「お疲れ様ですルビーちゃん」
「千花師匠、今日はありがとうございました」
夕暮れどきの街並みの中で師匠と千花師匠と並びながら歩く私は頭を下げた。
「なんのなんの、かぐやさんの結婚式本番では驚かせてやりましょうね」
「はい!」
私は巫女舞とは別に披露宴で千花師匠の伴奏に合わせて歌うことになっていて、今はその練習の帰りだ。
「驚かせると言ってもまたハゲヅラはやめてくださいね」
「流石に私も神聖な結婚式の場ではやりませんよ!?」
師匠がそう言うと、千花師匠は心外だと言わんばかりに憤りを露わにした。何の話?
「この人定期的にハゲヅラ被って『髪の毛切っちゃった』ドッキリしてくるんだよ。ルビーちゃんも気をつけてね」
「なんで言っちゃうんですか!? ルビーちゃんにこのドッキリできなくなったじゃないですか!」
なんですかそのドッキリ。あと私にもするつもりだったんかい。
「そうだ、帰りにラーメン寄って帰りませんか?」
「すいません、私今糖質制限してるので」
「えぇ、そんなぁ。ちょっとくらい良いじゃないですかー」
「こらこら、千花さんと違ってルビーちゃんは本物のロカボガールなんですよ。配慮してあげてください」
師匠がそう言うと、千花師匠はまた心外だと言わんばかりに。
「まるで私が偽物のロカボガールみたいに言うじゃないですか。違いますよ。ロカボガールなんですよ。ちょっとラーメンとタピオカが好きなだけで」
と言った。
「か、カロリーの二大巨塔じゃないですか。そんなのでよくロカボガール名乗れますね」
思わずそうツッコんでしまう。私は自炊して食事管理頑張ってるのに。
「うわぁぁん! ついにルビーちゃんまで私に厳しくなったぁ──!」
キラリと涙の粒を宙に置き去りにし、千花さんは逃げ出してしまった。
「言い過ぎちゃったかな、追わなくて良いんですか?」
「いつもあんな感じだから放っておいて良いよ。次の日にはケロッとしてるし」
師匠も大概あの人の扱いが適当だ。そしてそれに染まってきている自分がいる。
「まさに政治家にうってつけの性格してるよね、千花さん。それじゃあボクも帰るけど、一人で帰れる?」
「バカにしないでください。私もう中学二年生ですよ?」
「あれ、もうそんなに経つのか。時が経つのは早いな。あっという間の3年半だった気がする……」
そう、私は春になり中学二年生になった。程なくして14歳を迎える。そんな私は今は舞の稽古と披露宴に向けた歌の稽古、そして柔道初段の試験に向けた稽古で忙しくしていた。
「いつの間にかボクも大学三年生、そろそろ身の振り方を考えないとな」
「身の振り方?」
「うん、四宮に残るか、結婚して四宮を出て行くか」
なるほど、結婚か。結婚!?
「師匠結婚するの!?」
「こう見えても婚約者持ちですので」
師匠は夕日に照らされキラリと光る左手の薬指に嵌められた指輪を大げさにアピールした。
「それ婚約指輪だったんですね。てっきり左手の薬指の意味を知らないでお洒落に着けてるだけなのかなって思ってました」
「ボクはそこまでバカじゃないよ?」
でも師匠男っ気全然ないじゃん。
「で、まぁ相手がもともと四宮家と対立してた家の御曹司でさ。嫁入りするとなれば多分今の地位を捨てて単身飛び込む形になるから、どうしたものかなと」
「なんですかそれ、師匠の恋愛話が俄然気になってきたんですけど。聞かせてくださいよ」
「そのうちね、そのうち」
もったいぶるような言い方をしてはぐらかされた。いつか絶対聞き出してやろう。
「ま、悩みはそれだけじゃないんだけどね。ボクは身体があまり丈夫ではないから子どもが産めるかどうか分からないし、あとこの一人称も将来を考えたら矯正しないとだし、それに……」
師匠は私の顔をみると笑って、それから私の頭を撫でた。
「な、なんですか」
「いや、君を見てるとなんだかちっぽけな悩みに思えてきて。……新しい環境に飛び込むことを恐れるなんて、君のお師匠失格かな」
私は撫で地蔵でもなんでもないですから、そんなに撫でてもご利益はないですよ。
「それじゃあボクは行くよ。またね」
「はい、お疲れ様でした師匠」
彼女がタクシーに乗り込む。そして去り行く前に、窓を開け私に告げた。
「四宮家息女の神前式、その巫女舞と披露宴にはその家格に相応しい者が呼ばれることになってる。参加者には財界と政界の重鎮が多く、呼ばれるアーティストも名の知れた一流ばかり」
なぜか突然プレッシャーをかけるようなことを言われ、固まる私。
「式に君を使うことを推挙したのはボクだ」
「それって……」
「上手く行けば君の名が社交界に知られることになる。今後の躍進がかかってると言っても過言じゃない」
「そんなことまで考えてくれてたんですね。ほんと、ありがとうございます」
期待が重い。師匠は持ちうる人脈と資金力を惜しみなく投資して私を育ててくれた。私はそれにどれだけ応えることができているのだろうか。あまり自信はない。
ない、けど。
「それにね、前にも言ったけどボクは君のファンだから。推しを推すのは当然だろ?」
なんて言われてしまったら、もう頑張るしかないじゃん。
体に熱が籠もり、やる気がムンムン湧いてくる。ちょっと、これは素直に帰れそうにないな。
「掛けまくも畏き 大神の御前に 慎しみ敬い
──恐れ多くも神様の御前に申し上げます。
「高き尊き 御縁によりて 結ばれし この夫婦 千代に八千代に
──素晴らしいご縁によって結ばれたこの二人。永遠に、岩のように固く変わることなく、仲睦まじく。
「
──二人の家が、桑の枝が茂るように大いに繁栄しますようにと、恐れ多くも申し上げます。
夜の静寂の中、私の呼吸音と足踏み、そして衣擦れの音だけが聞こえる。
扇子を握り、私は普段早朝にしか来ない神社の中で舞う。たまたま近くに舞を練習できそうな場所があって助かった。
「ふぅ、そろそろ帰らないとな」
空にはとっくにまん丸のお月様が顔を出していた。
「カァ!」
「わ、カラス。というかよく見たらツクヨミ二世じゃん。朝も夜も、いつもこの神社にいるのよね。暇なのかな?」
彼女──ツクヨミ二世はメスだ──の特徴である一本足を見て思う。
「明日の朝はオフだからここにはこないよ?」
「カァ!」
私の言葉を理解してか理解しないでか、ツクヨミ二世は返事代わりの鳴き声をあげた。
そうだ、最後に神前でお祈りしてから帰ろう。
私は財布から5円玉……ない。10円玉……ない。泣く泣く50円玉を取り出し賽銭箱に投げた。
──パンパン!
乾いた音とともに柏手を打ち祈る。どうか立派なアイドルになれますように。
そして目を開けたとき、目の前には綺麗な丸鏡があった。
……鏡? こんなのあったっけ。社の中にあるからご神体なのかな。でもこんな綺麗な鏡を社の中とは言え目につくような場所に置くのは不用心だと思う。最近何かと物騒だし、変な人に盗まれたりとかしたら大変だよ。
なんて思いながら、私は鏡を覗き込んだ。すると月光が反射したのか、眩い光で目の前が真っ白になる。
うぉっ、まぶしっ。
視界が白く焼き付いてちらつく。
いやほんとに眩しいね!?
一体何だと言うんだ。変な病気にでもかかった? また病院暮らしとかごめんだよ……。
「ほんと、こんな時間まで神前で舞を舞うなんてさ。ご苦労なことだよね。大して信心深いわけでもないのに」
「カァ!」
「『神様のためじゃなくて練習のため』? そんなこと言われずとも分かってるから」
「カァ!」
「はいはい、観察はこれくらいにしとくから黙ってて。でも君はほんと煩いな。名前をつけられて調子に乗ってるんじゃないの? まぁ、二番煎じの名前だけど」
「カァ!」
「分かってる。彼女は未だ咲く前の蕾、時計の針を進めるつもりは欠片もないから。それに私だってまだ体が馴染んでないし──」
いや誰!? 私の後ろでなんか美幼女がツクヨミ二世とお喋りしてるんだけど!
視力が徐々に戻ってきたので、社の中の鏡越しに背後を観察する。そこにはつい先程まで誰もいなかったはずなのに、いつの間にか一人の幼女が立っていた。その浮世離れした綺麗な女の子は一本足のツクヨミ二世を肩に乗せて、まるでツクヨミ二世に会話するように独り言を呟いている。
あれ、なんか今一瞬ツクヨミ二世の一本足がぶれて三本足に見えたような気がする。目を擦ってまた鏡を見る。気のせいかな。
「じゃあ帰ろっか。カラスが鳴いたら帰ろ、人の子の習わしなんでしょ? 変な話だよね」
いやいやいや、日が落ちてるのに幼女一人でどこに行こうと言うんだ。親御さんは? ちょっと放っておけないよ。
「待って、君何歳? どこから来たのかな? お父さんかお母さんはいないの? 一人で出歩くなんて危ないよ?」
「……」
「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
美幼女は怪訝な表情をして後ろを振り向き、『誰もいないけど』とでも言うような表情を浮かべた。
「いや君! 君のこと! そこでカラスを肩に乗せてる君のことだから?」
「カァ?」
「は? い、いやいや。まさかこの子に私の姿が見えてるわけないでしょ」
「いやばっちり見えてるけど?」
「私の声が聞こえてるわけが…… 」
「はっきり聞こえてるけど?」
「……」
「カァ」
幼女の頬から冷や汗が一滴、ぽたりと地面に落ちた。そして彼女が一歩右にずれるので、私も視線を右にずらす。今度は左に二歩ずれたので私も視線を左にずらした。今度は小さいお手々をこっちに向けて振ってきたので、私も手を振り返す。
「私のことが見えてる!?」
「当たり前だよ! ねぇ、これなんの遊び!?」
「お、おかしい。術が切れたのかな」
おかしいのは君の頭じゃないのかな。
なんて思ってたら、いきなり幼女が『パチン』と指を鳴らした。
「これで良し、さぁ、帰ろ」
「何も良くないよ!? 危ないから一人で夜道を歩くのはダメなんだってば!」
一人歩き出そうとする幼女を慌てて抱き抱えた。変だ、異常なほど軽い。まるでこの世に存在していないみたいに。ちゃんとご飯食べてる?
確保した幼女は私の胸の中で『やっぱりおかしい。急に神通力が効かなくなった。異変……? 理が乱れた……?』などとブツブツと呟いている。厨二病なの? その年で発症すると長引いてあとあと辛いよ?
「はぁ、もう、仕方ない。私が君をお家に連れて帰ってあげるから、家まで案内して?」
「慎め、我は天津神が一柱、
あーはいはい、そう言うの良いから。ジタバタ暴れないで大人しくお家まで案内してね。
「あたし、お姉ちゃんがいなくても一人で帰れるよ? だから離して?」
「うわ急な猫被りやだ、似合ってないよ?」
「ぶっ祟るよ?」
ぶったたるとは一体なんぞや。『離せー』と言ったところで離しません。
「ゆ、誘拐は犯罪だよ? 早く離してくれないと警察に逮捕されちゃうかも」
「猫被りが効かないとわかったら今度は理屈をこねるんだ、嫌な子どもだね君」
「月のモノが長引くよう呪ってやろうか……」
嫌すぎる呪いやめてね。
やがて幼女は諦めたのか、大人しく黙って私に抱っこされたままになった。
「ねぇ、お家はどこなの。あ、もしかして家出かな。何か嫌なことでもあった?」
「……」
「ねぇってば」
今度はだんまりを決め込む幼女。揺すっても抱きしめても何も言わない。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。
「それ、こちょこちょこちょ」
「な!? や、やめ、きゃははは!」
あ、笑うと年相応で可愛い。
「話す気になった?」
「はぁ、ひぃ、ぶ、無礼だね。私から話すことなんて何もな、分かった話すからやめて!」
最初からそうすれば良いんだよ。
「神社に戻って、さっきとは逆方向、西にまっすぐ行けば日本屋敷があるからそこに向かって」
私の家とはどうやら逆方向だったらしい。遠回りだけど、でも置いていくわけにもいかない。おとなしく歩こう。
「まったく、相変わらず君は妙にお節介なんだから」
「もしかして、私たちって前にどこかで会ったことある?」
「まさか。私はまだこの世に生を受けて二年も経っていない、その間に一度でも君と会ったかな?」
ないけど、引っかかるような言い方をする子だな。
「というか二歳未満? 本格的に幼児じゃん、よく一人で出歩けたね。親は今ごろ心配してるんじゃない?」
「この私を心配する人間なんて君くらいだよ」
「……ねぇ、もしかしていちいち大げさな言い方しないと死んじゃう病気なの?」
「うるさいな。あんまりうるさいと大事な予定がある日の前日の夜に寝れない呪いをかけるよ?」
だから嫌すぎる呪いやめてね。
「違う、その角は右じゃなくて左だよ」
「あ、ごめん」
「はぁ、カラスが先導するからそれについて行って」
夜空を見上げればツクヨミ二世が飛んでいた。道案内もできるほどカラスって賢いんだね。
「あれ、カラスって鳥目で夜は目が見えないんじゃ?」
「それは昼行性の鳥だけで特に鶏のこと、カラスはちゃんと夜でも目が見えるんだよ。おバカさん」
嘘、せんせが間違った雑学を私に教えたってこと? 何でも知ってるように思えたせんせでも間違ったりするんだ。
「で、結局君はどうしてこんな時間に神社にいたの?」
「君は君で喋らないと死んじゃう病気なのかな?」
「ちゃんと答えないとまた擽りの刑に処すよ?」
「ごめんなさい」
無駄な抵抗なんてしなきゃ良いのに。
カラスについて行き角を曲がるとやけに静かな路地に出た。チカチカと街灯が点滅している。
しまった、ツクヨミ二世を見失ってしまった。
「このまま真っすぐで良いの?」
「大丈夫、もうここで良いんだ。そろそろお別れの時間だから。それで、私が出歩いていた理由だっけ。それはね、美しく舞う君の姿を見に来たんだよ、星野ルビー」
「私を?」
それは変だ。私が急に思い立って神社で舞の練習を始めたのに、それを見に来たなんておかしい。
あれ、待って。私──名前教えてないよね?
「それともこう呼んだ方が良いかな、天童寺さりな?」
私は思わず、『ヒュッ』と息を飲んだ。足元がおぼつかない。
「私は知ってるよ。あなたがただの人間じゃないことを」
「な、んで……?」
「さぁ、どうしてだと思う?」
幼女は妖しく『クスクス』と笑った。怖い、今私が胸に抱えている彼女の姿が急に、理解不能な異質なものに思えてくる。
「ここまで送ってくれてありがとう。その優しさに免じて、今日の無礼は許してあげる」
耳元で彼女が囁く。
「だから今夜のことは全部忘れちゃおっか。総て、月が見せた幻のように」
「あ、ぁ……」
恐怖で喉が震え、瞼を閉じる。そしてその小さい手が私の顔に触れた。
「あ、あれ?」
異様な雰囲気に何か起きるのかと身構えたが何も起きない。困惑したように幼女が私の頬をペタペタと触り、今度は頭を抱えた。
「そうだった! なぜか効かないんだった!」
「あ、あのさ。もしかしてあなたは私と同じ……」
「やば、喋りすぎた。あーもう、集え眷属──ッ!」
彼女が両手を挙げて叫ぶと、突然カラスの大群が襲いかかってきた。
「い、いたっ、痛い! ああ待ってどこ行くの、まだ聞きたいことが!」
私の腕から抜け出した小さい背中が夜の闇に消えていく。やがてカラスたちが去ったころにはまるではじめからいなかったかのように、そこに幼女の姿はなかった。
翌日、私は昨夜の出来事を思い出しながら言われた通り西にある日本屋敷を訪れた。
「ごめんください」
「はい、なんでございましょう」
中から和装の女性が現れる。
「この家に二歳くらいの女の子って住んでませんか?」
「……いいえ、存じ上げません。お帰りください」
そっけない返事とともに『ピシャリ』とガラス戸が閉じられた。残念ながら、あの幼女が私の秘密を知っていた理由を確かめることはできないらしい。
もし彼女が私の転生に深く関わっているとしたら、色々聞いてみたかったな。どうして転生したのが私とお兄ちゃんだけなのか、ママは転生できなかったのか。
あの子は私を見に来たと言っていた。だったらまた会えるかもしれない。
いつか、そのときに。
「かーごめかーごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる」
「御子様、不用意に俗世の者と関わるのはおやめ下さい」
「……はいはい」
オカルト回でした。可愛いのに上位者なツクヨミちゃん、ヘケ(癖)ッ!