アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

28 / 30
28.天の架け橋

 

水無月、6月、梅雨の季節にも関わらず空は晴れ渡っていた。まさに吉日と言える今日この日、かぐや師匠と御行師匠の結婚式が執り行われる。いわゆるジューンブライドってやつだ。

 

「私、本当に来てよかったのかしら」

 

演者である私のマネージャー枠として参加する予定のミヤコさんが珍しくガチガチに緊張している。

 

「右を見ても左を見てもテレビで見たようなお偉いさん方ばかりね。失礼しようものなら苺プロは終わりだわ」

 

「ミヤコさん見て、教科書で見たことある人がいる」

 

「あら、確かに見覚えが……待って、あの人私が若い頃総理だった人じゃないかしら。うちの事務所、終わったわね」

 

ミヤコさんは遠い目をしながらそう呟いた。こらこら、私が失敗する前提で言わないで。

 

「あ、ルビーちゃん。こんにち殺法!」

 

「こんにち殺法返しです千花師匠」 

 

「それとこちら私のお祖父様です!」

 

「やぁ」

 

うわ元総理がこっちに来た!?

 

それから、私とミヤコさんは泡を吹きそうになりながらもなんとか名刺を交換した。

 

「帰ってはダメかしら」

 

胃のあたりを押さえながらミヤコさんが言った。

 

「せめて私の仕事が終わるまで待って」

 

今更だけど大丈夫かな。緊張してきたぞ。ちょっとでも失敗したら打首にされそう。

 

神前式の始まりは参進の儀と言って、まず参加者一同が歩いて神殿まで行くことから始まるらしい。京都にある四宮家の氏神を祀った神社の境内の中、私は巫女役として神主さんに続きかぐや師匠と御行師匠を先導する。綺麗な白無垢に立派な紋付袴だ。

 

結婚式といえばウェディングドレスもアリだけど、やっぱり白無垢も良いよね。あと紋付袴かっこいいなぁ、せんせに着てもらいたい。

 

神殿についたら修祓と言って、神主さんが白いふさふさのついた棒でお祓いをする。そのときに唱える呪文が祓詞(はらえことば)だ。

 

「掛けまくも畏き 伊邪那岐の大神 筑紫の日向の橘の 小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓え給いし時に 生り坐せる祓戸の大神達 諸々の禍事・罪・穢れを 祓え給い清め給えと 白すことの由を 平けく安らけく聞こし食せと 恐み恐みも白す」

 

この儀式は日本神話に出てくる禊の話に由来しているらしい。その昔イザナギがかつて死者の国に赴き、体に付いた汚れを日向、つまり今の宮崎の地で落とした。そのときにたくさんの神々が生まれ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの超メジャーな神様もこのときに生まれたとか。

 

日本神話に宮崎出てきすぎじゃない? というかアマテラスって宮崎出身だったんだ。ちょっと親近感。

 

でも体を洗った結果生まれた神様ってなんか、ばっちくない……?

 

『いや三貴子は洗ったあとの限りなく清浄な体から生まれたから。ばっちくないから。そういうのは禍津神だから。あとそういうことを思っても口に出しちゃいけません』

 

それを聞いたとき師匠にそう怒られた。

 

それから神前式は進んでいき、献饌(捧げ物)、祝詞奏上、三献の儀(夫婦が盃を交わす)誓詞奏上(誓いの言葉)に続き、神楽奉奏が始まった。

 

ここからが私の出番だ。夏祭りのときと違い静の所作を前面にだし、神事の厳かな雰囲気を演出する。

 

奏でられる雅楽の音色に合わせ、私は舞う。緋袴がふわりと舞い、今宵私は夫婦(めおと)千年(ちとせ)の誓約と繁栄を言祝ぐ。

 

どうか二人の行く道に祝福のあらんことを。

 

 

 

 

ところ変わって披露宴、場所は一気に洋風なホテルの会場へと移った。パーティーの中心にはウェディングドレスを着たかぐや師匠とタキシード姿の御行師匠がいる。

 

え、一日に白無垢とウェディングドレスの両取りとか許されるんだ。どっちか片方しか選べないという先入観に染められていた私からすれば目から鱗だ。

 

「わっ! 緊張していますか、ルビーちゃん?」

 

背後から背中をドンと押され、振り返るとそこには綺麗な桃色のドレスを着た千花師匠が立っていた。

 

「そりゃ緊張もしますよ。伴奏は千花師匠で、歌は私。一方は神童と呼ばれた天才ピアニスト、一方は無名の女子中学生ですよ?」

 

「心配しなくても、ルビーちゃんにはちゃんと私と並び立てる実力はありますよ」

 

「そうですかね」

 

残念ながら自信はない。私が誇れるのはもっぱらダンスの部分で、歌の部分は改善されたとは言っても苦手意識がある。

 

「カラオケの点数だって、なかなか90点台取れないレベルしかないし……」

 

「点数なんて数値化されたものに意味なんてありません。大事なのはハートですよ。相手の心に響くかどうかです!」

 

相手の心に響くかどうか、か。

 

「さぁ出番ですよ。おじ様たちの度肝を抜いてやりましょう」

 

会場の照明が落ち、スポットライトがピアノの前の千花師匠と、その横に立つ私を射抜く。眩しい。その光の向こう側から、突き刺さるような視線を感じる。

 

『なんだ、あの子どもは?』

 

言葉には出さずとも、その目が語っている。

 

政財界の重鎮、一流の芸術家、目の肥えた大人たち。彼らにとって、どこの馬の骨とも知れない中学生の歌なんて、退屈なBGM以下の騒音でしかない。

 

足が震え、喉がひきつりそうになる。実力以上の舞台に立つのって、こんなにプレッシャーなんだ。

 

ふと顔を上げると、高砂席に座る二人の姿が見えた。白いタキシードの御行師匠と、ウェディングドレスのかぐや師匠。二人は穏やかな笑みを浮かべて、私をじっと見つめていた。

 

そして客席には、胃を押さえながら心配そうにこちらを観ているミヤコさんと、対照的に全く心配する様子を見せず堂々とグラスに入ったワインを揺らしている師匠の姿。

 

私は小さく息を吸い込み、隣に座る千花師匠を見た。鍵盤に指を置いた彼女と目が合う。

 

『準備はいいですか?』と、その瞳が問いかけてくる。私は一度だけ、力強く頷いた。

 

自信なんてない。これまでの舞台で、私はいつだってパフォーマンスで立ち回ってきた。人にはできない動きで魅せていた。歌だけ(・・)で勝負したことは一度もない。

 

伴奏が始まり、美しくも儚いピアノの音色が会場に響く。

 

私は瞳を閉じて、全てを分厚いメイク()で塗りつぶす。

 

私は今、世界で一番歌が上手い少女だ。私は今、この会場の誰よりも愛されている歌姫だ。誰もが私の歌声に涙し、心を奪われる。そう思い込め。嘘を吐け。

 

『嘘は愛だ』とママは言った。『演技は理想の自分だ』と御行師匠は言った。

 

星に手が届かないなら、うんと背伸びしてやろう。いつかこの手に掴み取ることを信じて。

 

吐いて吐いて吐き通して、この空間ごと、私の『嘘』で塗り替えてやる。

 

私の決意とともにピアノの旋律が静寂を切り裂いた。それに乗せて、私は第一声を発する。

 

「──♪」

 

遠く遠く、会場の一番奥まで突き抜けるような声を響かせる。三年もの間鍛えてきた私の舌は、淀みなく異国の言葉で愛を歌ってくれた。流れるようなリズムで私の心から、センチメンタルな感情を綴ったバラードを響かせる。

 

老人たちにとっては歯が浮くような甘ったるい愛の(うた)だろう。だからこそ聞かせがいがある。今宵彼らは音楽の魔法にかけられて、とうの昔に置き忘れてきた情熱を思い出すことになるのだ。

 

会場の空気が変わる。

 

カチャカチャと鳴っていた食器の音が止んだ。ふんぞり返っていたお偉いさんが、背筋を伸ばしてこちらを見ている。談笑していた婦人たちが、口元に手を当てて聴き入っている。

 

どこを見ても誰かしらと目が合うほどの注目を浴びながらも、私は飄々とした表情を崩さない。

 

もう大丈夫、波に乗ってきた。相手がどれだけ偉い人だろうと、お金持ちだろうともうこのプレッシャーに溺れることはない。

 

いつも通り、自分を魅せるだけ。

 

私は会場の隅々まで届くように、()を叫ぶ。スタンドマイクの前でくるりと回れば私の髪に合わせた向日葵色のドレスも華を咲かせる。ご老人と目が合えばウィンクしてその瞳を釘付けにする。少年と目が合えばキスを飛ばして心を奪う。

 

それから私は拍手する間も与えず二曲三曲と立て続けに歌い続けた。やがて最後の音が消え、ピアノの残響だけが会場に溶けていく。数秒の静寂。誰もが息を呑んで見守っている。

 

誰も拍手はしない。できないのだ。またすぐ次の曲が始まるかもしれないから。彼らは今、私が次に何をするのかが気になって仕方がないはず。

 

ふっ、と軽く息を吐いて整える。

 

心臓が早鐘を打っている。恐怖じゃない、興奮の証だ。

 

ピアノの陰から、千花師匠が親指を立てて合図しているのが見える。

 

それを見て私は汗ばんだ手でスタンドからマイクを握り取る。さあ、ここからが本番だ。自分で作り出したこのしんみりした空気を自分でぶち壊してやる。

 

アップテンポなピアノのリズムとともに私は靴を鳴らした。乱れるスポットライトが客席を照らし出すと、そこに紛れ隠れていた演者たちが立ち上がり舞台へ上がってくる。

 

そして、観客たちがざわめいた。明るく照らされ、このパーティーの主人公がいるはずの席が空っぽなことが知れ渡る。

 

「さぁ皆さん! 披露宴はまだまだ始まったばかり、ここからが本番です! 全員、ちゅうもーく!」

 

舞台に2つのシルエットが浮かび上がる。

 

人知れず黒いタキシード、そして深紅の妖艶なドレスへと変身した二人が登場し、会場が沸いた。そして舞台には二人と親しい間柄の人間が大勢立っている。

 

彼らは今回の披露宴での催しに協力してくれた人たちだ。その中には私が師匠として仰ぐ人たちもたくさんいた。

 

「これから始まるのは白銀かぐやと白銀御行、および有志たちによるアンサンブル、題して──『Love is Show』です!」

 

私だけの舞台はここで終わり、ここからはみんなの舞台で行こう。今夜の私は主役じゃなくて、最高の盛り上げ役だから!

 

一糸乱れない合唱(コーラス)に合わせ踊る。堅苦しいマナーなんて関係ないとばかりに、この狂騒は狭すぎる舞台を飛び出して観客席を侵蝕した。

 

会場すべてがステージとなり、人も場所も選ばない。老若男女問わず誰もがいたるところで踊っている。

 

やがて曲のクライマックスと共に、全てをかき消さんばかりの大きな祝辞が述べられた。一人一人の声はより大きな声の一部となり、もはや聞こえなくなってしまうくらいの歓声で。

 

「「「かぐやさん、御行さん、結婚おめでとう!」」」

 

こうして私は、寄せられた期待に相応しい成果を上げたのだった。

 

 

 

 

 

後日。

 

「ルビー、あなたに仕事の依頼が来ているわよ」

 

ミヤコさんが受話器を片手に言った。

 

「また? もう聞かなくても何となく内容分かるけど、どんな仕事?」

 

「結婚式の披露宴に出て欲しいって」

 

だーかーらー!!!

 

私はアイドル志望だって言ってるでしょうがぁ!!!

 

「だいたい、あんなこと年に一回くらいで十分だよ」

 

主催に許可取って、主催と親しい人たちに声掛けまくって集めて練習するなんて、そう何度も出来るわけないじゃん。

 

「なら予約は年に一件だけと先方には伝えておくわね」

 

「そういうことじゃなくてね?」

 

あとそれ希少価値ついてもっとややこしいことなるんじゃ……?

 





披露宴の歌姫、星野ルビー、爆誕。

投稿遅れて申し訳ない。それと察しの良い人は気づいたかもしれないけれどかぐや様四期OP参照です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。