超越者な退廃聖女様のTS影武者にされた結果 〜滞る聖務を捌いて狂信者爆増だし、聖女様にはドロドロに依存されました〜   作:玉鋼

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3話

 

 ゆっくり開かれていくのは、巨大で重厚で、荘厳な意匠が施された扉。

 

 背中に感じるいくつもの重たすぎる期待に、吐きそうなほどの重圧を感じていたけど。

 

 ――扉の奥に満ちる感情は、その比ではなかった。

 

「――ッ!」

 

 祭祀堂の中から、どこか饐えたような臭いを感じる。それは物理的にそうである人もいるだろうけど……祭祀堂に漂う負の感情がそうさせてるのか。

 

 いくつもの視線に射抜かれる。すべて例外なく、悲哀や怨嗟、そして絶望――そんな色でぐちゃぐちゃに塗り固められていた。

 

 だけど、彼ら彼女らが俺の姿を認識した途端、それは――

 

「……ッ聖女、様!? 聖女様ァ!!」

 

「ああ。あぁ、ついに……ッ!」

 

「どうか、どうか……。我らの、穢れを……ッ!」

 

 う……なんて、重たい感情。外で待ってた人たちとは比べ物にならない。

 

 でも、それも当然と言えば当然。聖女様の治療を待っていた当人たちは、その家族や関係者の誰よりもつらい思いをしていたんだろうから。

 

 だからこそ、いま彼らは。

 

 ――ただただ切実に、救いを求めてる。

 

「さあ、聖女様。どうぞ、壇上へ……」

 

 扉を開けてくれた神官が、あまりの感情の渦に足を止めた俺を促す。

 

「はは、驚かれたでしょう。この場にいる者がみな、聖女様の奇跡を求めている。今日までの長き時をずっと――」

 

 どこか含みのある神官の表情。

 

 気が進まない、どころか足が全部鉄になったように重たいんだけど。まさかここで引き返して聖女様の評判を地に落とすわけにはいかない。

 

「かくいう私も、みなと同じ。ここで救いを待っていた一人です。といっても、救いが必要なのは私ではなく、妻なのですが」

 

 神官の語りを聞きながら、俺はなんとか聖女様になりきって無表情を貫く。そして、治療を求める信者たちが椅子や、場合によってはベッドから俺を見てくる中、祭祀堂の一番奥へと歩いていく。

 

「私の妻は、もともと体が弱くありましてね……。一年前、突然血を吐いてより寝たきりの状態です。医者にも、教会の高位治癒術師にも、匙を投げられました」

 

 神官の言葉の端々に滲む、強く濃い感情。

 

 それに、聖女様を待っていた信者たちの、その仔細が目に映るわけだけど。

 

 ……みんなの表情や視線からは、どこか狂気じみた期待を感じる。

 

「どうか、どうか私の足を……!」

 

「俺の……臓腑を蝕む穢れを!」

 

 そして、こうして近くで見ると良く分かるんだ。

 

 表に出す感情とは別に、なんとかこの場は覆い隠した、だけどどうしても滲んでしまう感情があることが。

 

 例えばほら、この片目を始め体のあちこちに血のにじんだ包帯を巻く、ベッドに横たわった少年。残った片目から確かに感じるその感情は。

 

 ――聖女様に対する、不信、怨嗟、その欠片。

 

「……なんで今まで。ずっと、痛かった。待ってたのに――」

 

「馬鹿、何言ってるんだ……!」

 

「ぅぐ」

 

 こぼれた少年の言葉に、かたわらの父親が慌てて口を塞ぐ。

 

 聞こえなかった、ふりをするしか……。

 

 俺を先導する神官もまた、大聖堂の関係者を取り仕切るような地位にいるはずなのに、何も咎めず歩を進める。

 

 ……聖女様は、もうずっと長い間、聖務を放棄し続けてきた。そのことに対する批判はやっぱり凄いものがあるって聞いてる。

 

 聖務を受けるためには、教会や貴族社会における高い地位か、あるいは莫大な額の寄進が必要らしい。そんな高いハードルを突破してこの祭祀堂に辿り着き、最後の希望として聖女様を待ち。

 

 そして、いつまでも現れない聖女様に絶望する。

 

 そんなことが繰り返されて、ほとんど現人神のようなものだった聖女様の栄名は、いくらか下がってしまったんだそう。

 

 それでも過去の功績――世界を闇に沈めた魔王の討伐と、あまりにも卓越したその魔術の腕を以ってして、今でも多くの人々の崇拝を集めているんだけど。

 

 ああ、だけど。俺はいま聖女様の側付きで、しかも直々に聖務の代行を命令されたんだ。絵物語の英雄として読み聞かれた聖女様の、その名を貶めるわけには……。

 

「さあ。足元にお気をつけて……」

 

 とうとう祭祀堂の最奥にまで辿り着き、ステンドグラス越しに極彩色の光が差すもと、壇上へと歩を進める。そして、いま通ってきた道を少し上から振り返って。

 

 下から向けられる、無数の感情のるつぼ。

 

 ……ああ、その中でも。やっぱり特に目につくのが、聖女様に対する負の感情だ。

 

 俺に向けられてるわけじゃないって分かってても……昔を思い出して、動悸が止まらない。これから使えもしない魔術を使わないといけないことを思えばなおさらだ。

 

 もはや、ここまで導いてくれた神官も何も言わない。ただ横に退いて胸に手を当て、けして逃がさないとばかりに、瞬き一つせず俺を見てる。

 

 治療を待つ信者たちも、期待と少しの不信を抱え、俺の一挙手一投足すら見逃さないと目を見開いていた。

 

 ……ああ、っきついよ。ほんとに俺が、今から彼らを? そんなことできっこない。

 

 今までだって魔術を使おうとしたことはあった。でも、一度だって成功しなかったんだ。

 

 ……それどころか、意図しない結果で人を傷つけるだけ。

 

 そんな俺が、魔術の中でも特に高度な治癒を、ここにいるような重症者たちに? そんなの、無理に決まってる……。

 

 でも、無理でもやらないと聖女様の名が。俺のせいでさらに批判されるようなことがあれば、聖女様に顔向けできない。

 

 それに、ここにいるみんなの期待を裏切るわけには。

 

「……どうしたんだ? 聖女様は」

 

「まさか、いやしかし」

 

「……今までずっと現れなかったのに、本当に今から治して……?」

 

 小さな小さな、でも確かな呟きが耳に入る。負の視線が少しずつ強くなる。

 

 ――やらなきゃ、ああ、魔術を……。

 

 とにかく魔力を、と。昔教本で読んだ通りに、体内で魔力を活性化させる。

 

 体の奥のどこからか湧き出る魔力、それを正しく動かし、呪文や陣を通して体外に放出すれば魔術に、と。知識では知ってる。何度も調べた。

 

 でも。

 

「――お、おお! 聖女様の体から、なにか光が!」

 

「あれこそ、聖なる光! 奇跡がもう……!?」

 

「魔力だ、とんでもない量の魔力が!」

 

 みんながざわめいてるのは、制御を外れて外に飛び出していったただの魔力を見てるだけ。

 

 まだそうだと気づいてる人はいないみたいだけど、でもいつまでも魔術が発動しなかったら、いつか気づかれる。

 

 ――聖女様が、今日ここでみんなを癒すことはないんだって。

 

 ダメだ。やっぱり思い通りに魔力を動かすことなんて……と。

 

 そう、諦めそうになったその時だった。

 

 後ろめたさから少し下げた視線、その先に映ったのは。――最前列に並ぶ、ベッドに横たわる婦人と。その娘らしき少女。

 

 ふたりは手を胸の前で組み、静かに祈っていた。

 

 そこには負の感情なんてなく、ただただ純粋な想いが――聖女様への畏怖と祈り、それだけがあって。

 

 それを見た俺は、思い出した。

 

 かつて孤児院にいたころ、誰からも嫌悪されていた俺に、唯一混じりっけない期待を向けてくれた女の子。

 

 そうだ。一度だけ、彼女に言われて魔力を使ったとき、不思議と気負うことはなくって。魔術なんかじゃぜんぜんないし、なんなら意図した効果ですらない、都合のいい魔術みたいなナニカが発動した。

 

 思い出して、そして。

 

 ……根拠なんかひとつもないけど、なんだか上手くできそうな気がした。

 

 俺はその時と同じように。聖女様が言ってたように。

 

 ただ、思うがままに魔力を励起して、放出……。

 

 そして。

 

 ――脳裏に浮かんだ言葉を、無意識に口にした。

 

 

 

「――【全なる癒し(サナト)】」

 

 

 

 その瞬間。

 

 広がる温かい光が、ヴェールのように祭祀堂全体に降りて。

 

 ぱっと蛍が飛び去るように、数えきれない光の粒が、四方八方へと散った。

 

 そして。わずかな静寂の後。

 

 

 

 ――祭祀堂中で、信者たちの声が爆発した。

 

 

 

「め、目が!? 目が……見える!」

 

「動くわ、私の足が! 腰も、手も、ぜんぶッ!」

 

「胸が苦しくない……! 体中の痛みがすっかり消えて! あぁっ、主よ、聖女様よ! あぁああ!」

 

 部屋中に広がる、歓喜と驚愕の声。

 

「と、父さん! もう痛くないよ、どこも!」

 

「ああ、ああ……! 奇跡だ、これは奇跡だッ」

 

 怨嗟をこぼした少年も、父親と抱き合って喜んでる。

 

 さらに、つ、と視線を横に向けると。さっきまで横で俺を凝視していたあの神官がいない。

 

 と思ったら。――壇上から飛び降りて、どこかへと走って行く姿が。

 

「――オオォォォオン! マリアぁ! マリアッ!」

 

 おお……。いい歳をしたおじさんが、男泣きしながら駆ける先には、ベッドで体を起こした同じ年頃の女性が。

 

 そして、二人は衝突するように抱き合って。よく見れば、あちこちで同じような光景が。

 

 人々は涙を流して喜び、そして俺に――聖女様に感謝の祈りを捧げる。

 

 ――その中に、さっきの母子もちゃんといることを確認。

 

 俺は、聖女様の姿であることを一瞬忘れ、一度に大量の魔力を使った倦怠感と……それと、人の役に立てたという一抹の満足感を胸に。

 

 ――ふうううぅ、と。大きく息を吐いたのだった。

 

 

 

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