アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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26.10年の節目

 

私の中学一年生の夏が終わり、また秋も過ぎて年末になった。師走に入ったことで何かと忙しい。特にミヤコさんが税金関連で血反吐を吐いている。もしかしたら今年からちゃんとした税理士を雇うのかもしれない。

 

この夏と秋の間に、芸能人としての私はじわじわと知名度を上げて──いるわけではなかった。残念ながら世間的にはまだまだ無名も良いところで、ぽつぽつと名前がメディアやSNSで上がる程度である。

 

では今までやってきたことに意味がなかったかといえばそうではない。一般大衆に向けては無名でも、関係者の中ではじわじわと名前が知られていっている、らしい。歌って踊れていろいろできる、実力もそれなりでピンチヒッターとしても使える便利な存在として。

 

「まずは顔を広めるのが目的で、名声はその後だからね。少しずつ実力を知らしめれば良いよ。……いやまて、なんでボクがこんなことやってるんだ? これ基本事務所の仕事だぞ、おかしい……」

 

「すいません師匠」

 

ミヤコさんだけじゃネット事業にしか手が回らなくて、人手が足りてないんです。その分報酬割合が私に有利になってるみたいだから許して。いやそれで師匠が得してるかと言われたらしてないんですけども。

 

「はぁ、育てると決めたはボクだしね。意地でも売れるまで付き合ってあげるさ」

 

ありがとう師匠。でも目の前で私の将来のグッズのマージンを計算しないで。儲けるつもりのところ悪いけど、取らぬ狸の皮算用だと思うよ。

 

さて、この数カ月の間に起きたことを振り返ろう。

 

夏の終わりにはバックダンサーとして仕事を請け負った。歌手やアーティストの後ろに立ち盛り上げるための背景に徹する、アイドルとは真逆のお仕事。自分の魅力は徹底的に打ち消して引き立て役をするのが辛くないと言えば嘘になる。だけど、そのおかげで俯瞰的に主役の姿、観客の姿を見ることができた。同じバックダンサー仲間とも仲良くなれたし。

 

秋にはミュージカルの稽古、そして興行が続いた。演目は『リトルプリンス』。馴染みある呼び方だと『星の王子さま』だ。

 

金田一さんの紹介で私はそのミュージカル劇団に出向すると言われて準備していたんだけど、稽古が始まるその前に一度呼び出された。

 

そして。

 

「知り合いのところに素人を行かせるわけにはいかんからな。歌と踊りは及第点だと思うが演技がまだ弱い。しばらくうちで学んでいけ」

 

と言われ、実質的な稽古期間はララライで一ヶ月、ミュージカルの方で一ヶ月の計二ヶ月になった。

 

金田一さん、意外と世話焼きで優しい人だな。

 

……なんて思ってたらその日から稽古場のトイレに改装工事が入ってたから実際は師匠が裏で動いてくれたのかもしれない。お金の使い方が荒いよ師匠。札束で殴るのやめてあげて、ララライの人たち怯えてたから。私も怖いから。

 

あとララライの人たち、私にごますりしてもエレベーターは設置されないからね? ちゃんと自分の足で階段登ろう?

 

そんなこんなであかねさん仕込みの演技を引っさげて出向した私は、ミュージカル劇団の方でオーディションを受けた。金田一さんの紹介といえど実力を確かめないことには使ってもらえないらしい。

 

評価項目は歌、踊り、演技、それから直接言われたわけではないけど見た目もだ。

 

歌──三年前はダメダメだったけれど、今ではだいぶ成長した。カラオケの点数で言えば80〜90点を出せるようになったし、人に聞かれても『上手』と言われる練度を身につけた。中学の合唱コンクールでは女子ソプラノ班のリーダーを任されるくらいだ。これまでの努力が裏付けとなって、私は自信を持って歌うことができる。

 

踊り──言うまでもない。ママと踊ったあの日から私の生活からダンスが消えたことはない。自分で言うのもなんだけど、圧倒的身体能力と運動センスに裏打ちされた私の演舞は面接官の度肝を抜いた。……と、思う。反応を見た限りだとね。

 

演技──ここはちょっとズルをさせてもらった。あかねさんから才能アリと太鼓判を押されたものの、私には経験が足りていない。即興で演技しようとも下手を打つだけだ。だから、モデルを用意させてもらった。かぐや師匠だ。

 

美しく品のある所作、名家に生まれその名に相応しい振る舞いをすると同時に、うちに秘められた少女らしさを演出する。ここだけの話、私はどんな恋物語よりもかぐや師匠の話してくれる思い出話が好きだった。

 

見た目──ママの娘なんだから文句無しの百点だよね。

 

……だよね? 私の顔のパーツ、色相変えたらママそっくりだから、美しさもそのままだと思うんだけど。中身の美しさまで評価されたらちょっと自信ない。

 

そしてオーディションが終わり、私の心配をよそに満場一致の合格を貰えた。それだけにとどまらず、なんとメイン級の役を貰えることになったのである。

 

『バラ』の役だ。『星の王子さま』に登場する、王子さまの住む小さな星に芽吹いたたった一本の美しいバラ。王子さまに何かとわがままを言って困らせる、小さなトゲを持った赤いバラ。だけどそれは本意ではない。本心では王子さまのことが大好きで、だけど素直になれない。

 

王子さまの心を虜にし、彼が星に帰る理由になった大役を私は任された。

 

赤いドレスを身に纏い、花弁のように舞台の上を舞う。刺々しい言葉で愛を謳い、心にはその色に相応しい情熱を宿している。

 

やがて王子さまは愛想を尽かし、私を置いて星から去ってしまう。私はバラで、大地に根ざし、星を発つあなたを止めることはできない。

 

そんなバラの役が、どうやら私には相当ハマったらしい。

 

「ああ、眠い。眠いったら仕方がありませんわ。あら、王子さま、レディの寝起きをそのように見つめるなんて、失礼じゃありませんこと?」

 

(わたくし)、目が覚めてからまだ何も食べておりませんの。王子さま、美味しい食事を用意してくださいませ」

 

「ああ、獣が私を襲ってしまったらどうしましょう。でも王子さまに守っていただかなくても結構、私には鋭い棘がございますの」

 

「それよりも冷たい風で風邪をひいてしまいそうだわ。王子さま、私をガラスの囲いで覆ってくださいまし」

 

口ではわがまま三昧を言って、王子さまを困らせる私。だけど裏では踊り、歌い、小さな星に彩りと素敵な香りを振りまいた。

 

でも、その健気な振る舞いが王子さまに伝わることはなく、ついに彼は星を出ていってしまう。

 

「お行きなさい、王子さま。バカな私を置いてどうかお幸せに。心配なさらなくても、私は大丈夫。ガラスの囲いも必要ありません。この棘が私を守ってくださいますから」

 

嘘だ。本当は、守ってほしかったのに、想い人に心の重りになりたくないがためについた切ない嘘。

 

そして広い舞台の上で、私はいっそう体を小さくして、涙を見せずに泣いた。ただあなたの特別になりたかっただけだったのに。

 

私の出番はここでほぼ終わりだ。以降、物語の中にバラが登場することはない。自分の星を出た王子さまは色んな星を巡り、最終的に自分にとって本当に大切なものが何かに気づいて自分の星に帰っていく。でも、その後バラと王子さまが再会できたかは定かじゃない。ちょっと苦いエンディングだ。だからこそ演技に身が入るのかもしれない。

 

昔の出来事を思い出す。私がさりなだった頃、せんせが突然病院から消えたことがあった。そのときは女性関係でトンズラこいたとか噂されてて、まぁ実際は私のためにB小町宮崎ライブのチケットを取りに行ってくれてたみたいなんだけどね。

 

結局ライブに行くことなく私は死んじゃったけど、別に悲しくはなかった。せんせが私のためにチケットを取ってきてくれたことが分かっていたから。

 

それよりも、いなくなったせんせを探しに行けなかったことの方が辛かったな。だからバラの気持ちがよく分かる。寂しいよね。

 

そしてその寂しさを私は今でも心の何処かで感じてる。

 

せんせの行方はまだ分からない。調べようがないからだ。元気な体になったとしても、私は彼を探しに行くことができない。

 

物語が終幕を迎え、演者一同が集う最後のシーンが始まった。重厚な斉唱(ユニゾン)に交じり歌い、私は劇場全体を見渡した。本来観客が舞台を観やすいようにと設計された階段状の席は、演者にとってはお客さん全員の顔が見える仕組みに変わる。

 

離れ離れかもしれないけれど、今はそれで良い。私が立派なアイドルになった暁には、きっとせんせは見つけてくれるはずだから。

 

だからこの寂しさすら飲み込んで、私は究極のアイドルになるんだ

 

舞台が幕を引き、鳴り響く喝采とともにカーテンコールが始まった。座長さんの挨拶で締めくくられ、私たちはお客さんたちに笑顔で別れを告げる。

 

「ありがとうございました!」

 

私にとってお客さんたちの笑顔を見送るこのときが、舞台の中で一番最高だと思う瞬間だった。

 

劇は約一ヶ月の興行を終えて、11月末に千秋楽を迎えた。そして12月、師走を迎えてしばらくが経ち。今日、ママが亡くなってから10年が経つ。

 

 

 

 

 

「でね、今はかぐや師匠と御行師匠の神前式に向けて舞の練習をしてるんだ。かぐや師匠と御行師匠は前に言った通り現代のロミオとジュリエットみたいな人たちなんだけどね──」

 

私はママの墓前で現状報告を兼ねて思い出話をした。あれから10年、私は順調にアイドルへと……アイドルへと……?

 

あれ、大してアイドルっぽいことできてないな。大丈夫かなこれ。

 

うん、まぁ、なんとかなるでしょう!

 

「それじゃあミヤコさんとお兄ちゃん待たせてるからもう行くよ。また来るね、ママ」

 

私は冷たい墓石を撫で、砂利道を鳴らしながらその場を去った。

 

『カァ』とカラスが鳴くのを聞いて、思わず記憶の隅に眠っていた歌を口ずさむ。

 

「帰ろ 帰ろ カラスが鳴くから……あれ、カラスだっけ? カエルだっけ?」

 

私がまだ退形成性星細胞腫だと診断される前、ほんの一年だけ幼稚園に通っていた頃、集団下校のときにみんなで歌っていた歌だ。ボロボロのスピーカーから音割れした曲が流れてて結構怖かったんだよね。ただでさえ夜になると真っ暗で不気味なのにさ。ほんと、田舎って嫌だね。

 

まぁ、こうして都会で暮らしてるとあの頃の空気の美味しさと静けさ、夜空の美しさが恋しくなるけど。

 

そのうち里帰りしたいな。今世も生まれは向こうだし。生まれてすぐ東京に移ったから星野ルビーとしての思い出なんてかけらもないけど。

 

そういえば、ママってなんで高千穂で私たちを産んだんだろう。家に帰ったらミヤコさんに聞いてみよーっと。

 

 

 

 

 

「アイさんが宮崎で出産した理由? たしか壱護(アレ)の勧めだったと聞いたけれど。極秘出産だったから人目を気にして田舎の病院を選んだんじゃないかしら」

 

「田舎を選ぶだけなら関東圏で良くない?」

 

群馬とか。いやその言い草は群馬の人に失礼か。

 

「そうねぇ、案外験担ぎだったのかもしれないわね。高千穂は芸能の神様がいる場所でしょう?」

 

「験担ぎね。ふーん」

 

「聞いといて興味なさそうにするのやめなさい。ところで、あれからどうなの。壱護の調子は?」

 

「たまに釣り堀に様子見に行くけど、相変わらず死んだ目で釣りしてるよ? 釣り下手で向いてないんだから他のことすれば良いのにね」

 

「もう無理やり連れて帰ってきたほうが早いんじゃないかしら」

 

でもそれでバランス崩してまた失踪されても嫌だし。……面倒くさ、メンヘラ彼女か。なんで私が仮にも養父の壱護さんのメンタルに気を使わにゃならんのだ。普通逆でしょ逆。

 

「そういえば、劇団の方から連絡が来ていたわ。『ぜひまた一緒に仕事をしたい』、だそうよ。良かったわね」

 

「うん!」

 

師匠と金田一さんにもお礼言わないとな。

 

「で、肝心のアイドル業復活はどうなのミヤコさん」

 

「……そうね。うん、ええ、まぁ、ぼちぼちやっているわよ?」

 

「ねぇ私このままじゃマルチタレントとして定着しちゃうんだけど!?」

 

「残念だけど私にアイドルグループを始めるノウハウなんて無いのよ。メンバーを探してはいるけれど良い子はいないし、募集かけてもこんな弱小プロに応募してくる子なんていない。それにね」

 

「なに? まだ何かあるの?」

 

「スカウトしようにもあなたについていけそうな子がいないの。恨むならあなた自身の努力を恨みなさい」

 

馬鹿な、アイドルになるために努力していたことが逆効果だったって言うの!? 

 

ああ、この感覚。FPS始めてからソロランで練習して、いざ友達と遊ぼうとしたらランク差でパーティー組めなかったときの感覚と似てるかもしれない。ふぁっきゅー運営って気分だ。ベジータみたいに叫んでやろうか。

 

くそったれ──!!

 

その晩、私は腹いせにころも師匠と優師匠を誘ってランクマを回した。私の恋愛とアイドル、両方の運命の相手はまだ見つからないらしい。あと何年待てば良いのやら……。

 

 

 

 

 

「行きます、ルビー砲発射! は、外したぁ!?」

 

『ルビちんのおバカ! そのタイミングでウルト捨てるのは犯罪だよ!? あーもう、私も弾切れした! 優ちんヘルプ!』

 

『二人とも僕任せ──あ、やべ、パッドの充電切れた』

 

「『『……う、うわぁぁぁ──!!!』』」

 





ルビちん「いつか迎えに来てね、私の王子さま」

なおゴローせんせボディ「……」

なお中身「さりなちゃん、僕はちゃんと復讐してみせるよ」

うーん、この()
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