「本日見学に来ました、星野ルビーです。よろしくお願いします!」
劇団ララライ。舞台演劇を主な活躍の場としながらも、様々なメディアで活躍する役者を抱えた実力派集団。私はそこに見学に来ていた。
『一昔前までワークショップなんてやっていたから見学させてくれないか頼み込んでみたんだ。でも結構渋られてさ』
『そうなんですか?』
『ま、結構経営カツカツみたいだから金に物を言わせて頷かせたよ。舞台俳優はアイドルと同じで観客に生の演技を魅せる人たちだ。たくさん学んでくると良い』
そう言われて送り込まれたわけだけど。
「「「……」」」
あ、あんまり歓迎されてない? ララライの人たちはみんな私の顔を見て不思議そうな顔をしている。
「見学と言ったが、お前らはいつも通り稽古してるだけで良い。気にするな」
ララライの代表──金田一敏郎さんがそう言うと、劇団員の人たちはみんな各々の稽古に戻った。切り替えが凄い。彼らの稽古の様を観ると、まるで複数のテレビで異なるチャンネルを視聴しているような気分だ。
「珍しいなおっさん。ワークショップはもう懲りたんじゃなかったのか?」
「仕方ねぇだろ、姫川。出資者様の申し出だ、金には勝てん。今この建物の改装工事が進んでるのも先方のおかげだしな」
「マジかよ、ついにあの汚ねぇ更衣室とおさらばできんのか。そんなに得ならもっと見学者受け入れれば?」
「アホか。それと更衣室が汚ねぇのはお前らの使い方が悪いからだろうが。さっさと稽古に戻れ」
『はいはい』と言ってお兄ちゃんみたいな陰のオーラを放った高校生くらいの男性。たしか……姫川大輝さん、が台本を握りながら稽古へと戻っていった。
最近テレビであの人を見たことがある。月曜9時──月9のドラマに出ていた人だ。演技力が凄いとSNSでも話題になってた気がする。
「姫川大輝、うちの看板役者……と言うにはまだちょっと早いが。ま、うちでもトップの実力者だ。見学するなら、アイツの演技も観ていくと良い」
「なるほど、もしかして息子さんですか?」
「は? いや違うが」
違うんだ、腕を組んで彼を見守るその姿がまるで後方父親面のように見えたからてっきり親なのかなと思ったけど。
「……似たようなもんかもしれん」
「?」
金田一さんは視線をそらしながら頬をかいた。なにそのうぶな反応。ごめんなさい、中年の照れ顔は私の守備範囲外です。
「星野、お前演技の経験は?」
「あんまりないです。有識者にちょっと習ったのと、学校の行事くらいですね」
「そうか、まぁそうだろうな。じゃなきゃわざわざ見学に来て演技を学ぼうなんてしない」
金田一さんは私を値踏みするような目で見た。
「映像と舞台の違いは何か分かるか?」
「えっと、カメラがあるかないかですか?」
「そうだな、より正確に言うなら『距離』だ」
「『距離』?」
『そうだ』と金田一さんは続けて言う。
「テレビドラマや映画なら、カメラが寄ってくれる。瞬き一つ、吐息一つで感情が伝わる。だが舞台は違う。客席の一番後ろの客にとって、
私は目の前で繰り広げられる役者たちの稽古を観る。確かに、彼らの表情は細かくは見えない。だけど確かに感情が伝わってくる。不思議な感じだ。
「舞台役者ってのはな、空間を喰う生き物じゃなきゃならん。己の肉体、声、そして感情を爆発させて、劇場の空気を全て自分の色に染め上げる。物理的な距離を無視して、客の喉元に刃物を突きつけるような圧迫感。それが舞台演劇だ」
それを聞いて、私はその言葉を心に深く刻み込んだ。空間を自分色に染め上げる力……それはきっと、私の目指すアイドルにも必要な力だ。
「少し稽古に交ざってみるか」
「良いんですか? でも見学だけって……」
「良い。ちょうど今日相手が
「は、はい!」
金田一さんの呼び声で一人の少女が召喚された。見たところ私と同じくらいの年で、だけどこのメンバーの中で遜色ない演技をしていたすごい人。
「お前がこいつに演劇が何たるか教えてやれ」
「え、わ、私がですか!?」
「歳も近いし丁度良いだろ。じゃ、あとは頼んだ」
金田一さんは黒川さんの肩を叩くとひらひらと手を振りながら、喫煙室に消えていった。
や、ヤニカス……。
「えっと、星野ルビーです」
「あ、黒川あかねです。それじゃあ、えっと、何すれば良いのかな?」
いや私に聞かれても。
「じゃあ黒川さんの演技を近くで見せてもらっても良いですか?」
「もちろん良いよ」
「よろしくお願いします、あかね師匠!」
「師匠だなんて大げさな、恥ずかしいから名前で呼んで」
「でね、私が演じるときは、まず役の思考や性格について考えるんだ。生い立ちとか実際の行動から中身を推測する、プロファイリングって言うんだけどね? この台本の役で言うと──」
うん、滅茶苦茶理論派だったよこの人。私座学苦手なのに、いつの間にか学校の授業みたいになっちゃってる。
「普段どんな食事をするの? 読んでいる本は? 遊びに行く場所は? 好きな異性のタイプは? そうやっていろんなピースを埋めていくの」
「え、そんなの台本に書いてないですよ?」
「書いてないなら、想像で埋めるの。時代背景、地域の文化、心理学的な傾向……あらゆる外堀を埋めていく。そうやって集めたピースを組み合わせて、『この子ならこう考えるはずだ』という『キャラ解釈』を固める」
『例えば』と前置きをして、あかねさんは台本の中の役を演じ始めた。
「『おやおや、お嬢さん。森の中で迷ってしまったのね? だったらうちにおいで。おいしいスープをごちそうしようじゃないか』……どう? これは台本にある少女を騙す魔女の演技だけど」
声色、そして身振り手振りから漂う怪しい気配。本能に訴える『胡散臭い』『信用できない』という雰囲気がありありと感じられた。
「今、私は魔女の背景を想像して演じたの。子供を騙す理由、悪を為す理由、そういったものを想像で埋めて役の深みを演出する。これがないと演技が薄っぺらくなっちゃうし、間違った解釈だと単に親切なおばあさんになっちゃうんだ」
そして今度は同じセリフでも全く違う演技を見せてくれた。普通に優しそうなおばあさんの演技だ。
「どう? さっきと全然違うでしょ」
む、難しい。なんて頭を使う演技のやり方なんだろうか。私には向いてないよ……。
「あはは、ルビーちゃんはかなちゃんみたいに自己主張型なのかもね」
「かなちゃんって、もしかして有馬かな?」
「そうそう、
「急な早口怖いです」
「あ、ごめんね」
突然昏い目をしたと思ったら矢継ぎ早に言葉を紡ぐあかねさんに私はドン引きした。
「あかねさんって有馬かなのファンなんですか?」
「まさか、あんな性格悪い子のファンになんてなるわけないよ!」
分かる。あの子性格悪いよね。ママを侮辱したことまだ許してないから。
「でも、私は結構有馬かな好きですよ。性格は終わってるけど、仕事には真摯で努力家なところとか」
「え、えぇ……? それはちょっと解釈違いだなぁ」
「本当なんですって、実は有馬かなって曲も出してるんですよ。ほら」
私はあかねさんに三年前にチャンネル登録をした有馬かなの楽曲チャンネルを見せた。
「ピーマン体操の頃は正直下手だったけど、次の曲からは断然上手くなっててさ。私も歌が下手で、人から認められるほど上手になるまで練習することの辛さがよく分かるの。だから、きっとたくさん練習したんだろうなって思って……ってあかねさん!?」
「演技やってないと思ってたらこんな寄り道してたんだ。余裕ぶっちゃって、ムカつく。どう見ても迷走だよ。だけどまぁ、歌はそれなりに上手かな。MV見てるとやっぱり光るものもあって──」
ブツブツとメモ帳に何かを記入している魔女がそこにはいた。怖いよ。デスノートに名前書いてる人みたいになってるよ。
「ふひひ、でもこの衣装似合ってるなぁ……かわいい……」
「あ、あかねさん?」
「え、あ、これは違くて! 私は別にかなちゃんのファンとかじゃ──」
「だとしたらなおさらキモ……いや……ごめんなさいやっぱりキモいです」
「フォローできないほど!? は、はは、死にたいから帰るね……」
ごめん! 死なないで! 私も気持ちは分かるから! 幼児のときはママのおっぱい舐め回して髪の毛スハスハしてたから大丈夫だよ! それに比べたらあかねさんは全然健全だって!
私はなんとか慰めることであかねさんの帰宅を阻止した。
「じゃあ私魔女役するから、ルビーちゃんは少女役やってみる?」
「やってみます」
それからしばらく、私はあかねさんと舞台稽古をさせてもらった。最終的な評価として『上手だけど、ルビーちゃんの自我が凄く前面に出てるね』と言われてしまった。
テレビでもいるよねそういうタイプの役者。役よりも中身の役者の方が印象に残る人。別の役を演じててもあんまり違いが分からないやつ。
「それもある種の個性だから、無理に自分を殺す必要はないと思うよ? むしろ私は好きだな、ルビーちゃんの演技」
「ありがとうございます」
またこの前のドラマのエキストラに呼ばれたみたいに、いつか役を演じることもあるかもしれないから勉強はしておこう。
あれ、なんかマルチタレント路線に行ってない? 私、本来アイドル志望なんだけどな。
「ところで、ルビーちゃんはどうしてララライの見学に? もしかして入団希望とか?」
「いや、演技勉強のためです。まぁ、私本来アイドル志望なんですけど」
『そっかぁ、後輩欲しかったんだけどな……』とあかねさんは残念そうに呟いた。
「でもルビーちゃんアイドルになりたいんだ。うんうん、向いてると思うよ、なんかキラキラしてるし」
そう言ってもらえると嬉しい。
「そうだ、今ここで何かアイドルっぽいことしてみてよ。私興味あるな」
「えぇ、ここでですか? 良いんですかね」
「大丈夫大丈夫、金田一さんはまだ外にいるみたいだし。ね? ちょっとだけ」
ちょっとだけと言われても、今ここで歌ったりなんてしたら他の人の稽古の迷惑になるだろうし……踊りだけならいけるかな?
でも激しく踊るとバタバタ煩いだろうしな。
「アイドルとはちょっと関係ないかもですけど、舞なら踊っても良いですよ。見ます?」
「見たい!」
そうと決まれば早速実戦だな。私は神楽鈴代わりの小道具として鞄から扇子を一本持ち出した。
目を閉じ、内なる自分に集中する。音楽なしに単に舞うのも味気ない。祝詞でも奏上しようか。
「ひふみ よいむなや こともちろらね」
ひふみ祝詞、言霊の力が宿った呪文のようなものだ。
「しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか」
いろは歌と同じで被らない47音から構成されたこの歌は古い日本語の意味を持っていて、現代語にそのまま訳すことはできないらしい。
「うおゑ にさりへて のますあせゑほれけ」
ただ私が教えられた内容だと、ひふみと数が始まるように生命が繁栄し、自然と調和することを願った歌だそうだ。
歌と舞の終わりとともに、私はシャッと音を立てて扇子を閉じる。
「こんな感じです。どうですか、あかねさん」
「思ってたものと全然違ったけど、凄いね!? 思わず引き込まれちゃった」
「踊るのは得意なので」
「他にも見たいなー?」
えぇ、もう良いでしょ。早く稽古に戻らないと金田一さんに叱られちゃうよ?
「お願いもう一回、次はアイドルっぽいやつが見たい!」
「でもあんまり煩くしたらほかの人たちに迷惑じゃ?」
「いや、みんなルビーちゃんの踊り見てたからあんまり気にしなくて良いと思うよ?」
「嘘!?」
バッと周りを見渡すとララライのメンバーの人たちが顔をそらした。見られてたんだ。
「じゃあ一曲だけなら……」
「あ、リクエストしても良い? K-popの曲なんだけど」
いきなり無茶振り凄いですね!? いやまぁ、私も色々勉強してるのでその曲の振り付けも分かりますけど。
というか祝詞の次は韓流って、国籍の反復横跳びがすごいね。
「──♪」
「ダンスだけじゃなくて歌も歌えるの!? すごい……」
いやまぁ、私ハングル能力検定準二級も持ってるから。
「じゃあ次は中国ダンス踊ってみて?」
「それアイドルの踊りじゃなくてただのネットミームでしょ!?」
それにあと一曲だけって言ったじゃん! もはや遊んでるよね!?
それから私はあかねさんやなぜか途中から交ざってきた他の団員の人たちのリクエストに応えショート動画とかでよく見る楽曲のダンスを粗方踊らされることになった。
AI楽曲のダンスリクエストしたの誰? あと即興ダンスとかブレイクダンスとかリクエストされても困るんですけど。まぁやるけどさぁ。
あとポールダンスとかストリップダンスとかエッチなのはやりません、ダメです、嫌です、聞いてるんですかあなたですよ姫川さん。
これ、本当に私の成長に繋がってるのか……?
あのあと金田一さんに見つかってみんな怒られた。だからやめようって言ったのに。
「はぁ、バカどもが……それはそれとして星野、お前ミュージカル興味あるか? 秋の舞台なんだが、知り合いの劇団が人手が足りなくて歌と踊りができて華があるやつを求めてる。やる気があるなら紹介してやるが」
「ほんとですか!? 是非やらせてください!」
前言撤回、棚からぼた餅だった。