超越者な退廃聖女様のTS影武者にされた結果 〜滞る聖務を捌いて狂信者爆増だし、聖女様にはドロドロに依存されました〜 作:玉鋼
――壁も床も大理石でできた廊下に、今日もたくさんの人が並んでいる。
みんな廊下を歩く俺に頭を下げて、そして声を掛けてくる。
「聖女様! ありがとうございますッ! ありがとうございますッ!」
「明日には娘をつれてこられますので! どうか、どうか娘をお救いください……ッ!」
すごい、熱気……。
聖女様の代わりに聖務を始めて、もう一週間。
それだけ経っても、魔術を使うこと、期待と不信を向けられること、崇拝を向けられること――そのどれにもぜんぜん慣れてない。
今は聖務を終えて寝所に帰るとこだからまだ気は楽だけど。
でも……。
「――……どうして。なんで、うちの子だけ……っ」
押し殺そうとして、それでも耐えきれず漏れ出たような、そんな言葉。
ちらっと目を向けると、高位の神官服をまとった女性が俺を見てる。
頭を下げて垂れ下がった髪の隙間から、恨みがましい眼光が。
……きっと、今日聖務の場にいた子ども、そのお母さんだ。
体のあちこちに異常を抱えているらしき、意識のない小さな子。
――俺の魔術じゃ、治しきれなかった……。
毎日何人もの人を癒して、どこか調子に乗ってたのかな。聖女様の姿になったって、魔術を使ってるのは俺だ。
きっと聖女様なら簡単に治せてしまうんだろうけど、俺じゃ力不足で。祭祀堂で、彼女は他の神官や信者から「残念だけどこれも神の思し召しだ」なんて慰められてた。
明日も明後日もいるだろうから、治せるまで何度でも頑張るつもりではあるけど。
それでも、聖女様の力不足だなんて間違っても思われないよう、俺はすみませんと声に出さず謝って、彼女の前を横切っていく。
……寝所に近づくにつれ、人は誰もいなくなる。
聖女様のところには近づかないようお触れが出てるからだけど、今はそれが有り難かった。
そうして、大聖堂の最奥にある、純白の扉。この国で最も尊い方がいる、その部屋に入って。
バタンと扉を閉じた。
直後。
「――おかえり、タタラ」
部屋の奥、天蓋付きのベッドの上からかけられる、掠れた甘い声。
「ただいま聖務を終えました。……その、毎回お手数なんですけど」
「うん。こっち来い」
「はい、すぐに……!」
ちょいちょいと手招きされてベッドに向かう。
「じゃあ。頭」
「! ……っはい」
「ヨシヨシ」
う、また頭撫でられてる。ここ一週間毎日のこととはいえ、緊張するというか恐れ多いというか。
……側付きになる前、聖女様って誰ともしゃべらない怖い人だって聞いてたんだけど。意外とそんなことなさそうで。
しかもこれ、はたから見たら聖女様が聖女様を撫でてるみたいな光景だよね。シュールだ……。
と、思ったら。
ぱぁっと視界が光に染まって。
「終わりだ」
「あ」
いつの間にか体がもとに。身長がすこし高く、手足は多少たくましく。俺の姿に戻ってる。
「ありがとうございます、聖女様」
「ん」
よし。それじゃあ、残ってる用事を片づけたら今日はそろそろ上がろうかな。
ほっと一息ついて、また仕事に戻ろうとベッドに背を向けたその時。
「一週間、わたくしの代わりをよく務めたな。――タタラ、褒美をやろうか」
「えっ」
「座れ、あっち」
聖女様が指差すのは、部屋の真ん中、テーブルとソファのセット。
でも、ええ? 聖女様が俺にご褒美? 怖い人ってのが間違いだったとしても、あの……人間嫌いと有名な聖女様が? それっていったいどんな――。
戦々恐々としながら、言われるがままソファに腰かけた直後。
いったいいつの間に現れたのか、並々と紅茶が入ったカップが二つテーブルの上に載ってる。さらに、キャビネットがひとりでに開いたと思うと、お皿ごとマフィンが飛んできた。
そして最後に、宙を滑って対面のソファにすっぽり収まる、超ロングヘアの人形みたいな聖女様。
おお、なんかすごい面倒そうな表情で、顔に掛かった長い髪を払ってる。
「じゃま、これ……」
「あっ。じゃあ、髪をお括りしましょうか? 髪留めも準備あります!」
「んん。じゃあ、たのむ」
よし。聖女様っていつもほとんど動かないから、側付きといっても実際役に立つことなんてほとんどないんだよね。
今ならそれこそ聖務の代理がそうなのかもだけど、俺があれをやってるのは聖女様の望みなのかどうか……ちょっと、引っかかってるところもある。
ともかく、側付きとして役に立てることは珍しいし、やる気も入るってものだよ。
「ええと、この辺りにたしか……あった」
部屋の隅にある化粧台の小物入れから、目当ての物を見つける。髪を結うための飾り紐で、金糸が編み込まれてるからきっと聖女様の白金の髪に良く映える。
「これで結いますからね。やってほしい髪型とかってありますか?」
「ない。好きにやれ」
「おまかせ、ですか」
女の子の髪型なんてあんまり詳しくないけど。そうだなあ、俺が知ってる女の子、幼馴染の彼女がよくしてたのは。
……ちょっと子どもっぽいかな? いやでも、聖女様って外見はけっこう幼くも見えるし、きっと似合うよね。よし!
「じゃあ、いきます」
ちょっと緊張するけど、躊躇いなく聖女様の髪に手を触れる。
すごく細くてさらさらしてて……これ、ほんとに金糸みたいだ。なんなら飾り紐より聖女様の髪のほうがよっぽどきれいなくらい。
じゃあ、えっと、これをこうして…………うん。こんなものかな?
よし、かわいい!
「できました聖女様! 鏡、見られますか?」
「ん」
「では少しお待ちを」
飾り紐と一緒に持ってきた手鏡を聖女様に向ける。そこには映ってるはずだ。
長い白金の髪を頭の両側高い位置でまとめた――俗に言うツインテールの聖女様が。
「よくお似合いですよ! どうですか? お気に召しましたか?」
我ながらよくできてる。きっともとの容姿がすごく優れてらっしゃるから、どんな髪型したって似合うだろうけど。
それでも、うん、なんというか。気だるげな瞳、退廃的な雰囲気も相まって……どこか不思議な、危うい雰囲気すら感じる美少女って感じに。
どうだろう。聖女様、装飾品つけないし、服だっていつも同じシンプルなやつだから、あんまりオシャレとか興味無さそうだけど。どうかな……?
ちょっと緊張しながら、返事を待っていると。
「この髪、初めてだ。ん、気に入ったぞ……」
……おお! ほんとに? よかった!
顔を動かしていろんな方向から手鏡に映したり、手でわさわさと髪の房を触ったりしてる。表情はいっさい変わってないけど、確かに気に入ってくれてそう。
「うん、いいな。使えるやつだ、タタラ……。――褒美追加」
「ええっ。そんな、俺はただ仕事しただけですから! ご褒美なんて」
「気にするな。わたくし、ちょっと機嫌いい」
そういえば、さっきもご褒美をくれると言ってたんだった。でもそんな、いったい何を?
そんな、少しの期待と不安を抱えながら、ちょいちょいと向かいのソファを指差す聖女様に従って腰を下ろす。
そして、聖女様が言った。
「欲しいもの、願い――なんでもふたつ言ってみろ。たいていのことは叶えられる」