アルミナム・ステラ   作:妄想壁の崩壊

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9.吉兆?凶兆?

 

私はいつものように日課である朝ランをしていた。

 

冬が過ぎ徐々に太陽の昇る時間が日に日に早まっていくの感じる中、その日もいつものように中継地点である神社でお祈りをして帰ろうとした、そのときだった。

 

「カァ」

 

「……カラス?」

 

鳥なのにアスファルトに横たわったまま、弱々しく鳴くカラスがそこにはいた。

 

「もしかしてケガしてるの? って、なんかこの感じ、昔もあったような気がする」

 

「カァ」

 

「うーん、助けてあげたいのは山々だけど、家に連れて帰ったらお兄ちゃんとミヤコさんに怒られるだろうし──」

 

 

 

 

 

「というわけで、連れてきちゃいました」

 

「カァ」

 

「もといた場所に返してきなさい」

 

私はこっそりカバンにカラスを隠したまま、師匠のもとに連れてきた。

 

「野生の鳥類を勝手に飼育することは法で禁じられてるんだぞ、まったく」

 

「でもこの子は怪我してるんですよ。放って置くなんて可哀想でできません!」

 

「カァ! カァ!」

 

私の言葉に追従して、まるで『そうだ! そうだ!』と言わんばかりにカラスは鳴いた。

 

「良いから行政に連絡……いや、カラスははっきり言って害獣の類だしな。怪我をしてると言っても捨て置かれるだけか」

 

「そうだよ師匠、こっそり助けて上げよう?」

 

「カァ!」

 

「ほら、ツクヨミ二世もそう言ってるし」

 

怪我したカラスで思い出したが、私は前世でせんせと病院の外で歩行訓練をしていたとき、カラスを一匹保護したことがあるんだった。妙な既視感を感じた理由はそれだ。

 

というわけで、今から君の名前はツクヨミ二世に決定!

 

前世で助けたカラスにつけた名前がツクヨミで、君は二匹目だから二世ね。ちなみにツクヨミの由来は『月読』からだ。

 

鳥は夜になると目が見えなくなるってせんせが言っていたから、月の光を頼りに夜でも家に帰られるようにって願いを込めてつけてあげた名前。

 

「しれっと変な名前つけてるし。はぁ、ルビーちゃんは甘すぎる。いちいちそんなことしてたらキリがないだろうに……仕方ない。こっちでなんとかしてやろうじゃないか。……獣医の伝手なんてあったかなぁ」

 

なんだかんだ言いつつ私のわがままを聞いてくれる師匠も十分甘すぎると思う。

 

「──はい、お願いします。……秀知院大学の鳥類研究の教授がひとまずは引き取ってくれるそうだよ」

 

少し離れたところで電話を終えた師匠がそう言った。

 

「やったね、ツクヨミ二世」

 

「カァ」

 

「呼びかけに応じるなんて、カラスってほんとに賢いんだな。あと素手で触るんじゃない、ばっちいから」

 

「えー、ばっちいなんてツクヨミ二世に失礼だよ師匠」

 

「カァ!」

 

「野生動物は得てして病原菌や寄生虫を持っているもんだぞ。君にそれが移って早死にしても、ボクは知らないからな」

 

「ごめんねツクヨミ二世。私汚いのは生理的に無理なの」

 

「カァ!?」

 

せっかく健康な体に生まれてきたのにまた病気なんて冗談じゃない。だからごめんねツクヨミ二世。せめて一度お風呂に入ってきてくれる?

 

「教授が来る前に体を清めて応急処置をしておこうか。ほら、ゴム手袋あげるから、それつけてカバンからカラスを出して」

 

「はーい」

 

ゴム手袋を着け、ツクヨミ二世の体をかばんから引き上げる。

 

……私はツクヨミ二世が怪我をしていることは分かっていたが、具体的にどんな怪我をしていたのかは把握していなかった。早朝だからまだ周りが薄暗くてよく見えなかったせいだ。

 

だから今、その傷をはっきりと認識して息を呑む。

 

「その怪我……」

 

ツクヨミ二世の体には、二本あるはずの足が一本しかなかった。

 

「お前、片足がないな。犬猫にでも食われたか? それとも人にやられたか?」

 

ツクヨミ二世からの返事はなく、真っ黒な瞳だけが私たちを見返してくる。

 

「とりあえず消毒、きれいな包帯で傷を覆って、お風呂に入れた後教授に引き渡そう。そのカバンも血で汚れてるかもしれないから、もう使っちゃだめだ。……ルビーちゃん、君が言い出したことなんだから、ショックを受けてないで体を動かしなさい」

 

「はい」

 

私が思っていたよりも、野生の世界は厳しかったみたいだ。せいぜい足を折ったくらいの怪我を想像してたのに。

 

それから私たちはツクヨミ二世の治療と入浴を済ませ、大学の先生に引き取られるまでを見送った。

 

「師匠は、私のしたことが間違ってると思いますか?」

 

私は心に浮かんだ疑問を師匠に聞いた。

 

自然の摂理に従うならば、私が今日助けたカラスは死ぬ定めだったのかもしれない。だけど私はそれをねじ曲げてしまった。

 

特別な理由なんてない。ただ前世の自分を重ねただけ。誰からも助けてもらえないなんて、可哀想だと思っただけだ。

 

「まぁ、少なくとも法律違反ではあるかな。現代社会は野生の鳥獣に人の手を加えることは原則認めていない。ましてやカラスはどこにでもいて、希少生物でもなければむしろ害になる存在だし」

 

「うっ……」

 

「けど、悪ではないと思う。だから正解とか間違いとかで、この件は語れないかな。……あのカラスが人類滅亡のきっかけになったら話は別だけど」

 

「いきなりなんですか!?」

 

「冗談冗談。そんな壮大なストーリーが始まるわけじゃないし、もっと軽く捉えておきなよ。日常の一コマだと思ってさ」

 

「……ありがとうございます、師匠」

 

そんな遠回しな励ましの言葉で、私の心は軽くなった。

 

「だからって次また変なもの持ち込んだら許さないけどね」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

「えっほ……えっほ……」

 

私は今日も今日とて日課の朝ランを行なっていた。

 

あれからツクヨミ二世は治療を受け、片足ながらも生きていけるようになったのを確認したあと野に返されたらしい。

 

GPS発信機をつけたうえで。

 

身体的なハンデを持ったカラスが群れの中でどのような扱いをされるのか研究するのだそうだ。

 

「今日も走りに来ました。ママみたいなアイドルになれますように」

 

私は神社の前に立ちいつものように両手を合わせて祈る。

 

ツクヨミ二世が怪我をした理由は人による罠の可能性が高いと師匠から聞かされた。

 

ここ最近、都内では大量のカラスが姿を消しているそうで、何でも無許可で捕獲を行う闇ハンターのような存在が確認されているらしい。怖い話である。

 

そんなにたくさんのカラスを捕まえてどうするつもりなんだろうか。

 

……ツクヨミ二世は捕まらないと良いな。

 

そんなふうに目を瞑って考えていたそのとき、最近毎日のように聞くようになったカラスの鳴き声が聞こえた。

 

「カァ!」

 

「あ、ツクヨミ二世!」

 

はい、えー、まるで離れ離れになったかのように言ったけど、実際のところは毎日顔を合わせているツクヨミ二世さんである。

 

しかしこんな早朝からわざわざ私のことを確認しに来るなんて、ご苦労なことだ。ツクヨミ二世ったら、私のことが好きすぎない?

 

まぁ、私はツクヨミ二世の命の恩人だし、ママ譲りの超絶美少女だから、好きになっちゃうのも仕方ないけど。

 

「今日も来たんだ。暇人ならぬ暇カラスだねー。そんなんで野生の世界を生きていけるの?」

 

「カァ!」

 

『問題ない』と言わんばかりの返事だ。

 

「それじゃあ、今日も見ていく? 私の踊り」

 

「カァ!」

 

神社まで走りに来て、ただカラスの友達に会って帰るだけ。それだけじゃ味気ない。だから私はカラスたちを観客に踊るようになった。

 

はたから見たら、私ってヤバいやつなのでは?

 

けど、たとえカラスが観客でもたくさんの視線の前で踊るのは良い練習になるし、別に良いか。カラス以外の人間から見られてるわけでもあるまいし。

 

「それでは行きます! 星野ルビーの『サインはB』!」

 

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