仕事納めおめでとう!
私はシフト制なので初投稿です。
『十五分のチーム決め兼作戦会議を経て、フィールドに十二組の騎馬が並び立ったぁ! さぁ上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!!』
開始の合図と同時、轟音、歓声、爆発と氷の破片、あらゆる個性を撃ち合っているのが見える。その中で、心操たちは動かない。距離を取り続けても悪目立ちするため、やや詰めつつも観察に徹している。
「天成の言った通りだな……」
尾白の声は、落ち着いていた。心操も同様、大乱戦を見つめている。誰がポイントを持っていて、誰が持っていないのか。あの中にいる人間には、管理など出来ていないだろう。
最初の標的が現れたのは、五分経つか経たないかのこと。本来取るべき作戦に気付いたのだろう、こちらに仕掛けてくる。天成は小さく二度タップした。前進の合図。
「一千万ポイント、諦めたのか?」
巻いた糸を引き出した。鋭く、明確な意図を持った声。
「当たり前だろ、あんな中に突っ込んでいくなんて──」
初見殺し。見敵必殺。騎馬の生徒が虚空を仰いだのに、距離を詰めて心操が手を伸ばす。ハチマキを引っ
その命令通り、彼は地面に足をつけた。失格。
『おおっとC組とA組の混成チームが奪取! 相手は騎馬を崩したぁ! 戦意喪失か!?』
「一つ」
実況を聞き流しながら、心操が呟く。すぐに次がくる、プレゼント・マイクの実況がこちらに視線を向けさせた。天成はわずかに眉を顰めながらも、詰めてきたチームは一つであるため切り替える。右側に回避、そして前進。すれ違う寸前に、一言。
「どうした、疲れたのか?」
「うるせ──」
再度、意志の糸が絡め取った。今度は二本だ。二度目の命令よりも先に、天成は背後から近付く影に気付いて三回のタップ。
「五時方向。撤退が先だ」
後退したところに、金髪の男子生徒を騎馬としたチーム。少し前に
「楽しそうだねぇ」
不遜な笑みで、彼は声を掛けてきた。
「普通科と組むなんて、何考えてるのかな? 僕たちには分からないなぁ、余り物の集まりなのかい?」
嘲りを隠さない言い草に、天成の背がぴくりと動いた。深く息をする彼を横目にしたあと、尾白は微動だにせず周囲の警戒をし、二人に判断を委ねている。
その心操は──わずかに、口角を上げていた。
「ならどうする? 優秀な個性持ちのヒーロー科さんよ」
静まり返った空気が、ぐっと圧縮される。
「そんなの決まって──……」
決まった。
物間の瞳がふっと曇る。それを確認せず、天成は動いていた。尾白の腕に二度、二度、右腕。そして三度。折り返した騎馬で、すれ違いざまに二本のハチマキを奪った。更にもう一度、正面から。
「〝騎馬から降りて真っ直ぐに歩け〟」
低く、命令が落ちる。
のべ三本を奪って、手元には合計七本。手に余るほどの結果だ。そろそろ邪魔になってきたな、と思いつつ心操は紐を結んだ。
『B組物間、為す術なく撃沈ッ! さっきと同じく騎手が場外に歩いていく事態、始めて見る光景だぁーーーーーッ!』
歓声の渦が再び爆発。観客席の一部がどよめき、驚きと笑いが交錯する。額の汗を拭って短く息を吐く心操の下で、天成はわずかに微笑んだ。
「戦果は十分、だな」
「耐えるぞ」
視線は常に巡り、戦場全体を俯瞰している。すでに自分たちは目立っている、予想よりも。七本のハチマキを握っているのだ、狙われるに決まっている。左右と正面から三チーム。物間の脱落を見ていたのだろう、遠距離からの攻撃で崩そうとしているようだが、天成は動じない。
一本取られた。くそ、と毒づきながらも攻防は続く。流石に三対一では分が悪い。どこかで別に擦り付けられないだろうか。やりあっている中に突っ込むのはどうだ。それともすでに一千万ポイントを取られた緑谷か、二本持っている爆豪か。
四回を超えたタップ。姿勢を下げたところに、瀬呂のテープが伸びてきた。
こいつ、本当によく見えてるな……。授業でも思ったけど、どうなってるんだ。尾白は天成のサインに応じつつも、その判断力に舌を巻いていた。
それでも、守り切れないポイントもある。さらに一本奪われるが、構わずに天成は前進の指示。そして爆豪と緑谷が対面しているところに飛び込んだ。上がる悲鳴と怒号。怒鳴り声は爆豪のものだ、彼と一騎打ちをしているところに割り込むのは、まさに地雷だ。
それを意に介さず、天成は残った一チームと向き合い──彼らは諦めたとばかりに混戦の中に身を投じていった。
「……何本?」
「二本取られた」
「思ったより少ないな。だが……」
視線の先から、氷が伸びてくる。上鳴電気、八百万百、飯田天哉。そして氷の主である轟焦凍は、まっすぐにこちらを見ていた。
「来るぞ」
心操の小さい呟きのなか、天成は口を咀嚼するように動かした後、唾を吐く──否、そこには障害物走と同様、凍結防止剤が含まれている。
「少し汚いが、我慢してくれ。あとで靴は洗う」
「自分でやるよ」
先ほどの競技と違い、両手が塞がっているのだ。口の中で生成するしかあるまい。行儀の悪さに罪悪感を覚えながらも、天成はしっかりと氷を踏み締めた。
地面が割れる。美しくもぞっとする音と共に、轟と心操は壁の向こうで対峙した。空気の流れさえ凍ったように、息を吸うたびに肺が固く感じられる。すでに食らったことのある尾白は落ち着いているが、心操はわずかに焦りを滲ませていた。
生き物のように蠢き、足場を奪わんと伸びてくる氷を鋭い方向転換で振り切る。八百万の〝創造〟、飯田の〝エンジン〟、上鳴の〝帯電〟。そのどれもが脅威だ。どこに逃げても、彼の〝半冷半燃〟が執拗に追い詰める。
「……本気だな。こいつら」
氷の反射か、恐れか。尾白の頬は青白い。
「当然だろうな。ただ、一千万ポイントを奪ったというのにここまでやるとは……いや、違うな。爆豪が取ったらし……今度は緑谷が奪い返している」
轟が焦るはずだ。故に莫大なポイントを切り捨て、隔離したここで確実にハチマキを奪わんとしている。
氷の波が空気を裂き、破片が光を散らしている。無駄のない身振りと敵を測る眼差し、彼自身が氷で作られた精緻な人形のようだ。重くのしかかる冷気と重圧の中、白く溶けた息を止めて、唇を結んだ心操は妬みにも近い目で轟を見ていた。
そして天成は、地面も見ていた。ひび割れる氷の薄膜の温度を拾い上げて、微細な膜を更新する。指示を出す間もなく左に身を翻す。
「……くそ、どんどん追い詰められてるな……」
「向こうは攻防が自在にできるからな。後一分、意地でも持たせる」
天成の声は低く、静かだった。分析というより乱雑な返答は、力の押し付けに対する抵抗としては稚拙だった。けれど天成の言葉が、かろうじて均衡を保っている。校内に塩の味が広がるのを吐き出して、まだだと小さく声にした。
一歩、氷の上を全てくる刹那、尾白は前方の氷を打った。心操と天成ごと宙を舞って、視界が歪む。白い布が一枚、轟の前を横切る──取られた。そしてもう一本。
「どうする……ここから、どう……」
舌打ちのあと。心操はごく細く、内心を口にする。ここからどうする? 上位は確定しているだろうが、確実な順位を選びたい。しかし
胸が荒く上下する。まだ終わっていないが、このままでは防戦一方だ。その右端で、天成は何かを見た、否、感じ取った。心操の視線が、揺れている。焦り、恐怖、それとも。
「落ち着け、心操。そなたの力は、声だ」
その言葉が、心操の芯を叩いた。息をする。思考が研ぎ澄まされる──伸びてきた氷のなか、心操は彼にそっと耳打ち。
「力押ししかできないのか?」
本音も混じった声は、冷えていた。先程までと違い、挑発ではなく観察を含んで。一瞬、動きを止めた轟に続けざま、一言を重ねた。
「やり方がそっくりだ。エンデヴァーの息子だろ?」
その言葉の意味を、轟は理解していた。だがそれを認めたくなかった、低い唸りが漏れるのを、抑えられない。
「……ああ?」
張り詰めた空気が、張力を失った。心操の瞳はわずかに光を宿して、代わりに轟の視線が、切れた糸に巻かれて曇る。止まれ。たった三文字で、彼の動きは凍らされたように動かない。
天成と尾白は分かっていた。心操が息を取り戻すと同時、天成がサインを送り尾白も踏み込む。氷を踏んで、滑り込むように回り込んだ。そのさなかも、轟は四人の上で揺れることしかできず。
「取った」
轟の手に握られた残りの一本を心操は奪い去り、首に結んで。直後、タイムアップの声が上がる。
順位の発表が始まる。一位は緑谷チーム。あの後、一千万ポイントを守り切ったようだ。二位は、轟チーム。三位に、心操チーム。そして四位に、爆豪チーム。
歓声の中で深く息を吐き、両腕の重みから解き放たれた天成は掌を振った。自らが生み出した液体は未だ纏わりついていて、両手をこすり合わせる。
フィールドのあちこちで、健闘とたたえ合ったり、怒声を漏らしたり──これは爆豪だけだが──している生徒たちが見えた。尻尾で地面を払った尾白が、汗を拭おうとしてやめる。まだ、天成が渡したグリップ剤の影響が残っている。靴も含め、洗わねばならない。
「終わった、が……」
「天成これ……」
心操と尾白は、突き刺さる視線から目を逸らした。
──轟焦凍が、こちらを見ている。永久凍土の瞳が、心操と尾白を見ていた。正確には、尾白の向こうにいる天成であるが。
「お前が教えたろ、って顔してるな……」
「視線だけで殺されそうだ……」
「今のは、やりすぎだな。……私の回復では追い付かなさそうだ」
三者三様の反応。大抵のことに揺るがない天成でさえ、その目元が引きつっている。「殺すような視線」という表現が当てはまる彼の目に、天成と尾白はUSJ以来の命の危機を感じた。
尾白が呆れたように笑う。
「そりゃ怒るだろ。家庭の事情持ち出したんだ、冷凍されてないだけマシだって」
「そうだろうな」
俺も謝るよ、と言った尾白に首を振る。提案したのは俺だ。彼に咎められることはない。
「分かった。本戦の前に死ぬなよ」
「努力する」
手を振って、と別れた。既に対戦カードが出ているのを見上げ、天成も心操と共に水場へと行こうと向き直って。
「…………え?」
心操が居ない。先程まで隣にいたのを見失って困惑する天成の肩を、誰かが叩いた。
「天成くんっ」
「芦戸か。一回戦はよろしく」
「うん! お互い全力出そうね!」
短くやり取りをして、芦戸ちゃんは去っていく。心操も見つからないのだ、洗ったら適当に昼を取ろうと思い直した所で、心操が戻ってきた。
「悪い、天成。会ってきた」
誰に、と考える間もなく、答えが出た。
が、それと同じくらい気になることが、二人にはあった。
「……手。洗いに、いかない?」
「……そうだな」
粘土のある液体をなぞった後、天成と心操はそそくさと水場に歩いていった。
ゆっくりとした足取りのせいか、洗い場には既に人はいなかった。尾白は済ませたのか、逆側に行ってしまったらしい。
手に取った石鹸を泡立てて、肌に馴染ませる。さっきまで肌を叩いていたのとは違う、生きた冷たさがそこにはあった。
「……天成」
「うん?」
「さっきのあれ。言いすぎたと……俺は思ってる」
きゅ、と蛇口を閉める音がやけに大きく聞こえた。
「あれで何とかなったのは、事実だけど。家庭の事情に首突っ込むのは、人として」
「そうだなぁ」
腕を拭いた天成は、タオルを心操に放る。「忘れたろ」と問われ、その通りだと素直に使わせてもらう。
「……謝りに、行こうと思う」
「なに、お前も来てくれんの?」
「当たり前だろ。そこまで無責任じゃない」
「そっか。じゃ、死ぬときゃ一緒だな」
「気持ち悪い言い方すんなって」
軽口の投げ合いの後、二人は目を合わせた。
「……行くか」
「ああ」
さっきまではそうしていたのに、心操はずっと無言で、天成も何か発するわけでもなかった。──やりすぎた。その認識が、二人を支配していたからだ。
控室の前で、立ち止まる。外からでもわかるほど、冷気が充満しているような気がした。
「……ほんとにお前も行くの? 今ならお──私だけで済むぞ、冷凍刑は」
「当たり前だ。謝らないで終わるのはもっと悪いだろ」
ゆっくりと、控室の扉を開く。業務用冷凍庫を開いたのか、というほど空気は冷えていた。物理的に、ではなく比喩として。
「……何しに来た」
低く、抑えた声。先程、試合が終わった後の視線よりもはるかに、轟の視線も空気も鋭くなっていた。
「黙って突っ立って、辛気臭い顔して。……次は何だ」
「すまなかった」
深々と、頭を下げる。周囲がざわめく中で、天成は顔を上げずに続けた。
「勝利の為に、そなたの複雑な面を武器にした。勝利するためとはいえ、あのようなやり方はヒーローとして恥ずべき行いだった」
「…………」
「改めて、すまなかった。この作戦を立案したのは私だ、彼に非は──」
「実行犯は俺だ。天成だけの責任じゃない」
轟は立ったまま、氷のように動かない。呼吸と空調だけがある静寂の中、頭を下げた心操は生きた心地がしなかった。
「……頭、上げろ。どっちも」
声のトーンは変わらない。目に入るのは、轟のわずかに寄った眉と二色の瞳だけだ。
「俺が冷静さを欠いたのは、お前の言葉のせいだ。間違っちゃいない」
「しかしだ、轟……」
一歩踏み出したのに心操は、足元を凍らされたように動けなくなる。
「次同じ事したらぶっ殺す」
氷のギロチンが降ってきそうなほどの死刑宣告だった。爆豪は普段から似た言葉を発しているが、轟のそれは初めてだ。思わず、天成でさえ背筋を伸ばす。
「……けど」轟は言った。「強かった。あれがなくても、取られるんじゃねえかって思うタイミングはいくつもあった」
微かに頬を引き攣らせながら、息を吐く。息は白く揺れて、控室へと広がっていく。
「お前らがどういうつもりでやったかは分かってる。勝つためだろ。俺も、責められる立場じゃない。物理か精神かの違いだ。氷だろうが言葉だろうが、やってることは変わらない」
轟の声音には怒気というよりは疲労が多く、彼もまた、限界まで立っていたのだと分かる。向けられた視線だけでなく、空気もわずかに、温度を戻しつつあった。
「それでも、言葉の選び方くらいは考えるべきだった」
「違いないな」
反省というよりは自戒に近く、自分が何をどう間違えたのか、天成の声にはそれが乗っていた。
「相手の嫌がることをするのは、対人戦闘じゃ特に重要だって、分かってる」
だから、謝罪は受け取る。
「けど、次はもっと綺麗にやれ」
そう締めて、轟は控室から去っていった。昼食の時間だ、早くしなければ売り切れの憂き目に遭う可能性だってある。二人も行かねばならない。午後には試合が待っているのだから。
心操が気が抜けたように、僅かに表情を緩めた。
「……助かったな」
「あれは完全に、私が悪い。冷凍食品にされなかっただけ良かった」
「休憩、あと五十分くらいか」
「正確には四十八分だな。そなたが良ければ、昼食はご一緒してもよいか」
「お前がいいなら。外と中、どっちにする?」
「心操が良ければ外へ。私が買いに行こう」
好き嫌いや何が欲しいかを大まかに伝えると、天成は購買の方へと歩いていった。
それを見届けながら、追いやっていた疑問がまた、主張を始める。
──天成あまりとは、何だ?
「俺はお前の右腕にも騎馬にもなるよ」
──彼がそうあるのは、何故だ?
「止められなくても、恥じる必要はない」
どちらの言葉も、〝献身的〟と言えば、そう。だが、その口調の違いは何を生み出している。前者は友人としての軽さを持っていて、後者は教師か、あるいは老成したような重さを帯びていた。同一人物から出たものだとは、到底思えない。ただの使い分けとは違う、あれはもっと、深いところにある。
話したのは一時間前。関わったのも一時間前。一つの種目の間に、心操の中に大きなものを残していった。
天成あまりという人間は、二人いる。年相応の高校生として、冗談と本音をグラデーションのようにして発する。もう片方は、誰よりも遠く先を見て、己を削るように言葉を選んでいる。
その切り替えに、一切の躊躇いがない。二つの人格が共存しているように、瞬時に入れ替わる。
けれど、どちらも嘘ではない。少なくともそう感じてしまうほどに、彼の表情は自然だった。どちらの彼も、演じているようには見えない。むしろ、自分の中にある別の側面を必要な時だけ、必要な分引っ張り出しているような。
人には、大なり小なり違う顔がある。それを極端にしたものだと言えばそうなのかもしれないが、それにしても。いや、「個性はツールだ」。そう発した天成にとってはそのやり方もまた、〝ツール〟なのかもしれない。その老成した振る舞いも、誰かを守るために必要だと纏った。そう考えれば、筋が通る。
それなら──。
彼は誰の為に、そこまでやる?
誰かを救うことは、立派なことだ。ヒーローとして最も敬意を向けられるべきこと。しかし、天成の視線や声、動きには時折、深い焦りのようなものが混じっている。自分には見えない何かを抱えている。火をつけようとしている。彼の中に残った、燃え残った何かに。
命の灯を必死に繋ぎとめているのにも似ていた。
焦りと呼ぶには、静かだ。爆ぜるような焦燥でなく、瀕死の負傷者に輸血を続けているような、そんな圧力。天成にはそれがあった。どんな時でも余裕を崩さないのに、その中心には何かが燃えている。本人が気付いていないようにも、意図的に燃やし尽くそうとしているようにも見える。
それが、恐ろしく見えた。
彼は、他人の痛みに敏感すぎる。そのくせ自分の痛みには鈍感だ、いやそのふりをしている。心に麻酔をしているように、痛みを鈍麻させている。
個性に対して否定的な言葉を口にするたび、天成はそれを受け入れてくれた。しかしあれは、他人を許すことで自らへの戒めを改めているようにも見える。救うように見せかけて、その動機は贖いにも感じられた。
──誰に対して?
考えれば考えるほど、霧が濃くなる。心操は無意識に額に手を当てながら、ベンチに腰を下ろした。比較的、人気の少ないエリア。天成がどちらの顔を出したくてもいいように。
普通なら、あれほど器用に人と接し、信頼されているような奴が自分なんかに構うのもおかしいのだ。心操だってまず、裏を疑う。なのに彼は、必死だった。洗脳を試した──声を掛けた瞬間からどこか、天成の方が焦っていた。
敵意にも近しい好奇心で洗脳を仕掛けた時。失敗したのなら、嫌悪でも反発でもあるはずだ。彼はそのうえで、二度目も受けた。
なぜ、二度目も受けた?
逃げようと思えば、いくらでも逃げられたはずだ。その知識を逆手にとって、試合を有利に運ぶことだってできたはず。なのに、天成は微笑んでいた。罰を受け入れるような、判決を待つ罪人のような。
天成の言葉は全部他人の為にあるのに、どれも自分に向けたようにも聞こえる。他人に向けるときは毛布の手触りで、自分に向けるときは剃刀のそれ。どちらも同じ口から出るのに、温度が違う。
──止められなくても恥じる必要はない。あれは俺に向けられたようで、同時に天成が赦しを望むようにも見えた。
誰を、どうしたいんだ。あいつは誰に、赦されたいんだ。何が、あいつを衝き動かすんだ。
心操は、誰かに許せたことなどない。個性を理由に遠ざけられ、恐れられ、気付けば自分の方から線を引いていた。自らの個性がヴィランのそれであると扱われるたび、自分ごと汚れていくような気がした。
だが、天成は違った。同情でも下心でもなく、あまつさえ「ヴィラン向きとかみみっちい言い方されるもんじゃない」と断じてくれたのだ。誰も、そんな風に言わなかった。
低くて、静かで、どこまでも温かく──そして、優しすぎた。
優しすぎて、怖かった。
他人の痛みを掬うのがあんなに自然な人間を、知らない。あんなふうに生きていれば、普通の人間なら壊れてしまう。だが、天成は平然としていた。自分の欠落した何かを埋めるために、救っているように見えた。
あれは、献身っていうのか?
それとも、自己犠牲っていうのか?
分からないが、おそらく彼は、生の実感を探しているんじゃないだろうか。他人を助けて、それが結果を出したから「自分は生きている、形がある」と、存在を確かめているように見える。それが、見ていて苦しくなった。天成は恐らく何年も、そうして生きてきたのだろう。まともな人間なら続かない、どこかで限界が来る。
天成にとっての〝個性〟は恐らく、心操の抱えているそれよりも重い。似た側面を持ってこそいるが、スケールが違う。だから、使用する度に自らを秤っている。正しい使い方を、何度も確かめながら。
風が通り抜けて、乾いた土のにおいと声を運んでくる。
……老成した方と、年相応の方。あれは二つの仮面というより、筋肉だ。必要な方に力を入れて、もう片方は休ませる。演技でなく、自分を保つための技術。ただ、保とうとしているのは〝楽な自分〟でなく〝救える自分〟の方で、それがこの違和感の正体なのかもしれない。通常は逆だ、傷まないように力を抜くのに、彼は傷んでも救えるように力を入れる。
はたと視線を上げると、空の青は薄く、陽が真上に近づきつつあった。その端に、袋を提げた影がこちらに向かっているのが見えた。〝老成した方〟の歩幅と姿勢で、天成はこちらに手を上げていた。
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)