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あれから数日が経った。いつの間にか年越しも終わったけれど、私は相変わらず師匠から修行を受けている。
体は毎日悲鳴をあげていてほんとに苦しいけれど、何もしていなかった頃よりはずっと楽だ。焦燥感に心が苛まれていた頃よりもずっと。
「おはようございます師匠! 今日も送迎よろしくおね──って、この前のカッコいい運転手さん!?」
「やあ、お嬢ちゃん」
「師匠じゃないの!?」
「あの人は忙しいからね。今日からは僕が送り迎えを担当するよ」
「えっと、師匠の代理の人ですか」
「おう、君の師匠から呼ばれてきた風野だ。よろしくな、星野ちゃん」
私の目の前には筋肉隆々のマッチョマンがいた。
「一応、今日は君の基礎トレーニングを任されているが、俺はプロのダンサーでアイドルの振り付けなんかもしたことがある。その辺についてもアドバイスできると思うぞ」
「アイドルの振り付け!? すごい! ちなみに、アイドルは好きなんですか?」
「大好きだぞ」
「お、推しのアイドルは?」
「
くっ、坂系アイドル推しだったか。残念だが私とは相容れないかもしれない。
「星野ちゃんはアイドルになりたいんだってな。憧れの人はいないのか?」
「B小町のアイです! アイドル好きなら当然知ってますよね?」
「知ってるな、名前だけだけど」
「どうして!? アイは教科書に載るべき偉人なのに!?」
「いや、俺がアイドルに沼ったのは彼女が亡くなった後だったからな」
「じゃあ一緒にアイのライブ映像を観ましょう! 絶対好きになるから!」
「おう、構わないぞ。ただし、星野ちゃんが俺の出すメニューをきちんと終わらせられたらな」
アイの布教のためならどんなことでもやってやる。うぉ──!!!
「このメニューに合わせて筋トレだ。できるな?」
「はい!」
「次はランニングマシンで有酸素運動だ」
「はい!」
「そして肺活量と体力を鍛えるなら、やっぱり水練だな!」
「はい……え?」
私は水着に着替えさせられ、プールサイドに立っていた。隣にはブーメランパンツを履いてその筋肉をさらけ出した風野師匠がいる。
「わ、私泳ぎは得意じゃなくて、水泳の授業のときは先生に手を引いてもらわないと溺れちゃって」
「大丈夫だ。泳げるまで付き合うからな。はーっはっはっはっ──!」
「……」
このジム、プールも完備してるなんてすご──ゴボボボボ……バッ!
「良いバタ足だ。だけど息継ぎを忘れちゃダメだぞ。死んでしまうからな」
私が溺れないよう手を掴んでくれている風野師匠が言う。
「──ブハッ! た、体力トレーニングならランニングでよくないですか!? 今からでもそっちにしましょうよ!」
「だめだ。君がこのまま泳げなかったら、将来海に投げ出されたりした時に溺れ死んでしまうぞ?」
そんな状況ありえないでしょ!?
「よしよし。泳げるようになったら、プールに浮かぶビニールボールを泳いで取りに行く訓練に移ろうな」
「そんな幼稚園のお遊戯みたいなことしたくない……」
「ちなみに君の師匠から報酬が用意されている。ボールが取れたらそれをあげても良いぞ」
「別にいらな──」
「なんでも、廃盤になったB小町の初期のレコードだそうだ」
「うぉぉぉ──ッッッ!!!」
ビニールボールは私のもの──ゴボボボ!!!
「待て待て、泳げるようになってからだぞ!?」
「ルビー、だいぶ疲れてるな。もうやめたほうが……」
「止めないでお兄ちゃん! 廃盤になったママのレコードが手に入るチャンスなの!」
「俺にできることは何でも言え」
「足のマッサージして!」
そんな感じでプールで筋トレとプールで泳ぐ日々が何日か続き、風野師匠との特訓の最後の日になった。
「だいぶ泳げるようになったな、星野ちゃん。俺がいなくなったあともそのまま水練続けて、体力と肺活量を存分に鍛えてくれ」
「ぜぇ、はぁ……廃盤レコード……!」
「お、おう。約束だからな、ほら」
引き攣った笑みのまま、風野師匠が一枚のレコードをくれた。CDのジャケットには、私が前世で見ていた頃とほとんど変わらない姿のアイが描かれている。
あー、これ知ってる。前世で持っていたやつだ。ルビーとしては未所持だから嬉しいと言えば嬉しいけど。
と言うか。
「一枚だけ!? 私用、お兄ちゃん用、布教用、保存用の四枚は用意しておくべきでしょ!」
「関係会社の倉庫に眠ってたものを持ってきてあげたのに、ルビーちゃんは欲張りだな」
「あ、師匠!」
声が聞こえて振り返ると、呆れ顔の師匠がそこに立っていた。
「お疲れ様でした風野さん。今回は引き受けてくださってありがとうございました」
「石上からもお願いされたからな。今でも俺のことを団長って呼んでくれる大切な後輩だ。頼まれたら断れん」
「ふふっ、なら優さん経由であなたに頼んでおいて正解でしたね」
「おう、礼を言うなら石上にしてくれ」
師匠と風野師匠がなにやら和やかに会話をしている。石上……? 優……? 誰のことだろう。私のために動いてくれた人が、師匠の他にもいたのだろうか。
「あ、そうだ風野師匠。アイのビデオ見るって約束でしょ? 今から一緒に見よう?」
「良いぞ」
「師匠も一緒に」
「え、ボクもか?」
「アイを布教するのは私の使命なので」
気分は天使。天国にいるママの威光を現代に知らしめるガブリエルだ。
『ア・ナ・タのアイドル』
「ほら、師匠たちも教えた通りコールするんだよ?」
「任せろ!」
「サイリウムなんてどこから持ってきたの?」
『サインはB──chu!』
「「うりゃおい!! うりゃおい!!」」
「うりゃおい……うりゃおい……」
「師匠ったら全然ダメ! 貸して、アイドルを推すときはこうやるの!」
私は師匠が両手で持っていたサイリウムを奪い取り、四刀流ヲタ芸を披露した。
「アイ──!! B小町! フッフー!」
「もうやだ、ドルオタ怖い」
「そんなこと言ってないで──ちゃんと見て師匠!」
私は映像を背景に、師匠の方を向き、彼女の瞳に視線を合わせる。
後ろに流れているのはMVだから分からないかもしれないけれど、アイドルライブは自分がアイドルを見ていると同時に、向こうにも見てもらえるってところが素晴らしいんだよ!
『「ようやく会えたね 嬉しいね 待ち遠しくて 足をバタバタしながら 今日楽しみで 寝れなかったよ──!」』
「オレモ──!」
「……」
見なくても、『サインはB』の振り付けは全部魂に焼き付いてる。今の私は、ママと同じように踊れてる。
頭のてっぺんからつま先まで、全身で愛を振りまいて、笑顔を向けて。
「──ルビー、君は……」
ファンを虜にする。それがアイドルなんだよ。
『手を鳴らせ いらっしゃいませ 「好き」が集まる場所へようこそ』
「師匠、ここからが本番だから」
『日常はクロークの中 ここに来たなりゃ踊らにゃ 損! 損! 損』
「ちゃんと推してよね!」
私は、持っていたサイリウムを師匠に手渡した。
『「
「フッフー!」
「……ふっふー」
『「
「フッフー!」
「ふっふー!」
楽しいでしょ? 好きを体いっぱいに表現して、サイリウムで送り出すのは。
『「ちゃんと見えてる 君のサイリウム──!」』
「「「ハイ! ハイ! ハイ!」」」
ファンとして最高の瞬間だよね!
「今はフーっと吹けば飛ぶような」
「小さな小さな才能だけど」
「私を推してくれるのなら 爆レスをあげる」
私がママからもらった感動を、二人にも見せてあげたい。
「ア・ナ・タのアイドル」
これが、私の目指すアイドルの形。
「サインはB──chu!」
「「……」」
「……あれ、二人ともどうして黙って──」
おかしいな。二番が始まるはずなのに、何も聞こえない。プロジェクターが故障しちゃったのかな。
そう思い、私が振り返ると、そこには停止した映像があった。
「もう十年以上も前のものだったから、擦れて途中から映像が映らなくなってたのかもね」
「え、うそ!?」
じゃ、じゃあ最後に聞こえてた音楽は全部私が脳内補完してただけってこと?
「終盤はもはや君のライブだったぞ、星野ちゃん。すごかった。はっきり言って推し変したいくらいだ」
「私の……」
「にしても、星野ルビー。君は最高だね、見つけて良かった!」
「うわっ、師匠!?」
感極まったのか、師匠が私の脇を掴んで持ち上げた。まるで高い高いのポーズである。
「感動した。ボクはもう君を推さずにはいられない。だから覚悟してよね、これから死ぬほど厳しくいくから」
まだ厳しくなるの!?
ひえ……私ほんとに死んじゃうよ。天国にいるママに会うのも時間の問題かも。
でも、やりたい。キラキラと煌めく師匠の目を見ていたらそう思う。
感動と期待に籠もった眼差しだ。推されてる側って、いつもこんなふうに見られてるんだ。
私も、ママのことをこういうふうに見てたのかな。
「よろしくお願いします!」
もっともっと、私は照らしたい。だってこの感動をここで終わらせちゃったら、人類の損失だよね!
「ついてはボクがファン一号ね」
「いや、そこは俺が一号じゃないか」
「彼女を見つけたのはボクだよ?」
「推すのは同じ今日だろう。俺は君より早く推していた。ヲタ芸だって俺の方が真面目にやっていたし」
「「……」」
「喧嘩しないでくれませんか!?」
これがアイドルファン……! 扱いを誤れば私もママみたいに刺される……!
「ルビーちゃんはどっちが一号だと思う?」
「星野ちゃんから見たらどっちが一号だ?」
「ま、まだ私はアイドルじゃないので!」
将来ファンクラブ作るときは、会員番号で管理するのは絶対やめよう。そうしよう。
私たちは締めに、運転手さんおすすめのラーメン屋に来ていた。
「「醤油とんこつ薄め硬めで」」
「こどもラーメンください」
「しかし、人を指導するのも楽しいものだな。その道に進んでみたくなった」
「ジムトレーナーとかですか?」
「風野師匠は教える上手だし、私は向いてると思うなー」
チュルチュル。
「いや──俺は筋トレ系ユーチューバーになろうと思う! もとから興味があって、前にチャンネルも作ったことだしな!」
「へぇ。ちなみに調子は?」
「ぼちぼち……といったところか」
「筋トレ重要となると、若者をターゲットにしたほうが良いんじゃないんですか。でも高校中学生相手だと競争率高いし、小学生の子供とか? でも風野さんむさ苦しいから子供から人気取るのは難しそう」
「なるほど、小学生の子供を相手にか。ところで星野ちゃん、俺ってむさ苦しいのか?」
「え、まぁ。正直プールではちょっと怖かったです。筋肉すごくて」
「マジか……」
「けど筋トレ系なのに筋肉を隠すわけにもいかないでしょうし、そうですね。被り物でもしたらどうですか? マスコット的なヤツ」
「小学生に好かれる被り物か。星野ちゃんは今小学生だよな。どんなものが好かれると思う?」
「え、ええと」
不意に目についたのは、子どもラーメンの取り皿に描かれていた絵だった。
「