超越者な退廃聖女様のTS影武者にされた結果 〜滞る聖務を捌いて狂信者爆増だし、聖女様にはドロドロに依存されました〜 作:玉鋼
かつ、かつ、と。
俺が足を前に踏み出すたび、磨かれた大理石の床が音を鳴らす。けど、その音はいつもより明らかに軽い。というか、体が軽い。
視線は低いし、手足はたよりないし……ああっ、なびく髪の毛が顔に掛かって邪魔! お、女の人ってこんななんだ。
なんて、思っていたところに。
「せ、聖女様!? ……ッは、すみません!」
「っ」
曲がり角から出てきた神官さんが一人、俺を見て両目を真ん丸に開いていた。けど、すぐに我に返ると、道を開けて深く腰を曲げる。
そりゃ、滅多に外に出ない聖女様と廊下で鉢合わせたらこうなるよね。とりあえず何かフォローを…………いや、そんなこと聖女様はしない、かな?
「ん」
こんな感じ、でどうだろ。目は向けず、軽く声で応じてそのまま通り過ぎる。
……おお。後ろから、呼吸を止めてた神官さんが大きく息を吸う音が聞こえる。そうだよね、緊張するよね。俺も最初そうだった。
「……でもよかった、正体を怪しまれてはないみたい」
そう呟いた声は、やっぱりさっきと同じく聖女様の声そのもので。
……あー、違和感がぜんぜん拭えない。なんで俺、聖女様の姿に変えられたんですか?
そう胸のうちで呟いてみても、寝所に残った聖女様本人には届かないんだけど。いや、でもあの方のことだ。離れた人の心を読むくらいできたって驚かないけれど。
そんなとりとめない思考は、きっと今からやらなきゃいけないことからの逃避だ。だって、そんな、まさか俺が。
これから、聖女様の聖務を代わりに行わなきゃいけないなんて――
――聖女様の寝所で、急になにがしかの魔術によって聖女様と瓜二つになった俺は。もちろん、すぐに聖女様へとその意図を問うた。
俺みたいな下働きが、聖女様のやることに異を唱えることはできない。でも、さっきちょっとは仲良くなれた気がしたし、それになによりあまりの事態に動転して聞いてしまった。
それでも、聖女様はとくに気にした様子もなく答えてくれた。
「タタラ、わたくしの聖務を代わりにやれ」と。
――聖務とは。聖なる務めとは、聖女様に求められる仕事のことだ。
そしてその内容は、聖女様の類まれな治癒魔術による、ふつうでは治らないような症状の信者を治療すること。
つまるところ、聖女様に求められている実務というのは、それだけなのだ。
けど、俺はこう聞いていた。聖女様はもう十年以上、ほとんど聖務をお受けになっていない、と。
実際、俺が側付きになった一週間でも、聖女様が寝所から、どころかベッドから抜け出す姿を見たことはなかった。魔術だって使っている様子は見えなかったし、おそらく誰の治療もしてない。
それでも。この聖王国――いや、世界で一番優れるという聖女様の治癒の力を求めて、聖務の要請は毎日減ることなく届き続けていた。
書類や口頭で伝えられる聖務、それを俺が伝えども、聖女様はけしてお受けにならなかったんだ。それが原因で、恐れ多くも聖女様を責める言論が、教会内外でいくつも生まれているとしても。
でも、まさか、そんな。俺がその聖務を……何人もの怪我や病を抱える信者たちを治療するなんて。
そんなことできっこないよ。だって。
「俺、魔術なんてまともに使えないのに……!」
そうこうしてるうちに、聖務を行う祭祀堂と呼ばれる大広間が廊下の端に見えてくる。
とんでもなく気が重い――というか、焦燥と緊張で吐きそう……。でも逃げるわけにもいかない。だって――。
「――ささ、聖女様。どうぞこちらへ! ああ、ほらどきなさい君たちッ」
なんか、祭祀堂に近づくにつれて人が多い。たぶん治療を受ける信者の関係者たちだ。こうして毎日、来るともしれない聖女様を待ち続けてたんだろうか。
そりゃ必死にもなるよね。でも、期待を掛けられるほど俺の心は悲鳴上げてるよ……。
「せ、聖女様が!? まさか……いやしかし、あのお美しいお姿……! 間違いない!」
「ついに、長く閉じられていた聖なる寝所の扉が!?」
「もうここには来てくれないって、諦めかけていたのに! ああ、主よ、っいいえ聖女様! 心より感謝、いたします……っ」
どんどん取り巻きが増えて。涙まで流してついてくる人もいる。
あぁ、拝まないで! 寄進!? いらないいらない! 全部本物にお願いします!
「聖女様」
「聖女様」
「聖女様」
「どうか……!」
「お慈悲を!」
「奇跡を!」
ああ……周囲をとんでもない熱気の渦が包み始めている。
跪き頭を下げる者が両端にずらっと並んで、一種異様な雰囲気に。並んでる中には俺でも知ってる高位の神官が何人もいて。
――これもう、今さら聖女様じゃないから魔術使えませんなんて、とてもじゃないけど言えないよ!
寝所で聖女様は心配しなくていいと言ってたけど。詳しいことは教えてくれず、ただ思うがままに力を振るえとだけ。あとは、聖務を終えたら元の姿に戻すとも。
まさか聖女様が嘘を吐くなんて思ってないけど、それでもどうしても信じきれないよ……。もともと魔力は持ってるし、むしろ人よりずっと多いくらいだけど、それでも。
俺が魔力を思うように使えたことなんて、これまで生きてきて。
――ただの一度たりとも、なかったんだから……。
と、そんな弱音を吐いたところで。もはや賽は投げられてる。
俺の前に出て目前の扉に手を掛けたのは、周囲の聖務関係者の中で最も立場が上らしいおじいさん。普通より装飾の多い神官服を着た彼は、俺に頭を下げながら恭しく扉を開き、そして。
「さあ聖女様、どうぞ中へ。救いを待つ信徒たちがここに――!」