アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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5.姫の行幸

 

冬休みもとっくに終わり、三学期が始まっている中の週末だ。

 

その日も師匠はお休みで、師匠の呼んだ代理の人が私の前にいた。それも二人も。

 

「はじめまして、星野ルビーさん。私は四宮かぐやです」

 

一人は黒髪に白いリボンをつけた、まるでお姫様のような気品を持った美しい女の人だ。

 

ん? 四宮?

 

「もしかして、悪の帝国四宮財閥の関係者ですか?」

 

「一族の者です。あとそれ蔑称ですから、間違っても私以外の四宮家の人間には言わないでくださいね」

 

そういうことらしい。世間って意外と狭いんだね。

 

「はじめましてだな、星野ちゃん。俺は白銀御行だ」

 

そしてもう一人は鋭い目つきをした、自信に溢れた表情をする男性だった。

 

「星野ルビーです、よろしくお願いします。かぐや師匠! 御行師匠!」

 

「あらあら、元気いっぱいで大変素晴らしい返事ですね。御行さん」

 

「そうだなかぐや。鍛え甲斐がありそうな子だ」

 

なんだか今視線を交わした一瞬、二人の瞳にハートが浮かんだような気がしたけど、気のせいかな。

 

「お二人はもしかして恋人同士なんですか?」

 

「はい、付き合って3年になります」

 

「もうそんなに経つんだな。お前といると時の流れが早く感じる」

 

「もう、御行さんったら」

 

ひえー、ラブラブだ。素敵なカップルだけど、側で見てると胸焼けしそう。

 

「あの、ところで今日はどんな特訓をするんですか?」

 

「そうですね、私は舞踊をやっていたのでそのあたりの技術を教授できればと思っています」

 

「舞踊って、あの扇子を持って舞ったりするやつですよね?」

 

「そうですね、舞踊にとって扇子はあらゆるものを表す万能の小道具。切っても切り離せません」

 

ドルオタにとってのサイリウムだね、完全把握。

 

しかし、私からすれば全く知らない世界だ。きっといろんなことが学べるはず。

 

「それから武道も学んでもらいます」

 

「ぶどう……?」

 

グレープ? 果物のこと?

 

「はい、私は柔術と合気道の有段者ですから。取り敢えず死ぬほど投げるので受け身を取ってもらいます」

 

「え?」

 

「悪いな星野ちゃん。俺の彼女はスパルタしかやり方を知らなくてな」

 

「まずは一礼をしましょうか。礼節を欠いては、人は成長できません。次に──」

 

せっかく師匠が休みなのに、また私死ぬ気でやらされるの!? た、助けてミヤえも──。

 

「ぐべら!」

 

「一本です。相手の動きをしっかり見なさい」

 

「ぎゃふん!」

 

「また一本。合計二本ですね? 足元がお留守ですよ」

 

「ぐえー!」

 

「三本、後ろにも目をつけてくださいな」

 

無理だよ!? それもう人間やめてますよね!?

 

「ぜぇ、はぁ、そもそもなんでアイドルを目指すのに、武道を学ぶ必要が……?」

 

「あなたの事務所の先輩にあたるB小町のアイさんは、自宅でストーカーに刺されて亡くなっているでしょう?」

 

「……っ!」

 

「彼女がもし、私のように武術を修めていればあのような事件は起こらなかった。そしてあなたの師匠は同じ轍を踏ませるつもりはないようです」

 

そうだ、私は強くなりたい。それはアイドルとしてだけじゃなく、戦闘力としてもそうだ。

 

私が強くなれば、いつか大切な人を守れるかもしれない。

 

「立ちなさい、星野ルビー。蹲っている暇なんてあなたにはないわ」

 

「くっ……うぉぉぉ──!!! あびゃぁ!」

 

「四本、少し上手く転がるようになりましたね」

 

それから私は、何十回も転がされ続けた。

 

──パシャリ。

 

「かぐや、師匠……?」

 

私が床に大の字になって転がっている様をかぐや師匠がカメラに収めた音だ。

 

「ごめんなさい、あなたの師匠に経過報告のため写真を送る必要があるんです」

 

「そうなんですね……全然良いですけど……」

 

「ちなみに御行さん、この写真はどうですか」

 

「下手、だな」

 

「下手なの!?」

 

寝っ転がってる私を撮るのに下手も上手いもなくない!?

 

「うっ、まだまだ精進が足りませんか」

 

「ちょ、ちょっと写真を見せてください」

 

私はかぐや師匠の持つ普通の人は持ち歩かないような大きさのカメラを覗き込んだ。

 

そして高解像度に写し出されている──口から舌を垂らし、視線はあらぬ方向を向いて、汗ダラダラな情けない顔の私。

 

「名付けて『死体』なんてどうでしょう?」

 

「人のことを勝手に殺さないでください!?」

 

でも、なぜこうも不細工に映るんだろうか。

 

「こう見えて私、写真家志望なんですよ?」

 

「ないない、絶対向いてないと思います」

 

「意外とはっきり言うわねこの子。……私だって、向いているとは思っていません。けれど、好きなんですよ。写真を撮るのが」

 

そう言うとかぐや師匠は自分の思いを語った。

 

「四宮家に生まれた私は、家に相応しい人間になれるよう教育を受けて育ちました。その間に楽しいことなんて全くなかった。けれど高校生のときにたくさん楽しい出来事にたくさん出会って、それで思い出を写真の中に収めることが好きになったんです」

 

「そんなことが……」

 

「向いてはいないかもしれないけれど、私は好きを目指して努力しています。だからその点で言えば、アイドルが好きでアイドルの才能もあるあなたが、少し羨ましい」

 

こんなお姫様みたいな人に、私なんかが羨ましがられるなんて思わなかった。

 

「では、次は舞踊ですね。舞踊はダンスと異なりあまり激しい動きはしません。だからこそ、より繊細な動きで表現することが求められます」

 

「はい」

 

「踊りは美しい動きを美しくつなげていくもの。一つ一つの所作を丁寧に。指先の形、目線、見本の形を忠実に真似すれば──なんですかその疑うような目は」

 

「あ、いや。私の知ってるダンスの形と全然違うから少し驚いて」

 

「まさかあなたも藤原さんみたいに『魂込めなきゃ〜』とでも言うんですか?」

 

「はい! 魂込めなきゃ違うと思います!」

 

私はまだ見ぬ藤原さんに共感した。

 

「ぐ……やっぱりはっきり言うわねあなた。まぁ、あくまで一つの価値観として捉えてください。何も型にはめる必要はありませんから。私の話を聞いて、あなたが自分で答えを導き出しなさい」

 

そう言って、かぐや師匠は私に様々な動きを見せてくれた。

 

月、桜、大海の波の流れなどの自然現象に留まらない。暑い寒い、好き嫌い、辛い楽しい。体の動きだけで情景や背景を鮮明に映し出す。

 

「すごい……動きだけで、本物の景色が思い浮かぶみたいです」

 

「ふふ、舞踊の魅力に気づいていただき嬉しいです。その点で言えば、御行さんの踊りもすごい表現力なんですよ?」

 

「御行師匠も踊りができるんですか?」

 

「ああ、できるぞ──ソーラン節だけな」

 

ソーラン節一本!? それだけに情熱を注ぐってもはや本物の漁師の域じゃ!?

 

「久しぶりにやって見せてくれませんか?」

 

「ああ、構わないぞ。フ──ッ」

 

御行師匠が深呼吸をすると同時に、スピーカーから流れ始める激しい三味線の音。

 

まるで荒々しい波のようだ。そして。

 

「ハーッ ドッコイショ──! ドッコイショ──!」

 

「なんで激しい動き! これがかぐや師匠の『静』と正反対に位置する圧倒的『動』の動きなんですね!?」

 

「ソーラン! ソーラン!」

 

「ええ、その通り。見てください、御行さんの益荒男姿を。引き上げられる大漁のニシンが目に浮かぶようでしょう?」

 

「これが、表現の形! 『静』と『動』、二つを極めれば私は究極のアイドルへとまた一近づけるはず! だったら私も──」

 

私は御行師匠に並び、自らも()を引っ張った。

 

「やるか、星野ちゃん!」

 

「はい、御行師匠!」

 

「「ドッコイショ──! ドッコイショ──!」」

 

「良いですよ二人とも。はい、ソーランソーラン」

 

あっははは──! 踊るのって、やっぱり楽しいなぁ──!

 

 

 

 

 

そして翌日になった。

 

先日はソーラン節に没頭しすぎて、気がつけば日暮れまで踊ってしまっていた。おかげでニシンに溺れる夢を見ちゃったな。反省反省。

 

「昨日はかぐやがメインで指導したが、今日は俺が中心でいく」

 

「はい、よろしくお願いします。御行師匠! ちなみに内容は?」

 

「俺は大学でボクシングクラブに入っていてな」

 

「ん???」

 

もしかしてまた武道ですか!? ひたすら殴られるパターンですか!?

 

「私のせいでルビーさんが変な学習をしてしまっていますね……」

 

いや、これはもとからです。どう考えても師匠のせいだからかぐや師匠は悪くない。

 

「流石に女児を殴ったりしねぇよ!? ……とりあえず、俺がやってみせるから見ていてくれ」

 

そう言うと御行師匠はグローブをはめ、サンドバッグに向けて技を放ってくれた。

 

「──シュッ!」

 

重い音とともに一撃が決まる。

 

「とまぁ、こんな感じだな。パンチ力がものを言うが、実際の試合だと目の良さやフットワークも大事になってくる」

 

「なるほど、目と足さばき……」

 

アイドルは自分の視線も、ファンからの視線も大事だ。そして当然ダンスでは足の動きが大事。複数メンバーのアイドルグループだとライブ中に頻繁にフォーメーションを変えたりするから、なおさらだ。

 

「あと何よりも重要なことが一つある」

 

「なんですか?」

 

「サンドバッグに拳を打ち込むと滅茶苦茶ストレス発散になる!」

 

「な、なるほど?」

 

「そうすると落ち込まないで、常にポジティブでいられるぞ!」

 

「それは大事ですね!」

 

悩んだりしたときに良いかも。今度事務所にサンドバッグ置いてもらえないか聞いてみよう。

 

「昔は部屋にポジティブな言葉を書いた紙を貼り付けまくっていたが、ボクシングを始めてからはそんなことをしなくて良くなったな。いやー、最高最高。だからしようぜ、ボクシング!」

 

「それは単に御行さんが精神的成長しただけで、ボクシングは関係ないのでは……?」

 

かぐや師匠は訝しんだ。

 

「良いからボクシングしようぜ!」

 

「その熱いボクシング推しはなんなんですか?」

 

「もう良いでしょう、御行さん。ルビーさんは柔道をするんですから」

 

「張り合わないでくれません!?」

 

結果、どっちもやることになった。

 

「とはいえ、私たちはずっと日本にいるわけにも行きませんから。独学か、専門の指導者を呼んでもらうことになりますけれどね」

 

「え、お二人は外国に住んでるんですか?」

 

「ああ、俺たちはスタンフォード大学に通っているからな」

 

へぇ、スタンフォ──スタンフォード!? そ、それってすごく頭が良くて……とにかく頭の良い学校じゃない!?

 

そんな天才二人がわざわざ私のために来てくれたの? 今さらだけど、師匠って何者なんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 

「それじゃあ、最後に星野ちゃんのアイドルとしての実力を俺たちに見せてくれないか」

 

「私の?」

 

「あなたの師匠がそれはそれは褒めていたものですから、私たちも気になっていたんですよ」

 

「師匠が……分かりました、二人に私を推させて見せます!」

 

明かりを消し、二人に渡したサイリウムだけが仄かな光を放つ。

 

音源から何千回も聞いた曲が流れ、私はスポットライトを浴びるように真上の照明だけを点灯し、顔を上げた。

 

静と動、二つの動きを使いこなし、アイドルとしての思いを、太陽のような眩い光を表現する。

 

──私の輝きで、二人を照らしてみせる!

 

笑顔を振りまき、愛を叫び、今この小さなステージ中、世界を私中心に回してみせた。

 

「ありがとうございました!」

 

「すごいぞ、想像以上だった」

 

「彼女が褒めるだけありますね。正直感動して、少し泣いてしまいました」

 

どうやら私の思いは、上手く二人に届いたようだ。

 

「あなたにとってアイドルとは、光を振りまく存在なのね」

 

「はい。アイドルは嘘を振りまくって言う人もいるけれど、私は少し違うと思ってます。その嘘はいつか本当になる、誠の嘘なんだって」

 

ママもきっと、そんな気持ちで嘘を振りまいていた。

 

「嘘が、いつか真に……ですか。なんだか懐かしい言い回しですね、御行さん」

 

「ん? ……ああ! あったなそう言うの!」

 

「なんの話ですか?」

 

私は二人の話が分からず、気になったので聞いてみた。

 

「昔俺がラップをしたことがあってな、そのときに似たようなことを言ったんだよ。『俺の演技は理想のスペック、いつか本物になるためのステップ』……てな」

 

「『演技は理想のスペック、いつか本物になるためのステップ』……す、すごく良い言葉だと思います!」

 

「ほんと、かいちょ──御行さんらしい言葉ですね」

 

そう言ってかぐや師匠は笑った。

 

「あのときは確か愛さんがきっかけでしたよね」

 

アイ(・・)、さん……?

 

「『演じなきゃ愛されない。ありのままなんて愛されない』とか何とか言ってたな……」

 

演じなきゃ愛されない……!?

 

「あのとき御行さんがアンサーを出してくれたおかげで、私たちは本当の友達になれたのかもしれませんね」

 

もしかしてママのこと言ってる!?

 

え、うそ。世間って狭すぎない。かぐや師匠ってママの友達なの? 

 

でもママに友達がいたなんて知らなかった──。

 

「今頃どうしてるかな、あいつ」

 

死んでるよぉ──!? 故人です故人! あー、どうしよ。言った方が良いのかな。でも二人が知ったらショックを……って、待て待て私。かぐや師匠はママが死んだこと知ってるんだった。たぶん同名の別人さんの話だ。

 

「あの、そのアイさんって誰なんですか?」

 

「早坂愛──私の元メイドで、親友で、姉みたいな人よ」

 

ほっ……良かった。ママのことじゃないみたいだ。

 

「あの子は何でもできるから、そのうちあなたも会うんじゃないかしら。間違いなく指導者としてこの場に招かれると思うわ」

 

「考えてみれば、早坂はアイドルに向いていたかもな。ビジュアルも良いし踊れるし歌もうまいし──か、かぐや?」

 

「浮・気・で・す・か?」

 

「い、いや! そんなんじゃないけども!」

 

今、二人の力関係が見えたね。結婚したら尻に敷かれちゃうんだろうなー、御行師匠。ドラマで言ってたかかあ天下ってやつ?

 

……あれ?

 

「かぐや師匠は四宮財閥のお嬢様なんですよね。じゃあ、御行師匠もすごい家柄の人なんですか?」

 

「いや、俺は一般家庭……というより、貧困層出身だな。借金五億円あったし」

 

五億円!? 苺プロがドーム公演を中止したときの違約金よりも多い額の借金なんて、むしろどうすればできるのか気になる。

 

「よく二人は交際できましたね。普通身分違いの恋愛って、家の都合で別れさせられるのが定番じゃないんですか?」

 

っていうドラマを前世で死ぬほど見た。

 

「そうだな。確かに困難はあった。だが俺たちはそれをすべて跳ね除けて、今手を取り合っている」

 

「だから私にとって彼は、王子様みたいな人なんですよ」

 

「やめてくれ、恥ずかしい」

 

「ふふ、お可愛い人」

 

素敵な話だ。ゴローせんせも転生した私を見つけに来てくれないかな。まぁ、そのためにアイドル目指してる面もあるんだけど。

 

ほんとに、どこに行っちゃったんだろ。宮崎の病院でそのまま働いてるかと思って電話してみたら、行方が分からないって言われたし。

 

でも生きていれば、いつかきっと会えるよね。せんせ。

 

「こんな俺でも、この世界で四宮家のお姫様を捕まえることができたんだ。君がアイドルになるのだって、きっと夢じゃない。本物になることを諦めなければな」

 

「はい!」

 

今は本物のアイドルになるまで、この道を突き進むだけだ。

 

 

 

 

 

「──シュッ! シュッ!」

 

「る、ルビー? 何してるんだ?」

 

「あ、お兄ちゃん! 今ちょっと打ち込みしてたこと。期待しててね! ストーカーとお兄ちゃんをボコボコにできるくらい強くなるから!」

 

「なんで俺まで?」

 

「お兄ちゃんより強くないとお兄ちゃん守れないでしょ」

 

「妹に守られるのは兄として複ざつ……」

 

「シュッ!」

 

──ドンッ!

 

「え? ごめん聞こえなかった!」

 

「何でもない」

 

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