味方撃ちOKのスナイパー   作:Damned

11 / 27

さあやって参りました大晦日。私は年越しそばを食べるので初投稿です。



#11 スターヴィング・フォー・アゥトカム

 

 

 

「待たせてしまったな。どうしても必要なものがあったんだが、売り切れていて走り回っていた」

「いや。言っても十分かかってないだろ」

 言って、心操が隣を軽く叩くと、天成は袋を挟んでベンチに腰を下ろした。目線が同じ高さにあって、そこから落ちる。

 

「提案しておいてだが、嫌ではなかったか?」

「いつもは外で食ってる。人が少ないからな」

「……そっか。それならよかった」

 言い回しに、厚みが混じる。それが口元で笑いを形作ると、高く利発そうな色を濃くするのだ。この切り替えにも、心操は驚かない。発掘するようにパンを四つ取り出すと、「好きなの取っていーよ」と天成は彼を促した。

 

「あ。でも、甘いのとしょっぱいの一つずつね」

「分かってる」

 お言葉に甘えて、心操はパッケージに手を伸ばした。焼きそばパンとカレーパン、甘い方は中にピーナッツクリームかジャムのどちらかが封入されている、二枚ずつ入ったサンドイッチ。心操は一瞬迷った後、カレーパンとジャムの方を取った。

 天成の方も、残った二つを取っていく。ウェットティッシュを引っ張り出した天成は、その一枚をこちらに差し出してくる。

 

「……お前、いつも持ってるのか?」

「うん。ほら、個性使った後に拭きたいし?」

「あー……確かにそうだな。手から出すんなら必要か」

 説得力のある言葉だ。心操は受け取って、手を拭いた。

 体育祭の喧騒が遠くに聞こえる。揺れる木陰で、二人のいる木陰だけが穏やかな時間を保っていた。ビニルの音が鳴るたび、パンの香ばしさと調味料の風味が混じって、昼食らしい空気を作っている。

 言葉は少なかったが、沈黙は居心地が悪くなかった。互いに食事の音を共有するだけで、食べ進める時間が自然と流れていく。

 

「……そういえば」

 心操は最後の一口を放り込んで、ふと口を開いた。

「必要な物って何だったんだ? ウェットティッシュか?」

 天成は数秒思案して、袋の中を探る。透明なプラスチックの中で、半透明の光が揺れている。差し出されたのは二本のスポーツドリンク。未開封のまま水滴を纏ったそれを、心操は見つめる。

 

「これ。ってか、なんも考えずに麦茶渡したけど。いる?」

 心操の手元にあるボトルに一瞬目をやって、天成は問うた。もう一本は天成の太ももで挟まれていて、そちらは半分ほど減っている。

「いるかって言われても。お前が必要で買ってきたんだろ」

「ちょっと多めだよ。朝摂ってるのに加えてだし。気にしなくていい」

 

 そっと、落ちそうな水滴を掬う。その指先はわずかに赤く、個性を使ったせいか乾燥しているように見える。

「……普段から、飲んでるのか」

「普段は一日一本かな。あとは食事で足りるよ。身体の中で物質作ってるって言ったろ? 水じゃなくてミネラルとか、あと肉使うときもあるし。だから作った分だけ無くなってく訳。脱水症状がその筆頭だけど、身体乾いちゃって体調崩すのよ」

「……生体由来って、そういう事か。個性ってのは難しいな」

「そうそう。俺の身体自体がプラント。もう工場なわけ。最初はどうなってるか分からなかったし、回復系個性って記入されてたけどな」

 

 天成の言葉はごく軽いのに、妙な生々しさを伴っていた。天成の手がキャップを開けて、容器を傾ける。喉仏が数度動いて、口を離れていく。日に透かされたペットボトルの中で、散った液体が光を散乱させていた。

「そんな条件付いてるのに、なんでそんなに落ち着いてられるな」

「慣れってのかなぁ。家で毎日弾作ってるし、家事と変わんないかも」

 自分の身体にもかかわらず、天成は他人事だった。それこそ、自分が運営している工場がどうなっているかを説明しているような。心操はパンの包みを丸めながら、視線を天成の横顔へ滑らせる。日本人としては通った鼻梁に、濃い肌の色。海外系の地が入っているのかもしれない、と思わせた。

 

「あ」

 ほんの一瞬、天成の手元が止まった。蓋を回す途中で、何かを思い出したように顔を上げる。

「いる?」

 ごく自然に、差し出してくる。心操は僅かに視線を動かし、その手と琥珀色の瞳の間で彷徨う。言っていることが分かっているのだろうか。彼の手ははあくまで「飲み物いる?」という日常の延長線で、〝共有〟の別の形である。

 

 心操は受け取らず、しばし逡巡した。天成の個性は、その生命活動と密接につながっているものだ。体内の資源を利用して物質を作り出す。その代償が脱水や体調不良であり、肉体の消費だ。彼の日常は、常に自分を燃やし、その灯の一部を分け与えるこのと隣り合わせにある。そんな身体を持つ人間が、それでも他人に水を差し出す──その行為を拒むことの方が、失礼に当たるのではないか。

 天成の優しさは、善意でもお節介でもない。おそらく、習慣なのだ。生きている限り誰かに与えるように、身についている。だから、素直に甘えた方がいい。

 

 心操は無言でボトルを受け取ったし、天成は何の疑いもなくボトルから手を放す。ぬるくなった口元を避けて、喉を潤す程度に一口流し込んだ。ほんのりと甘く、塩味を感じる液体が通り抜けていく。天成の手に再び収めて、心操は「ありがとう」と短く告げた。

 天成は当たり前のように残りを口に運んでいて、やはり、彼にとってこの行いは呼吸と同様の行動だったのだろう。

 

 心操はその何気ない仕草を見つめながら、胸の奥に僅かな違和感のようなものを抱いていた。天成の身体が生きているのではなく、生かすための器に変わってしまっているように思えていたのだ、彼が摂取することも渡すことも、生命の維持でありながら同時に他者の為の循環(ロンダリング)に感じられる。目の前で二本目を開け、淡々と全身を潤している姿には、欠乏と満足が同居していた。

 渇きを癒すための行為のはずなのに、天成はどこか、永遠に乾いているように見えた。

 

 天成は蓋を閉めて、掌でボトルを弄んでいた。転がしたり、軽く投げてみたり。太陽の光を吸い込む中身と、その陰に映る横顔は先ほどまでと違い、どこか遠くを見ている。心操はその視線の先を追おうとするも、結局捉えきれずに元に戻した。

「……天成」

「うん?」

「今の話……怖くないのか。自分の体の中で、そんなことが起きてるって」

 躊躇いと、少しの好奇心が混ざっていた。

「うーん……」

 

 ボトルを掴んだまま、天成はゆっくりと言葉を選んだ。

「怖い、かぁ。初めはあったかも。怪我して治ってるってことは分かったけど、なんで個性で倒れてるのかわかんなかったし。でもさ、分かるんだよ。自分の身体が意識して動かせるようになる感覚、って言うのかな。

 生理現象の一つなんだよ、普通に過ごしてても栄養とか水分って無くなるじゃん。勝手に増えて、勝手に減って、補う。俺はそれが、ちょっと人より必要なだけ」

 

 天成はそこで口を閉じ、再びボトルを弄び始める。心操も何も言わず、ただそれを見ていた。彼の指先は緩やかな動きをしているのに、どこか落ち着きがなく感じられる。身体の奥でまだ、何かを作り続けているように、天成の手はかすかに震えていた。

 静けさの中に遠く、スピーカーの声が響いた。あと十分で集合であり、レクリエーションが始まる。自由時間だが、お互いにどうしようかと顔を見合わせる。

 

「……もーちょい、休憩しない?」

 点呼を取ったら、また集合。そういう意味だ。

「俺は第一試合だからな。アップだけしとく」

「緑谷とだろ? どっちも応援するね」

 

 天成は軽く伸びをして、ゴミの入った袋を持った。「ゴミ箱ぉ〜どこかな〜」「いるなら返事しろ〜」と変な歌を歌っていて、機械のように見えた瞬間があっても、ちゃんと彼は人間なのだ。

 それに、心操はどこかで安堵を覚えた。

 

 

 

 

 あの後、レクリエーションは自由参加ってこともあって、俺たちは合流して元の場所に帰った。

 木陰は涼しくて、心操の消耗も回復してそうだ。よかった。特に喉、乾燥は油断大敵だからね。売店でのど飴買ってあげた。昼ごはんの代金ちゃんとくれたけど、さらっとプラマイゼロにする。龍〇散(ドラゴンショットガン)は良薬は口に苦しの体現者、効くね。

 

 廊下を歩きながら聞いた。

「喉、調子どう?」

「お前がくれたのど飴のせいで最高だよ……」

「せいだなんて酷いなぁ。俺泣くよ?」

「ありがとう」

「え」

 

 軽口だと思ってたら、不意打ちで真面目な声を出されるもんだから驚いた。

「お前のおかげで、本戦に進めた。もちろん尾白もだけど、ありがとう。絶対勝つ」

「なーに、突然真面目モードなって。反則でしょ……」

「今のうちに言っとかないと、試合終わった後にタイミング逃したら困る」

「そーお? なら、勝ったら改めて言ってよ。俺も勝者からの「ありがとう」ならなおさら嬉しいからさ」

「……なら、そうする。というか」

 

 心操が視線を下に向けた。

「緑谷の方は、行かなくていいのか。クラスメイトなんだろ」

 変わらない語調の中に、気遣いみたいな響きがあった。まっすぐに見てくる目も、ちょっとだけ探ってるみたいな色をしている。

「いや。あいつには俺から言うことないから」

 ここはデクくんにとっての成長イベント……というと現実を馬鹿にしてるみたいだけど、事実だ。デクくんが心操の個性に抗って、そこでようやく〝ワン・フォー・オール〟のその先を見ることができる。

「そうなのか?」

「うん。心操に俺がいるみたいに、緑谷にもいるから」

 

 オールマイトの事だ。原作と同様、カリカリのトゥルーホームで出ていくのが見えた。ここまでずっと見たことなかったけど、ありゃ別人にも見えるわ。ほんとに細いんだもん。

 彼だけじゃなく、デクくんの隣には、他にもずっと見てきた声がある。導く人だけじゃなくて、支える人も。だから、俺の言葉はいらない。下手に踏み込む方が、邪魔になるんじゃないか。

 

「……そういうもんか」

「そういうもんだよ。数はいらない。問題は、誰が掛けたかってこと」

「お前、たまに怖いくらい達観してるよな」

「年の功ってやつかなぁ」

「同級生だろお前……」

 

 笑い声が、通用口に流れる風に流されていった。心操ももう、覚悟を決めている。この試合に、全部出す。そんな感じがした。

「……俺は、今まで〝勝つため〟だけに個性を使ってきたけど、今回は違う気がする」

「違う?」

「ああ。今回は〝見せる〟ために使うんだと思う。俺がどう戦って、どう生きんのか」

 

「んふ。見せる、ねぇ。いい言葉」

 軽い調子で返しながら、内側では何かが引っ掛かった。「見せる」って、誰に? 観客? 先生? それとも自分? 心操の中にある「自分を証明したい」って衝動は多分、俺が思ってるよりずっと重い。俺はそれを、まだ表層でしか体感していない。

「天成。俺はお前みたいに、人を癒したり助けたりできる個性じゃないって、ずっと思ってた。……それを、肯定してくれたのは。お前が初めてだった」

「そりゃそうでしょ。否定することないもん」

「ありがとな」

 

 三回目だぞ。お礼は嬉しいけど、勝った後に残しとくもんだって。でも、さっきより声に力がある気がする。体温とか、そういう。いい意味での気負いみたいな。

「言葉に縛られるっていうと変だけどな。今は、少し自由になれる気がする」

 この短い時間で、心操の雰囲気が変わった、気がする。初めて見た時に比べて、張り詰めた感じがなくなって清々しく感じるって言うのが正しいのかもしれない。

 

「なら、遠慮要らないでしょ。縛るために使うんじゃなくて、解くためにさ」

「解く?」

「そうそう。誰かの足枷を外すっていうのかな。そういうの、きっとあるから」

 それは、俺が言葉にしていいセリフじゃなかったかもしれない。この先の結果を知っている俺は。でも、言わずにはいられなかった。彼が報われることを願いたい自分もいたから。

 

「……お前、何年か経ったら教師やれよ」

「えぇ~? やだよ俺、頭悪いもん」

「嘘言え。あんな個性使いこなしといて頭悪いは無理あるぞ」

「うぇ~……」

 

 心操は笑っていた。でもそれだけで、何も言わない。風に乗って届く歓声が、嫌でも耳に届く。熱気だけが、この場所に届かない。観客の視線の外側、選手の誰もがほんの少し、一人になれる場所だ。

「行ってくる」

「うん。待ってるね」

 もうすぐ、扉が開く。世界が一瞬で明るくなる。その前の静寂だ。

 

「天成」

「ん?」

「もし、俺が勝てたらさ」

「うん」

「……それは、俺の声が届いたってことだよな」

 心操は。正面を見ていた。扉の先、まだ姿の見えない相手の方を。

「届くよ。そのために、今ここにいるんだから」

「……ああ、そうだな」

 

 扉が開いていく。風が一気に流れ込んで、髪が煽られた。背中を軽く叩くと、心操は振り返らずに笑ってくれる。

「じゃあな。──見てろよ」

「もちろん。声張ってけよ、心操」

 白い光が心操を照らして、その姿がシルエットに変わる。

 待つ結果がどうだろうと。

 ここは間違いなく、心操のステージだ。

 

 

 

『オーディエンス共ォ!! 待ちに待った最終種目が、ついに始まるぜェ!! 第、一、回、戦!』

 相変わらずの通る声で、プレゼント・マイクの実況が響く。

『第一試合! 成績のわりになんだその顔! ヒーロー科・緑谷出久! バーサスッッ! 騎馬戦では数多のチームを戦意喪失させてきた! 普通科・心操人使!』

『数多って言うほどチームないだろ』

 会場がどっと笑いに包まれる。その喧騒のさなか、緑谷は深呼吸をし、心操は自然体で立っている。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか、行動不能にする。あとは、「参った」とか言わせても勝ちのガチンコだァ!! 怪我上等、こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳・倫理は一旦捨て置け!

 だがまぁ勿論、命に関わるようなのはクソだぜ。 アウトッ! ヒーローはヴィランを捕まえるために拳を振るうのだ!』

 

 観衆が湧き上がる。けれどその中で、心操の呼吸だけが異様に、穏やかだった。緑谷は構えるが、心操は構えない。

 ──ただ、目線だけをぶつけるように上げた。

「なあ、緑谷」

 試合中とは思えないほど、柔らかな声だった。挑発でも嘲りでもなく、すっと通る声。

「一つ、聞いていいか」

「……え?」

「お前は、何のために戦う?」

「な、何のため、って……」

「ヒーローになるため、じゃない。そんなのみんな同じだ。お前の持ってるその力は、誰かを救うためにあるのか……それとも、誰かを超える為にあるのか。教えてくれ」

 

 会場のざわめきが、僅かに鎮まった。

 心操の声は、届くべき相手にだけ届いていればいい。心操の〝声〟が、変わっている。誰かの未来を縛るためのものじゃなく、探るための声に。

 緑谷は困惑したように唇を震わせた。

「ぼ、僕は──」

 心操の瞳が、淡く光を宿す。

「その答えは、試合の後に聞かせてくれ」

 緑谷の身体が、ぴたりと止まった。

 

『おいおいどうしたぁ! 大事な初戦だ、もっと盛り上げてくれよォ!』

 ──緑谷、開始早々に完全停止。

 

 

 その一方で、天成はA組の面々が揃う客席へと到着していた。

「天成!」

「おかえり!」

「どこ行ってたんだ?」

「これまずいって……!!」

 一斉に迎えた後、声の末尾は細く萎んでいった。

 

「遅くなってすまないな。……尾白。決まったか?」

「ああ……。なんて言ってたかは分からないけど、緑谷。返事しちまった」

 尾白の開けてくれていた席に腰を下ろし、天成は彼らの対峙を目にしていた。瞳に宿るのは驚きでも、感嘆でもなく、観察するための冷ややかな光。両手を膝の上で組み、僅かに前へ傾ける。

 彼の言葉が、届いた。呼吸の間隔、姿勢の微細、どれもが緑谷の意思とは無関係の物に変わっている。

 

 心操の個性は確かに、相手を支配できる。それでも今の心操は、緑谷を動かすためでなく、自分の声がどこまで届くのかを確かめようとしているようにも見えた。

「天成くん……」

「……あれが、彼の個性なのね」

「そうだ」

 フィールドの中央では依然、緑谷が立ち尽くしている。風のないはずの底が、僅かに波打った。必死の抵抗か、動かせぬままの両腕がわずかに動いた気がする。──これ以上は、危険だ。踏み込まずに、心操は再度口を開いた。

 

「〝振り向いてそのまま場外に歩いていけ〟」

 

 緑谷の足が、軋みながらも応じた。

 観客席の熱気はそのまま、言葉だけが失われる。陽光さえ色を変えたかのように、全てが鈍く、意志を抜かれた身体は〝支配された〟というに等しい。心操はただ、背を向けた彼を見ていた。

 心操の声は聞こえない。しかし、その動きで分かる。彼の声には、支配というよりもどこか、確かめる響きがあるのだろうと。命令形でありながらも、その在りようは願いに近い。

 

 ──お前は何のために戦う。それは相手を縛るための呪文でなく、自問でもあった。

 歩幅は一定を保ったまま、境界線へと近づいていく。息を詰める観客、プレゼント・マイクの実況。風もないのに肌にまとわりつく空気が、緑谷の全身を絡め取っていた。

 緑谷の足が境界を超えるあと一歩。心操の眉が、ほんのわずかに動いた──何かが、おかしい。歩調が合わない。誰かが呼び止めたような、曖昧な滞り。何かが起きている。しかしそれは、心操が引き起こしたものではない。彼の〝洗脳〟は、純粋な肉声を媒介とした命令だ。電磁波も何もない、ただの音波。それでも、緑谷の身体は止まり、震えた。

 

 何を、している?

 心操からは見えない状態で、彼の唇がかすかに震え──そして、空気が爆ぜた。突風が吹き抜け、心操は腕で顔を庇い、歯の隙間から息を吐いた。解除された。〝洗脳〟を。何故だ。

 

「……は、お前。何で、」

 動揺が走る。口にした言葉は、数時間前と同じ。それで落ち着きを取り戻せた。天成に向けた言葉が、一度失敗した経験によって彼を奮い立たせるが。

 

「愚策だな」

 天成は小さく、そう判じた。そこで距離を取っておけばよかったのに、心操は動かなかった。あるいは、動けなかったか。洗脳が解除されたのを確認した時点で、彼はもう一度試すべきだった。詰められる前に。実戦経験含め、どうしたって足りない部分を指摘しようと詮無き事であるが。

 心操と緑谷。双方が驚愕と混乱の入り混じった表情をしていた。そこで一歩、心操は退く。

 

「何が起きているんだ、天成君」

「何らかの手段で個性を打ち払った。それだけだろう」

「騎馬戦の時に見せたあれか。轟君も何かを言われた直後、動かなくなった……」

「つまりあいつの個性、声がトリガーってこと?」

 

 個性を知っている尾白も、口を挟まない。考えたくはないが、この先対戦する相手になるかもしれないのだ。不用意に情報を出すのはスポーツマンシップに欠けよう。

「声で相手を操ることが出来る……なんて強力な個性だっ……!」

 飯田はすぐさま理解したようで、眼鏡の奥で警戒と驚愕が入り交じる。天成は頷きもせず、僅かに視線を下ろした。

 

「──強力、か。確かにそうだな」

 しかし操る、というのは今の彼には相応しくないとも感じた。

 洗脳を解いた緑谷に上がる歓声の中でいまだ、天成が焦点を合わせているのは心操だった。

 

「……身体の自由は奪ったはずだ。何をした?」

 緑谷は思わず口を抑えた。いまだ背を向けたまま、心操の個性のトリガーが何か推測しているのだ。

「緑谷は騎馬戦で、心操と対面していない。何をされたかは分かっていても、その起点が特定できていない状態ではアクションを起こすまい」

「けど、緑谷は……」

「言葉か、それとも視線か。二択に絞るのが早いな」

 

「お前が二人目だ、俺の個性を破ったのは。教えてくれ」

 その言葉に、緑谷が振り向いた。──口を噤み、目を閉じたまま。

 

「……焦りすぎたな、心操。タネの割れた手品はただの手遊びだ」

 非情にも見える口ぶりに、尾白がこちらを向いた。

「何もそこまで言わなくても……」

「事実だ。あの状態で、緑谷はまだ何も出来ない。目を開くことができなければ、さしもの彼でも攻撃を確実に入れるのは難しかったろうさ」

 

 感情は引きずっていなかった。あくまで策として、心操は「何をした」のか口にしたつもりだったのだ。なのに。

 目を開いた彼の歩調は、もう誰のものでもなかった。

「……僕は、誰かの為に戦う。けど、誰かに応える為にも戦うんだ」

 緑谷のそれに、洗脳の糸は紙一重、掛かり損ねた。

「誰かの言葉で、行動で、立ち上がってきた。ここまで来られた。だから、今度は自分の番だって、僕は思ってる」

 

 その目に映るのは敵ではなく、自分と同じ場所に立つ者の姿だった。心操は息を吐く。胸の奥が火傷をしたように痛く、熱い。

 勝ち負けではない、今この瞬間確かに自らの声が〝届いた〟のだと。

 

「……そうか」

 零した直後、風が鳴いた。弾けるように踏み込んできた緑谷と身を退いた心操、一瞬の間をおいて衝突した。

「っは……!」

 肺から空気が押し出され、発声さえ許さない。言葉という武器を取れない心操に、対抗する手段は皆無。

 

 ──心操人使、場外により失格。

 

 





ところで本戦入るまで丸々四話使ったし、そのうち三話は騎馬戦ってマジ? この作品

そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……

  • 赤(アニメ)
  • 金(原作)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。