アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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7.強化合宿・続

 

春休みも半ばに入った、しかし私の強化合宿はまだ続いていく。

 

「今日から君の面倒を見ることになった早坂愛だよ。よろしく星野さん」

 

「あなたがあの……よろしくお願いします、愛師匠!」

 

その日やってきたのはママと同じ名前を持つ金髪碧眼の女性だった。以前かぐや師匠と御行師匠が言っていた人だ。

 

「綺麗な金髪ですね。愛師匠はハーフの人なんですか?」

 

「ありがとう、母方にアイルランドの血が……って、それを言うなら星野さんもそうだと思うけど?」

 

「あはは、私のはたぶん遺伝子変異か何かです。私はママの単為生殖で生まれてきたので」

 

「ほんとだとしたら君のママ人間じゃないよ!?」

 

ならこの金髪は父親譲りとでも言うのだろうか。否、断じて否。ママはアイドルしながら男を作るような人じゃないもん。もしそうだとしたら──の、脳が破壊されるからこれ以上考えるのはやめよう。

 

「愛師匠はどんな訓練をするんですか?」

 

「歌とダンスと演技と変装」

 

種類が多い。かぐや師匠の言った通り多芸な人みたいだ。

 

「とりあえず、私が文化祭でやったダンスと歌を今ここでやってみるね」

 

「お願いします」

 

愛師匠がスピーカーに電源を入れ、曲が流れ始める。

 

すると先程まで気怠げな雰囲気を醸し出していた彼女の表情が一変し、明るく華やかな笑顔で踊り始めた。

 

「これはフィクションじゃない 夢じゃない」

 

躍動感のあるステップを刻んで。

 

「私だけ世界 無敵のヒロイン」

 

かと思えば急停止。

 

「Monday 運勢満点」

 

可愛らしい仕草で視線を合わせて。

 

「明日はもっと 春色のリップ」

 

見ている人を吸い寄せる、演技()の笑顔だ。

 

「ふぅ……ま、こんな感じ。現役のアイドルの人とかと比べるとあんましかもだけど、参考にしてね」

 

「いやいや。仕草とか参考になるし、歌なんて私よりも全然上手いですよ!」

 

「ありがと。しっかし、社会人になると死ぬほど恥ずかしいねこれ……」

 

赤面した愛師匠は恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「ま、とにかく次は君の番。星野さんの踊りと歌を見て、私が思った点を指摘するから」

 

「分かりました!」

 

私は愛師匠の前でB小町の曲を踊った。

 

「うーん、違和感……正直すぎるのかな」

 

「正直?」

 

「星野さんが感じてることが、全部顔に出すぎてる感じがする。ほんとに楽しく踊ってるときはそれで良いかもしれないけれど、真剣に踊ってるときは顔に力が入りすぎてて、アイドルとしてはちょっと見栄えは悪いかな」

 

確かに、私はあまり作った笑顔はしないようにしている。

 

「ここからは自然な笑顔を作る演技の練習をしよっか」

 

「待ってください。アイドルが嘘つきなのは分かってます。だけど私はなるべく本物でいたいんです。だから──」

 

「じゃあ、周りじゃなくて自分を騙してみる?」

 

「……自分を?」

 

「そう、自己暗示ってやつ。例えばだけど星野さん。今、試しに『悲しい』を演技をしててみてくれる?」

 

突然の無茶振りに私は戸惑う。

 

悲しい演技じゃなくて『悲しい』を演技だよね。泣いてるふりとかだろうか。

 

私は眉尻を下げ、やや顔を下に俯かせ、手で涙を拭うような演技をした。かつてドラマで見た有馬かなさんの泣きの演技、それをそっくりそのまま真似をしたのだ。

 

「──こんな感じですか?」

 

「意外と上手いね。演技の経験があったりする?」

 

「ほとんどないですけど」

 

演技の経験なんて片手で数えるくらいしかない。それこそ、ミヤコさんの前で神様の振りをしたときとか。あのときも前世で知っていたそれっぽいキャラの真似をしただけだ。私に演技の実力なんてない。

 

あとは、そうだな。強いて言えば前世の母親の前で、良い子の振りをしていたことくらいだ。

 

「じゃあ、次は自己暗示をしてみようか。あなたは生まれたときからペットを飼っていました。それは何ですか?」

 

「何かのクイズですか? うーん、犬とか」

 

「良いね、私も犬派。……では、あなたはその犬と一緒に成長してきました。小さいときからその犬が側にいて、あなたを守ってくれます。つらいことも楽しいことも分かち合いました。ちなみに犬の名前は?」

 

「……じゃあ、ゴローくんで」

 

「古風な名前だね。さて、そんなゴローくんと育ちあなたは十歳に成長した。そんなある日、そのゴローくんが亡くなってしまう。想像できる?」

 

私は頭の中で、ずっと側にいてくれた犬の『ゴロー』が日に日に弱々しくなり、やがて私の腕の中で息絶える姿を想像した。

 

「理由は寿命です。生物としての種族が違うから、あなたとゴローくんは同じ時を生きられません。死んでしまった愛犬の亡骸を土に埋め、あなたは両手を合わせる。そのときに抱く感情を今、演技してみて」

 

一言で言えば、それは喪失感だった。いかなるときだって離れることはなかった相棒が、死によって引き裂かれ、私の心は暗く冷たい気持ちに染められる。

 

気づけばツンとした痛みが鼻の奥を差し、私は自然と涙を流していた。

 

「演技には作り上げた役を頭で理解して自分に憑依させる方法と、自分の経験から来る感情を誇張する方法があるらしいけど、これは後者。このやり方なら、好きなときに演技だけど本物の笑顔(・・・・・・・・・・)を浮かべられるんじゃない?」

 

「演技だけど本物の笑顔……」

 

私は想像した。前世から今世までの楽しい記憶の全て。アイを見つけたとき、せんせが病室に来たとき、星野ルビーとして生まれたとき、お兄ちゃんとミヤコさんとの他愛もない日常。そして、アイドルを目指し進んでいる今。

 

「ほら、鏡見てみなよ。すっごい良い笑顔だし、めっちゃ幸せそうじゃん」

 

鏡に写っていたのは、ママみたいな無敵の笑顔を浮かべる私だった。

 

「これ、私……?」

 

「星野さん才能あるね。俄然楽しみなってきた、他にも色々な演技をしてみようか。感情の引き出しを増やすために」

 

「分かりました、愛師匠!」

 

「それじゃあ服装着替えよっか?」

 

そして私の目の前にズラリと並べられた衣装の数々。

 

「え?」

 

「変装も教えるって言ったでしょ?」

 

「……」

 

師匠の知り合いって度が過ぎた人しかいないの!?

 

 

 

 

 

「じゃーん、ギャルルビー」

 

「愛ちゃん、帰りミルクティー飲みいこー。その後カラオケ行って……え? バイト? ノリわるー」

 

 

 

 

 

「つづいて、メイドルビー」

 

「おかえりなさいませ、ご主人様。アイドルメイドの星野ルビーでございますです」

 

 

 

 

 

「最後に、男装ルビー」

 

「ボクの名前は星野蒼玉(サファイア)です。え? 兄さんと似てる? はは、照れるなぁ──これ意味あります!?」

 

「ごめん、半分趣味」

 

「おいこらぁ!」

 

「でも星野さんの名が売れて有名になったときに、きっと役に立つと思うよ? 素顔だと外で歩けないときとか」

 

ぐっ、そう言われると何も言えない。確かに男装したらお兄ちゃんでも私だと気付かなそうなクォリティだし。

 

「それから最後に私からプレゼントを。はいこれ、あげる」

 

愛師匠がそう言って渡してきたのは、鮮やかな赤色のシュシュだった。

 

「い、良いんですか? ありがとうございます」

 

「星野さんの髪を結ぶのに使ってね。あとそれ完全防水の小型PCが入ってるから、専用のアプリでスマホと接続すればGPS機能、録音、通話、スピーカー、音声検索、腕に巻けば心拍のチェックも──」

 

「ただのシュシュに詰め込みすぎでは!?」

 

 

 

 

 

「1、2、3、4! 笑顔を忘れず! ステップステップ決めポーズ! ぶい!」

 

愛師匠に教えられた方法を使って、私は自分の心を幸せな記憶で満たす。

 

踊りに加えてこの太陽のようにまばゆい笑顔、新しい武器を手に入れた私はまた一歩ママみたいなアイドルに近づいた。

 

……ただなぁ、歌が足を引っ張ってるんだよね。あとは歌さえ良くなれば一端のアイドルくらい名乗れると思うんですけど!

 

こればっかりは時間をかけるしかない。残念。

 

「ゴクゴク、ぷはーっ。運動のあとのスポドリが美味しい!」

 

前世では分からなかった感覚だ。私は踊りだけじゃなく、体を動かすこと自体が結構好きみたい。

 

「あ、師匠から電話だ。はいもしもし? え、『今日も行けないから代理を呼んでおいた』? 全然大丈夫ですよ! お仕事頑張ってください!」

 

師匠も毎日大変なんだから、別に自主練でも構わないのに。面倒を見てもらえるだけで、私にとってはありがたい話だ。

 

「こんにちは! 私は子安つばめです。よろしくね、ルビーちゃん」

 

「よろしくお願いします、つばめ師匠!」

 

「もう、そんな肩肘を張らなくても良いんだよ。もっとリラックスして。うりゃうりゃ〜」

 

「あはは! や、やめてくださいよぉー!」

 

脇腹を擽られて私は悶えながら笑った。

 

このお兄ちゃんが会ったら蒸発してしまいそうなレベルの陽キャの女性が、今日の私の師匠らしい。

 

「私は昔新体操をしていて、体が柔らかいんだ。だから今日は柔軟について教えてあげるね」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「イタタタ──ッ! やめっ! 死ぬ! 本気で死んじゃうよつばめ師匠!」

 

「痛いのは筋肉が伸びてる証拠。ほーら、深呼吸!」

 

「し、深呼吸? す、すぅ──無理ぁぁああくぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 

一瞬、川の向こうでお腹を抱えて笑ってるママの姿が見えた気がした。笑ってないで心配してよ。娘が死にかけてるんだよ?

 

「柔軟してる間暇だし、雑談でもしよっか」

 

「暇なのはつばめ師匠だけです! 私は必死なんです!」

 

「もー、分かったよ。ちょっと緩めてあげるから」

 

私は999死に一生を得た。

 

「雑談と言っても、何を話せば良いんですか?」

 

「うーん、そうだね。アイドルを目指す理由とか?」

 

「アイドルを目指す理由ですか。それは──」

 

改めて私がアイドルを目指す理由を整理すると、頭に浮かぶのはやっぱりママとセンセのことだ。

 

ママは天童寺さりなに生きる希望を、そして星野ルビーに夢を継承してくれた。私はそれを継いで、ママみたいに誰かの生きる希望になれるようなアイドルになりたい。

 

そして前者と比べると私的な理由だけど、せんせには今の私を好きになってほしい。だからアイドルになりたい。せんせをドルオタにしたのは私だから、アイドルになればきっと見つけてくれるはず。

 

握手会で初恋の人と再会なんてできたら、ロマンチックだろうなぁ……。

 

「ずっと君のことを推してきたよ、ルビー。いや、さりなちゃん」

 

あの頃よりちょっと年をとってイケオジになったせんせが現れて、私は言うの。

 

「せんせぇ、好き。結婚しよ?」

 

でもせんせは相変わらずモラリストで。

 

「はっはっは、今の君はまだ10歳だからダメだよ。でも16歳になったら──イタッ! 痛いです! つばめ師匠手加減!」

 

「ご、ごめんルビーちゃん。でもいきなり一人芝居を始めないでくれないかな。怖くて思わず力が入っちゃったよ」

 

しまった。妄想が全部口から漏れていた。かくなる上は……!

 

「え、私何か言いました?」

 

「その誤魔化し方は無理だよ?」

 

だめみたいですね。

 

「ルビーちゃんは好きな人がいるんだ。……ところでさりなちゃんって誰のこと?」

 

しまった! ついうっかり墓場まで持っていくはずの秘密を吐いてしまった。なんとか誤魔化さないと……!

 

「え、あ、私のあだ名みたいな!?」

 

「どういう経緯でついたのそのあだ名。『ほ・し・の・る・び・ー』のどこにも掠ってないよね」

 

「あーあれですあれ! その好きな人に初めて会ったとき言われたんです! 『ここは嬢ちゃんの来るような場所じゃねぇ、去りな(さりな)……』って。だからあだ名がさりな!」

 

「西部劇みたいな喋り方をする人だね!? どこであったの?」

 

「えっと、その人は病院の先生で……」

 

「まさかのお医者さん!? 病院に来た人を追い返しちゃだめなんじゃないかな!?」

 

「きっと一目で私が健康なことを見抜いてくれたんですよ」

 

「どんな観察眼……?」

 

ほっ、なんとか誤魔化せたみたいだ。もし次『さりな』について突っ込まれたら同じように説明しよう。

 

「その人のどんなところが好きなの?」

 

「優しくて、クールに見えて意外と情熱的で、あとモラリストなところ。その人16歳にならないと結婚してくれないって言うんですよ? 遵法精神溢れてる! カッコ良い!」

 

でもせんせ、私は全然手を出してくれても良いんだよ? せんせとの関係は隠したままアイドルやるから! ママが私たちのこと隠してたみたいに!

 

「ちなみにその人は何歳なの?」

 

背中越しにつばめ師匠の質問が飛んでくる。

 

えっと、私とせんせが会ったのが……10数年前? 私が死んで転生するまでちょっと間が空いてるからそのくらいかな。そしてあのときのせんせは研修医で20代半ばだから、今だと……。

 

「アラフォー?」

 

「──やっぱりロリコンだよその人! まともな大人なら『16になったら〜』とか言わないから!」

 

「えー、つばめ師匠は年の差恋愛を認められない遅れた人なんですか?」

 

「限度があるよ! とにかく絶対ダメ。そもそもアイドルになるんだから恋愛なんてできないでしょ?」

 

「もちろん、隠しま──ああ! 痛い! 嘘です公表しますからぁ!」

 

「もっとダメだよ!?」

 

ママぁ! 川の向こうで笑ってないで助けてぇ! あ、いや。ママに助けられたら私もあの世に行っちゃうかも。

 

ミヤえもーん!!!

 

 

 

 

 

合宿の最終日。その人はやってきた。

 

「あらあら。あなた、面白い魂をしているわね」

 

「ひぇ……」

 

「ああ、申し遅れました。私は秀知院大学四年生物学部にしてオカルトサークル部長の阿天坊ゆめ。あなたのお師匠様に呼ばれてきたのだけれど……うふふ、来てよかった。あなたを見ていれば面白いことが起きそう」

 

怖い! 糸目の女性で『あらあら』とか『うふふ』とか言ってくる人って本当に存在したの!?

 

「私はこう見えて寺の娘。困ったことがあれば相談してね。占いもしてあげるわよ?」

 

「結構です!」

 

「あらあら……」

 

見透かしたような目で私をみないでぇ!?

 

「ところでゆめ師匠は何を教えてくれるのでしょうか!」

 

「そうね、私が教えるのは性教育(・・・)です」

 

え? その完全に怪しげな術を教えそうな見た目しといて?

 

「男性との×××や──、果ては『自主規制』まで教えて差し上げます」

 

「アイドルが知るべき世界じゃないですよ!?」

 

「むしろアイドルだからこそよ。将来男性の性欲に晒されることは確実、そんなとき無知では対抗できないわ。闇の魔術に対抗するには闇の魔術を知らなければならないように、性に対抗するには性を知る必要がある。これから始まるのは言うなれば『性の魔術に対する房中術』!」

 

そこは防衛術にして! 房中術はくノ一が覚えるやつだから!

 

「では芸能界における性の実態について学んで行きましょう。私の持ってきたテキストの2項を開いてください」

 

修行自体は思ったよりまともな内容だった。この人ただセクハラに対する私の反応を見て楽しんでいただけらしい。性格悪いよ。

 

 

 

 

 

最後に占ってもらった。

 

「キました。あなたの初恋の人はすぐ側にいるようね」

 

「その見た目と意味深な言動しといて実力は偽物なの!?」

 

「偽物とは失礼な。私は占いを外したことはありません」

 

「でも私の身近な人にアラフォーのお医者さんなんていないですよ……」

 





???『あーはっはっは! ルビーったら、柔軟で死にかけてるなんて面白すぎるよ! いや、私も柔軟は苦手だったけど! あんなに痛がるなんて、笑いすぎてお腹痛い! もとから刺されてて痛いんだけど、余計に痛い!』

……なんて言ってるのかもしれない。
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