるお金だよ。たぶん大丈夫」
「それアカンやつやない?」
ダメだったらもう肝臓を売るしかないね。
「じゃあまずお昼ご飯でも食べに行く?」
「横浜言うたらやっぱり中華やんな。うち案内したるさかい、ついてきて」
みなみちゃんはそう言うと慣れた足取りで私を横浜中華街まで案内してくれた。
「みなみちゃんはよく神奈川に来たりするの?」
「うちは生まれも育ちも神奈川よ?」
「そうなの!? じゃあその関西弁は何!? あ、親が関西の人?」
「両親ともに純神奈川人です。……なんというか、ノリで?」
大丈夫? それ本場の関西の人から怒られない? しかも話し方的に京都風だよね。かぐや師匠もそうだけど京都の人怒らせたら怖いよ。
「細かいことは気にせんと早うお店に入らへん?」
「いや結構重大事項だとは思うけど……あ、あのお店美味しそう! あそこにしよう?」
「あ、待ってルビーちゃん。そこは……」
私は暖簾を潜りお店に入った。中華特有の油と香辛料の匂いが漂い、食欲をそそる。
「すいません二人なんですけど」
「欢迎光临! ……啊,不好意思,我们这里只说中文。アー、日本語ダメネ、OK?」
……え?
「ルビーちゃん、ここガチ中華やから日本語使えへんよ? 他のお店行こう?」
「そうなんだ。でも大丈夫だよみなみちゃん」
心配そうに私の肩を掴んでお店を出ようとするみなみちゃんの手を取り、安心させるように言った。
「こう見えて私、中国語検定二級持ちだから!」
私は千花師匠仕込みの日、英、韓、中のクワトロリンガルである。町中華の注文くらい余裕だ。
「老板,没关系,我会说中文! 你们的招牌菜是什么?」
『──店長、私中国語話せるので大丈夫ですよ! それでおすすめのメニューって何ですか?』
『おお、そうか。なら良いぞ。うちのお勧めはやっぱり麻婆豆腐だな。揚げパンと一緒に食うのが最高だ』
「みなみちゃんってどれくらい食べる? あと辛いの大丈夫かな?」
「え、あ、うち結構大食いで、あと辛いのも好きやで」
『じゃあそれを二人前で!』
「好的!」
注文を伝えると店主はニコニコしながら厨房へと帰っていった。
「はえー、すごいやんルビーちゃん。中国語ペラペラやん」
「ふふん、三年近く勉強してきたからね。どやさ」
「すごいわぁ、かっこええなぁ」
みなみちゃんのはんなりふんわりな関西弁ボイスが私の承認欲求を潤してくれる。えへへ、もっと褒めて。英語はまだしも、今まで中国語で活躍できる機会なんてなかったんだから。
それと出てきた料理はもう最高だった。結構辛口で汗かいちゃったけど。
「ルビーちゃん、結構ぎょうさん食べる人なんやなぁ」
みなみちゃんがちょっと引き気味にそう言った。四回おかわりしたからね。
「私いろいろスポーツやってて消費カロリー多いから」
はっ……だからこんなにも差が!?
「どないしたん、急に落ち込んだりして」
「もっといっぱい食べなきゃと思って……」
「もっと!? さすがにこれ以上は食べ過ぎやない!? 大食い系でも目指すん!?」
『そうでもしないと手に入れられないものがあるんだよ……』と、私は道中で買った大きな中華まんを見ながら呟いた。私のは小籠包も良いとこだよ。
それから私たちは中華街を食べ歩きしたあと映えスポットでツーショット写真を撮って別れた。
「また神奈川で仕事があるときは連絡してな!」
「うん、またねみなみちゃん!」
家に帰り、撮った写真をプリントしてアルバムを開く。そこにはママとの家族写真、壱護さんとミヤコさんとの写真、お兄ちゃんとの写真、お世話になった師匠たちとの写真、学校の友達との写真、柔道の大会の写真が入っている。そこに、また新しく思い出が追加された。
……楽しかったなぁ。
「あれ、お兄ちゃん今日帰ってくるんじゃなかったっけ?」
「クマが現場に出て撮影が延期になったそうよ。はいこれ写真」
クマかぁ。え、前世九州暮らしだったからあんまり実感湧かないけど、それって結構ヤバイよね?
ミヤコさんが見せてくれた写真の中には、普段無表情のお兄ちゃんが車の中でクマに怯えて珍しく顔を青くしてる姿があった。
そして車の窓の向こうにはクマが見える。
「いやこれ写真撮ってる場合!?」
「ちょうど車を出すところで監督が撮ったそうよ、アクアったら意外と年相応な反応するのね」
いや命の危機なんだから誰だってそうなるでしょうよ。
なお、お土産は鮭を咥えた木彫りのクマの像だった。い、いらない……。