超越者な退廃聖女様のTS影武者にされた結果 〜滞る聖務を捌いて狂信者爆増だし、聖女様にはドロドロに依存されました〜   作:玉鋼

2 / 6
2話

 

 かつ、かつ、と。

 

 俺が足を前に踏み出すたび、磨かれた大理石の床が音を鳴らす。けど、その音はいつもより明らかに軽い。というか、体が軽い。

 

 視線は低いし、手足はたよりないし……ああっ、なびく髪の毛が顔に掛かって邪魔! お、女の人ってこんななんだ。

 

 なんて、思っていたところに。

 

「せ、聖女様!? ……ッは、すみません!」

 

「っ」

 

 曲がり角から出てきた神官さんが一人、俺を見て両目を真ん丸に開いていた。けど、すぐに我に返ると、道を開けて深く腰を曲げる。

 

 そりゃ、滅多に外に出ない聖女様と廊下で鉢合わせたらこうなるよね。とりあえず何かフォローを…………いや、そんなこと聖女様はしない、かな?

 

「ん」

 

 こんな感じ、でどうだろ。目は向けず、軽く声で応じてそのまま通り過ぎる。

 

 ……おお。後ろから、呼吸を止めてた神官さんが大きく息を吸う音が聞こえる。そうだよね、緊張するよね。俺も最初そうだった。

 

「……でもよかった、正体を怪しまれてはないみたい」

 

 そう呟いた声は、やっぱりさっきと同じく聖女様の声そのもので。

 

 ……あー、違和感がぜんぜん拭えない。なんで俺、聖女様の姿に変えられたんですか?

 

 そう胸のうちで呟いてみても、寝所に残った聖女様本人には届かないんだけど。いや、でもあの方のことだ。離れた人の心を読むくらいできたって驚かないけれど。

 

 そんなとりとめない思考は、きっと今からやらなきゃいけないことからの逃避だ。だって、そんな、まさか俺が。

 

 これから、聖女様の聖務を代わりに行わなきゃいけないなんて――

 

 

 

 ――聖女様の寝所で、急になにがしかの魔術によって聖女様と瓜二つになった俺は。もちろん、すぐに聖女様へとその意図を問うた。

 

 俺みたいな下働きが、聖女様のやることに異を唱えることはできない。でも、さっきちょっとは仲良くなれた気がしたし、それになによりあまりの事態に動転して聞いてしまった。

 

 それでも、聖女様はとくに気にした様子もなく答えてくれた。

 

 「タタラ、わたくしの聖務を代わりにやれ」と。

 

 ――聖務とは。聖なる務めとは、聖女様に求められる仕事のことだ。

 

 そしてその内容は、聖女様の類まれな治癒魔術による、ふつうでは治らないような症状の信者を治療すること。

 

 つまるところ、聖女様に求められている実務というのは、それだけなのだ。

 

 けど、俺はこう聞いていた。聖女様はもう十年以上、ほとんど聖務をお受けになっていない、と。

 

 実際、俺が側付きになった一週間でも、聖女様が寝所から、どころかベッドから抜け出す姿を見たことはなかった。魔術だって使っている様子は見えなかったし、おそらく誰の治療もしてない。

 

 それでも。この聖王国――いや、世界で一番優れるという聖女様の治癒の力を求めて、聖務の要請は毎日減ることなく届き続けていた。

 

 書類や口頭で伝えられる聖務、それを俺が伝えども、聖女様はけしてお受けにならなかったんだ。それが原因で、恐れ多くも聖女様を責める言論が、教会内外でいくつも生まれているとしても。

 

 でも、まさか、そんな。俺がその聖務を……何人もの怪我や病を抱える信者たちを治療するなんて。

 

 そんなことできっこないよ。だって。

 

「俺、魔術なんてまともに使えないのに……!」

 

 

 

 そうこうしてるうちに、聖務を行う祭祀堂と呼ばれる大広間が廊下の端に見えてくる。

 

 とんでもなく気が重い――というか、焦燥と緊張で吐きそう……。でも逃げるわけにもいかない。だって――。

 

「――ささ、聖女様。どうぞこちらへ! ああ、ほらどきなさい君たちッ」

 

 なんか、祭祀堂に近づくにつれて人が多い。たぶん治療を受ける信者の関係者たちだ。こうして毎日、来るともしれない聖女様を待ち続けてたんだろうか。

 

 そりゃ必死にもなるよね。でも、期待を掛けられるほど俺の心は悲鳴上げてるよ……。

 

「せ、聖女様が!? まさか……いやしかし、あのお美しいお姿……! 間違いない!」

 

「ついに、長く閉じられていた聖なる寝所の扉が!?」

 

「もうここには来てくれないって、諦めかけていたのに! ああ、主よ、っいいえ聖女様! 心より感謝、いたします……っ」

 

 どんどん取り巻きが増えて。涙まで流してついてくる人もいる。

 

 あぁ、拝まないで! 寄進!? いらないいらない! 全部本物にお願いします!

 

「聖女様」

 

「聖女様」

 

「聖女様」

 

「どうか……!」

 

「お慈悲を!」

 

「奇跡を!」

 

 ああ……周囲をとんでもない熱気の渦が包み始めている。

 

 跪き頭を下げる者が両端にずらっと並んで、一種異様な雰囲気に。並んでる中には俺でも知ってる高位の神官が何人もいて。

 

 ――これもう、今さら聖女様じゃないから魔術使えませんなんて、とてもじゃないけど言えないよ!

 

 寝所で聖女様は心配しなくていいと言ってたけど。詳しいことは教えてくれず、ただ思うがままに力を振るえとだけ。あとは、聖務を終えたら元の姿に戻すとも。

 

 まさか聖女様が嘘を吐くなんて思ってないけど、それでもどうしても信じきれないよ……。もともと魔力は持ってるし、むしろ人よりずっと多いくらいだけど、それでも。

 

 俺が魔力を思うように使えたことなんて、これまで生きてきて。

 

 ――ただの一度たりとも、なかったんだから……。

 

 と、そんな弱音を吐いたところで。もはや賽は投げられてる。

 

 俺の前に出て目前の扉に手を掛けたのは、周囲の聖務関係者の中で最も立場が上らしいおじいさん。普通より装飾の多い神官服を着た彼は、俺に頭を下げながら恭しく扉を開き、そして。

 

「さあ聖女様、どうぞ中へ。救いを待つ信徒たちがここに――!」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。