超越者な退廃聖女様のTS影武者にされた結果 〜滞る聖務を捌いて狂信者爆増だし、聖女様にはドロドロに依存されました〜 作:玉鋼
何も色がない、真っ白な部屋。
この部屋の主は、その小柄な体を天蓋付きの豪奢なベッドに横たえている。
肘をつき、体の側面をベッドにつけ、俺の方を見て。
「あのー。聖女様、そろそろ聖務のお時間が……」
「……」
今日も返事はなし、と。
長く伸びた白金の髪をベッド中に広げながら、今日も今日とて眠たげな金の瞳を俺に向けてくる。
だらりとした肢体は、純白に金の縁取りがあるゆったりした衣服に包まれ。百年を生きたとは思えないどこか幼さを残す顔は、退廃的で常軌を逸した美を周囲へ振りまいている。
……そんな聖女様は、一日中ほとんど喋らないし動かない。でも、怪しげな光を灯した瞳だけが、忙しく動く俺を観察してる。
俺が側付きになってから一週間。もうずっとこうだけど、いいのかなこれで……。
でも側付きになる前、聖女様にあれやれこれやれとは絶対言うなって、いろんな人から釘刺されたしなあ。
とりあえず今日も朝のルーティーンを、と。ベッド脇のサイドテーブルに、いま淹れたばかりの紅茶をそっと置いたその時だった。
――聖女様が、その体をベッドの上で起こした。
「っ!」
は、初めて見た。いつも魔術か何かでカップを浮かして、寝そべったまま飲んでるのに!
しかもベッドから降りて……というか宙を浮かんでフヨフヨ移動して、部屋の中央にある一人がけの豪奢なソファへ腰を下ろす。
いつ見ても、魔力も感じずどうやってるのか不思議だけど。
次いで、指を立てて動かすと、ベッド脇の紅茶がひとりでにソファの前のテーブルへと――
「ッごめんなさい、俺がやらなきゃでしたよね……! 次は全部俺が用意しますから言ってくださいね!」
「ん」
聖女様の生活全てをサポートしろというのが、大聖堂の偉い方に指示されたことだったのに。
あっ、テーブルで飲むならお茶菓子くらい用意しなきゃ。たしかキャビネットの中に毎日補充されてたやつが。
そうしてお菓子を探っていると、これまた珍しいことに――
「――タタラもこい」
「え」
少しだけ掠れた、でも子どもっぽい甘さの残る不思議な声。
いつもほとんど一文字くらいしか喋らないのに……!
しかも、俺の名前を呼んでもらえた。覚えて貰えてたことが驚きだよ!
でも、今のってどういう意味だろう? 俺もこい。もちろん今からお菓子を持って行くけど。
……まさか、俺も一緒の席について紅茶、なんて意味じゃないよね? 聖女様はほとんど他人に関心を向けない、むしろ人間嫌いなんじゃないかって有名だし。
そう思いながら、見つけたクッキーをお皿に盛って聖女様の前に運ぶと。気怠げに、その艶やかな唇を開いた聖女様が一言。
「お茶。……タタラのは?」
――ほ、ほんとに俺も紅茶を飲めって話だった! ええ、でもそんな、いいの? かの高名な聖女様と同じ卓につくなんて、王侯貴族でも望めないような……。
「……淹れようか、わたくしが」
「いえとんでもないです! もちろん自分で――!」
と、いうことで。
もう一度俺の分の紅茶を入れて、聖女様の対面に座ったのはいいけど。
な、なんだろう。聖女様、今日はいつにも増して凝視してくるよ。
半分閉じられた金の瞳に見つめられてると、なんだか体の奥底まで見透かされてるみたいで。……ちょっと、居心地が悪い。
「あの、聖女様。紅茶冷めちゃいますよ? それに、クッキーもきっととても美味しいですから。毎日給仕担当が入れ替えてるもので、俺なんて食べたことないほどの――」
「いいよ、食べて」
「え、俺がですか? でもそんな、恐れ多いです」
「どうせ、わたくしは食べん。今日はタタラがいるから特別だ」
「俺がいるから、ですか」
どういう意味だろう。たしかに普段から聖女様はなにも食べてないけど。
……そう、本当に何も食べないんだよね、聖女様。この一週間、ほぼずっと一緒にいるから分かる。
生物として何か食べないと死ぬなんて当たり前なのに、聖女様が何か飲み食いしているのは紅茶しか見たことない。なんなら、俺が来るまでは紅茶すら飲んでなかったって聞いてる。
この人、ほんとに生物なんだろうか。美しさも相まって人形のような。
俺を見つめるその目も普通じゃない。じいっと見ていると、まるで星が瞬くように小さな光の粒がいくつも浮かんでは消えるように……。
「クッキー。欲しいなら食べろ」
「……っ。はい、いただきます!」
しまった。普段は失礼だからじろじろ見ないようにしてたけど、つい見入ってしまった。焦った勢いでいただきますって言っちゃったし。
でも、言っちゃったものは仕方ないし、二度勧められて食べないのも失礼か。いいや、食べちゃおう――――ッうま! なんだこれ! さくほろ、柔らかい甘さ、香ばしさにバニラの香りも!
い、いつもこんな美味しいお菓子が廃棄になってたなんて。次からは、捨てるなら食べていいか聖女様に聞いちゃおうかな、いやでも……と。
思わず我を忘れてしまうほどクッキーの味に感動していた俺は、ふと顔を上げて驚く。
こちらを見つめる、いつもどこか厭世的な聖女様の表情が――――
「笑って、る……?」
今日まで、およそ人間らしい感情なんてほとんど見せてくれなかったのに。どうしてだろう、この笑みはまるで……心交わし合った仲間を見るような、尊い何かを愛でるような。
そんな、あるわけのない感情をそこに見て取ってしまった俺に、聖女様は言った。
「よし、決めた。――タタラ、わたくしの代わりになれ」
「え……代わり、ですか? それはどういう――」
「こういうことな」
「え……わっ! まぶし――」
突然溢れた光で目が。それに、なんて魔力――!
普通の魔術師じゃどう頑張っても絞り出せないような大量のそれ。何らかの魔術を発動したのは分かるけど、呪文も陣も、何も予兆を感じなかった!
しかも、そんな得体の知れない魔術は俺に向かって放たれて……。
「……ッなんとも、ない――」
と、一瞬思ったんだけど。
声に出した瞬間覚えた違和感……! こ、声が……高い! というか、俺の声じゃない!? 聞きなれたそれじゃないどころか、性別が……。
「しかもこれ……。や、やっぱり間違いない! ――この声は!」
えええ。どういうこと? しかも、声だけじゃないよこれ! 手足が細い、髪が長い、身長縮んでる!
鏡、鏡、鏡!
ダッシュで衣服用のキャビネットの前に。そして、真っ白で繊細な意匠の枠に収まる、曇り一つない鏡に映る自分を見て。
俺は、驚愕の声を上げた。
「俺が……聖女様の姿に――ッ!?」